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日本で流行する「脱成長論」は正しい選択肢なのか

9/13 10:01 配信

東洋経済オンライン

日本で「脱成長」をテーマにした本が書店でも注目を集めている。しかし、欧米や中国の企業は社会課題をビジネスチャンスと捉えて、イノベーションを加速させている。そうしたなかで30年以上にわたって経済停滞を続ける日本が脱成長を唱えることは、世界を変えるきっかけになるのだろうか?  
本稿はベンチャー投資家として活躍する山本康正氏の『世界を変える5つのテクノロジー ――SDGs、ESGの最前線』より、アメリカ・スタンフォード大学帰りの気鋭の経済学者・小島武仁氏との対談から一部抜粋して紹介する。

■地球規模の議論をするときは感情を抑える

 山本:小島先生とはハーバード大学でのご縁以来、もう10年以上のお付き合いですが、数式や理論のバックグラウンドがとても堅牢な方だなと常々感じていました。世界に名を轟(とどろ)かせた経済学者の宇沢弘文先生(1928~2014)に近いものを感じるんですね。数学から経済学に転身された宇沢先生もまた、数学的にカチッと構築された理論と、そこからさらに発展していける拡張性の高い思想をお持ちの方でした。今回はサステナビリティとテクノロジーの関係性などについて、ご意見を伺えたらと思います。

 小島:こちらこそ、よろしくお願いします。

 山本:今、「脱成長」というモデルに注目が集まっています。書店でも脱成長をテーマにした本をよく見かけるようになりましたが、気候変動や格差、分断を生み出す資本主義から脱して「脱成長社会」を実現しようという考え方です。ディスカッションをするにはすごくいいテーマだとは思いますが、僕は誤解を生んでしまうのではないかという危機感を抱きました。脱成長論にあっては、新技術は豊かさを失わせているという前提に立って議論を展開されていますが、エビデンスがないように感じてしまう主張も少なくない。

 たとえば、EV(電気自動車)のような「グリーン技術は生産過程にまで目を向けるとそれほどグリーンではない」という主張もありますが、シェアリングエコノミーやロボットタクシーが実現すれば、自家用車の所有台数は一気に減るはずです。サステナビリティのためにテクノロジーができることを恣意的に過小評価している印象を受けてしまいます。

 私はリテラシーと知恵がしっかりと社会で共有されれば、資本主義を否定することなく、そこから拡張していける方法があるはずだという立場ですが、小島先生はいかがですか。

 小島:脱成長論は、現状認識について重要な問題提起だと思います。ただ、山本さんとまったく同じ感想になってしまうのですが、エビデンスがないままいい切っている主張も多々見受けられます。あるテクノロジーが発達して環境負荷が減っても、さらに便利になることで皆が持ちたがるから環境負荷の総量は増えます、と一足飛びで結論づけたりする。僕自身そこは専門ではなく、定量的に本当かどうかを知らないため意見を挟みませんが、気候変動のような地球全体の話は大きすぎるがゆえに感情的にもなりやすい。そのあたりはぐっとこらえたほうがいいのでは、と感じています。

 たとえば「ある種のテクノロジーは環境破壊を進める可能性がある」との結論に至ったときに、そのテクノロジーを完全に禁止するのはほとんどの場合は悪手です。テクノロジーには使い方によって良い面もあれば悪い面もある。それならば悪い面を細分化して、減らすために政策などによってなにができるかを検討するのが本来すべきことです。経済学でいうところの「外部性」(ある経済主体の活動が、市場を経ずに他の経済主体に影響を与えること)を適切に考慮に入れるということですが、そういった地道な作業は重要だと思います。

■すべての指標は不完全である

 山本:まさにそうですね。すべてを自由化させれば上手くいくわけではなく、悪い面は規制や金銭的ではないインセンティブを与えることでコントロールしていく。一方で、テクノロジーは発展したものの、今の日本は裕福な国とはいえません。GDPは下がってはいないものの、20年以上も停滞している。その間にすごい勢いで伸びているアメリカや中国とは対照的です。仮に日本がイノベーションを成功させて米中と同じくらいにGDPが伸びていたら、ここまで脱成長が支持される風潮にはなっていなかったのではないでしょうか。ただ、GDPに代わる新指標を考えようといった議論もありますが。

 小島:GDPの不完全性は昔から多くの経済学者が指摘していますね。「世界の幸福度ランキング」なども同じですよね。あれはGDPや健康寿命、個人の自由度、貧困の指数などを考慮して「幸福度」を評価したものですが、ひとつの指標に飛びつき、結論に結びつけていく姿勢は危険だとも思っています。

 山本:ブータンは「世界一幸福な国」とメディアでは報道されますが、実際に訪れてみると衛生状態などは決してよくはない。ひとつの指標だけでは現実は安易に判断できません。そういった問題を解決していくには、経済的なリテラシーも必要ではないでしょうか。全国民がそれを身につけるのは難しいかもしれませんが。

 小島:おっしゃる通りですね。ただ、人間はエビデンスを聞いたからといって納得するわけではないんですね。そこが難しい。行動経済学のナッジ理論(人の心理を踏まえて行動変容を後押しする工夫)などを使うことで受け入れられ方は変わるという研究はいくつかありますが。発信する側である学者や研究者、メディアなどに工夫が求められる部分だと思っています。

■なぜ日本のESGは後れを取っているのか? 

 山本:ワクチンのようにデマが発生しやすいテーマだとなおさら大事ですよね。因果関係が証明されていないにもかかわらず、「副反応で何名亡くなりました」と発信するメディアがいると、社会全体が損を被(こうむ)ってしまう。ワクチンは正の外部性です。接種することによって自分だけではなく、他の人たちも守られるわけですから、その外部性を正しく使わなければいけないのですが、社会的な公益よりも目先の売上を優先すると、そういったことが引き起こされてしまう。

 アメリカの企業は自分たちが社会的な意義を持つべきだと強く意識しています。さまざまな大企業が、SDGs(持続可能な開発目標)やESGを意識した経営戦略をどんどん打ち出していますよね。でも、じつは同じような風潮は日本にもずっとあったはずなんです。「売り手良し、買い手良し、世間良し」といった近江商人の三(さん)方良しの思想。環境・社会・ガバナンスに配慮するESGに近い考え方が日本には昔から存在していました。にもかかわらず、今の時代になってからはそれが機能しなくなっている。

 小島:いわゆる、“貧(ひん)すれば鈍(どん)する”なのでしょうか。

 山本:ベンチャーの世界では「売上がすべてを癒す」といわれます。売上が伸びれば期待感が湧き、モチベーションが上がって、「自分たちが社会に影響を与えているんだ」と思えるようにもなる。そういう流れはありますが、その因果関係が正しいかどうかは経済学で確かめられるのかなと思いますが。

 小島:社会への貢献とESG経営の枠組み、そこのギアが嚙み合う状態をどう作ればいいかということですよね。ゲーム理論的なところでもありますが、考えさせられる問題です。伝統的な経済学に立てば、やはり企業はプロフィットを上げることが最重要課題であるから、必ずしもESG経営を頑張ることには期待しすぎず、そこは政策で上手くカバーすべきだ、という発想をします。ただ、政策を動かすのは大変なことですから、そこだけに頼ろうとは手放しでいえません。今の日本や他国の現状を見ていると、資本主義をやめる前にやらなければならない政策があるのではないでしょうか。

 今、政府が検討しているカーボンプライシングもそうですし、DXの大前提となる周波数帯の有効な使い方の見直しでもそう。そこで政府が果たすべき役割は意外と大きいのではと感じています。

■新しいテクノロジーで本当の支援ができるようになった

 山本:先ほどのGDPに代わる新指標についての話題にも重なるのですが、デジタル通貨の普及は経済学的にはどうご覧になっていますか。全面的にデジタル通貨に移行すれば、お金の流れがマクロ的に捕捉されるようになりますよね。

 小島:デジタル通貨に関していえば、「実際はどのくらいまで捕捉できるか」が重要になってくると思います。たとえば、最近私はフードロスの問題に興味を持って調べているのですが、貧困層に食べ物を配るフードバンクがありますよね。ところがアメリカの事例を見ると、じつはソーダやお菓子のような肥満につながるような食べ物が届いて捨てられるケースも結構あるんです。

 ですから、本当の意味でフードロスをなくしていこうと思ったら、なにを送るのが適切なのか、そもそも彼らは普段なにを食べているのか、物を送ったら浮いたお金で野菜を買おうとするのか、それともまったく違うものにお金を使ってしまうのか、といった要素まで捕捉しておかないと、根本的な支援にはならないのです。そのために、デジタル通貨などで消費の捕捉がよりできるようになるならば、より効果的な対策を打てるようになるかもしれないと期待しています。

 このように私は大いに期待しているのですが、一方で心配もしています。たとえば、コロナ禍では地域振興券をデザインする自治体が数多くありましたよね。このときにデジタル通貨を使うとなると、これはパワフルなテクノロジーの一種ではあるのですが、同時にガバナンスが非常に必要になってくる。経済学のよくある議論としては、地域だけで使えるものを作ると、しばしば非効率性も生まれます。そのため、デジタル化によって使いやすい通貨を自治体が簡単に作れるようになると、かえって社会全体にとって悪い結果になるというパラドックスもあり得るわけです。どの程度まで限定すればサステナブルになるのか、自治体が税金を投入して行うだけの意義があるのかは、慎重に検討すべきだと思います。

■本当に必要な支援を実現した意外なモノ

 山本:制度設計次第である、ということですよね。日本円だけのやり取りのほうが圧倒的に使い勝手はいいわけですから。ただ、デジタル通貨の長所をうまく活かすことができれば、そこのコストを大幅に抑えることにもつながるかもしれません。

 小島:アメリカの食料支援NPOで「フィーディング・アメリカ」という団体があるのですが、そこではある種のトークンエコノミー(代替通貨)のような取り組みをして実装に至っています。どういうことかというと、それまでは各地のフードバンクやフードパントリー(食料支援)に食べ物を送る際、どこのフードバンクに何が必要とされるかが把握できていなかったため、混乱がたくさん起きていたそうなんですね。そこでトークンエコノミーを作って「鶏肉、缶詰、オムツ、どれを何ポイントで買いますか?」という疑似的なオークション仕様に変えたところ、合理的に必要なものが行きわたるようになったという成功例があるんです。

 この仕組みを考案した経済学者が、フードパントリー運営者にいわれた言葉というのが印象的でした。どういう言葉だったかというと、「自分は資本主義が嫌いで不正義を正すためにフードパントリーをやっていた。それなのに、結局のところお金に限りなく近いトークンエコノミーを導入することが合理的な支援につながった」といわれたそうです。貨幣の素晴らしい力って、そこなんですよね。欲しいものを手に入れるための、価値の交換手段だということをもう一度、原点に返って認識すべきではないでしょうか。

■このままでは安全保障でも後手に回ってしまう

 山本:高成長を続ける中国が世界に先駆けてデジタル人民元の運用を開始したのとは対照的に、日本では「脱成長だ」「GDPなんて伸びなくていい」という考え方が支持され始めています。この傾向が続くと、世界のマネーから日本だけが取り残されることになるでしょう。そうなると研究費が削られ、投資先にも選ばれなくなり、テクノロジーの進歩も当然後れてしまう。安全保障的にも弱い立場に追いやられるでしょう。そういう未来を真剣に考えたら、「自分たちは成長しなくていい」と本当にいえるのか、という思いが私はありますね。

 小島:おっしゃる通りです。さらに、仮に脱成長が環境にいいことが証明されても、一国だけでやれるものではない、という大きな問題があります。地球環境の問題ですから、国単位で政策をやってもうまくは進まないでしょう。

 サンフランシスコ・ベイエリアは、環境問題に厳しい規制がありますが、緑が綺麗で街並みも整っていて、すごく住みやすい裕福な都市です。ただ、本来ならばそこで大勢の人々が暮らせるはずが、一部規制により起こされた地価の高騰によって住めなくなった人々が、環境保護規制の弱いテキサスなどに大勢流れ込む事態が起きているといいます。結果、全体で見たときの環境負荷はより高まっているという議論もあります。地方や国でも同じことが起きていないか、常に意識する必要があるのではないでしょうか。

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最終更新:9/13(月) 11:56

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