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がんの有無を1滴の尿で診断、「線虫検査」ががん治療を変える5つの理由

10/13 6:01 配信

ダイヤモンド・オンライン

 最も生存率が低いがんといわれる、膵臓(すいぞう)がん。早期発見が困難であることも知られている。そうした中、大阪大学大学院医学系研究科の石井秀始特任教授とベンチャー企業、HIROTSUバイオサイエンスは共同研究を行い、世界初の線虫嗅覚によるがん検査を応用した早期膵がんの診断法で、従来の腫瘍マーカーによる検査よりも高い精度でがんの有無を診断できることが明らかになった。線虫検査には現在のがん検査、そして治療のあり方を大きく変える可能性がある。(医療ジャーナリスト 木原洋美)

● 見つけるのが難しい膵臓がんを 60%の感度で早期発見

 あらゆるがんの中でも膵臓がん(膵がん)は、最も生存率が低いことで知られている。治癒が見込める唯一の治療法は手術だが、手術できた場合(ステージ1・2)の5年生存率はおよそ10~30%。転移はないものの手術できない(ステージ3)場合の1年生存率は30~50%、転移があるため手術ができない(ステージ4)場合の1年生存率は10~30%程度しかない(がん研有明病院ウェブサイトより)。

 元横綱・千代の富士(九重親方)も、プロ野球チーム・東北楽天ゴールデンイーグルスの監督などを務めた星野仙一氏も、膵臓がんで命を落とした。

 「膵臓がんは予後が悪いがんの代表格です。昨今の研究により、いろいろながんで予後は改善していますが、膵がんだけはこの30年間、依然として5年生存率は下に張り付いたままです。見つかったときに早期であることはなかなかなく、ほとんどの場合は進行がんになっていることが多いのが理由です。早期がんで見つかる割合は1割前後しかありません。今後、生存率を高めていくためには、早期の段階で見つける技術の開発が重要です」

 そう語るのは、大阪大学大学院医学系研究科の石井秀始特任教授(常勤/疾患データサイエンス学)だ。石井氏を中心とした研究グループは、線虫がん検査「N-NOSE(エヌノーズ)」の技術を有するベンチャー企業、HIROTSUバイオサイエンスと世界初の線虫嗅覚によるがん検査を応用した早期膵がんの診断法に関する共同研究を実施。その研究成果が米国科学誌『Oncotarget』に掲載されたことを受け、9月6日、都内で記者発表を行った。

 「膵臓がんでは従来、超音波やCTなどの画像診断、CEAやCA19-9などの腫瘍マーカーでの診断に保険診療が適用されていますが、膵臓は背中側の超音波が届きにくい場所にあるため、超音波検査で見つけるのは困難です。また、腫瘍マーカーでは、早期での陽性率が低く、スクリーニングには不適という問題があります。

 『N-NOSE』は線虫の嗅覚シグナルの行動応答を活用し、寒天プレートの中央に線虫、片側に採取した尿を置き、線虫がどちら側に動くのかによってがんの可能性を調べる生物診断です。当初は人の手で行われていましたが、現在検査解析プロセスは完全自動化されており、精度の高いデータが蓄積されていることから、膵臓がんの早期発見が可能になると期待しました」(石井氏)

 がんの生物診断といえば以前、人間の100万~1億倍ともいわれる嗅覚でがんを早期発見する「がん探知犬」が注目されたことがあったが、犬ががんをかぎ分ける能力には個体差がある上に、大量の検体を安定的に解析させるのは難しいといった理由で研究はあまり進んでいない。

 一方、線虫がん検査は、生物学者であり、東京大学大学院時代から20年以上にわたり線虫の嗅覚に関する研究に従事していたHIROTSUバイオサイエンスの広津崇亮社長が開発した。2016年、九州大学で助教を務めていた頃に「線虫は、通常の検査では発見しづらいステージ0のがんの有無までも、わずか一滴の尿からかぎ分けられる」と発表した論文は、世界を驚嘆させた。

 ただ、多くの人にとって、「賢い犬ならともかく、線虫でがんを見つけられるなんて信じ難い」というのが本音ではないだろうか。それだけに、今回の石井氏らの研究は、そうした疑いを晴らす格好のチャンスとなったように思う。

 「ヒトの尿を用いて線虫による検査を行い、手術を行う前と行った後で比較したところ、全膵臓がんで80%程度、早期でも60%程度の感度が示されました。これは従来行われている腫瘍マーカーによる検査よりも格段に良い感度です」(石井氏)

● がん患者の尿をかぎ分ける!? 「線虫」を活用する検査

 ここで改めて「N-NOSE」について説明したい。特徴は何より「線虫」という生物を利用することだ。線虫の名前は「シー・エレガンス」。「きれいなサインカーブを描きながら動く姿がエレガント」であることから、このように名付けられたという。

【線虫(野生型)の特徴】
●体長は約1ミリ、色は白。目視可能だがあまりにも小さく、粉のように見える。
●活発に活動する気温は23℃。それ以上寒かったり、暑かったりすると動きが鈍る。
●最適な条件下では、プレート上の尿のある場所まで、およそ10分で移動できる。
●好物は大腸菌。寒天培地上で大腸菌をエサにして成長。ゆえにエサ代はすこぶる安価。
●嗅覚が優れている。人間の約3倍、犬の約1.5倍の嗅覚受容体を持っている。
●「がん患者の尿に誘引され、健常者の尿は忌避する」性質を持つため、がんの有無を見分けるのに役立つ。今回の研究で、膵臓がん患者の尿のかぎ分けができることが分かったことから、今後はあらゆるがん種のかぎ分けが期待される。
●ただし、同じにおいでも強すぎるのは苦手。検査に使う尿はほどよく薄める必要あり。
●雌雄同体なので、かけ合わせは不要。増やしやすい!
●冷凍保存可。半永久的に株を保持できる。
●検査のお役目に臨む際には、体を洗う。いわば禊(みそぎ)。大好物の大腸菌を洗い流しておかないと、尿の中に含まれるがんのにおいに反応してくれない。
 生き物ゆえに、安定した働きをしてもらうには、体調管理や環境整備が重要だ。機械化は、作業のスピード化よりも、人間の手技の再現が求められ、開発チームを大いに悩ませた。

 こうして「N-NOSE」は、生物の能力でがんを見つけ出し、従来の検査法にはない、次のようなメリットを発揮するに至った。

 (1)苦痛がない→検査に必要な尿の量はたったの1滴。
(2)簡便→尿の採取には特別な条件を定めていない。たとえば前日の食事制限なども不要。
(3)早い→2021年9月時点で、年間120万件の解析が可能。
(4)安価→人件費以外に必要なのは寒天と大腸菌だけ。PET-CTなどの医療機器と比べ、断然安い(1万2500円〈税込み〉)。
(5)全身網羅的に、さまざまながんを一度で検出できる→がんスクリーニングに適している。

 現在、線虫が反応することが分かっているがんは15種類(胃、大腸、肺、乳、膵臓、肝臓、前立腺、子宮、食道、胆のう、胆管、腎、ぼうこう、卵巣、口腔・咽頭)だ。線虫検査では、早期がんでも検出できるため、ステージ0、1のがん患者の尿にも反応する。また、がんの有無に関する診断の精度は86%※と高い。従来の腫瘍マーカーは早期のがんに対する感度が低かった(進行がんにならないと見つけられない)が、「N-NOSE」は早期がんでも高感度である。
※日本がん予防学会(2019 年6月)、日本人間ドック学会(2019 年7月)、日本がん検診・診断学会(2019 年8月)で発表のデータを集計。

● 「ハイリスク」で直ちに 病院を受診し、助かった人も

 公益財団法人日本対がん協会によると、新型コロナウイルス感染症の流行で2020年(1~12月)のがん検診受診者数は、対前年比30.5%の大幅減となっている。広津氏はこうした状況について「今後、本来助かるべきだったがんが末期の状態で見つかることが増えるのではないか」と懸念を示した上で、次のように語った。

 「『N-NOSE』は尿で検査できるので医療機関に行く必要がなく、医療機関に負担をかけない形でサービスが提供できます。昨年末に開始して以来、検査の受診者は10万人を超えました。自宅で採尿して回収拠点に提出する『Go To N-NOSE』や全国10カ所の『N-NOSEステーション』、検体集荷サービスなど物流網の整備を終えたので、今後は医療機関への導入も進めていきます」

 多くの場合、新しいタイプの検査は、3年ぐらいかけてようやく1万人に達する。1年もかからずに10万人を超えたということは、やはり需要があるということだろう。この先、医療機関でN-NOSEが受けられるようになれば、がんがあることが分かった際の治療への移行もスムーズになる。助かる生命は飛躍的に増えるはずだ。

 「現在運用されているのはがんの一次スクリーニング検査ですが、今後はがん種特定検査の開発を目指します。特定のがん種のにおいに反応しない線虫を作製し、特に予後が良くない膵臓がんに特化して研究・開発を進めています。今年中には最新の研究結果を発表します」(広津氏)

 昨年7月、筆者は自宅に検査キットを送ってもらい、N-NOSE検査を体験した。説明書に従って同封の容器に尿を入れて送るだけ。「ハイリスク」の判定が出たら、直ちにがん専門病院でがん検診を受けると決め、ドキドキしながら待っていたが、約1カ月後(サービスの運用が本格化した現在はもっと早いだろう)に届いた通知は「ローリスク」。ホッと胸をなで下ろした。

 一方、昨年12月末にこの検査を受けた40代の男性は、「ハイリスク」の結果を受けて病院を受診。父親を大腸がんで亡くしていたため、直ちに「大腸」を内視鏡で見てもらったところ、「1cmほどの腫瘍が見つかり、その場で切除して事なきを得た」という。術後に再度受けた同検査の結果は「ローリスク」。男性の腫瘍を切除した医師は「N-NOSE検査の存在は知っていたけど、まさか本当にがんの存在を的中させるとは」と驚いていたらしい。

 「尿1滴」や「血液1滴」で「がんが分かる」と宣伝している民間の「がん検査」には、「体内にがんがあるリスク」ではなく、「将来、がんにかかるかもしれないリスク」を判定するだけの占いレベルのものが多く存在する。テレビや雑誌などで大々的に報道された検査でさえ、偽医療が混ざっているので注意が必要だが(参照『「線虫がん検査」のニセモノ横行に開発者が警告、インチキ医療の見破り方』)、その点、N-NOSE検査はがんの有無に焦点を当てており、医学的な研究に裏打ちされているため信頼できる。

 最もやっかいながんである膵臓がんを皮切りに、がんの早期発見が一気に進めば、多くのがんは近い将来、日帰りで治療できる病気になるだろう。

ダイヤモンド・オンライン

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最終更新:10/13(水) 13:55

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