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米ドル/円が40年の長きに及ぶ円高トレンドに幕を引き、歴史的な大底を打つ瞬間はエリオット波動で事前に予想されていた

9/19 12:06 配信

ザイFX!

 前回の記事では、エリオット波動の専門家・宮田直彦氏が新型コロナウイルス新規陽性者数の推移とエリオット波動を関連づけて意識している面も、もしかしたらあるかも!? …といった話を紹介した。

 今回は、エリオット波動を主体とした宮田直彦氏の分析に、筆者が鮮烈な印象を受けた過去の経験を紹介したい。その対象は米ドル/円の長期チャートだ。

エリオット波動は使い方が難しいと感じるが…
 正直に書くと、エリオット波動は使い方が難しいと筆者は感じている。

 たとえば、エリオット波動ではどこからどこまでを何波とするか、人によって違っていたりする。その波動のカウントの仕方自体が各エリオット波動論者のウデの見せどころということになるのかもしれないが、平凡な一般庶民にとってはエリオット波動はあいまいで、実践しにくい世界だな~と感じざるをえないところがあるのだ。

 ところが、宮田氏の米ドル/円長期チャート分析は様相が異なっていた。そこには、どうやらエリオット波動の典型とされる形がきちん、きちんと現れているようであり、典型的な形で相場が動いていったので、それに沿った宮田氏の相場見通しもピタリ、ピタリと当たっていくという鳥肌の立つような展開があったのだ。

エリオット波動的に米ドル/円を見ると、「円高5波」が長らく進行してきた
 筆者はこれまで宮田直彦氏に3回ほど取材している。その最初は2009年はじめのことだった。当時の宮田氏は三菱UFJ証券のチーフ・テクニカルアナリストという立場だった。

 前回、触れたとおり、元々、エリオット波動理論は株式相場の分析のために作られたものだった。

 それを為替相場にそのまま当てはめてよいのか、微妙な点がなくはないとも言える。宮田氏もエリオット波動が為替相場にどこまで当てはまるか、わからないところがあると若干だが、当時控えめに話していたことは一応、書いておこう。

 さて、前回の記事で書いたとおり、エリオット波動を模式的に描くと以下のようになる。その基本は「上昇5波、下降3波」という形だ。

 一方、米ドル/円相場を長期で見てみると、1ドル=360円の昔から、かなり長い間、下降してきた歴史がある。とはいえ、「米ドル/円相場の下降」は、「円相場の上昇(円高の進行)」とも言える。そのため、宮田氏は「米ドル/円の下降5波」ではなく、「円高5波」が長らく進行してきたと解釈していた。

米ドル/円相場は278.5円から79.75円まで長く、力強い3波を形成
 太平洋戦争終結の4年後、1949年から米ドル/円は1ドル=360円の固定相場制の時代が長く続いた。

 その態勢は1971年のニクソン・ショックから徐々に崩れていき、1973年から変動相場制へ移行するのだが、1971年を起点とした米ドル/円長期チャートは以下のとおりとなる。これは2009年2月に当サイトで公開した宮田直彦氏取材記事中に掲載したものであり、そのため、チャートは2009年はじめごろまでの期間で止まっている。

 エリオット波動は基本的に3波が一番長く、力強くなるとされている。

 上の米ドル/円長期チャートを見ると、1982年10月の278.5円から1995年4月の79.75円まで強烈な円高が進行しており、これが3波になる(※)。エリオット波動の「3波が一番長く、力強い」というシンプルな基本的特徴が確認できる。

(※上図の(3)と書かれている地点が3波の終わったところ。また、エリオット波動は、波動の期間などによって、波動を表す数字が3とか(3)とか(3)とか3などいろいろ変わるのだが、その詳しい説明はここでは省略する)

5波はエリオット波動の最後の波なのだから、3波の安値、79.75円を当然、下抜けていくはず
 3波の次は4波になるわけだが、この4波は三角保ち合いになっていると宮田氏は当時、解説してくれた。三角保ち合いは1~5波の中では4波に出る頻度が高いとされており、それに合致する値動きが起こっていたことになる。

 さらにエリオット波動においては、三角保ち合いは単に何となく三角形をしていればよいというものではなく、上げ下げ5本の波が必要だという。

 そして、この条件をきっちり満たしたうえで、2007年年末~2008年はじめあたりに、米ドル/円相場はこの三角保ち合いを下抜けて、5波に入ったというのが2009年当時の宮田氏の見解だった。

 さらに、これが極めて重要なことになるが、5波はエリオット波動の最後の波なのだから、3波の安値、79.75円を当然、下抜けていくはずというのが宮田氏の見立てだった。2009年はじめ、米ドル/円がまだ90円前後を推移していたときのことである。80円割れの水準である79.75円まではまだだいぶ距離があったのだが、エリオット波動的にはそこを下抜けると考えるしかない! ということだったのだろう。

 その後の米ドル/円はいったん戻す局面もあったものの、結局は下降していき、2011年3月の東日本大震災直後、福島第一原発事故への懸念が高まる中、ついに1995年4月安値79.75円を大きく下抜けることとなった。

 長期チャートで見て、エリオット波動のV波にあると考えられた米ドル/円は宮田氏の予想どおり、3波の安値(79.75円)を下抜けたのである。

 東日本大震災直後のショック的な動きのあと、米ドル/円は急反発し、そのローソク足には長い下ヒゲが伸びることとなったが、その後、米ドル/円相場は再び下がりだし、そのうち80円を割れた70円の大台で推移することが定着してしまうことになる。

米ドル/円のV波には、大きな相場の最後に現れる「ダイアゴナル・トライアングル」ができていた
 そして、米ドル/円が70円の大台の半ば~後半あたりをさまよっていた2011年10月、筆者は再び宮田氏の元へ取材に走った。このとき、三菱UFJ証券は三菱UFJモルガン・スタンレー証券に変わっており、宮田氏は同社のチーフ・テクニカルアナリストという立場にあった。

 宮田氏のエリオット波動カウント入りの米ドル/円長期チャートも前回取材時から2年以上の歳月を経て、さらにV波の形成が進んでおり、以下のようになっていた。

 そして、このとき、宮田氏は米ドル/円のV波には「ダイアゴナル・トライアングル(斜行三角形)」という独特な形状ができていると解説してくれたのだった。

 以下はほぼV波の部分だけを取り出した米ドル/円のチャート。ここにダイアゴナル・トライアングルを形作っているV波の全体像が示されている。当サイトで2011年10月に公開した宮田氏取材記事に掲載した米ドル/円週足チャートだ。

 素人目にも割ときれいなある種一定の規則性を保ちつつ、段々煮詰まってきているような雰囲気が見てとれるチャートである。

 ここでは説明の詳細な部分までは立ち入らないが、このダイアゴナル・トライアングルという独特なチャートは大きな相場の最後に現れるものであるとの宮田氏の解説だった。それはまさに最後の波動であるはずのV波にふさわしい形状ということになる。

米ドル/円は長期円高トレンドの「最終局面の最終局面の最終局面」にある
 さらにエリオット波動では、1つの波動のなかにエリオット波動の様式にのっとったより小さな波動が入っていて、そのより小さな波動の中にまたエリオット波動の様式にのっとったより小さな波動が入っていて…といった構造があると考える。

 そして、またも細かい説明はすっ飛ばすが、この2011年10月という、まさにそのときに米ドル/円は「V波の(5)波のc波」という本当に最後の際どい局面にあると宮田氏は解説してくれたのだった。

 この宮田氏の解説を受けて筆者が書いた2011年10月当時の記事から引用してみよう。

 これを読んでもらうと、当時は長期円高トレンドの最終地点にあったことが強く感じられるのではないだろうか。

 とはいえ、相場の未来を完全確実に見通すことは人間にはできない。それができるのは神様だけである。

 引用した上の記述も、あくまでその時点における宮田氏の見解を反映したもの、ということになる。本当に米ドル/円が長期円高トレンドの「最終局面の最終局面の最終局面」にあるかどうかは、その後の実際の相場展開を見てみなければわからないことだ。

 前回の記事で触れたとおり、宮田氏はエリオット波動だけでなく、相場のサイクルも重視する立場。

 宮田氏は、ここまで述べてきたような内容に加え、米ドル/円には16.5年(198ヵ月)周期で安値をつけるサイクルがあることなども根拠にしながら、この「2011年10月」という月こそ、まさに米ドル/円が40年の長きに及ぶ円高トレンドに幕を引き、歴史的な大底を打つ瞬間なのではないかとの見解を持っていたのだった。

2011年10月の最後の日、米ドル/円は75.32円という歴史的安値をつけたあと、為替介入によって吹き上がった
 その後、米ドル/円相場は実際にはどう動いたか? 

 10月31日(月)。米ドル/円が大底を打つと宮田氏が予想した2011年10月という月の最後の日。

 その月末月曜日週明け早朝のオセアニア市場にて、米ドル/円は流動性が低いと思われる中、窓を開けて急落。それまでの安値を更新し、75.32円という歴史的安値をつけたのだった。

 そして、そのわずか数時間後、同日午前10時台の東京市場。

 米ドル/円は突如、たった30分ぐらいで79円近辺まで3円近くもポーンと急騰したのだった。

 日本政府・日銀が大規模な為替介入に踏み切ったのだ。ちなみに当時の日本は民主党政権下にあった。

 そして、あれから10年近く経つが、2011年10月31日(月)の早朝、オセアニア市場でつけた75.32円という米ドル/円の安値は破られていない。

 2011年10月、宮田直彦氏が予想したその月の最後の日、31日に米ドル/円は歴史的安値を更新したあと、為替介入で吹き上がり、宮田氏の予想どおり、米ドル/円は歴史的な大底を打って、エリオット波動V波が終幕になるという、このうえなく劇的な展開になったのだった。

「2015~2016年に124円台の高値をつける」…大底を打ったあとの宮田直彦氏の予想もほとんどズバリ的中した
 そして、ついでと言っては大変申し訳ないのだが、大底を打ったあと、米ドル/円がどこまで上がるかという当面の目標について、2011年10月の取材時点で宮田氏は、2015~2016年に124円台の高値をつけるのではないかと予想していた。

 米ドル/円の月足チャートを改めて見てみよう。

 米ドル/円はそれから4年後の2015年に125円台の高値をつけ、それが当面の高値となった。ここでもほとんどズバリ、宮田氏の予想は当たっていたのだ。まさに神がかり的である。

 これは個人的感想になってしまうが、当サイト「ザイFX!」にて10年以上に渡って筆者が取材してきたなかで、もっとも印象的に感じた出来事は、この宮田氏取材と米ドル/円相場を巡る一連の展開だ。

 宮田直彦氏のレポートは、現在はマネースクエアの公式サイトにて、「宮田直彦のエリオット波動レポート」と題されて公開されている。

 宮田氏の最近の相場分析・予想を見てみたい人は、マネースクエアのサイトをのぞいてみてはどうだろうか。

(文・ザイFX! 編集長・井口稔 / 編集協力・ザイFX! 編集部・藤本康文)

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最終更新:9/19(日) 15:21

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