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実刑確定、池袋暴走「上級国民」裁判に残る違和感

9/29 8:01 配信

東洋経済オンライン

 東京・池袋で乗用車を暴走させ、母子2人が死亡、9人に重軽傷を負わせた自動車運転処罰法違反(過失運転致死傷)の罪に問われた旧通産省工業技術院の元院長、飯塚幸三元被告(90)の禁錮5年の実刑が確定した。

 2019年4月の事故直後から「上級国民」のレッテルを貼られた飯塚元被告は、裁判で「ブレーキを踏んだが、利かなかった」などと車の不具合による無罪を主張していた。

 だが、9月2日に言い渡された判決で東京地方裁判所は、車には異常がなく、事故原因をアクセルとブレーキの踏み間違いと認定。そのうえで裁判長が判決を読み上げたあとに、「判決に納得するなら、責任と過失を認め、遺族に真摯に謝っていただきたい」とまで呼び掛けていた。

 控訴期限の16日を前に飯塚元被告は控訴しない意向を示し、そのまま確定した。今は在宅から収監による刑の執行の手続きがとられている段階だ。

■同じく逮捕されなかった元東京地検特捜部長

 飯塚元被告が「上級国民」と揶揄されるようになったきっかけは、池袋の事故の2日後、神戸市のJR三ノ宮駅前で市営バスが横断歩道に突っ込み、20代の男女2人が死亡、4人が負傷するという事故が発生したことだった。

 当時60代の市営バスの運転手はその場で現行犯逮捕されたにもかかわらず、飯塚元被告は高齢と事故による怪我もあって身柄を拘束されることがなかった。ちなみに、こちらのバス運転手も自動車運転処罰法違反(過失運転致死傷)の罪に問われ、禁錮3年6月の実刑判決を受け、神戸市を懲戒免職処分になっている。

 この待遇の違いに、元高級官僚で退官後も業界団体の会長や大手機械メーカーの取締役などを歴任し、事故の4年前には瑞宝重光章を叙勲していた飯塚元被告の経歴に注目が集まり、「上級国民」だから特別扱いを受けているのだ、というSNSの書き込みが瞬く間に拡散していった。そこに裁判で過失を認めようとせず、車のせいにして言い逃れようとして遺族感情を逆撫でする態度がいっそう、世間の非難を燃え上がらせていた。

 だが、これで「上級国民」と呼ぶのであれば、飯塚元被告と同様の暴走事故を引き起こして人命を奪いながら逮捕もされず、車のせいにして一審の有罪判決を不服に控訴している、もう1人の「上級国民」がいる。飯塚元被告が旧通産省の高級官僚ならば、こちらは元東京地検特捜部長だ。

 事故は2018年2月、東京都渋谷区の路上で起きた。石川達紘元東京地検特捜部長(82)はこの日、ゴルフに向かう女性と待ち合わせをしていた。乗用車を止めて降りようとしたところが、愛車は急発進して時速100キロを超す速度で約320メートル暴走。歩道にいた自営業の男性(当時37)をはねて死亡させたうえ、その先にあった店舗兼住宅に突っ込んでいる。

 ところが、こちらもその場で逮捕されるようなことはなかった。それから時間を置いて書類送検され、在宅起訴された。ただしこの事故は死者1人で負傷者もなかったことから、同じ自動車運転処罰法違反でも過失運転致死だった。

■ロッキード事件などに携わったエリート

 石川達紘被告といえば法曹界での経歴は特筆に値する。検事としてロッキード事件などの捜査に携わり、1989年には東京地検特捜部長に就任。ゼネコン汚職など数多くの有名事件を手掛けて、名古屋高検検事長を最後に退官。2001年に弁護士登録すると、さまざまな企業の取締役を務めてきた。飯塚被告と同様に2009年には瑞宝重光章を受章している。

 しかも、飯塚元被告がトヨタ自動車のプリウスで暴走したのなら、石川被告が運転していたのは同じトヨタでも高級車レクサスだった。こちらも「誤ってアクセルペダルを踏み続けた」と主張する検察側に対し、「天地神明に誓って踏んでいない」とまで断言して、車の不具合による無罪を主張している。どちらの裁判でも、トヨタ関係者らが証人として出廷し、車の不具合のなかったことを証言しなければならなかったことも共通する。

 今年2月15日、東京地裁は石川被告の主張を退け、「被告が誤ってアクセルペダルを踏み込んだ」と認定して、禁錮3年の有罪判決を言い渡している。アクセルペダルの裏側に踏み込んだ痕跡があったこと、車の操作状況を示すレコーダーにもアクセルペダルを踏んだ記録があることを指摘して、「車の不具合が存在した現実的可能性は見当たらない」とした。ただし、執行猶予5年が付いた。実刑ではない。それでも石川被告はこの判決を不服として、即日控訴している。

 飯塚元被告の検察による求刑は法定刑の上限の禁錮7年だった。それでは軽すぎる、という不満もSNSではあったようだが、それでも法律で定められた量刑のいっぱいいっぱいだったし、そこまで求刑すれば8掛けが相場の刑事裁判でも執行猶予が付かない実刑は免れない範囲だった。それだけ実刑を求める検察側の強い意思もうかがえた。

 池袋の事故では、妻子を失った夫がメディアに顔を出しては、過失を認めようとしない被告人に対する失意と悲憤が入り乱れた声を顕わにした。これに同情する庶民感情――とりわけネット世論が「上級国民」批判をより盛り上げさせた。

 大手メディアも支持を得られるとあって、こぞって遺族の主張を取り上げた。それだけ遺族の声と存在が目立っていた。この世論形成が検察の求刑を後押しし、裁判長の判決後の言葉となり、そしてなにより被告人に一審判決を受け入れさせたとしても不思議ではなかった。

 元東京地検特捜部長の事故の犠牲者にも家族はあった。報道によると、死亡した男性の妻は法廷でこう証言したという。

 「(石川被告が)裁判で『私も被害者だ』と話しており、胸をえぐられるようだった」

 事故の過失を認めようとしない被告人の態度が、遺族の心を逆なでしていることに変わりはない。

■人を裁くにあたって公正さは担保されているのか

 ここで、あらためて3つの暴走事故を比較してみる。

 神戸:バス運転手 死者2負傷者4 現行犯逮捕 罪を認める 禁錮3年6月(求刑禁錮5年) 控訴せず 一審判決確定

 池袋:元通産官僚 死者2負傷者9 在宅起訴 過失を認めず 禁錮5年(求刑禁錮7年) 控訴せず 一審判決確定

 渋谷:元東京地検特捜部長 死者1 在宅起訴 過失を認めず 禁錮3年執行猶予5年(求刑禁錮3年) 控訴中

 人を裁くにあたって公正さは担保されているだろうか。

 不可思議な事象を絶妙に言い当てたり、同情を誘ったりして、目立つことで厳罰を求める声が大きくなり、やがて検察の求刑や被告人の判断に影響を与えるとすれば、それは歪みと言える。

 神戸のバス運転手と飯塚元被告を比較して「上級国民」と批判されるのであれば、元東京地検特捜部長がもっと矢面に立たされてもおかしくはない。さりとて、自宅に脅迫状が届くほどに刑事被告人としての権利まで否定される飯塚元被告への非難には違和感を否めない。バス運転手だけが現行犯逮捕されたことには同情の余地も残る。

 国家が人を裁くことには主権者の厳しい監視の目が向けられるべきではあるが、それが個人への攻撃や差別に置き換わるようではただの魔女狩りである。

東洋経済オンライン

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最終更新:9/29(水) 8:01

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