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池上彰さんが解説、「音楽・美術・体育の授業がない国」があるのを知っていますか?

8/4 17:01 配信

東洋経済オンライン

OECD(経済協力開発機構)などの調査によると、日本から海外に留学した生徒・学生の数は2004年の約8万3000人をピークとして2016年には約5万6000人に減少しています。そして、世界中を襲った新型コロナウイルスの影響で、2020年、2021年と海外へ出ていくことが難しくなり、旅行や研修、留学の機会はますます減っています。
この状況にジャーナリストの池上彰さんは、「日本の若者は世界に目を向けることが少なくなったのではないか」と憂えています。そんな若者たちに「外の世界に関心を持ち、知ってほしい。コロナ禍が収束したら海外に出てほしい」と力を込めて言います。なぜ、若者に外に出てほしいと願うのか、池上さんの新著『なぜ世界を知るべきなのか』を一部抜粋し再構成しその理由を探ります。

■学びだすと「無知」を知る

 海外に留学すれば、さまざまな出会いがあるでしょうし、いろいろなことに気づき、感じることがあるでしょう。しかし、旅行だけでも多くのことを感じ、知ることができます。

 私自身の話をしましょう。NHKを辞めて、真っ先に向かったのはイランでした。2005年頃、イランが核兵器をつくろうとしているのではないか、というのが世界の大問題になっていました。いずれ、イランが大きなニュースになる、イランの様子を見てみようと思い、身銭を切って行ったのです。

 帰国後、知人から「そんな危険な国へ、よく行きましたね」と言われました。その人はイランとイラクを混同していたのですね。核兵器の開発は確かに国際的な脅威ですが、イラン国内はテロが起きているわけでもなく、穏やかでした。一方、イラクはフセイン大統領の独裁政権がアメリカに倒されて以来、混乱が続いていたのです。

 イランとイラク、名前はよく似ていますが、民族も言語もまったく違います。イランはペルシャ語を話すアーリア人の国、イラクはアラビア語を話すアラブ人の国。私たちは中東とひとくくりに考えがちですが、すべてがアラブ人の国ではありません。

 また、世界各地でイスラム過激派のテロが起きているので、「イスラムは怖い」というイメージを持つ人も多いでしょう。でも、中東のどこでも戦争やテロが起きているわけではありません。

 中東のホテルに宿泊すると、翌朝の日の出前、モスクから流れるアザーンの響きで目が覚めることがあります。「アザーン」とは、モスクへ礼拝に来たれという呼びかけのこと。静かな朝の街にアザーンが朗々と響くと、ああ、イスラム圏に来たなとしみじみ感じるのです。

 イスラム教徒の祈りの場であるモスクには、信者しか入れない場所もありますが、海外からの異教徒を受け入れてくれるところも多いのです。中に入ると、小さな子どもたちが走り回っていたり、大人が昼寝をしていたりと、平和な日常があります。熱心に『コーラン』を声に出している若者もいます。

 そんな光景を見ると、本来平和を求める宗教のはずのイスラムが、なぜマイナスのイメージで見られるのか?  中東でずっと争いが絶えないのはなぜなのか?  そんな疑問がわいてきます。

 「週刊こどもニュース」を担当している頃に、イスラムのことを知らなければいけないと思って、イスラム教の啓典である『コーラン』の日本語訳を読んで勉強したのですが、中東へ取材に行くようになって、もっとイスラムのことを知りたい、学びたいと思うようになりました。

 ものを知り始めると、自分がいかにものを知らないかということを知るのです。学びだすと「無知」を知る。そこから勉強が広がっていくのです。

 イランに行ったあとは、イスラエルやパレスチナを取材して回りました。そのうち民放の番組から、ニュースをわかりやすく解説してくれませんかという話が来るようになり、テレビ局のスタッフと一緒に海外へ取材に行く機会が増えました。これまでに個人の取材旅行と合わせて、85の国と地域に行きました。

 コロナ禍によって、日本を出られない、海外からも人が来ないという状況が続き、世界への関心がしぼみがちになっているかもしれません。しかし、世界は本当に広くて多種多様。狭い日本の常識にとらわれずに、世界へ目を向けてほしいのです。必ずあなたの視野を広げ、成長することにつながります。

■物事を違う視点から見てみよう

 ここまで読んできて、「日本に住んでいるのだから、日本のことだけ知っていれば十分じゃないか」と思った人がいるかもしれません。でも、多くの国や地域を取材すると、日本で「常識」と思っていたことが、常識でもなんでもなかったということに気づくことがあります。そういう経験をたくさんしてきました。いくつか実例を挙げていきましょう。

 「アメリカは先進国でアフリカは開発途上国」。あなたは、そんな認識を持っていませんか。でも、それは本当でしょうか? 

 以前にアメリカの中西部、ミシガン州あたりの人に「外国に行ったことがありますか」と聞いたら、「この前、ニューヨークに行った」と言うのです。中西部の人にとってニューヨークは外国なのだと驚きました。中西部はかつて盛んだった製造業が衰退し「ラストベルト(錆びついた工業地帯)」と呼ばれ、トランプ前大統領の支持者が多い地域です。

 また、あまり知られていませんが、アメリカは、乳幼児死亡率がほかの先進国と比べて高いのです。格差が極端に広がり、医療を受けられないマイノリティーの女性の貧困や若年妊娠が原因とみられています。西部や中西部の一部の州などでは、そもそも病院の数が少ない。車を何時間も走らせないと病院がないというところがいくらでもあります。

 私たちが思い描く「豊かな先進国アメリカ」というのは、ニューヨークやロサンゼルス、サンフランシスコあたりのイメージなのですね。アメリカは「先進国」と「開発途上国」が同居している国なのです。

 では、あまりなじみのないアフリカについて私たちはどんな印象を持っているでしょうか。アフリカに行くと、ライオンとかサイとか、そういう野生動物をすぐ見ることができると思っていませんか? 

 実は、アフリカの子どもたちは野生動物を見る機会はほとんどありません。ライオンなどの猛獣は危険なので、町から相当離れたところに野生動物保護区を設けていて、そこまで行かなければ、さまざまな野生動物を見ることができないのです。

 アフリカの子どもたちは、実物の野生動物を見ることはなかなかない。むしろ、日本にいる私たちのほうが、動物園に行って、すぐ見ることができるのです。アフリカに行けば、その辺に野生動物がいっぱいいるだろうなんて思うかもしれませんが、そんなことはないのです。

 また、アフリカはどこも日本より暑いと思っている人が多いかもしれませんが、必ずしもそうではありません。

 例えば、アフリカのちょうど赤道直下にあるウガンダに行ったことがあります。赤道直下だからものすごく暑いだろうと思ったのですが、ウガンダの中心地は標高が1000m以上あるので、一年中、初夏の軽井沢のような状態で、とても快適です。転勤でウガンダに来て働いている日本人が、「もう蒸し暑い日本に帰りたくない」と言っていました。ちょっと意外な感じがしませんか? 

 またアフリカの都市というと、建物が少なくてがらんとした田舎を想像するかもしれませんが、そうではありません。ウガンダの首都カンパラは高層ビルも建っている都会で、車が多くていつも交通渋滞しています。

 ちなみにウガンダから見て東側のケニアも、首都のナイロビは標高が高くて快適ですし、また南西側のルワンダはウガンダよりさらに標高が高く、冷涼な気候です。

 ルワンダといえば今から30年ほど前に内戦があって、戦争をしていた貧しい国のイメージを持つ人がいるかもしれません。しかし、内戦終結後は経済が発展して、今は世界有数のコーヒー産地となっています。また、ルワンダは女性が国会議員に占める割合が61.3%で世界一。日本は166位で先進国の中で最低水準です。視点を変えれば、立場が逆転することもあるのです。

 アフリカ=開発途上国のイメージを覆すような話を紹介してきましたが、当然ながら、どの国もウガンダやケニアの都市のような状態ではありません。

 アフリカでは、生まれてから1歳になるまで名前をつけないという地域があります。名前をつけると愛着がわくでしょう。その子が死んでしまったら、親にとって深い心の傷になります。名前をつけなければ、無名の子どもで終わらせられる。一歳まで無事に生きてくれたら大丈夫、このあと大きくなれるよね、じゃあ名前をつけようというわけです。そういう悲しい現実もまだアフリカにはあるのです。

 私たちは、世界のことをどれだけ知っているでしょう。「あの国は○○だ」という常識を疑ってみることです。それは国だけではありません。何事も自分で見る、聞く、考える、を実践してほしいのです。

■音楽・美術・体育のない国がある

 次は、あなたが一日の多くの時間を費やす学校の授業に注目してみましょう。音楽や体育などの授業はどこの国でもあると思いますか? 

 実はイスラム圏に行くと、音楽、美術、体育の授業がない国があるのです。理由はイスラム教の教えにあります。ひとつずつ説明しましょう。

 まず、「音楽」です。イスラム教の始祖であるムハンマドの言行録を『ハディース』といいますが、その中に「音楽が聞こえてきた時にムハンマドが両方の耳を指で塞いだ」という記述があります。音楽が嫌いだからではありません。そもそも、音楽のような楽しいことは地上では我慢し、天国に行ってから経験すればいいという考え方なのです。

 イスラム教の第一の聖典は『コーラン』で、ムハンマドが神様(アッラー)から伝えられた言葉を、彼の死後にまとめたものです。『ハディース』は第二の聖典といわれます。音楽は禁止とまで強くはありませんが、推奨はできないとされています。

 「美術」については、絵や粘土の制作などが「偶像崇拝」につながるとされて、授業でやらない国や地域があります。偶像崇拝とは、絵や彫刻、または自然の中にある目に見えるものを霊的な対象として崇拝・礼拝することです。

 イスラム教は、偶像崇拝を厳しく否定しています。それは、ムハンマド自らが禁じたからです。イスラム教において、神様は唯一絶対の存在。人には見えません。そんな神様の像を人間につくれるわけがないというのです。

 イスラム教ではムハンマドの絵を描いたり、偶像をつくったりすることも禁止しています。2015年にフランスで風刺新聞を発行している「シャルリー・エブド」がイスラム過激派のテロリストに襲撃されました。「シャルリー・エブド」はムハンマドの肖像を題材にした風刺画をたびたび掲載して、イスラム教徒から反感を買っていたのです。

■「体育」の授業がない理由

 では、「体育」の授業はなぜないのでしょうか?  イスラム圏の人たちの服装を思い浮かべてください。女性はスカーフなどで髪を覆っていますね。

 『コーラン』には、女性たちの美しいところは隠しておけと書いてあります。髪の毛以外のところは、各国の気候風土によって差があります。アラビア半島のような乾燥した砂漠の国ではマントで全身を包みますが、東南アジアのインドネシアやマレーシアでは、蒸し暑いので髪の毛だけ隠しています。

 男性も、信仰にふさわしい肌の露出の少ない服の着用が求められます。男女とも、体育で肌を露出するなんてとんでもない、というわけです。

 体育の授業がない国や地域では、軍隊の新兵たちにそろって行進させると、うまくできないそうです。日本では小学校のときから体育の時間に行進をするので、誰もが自然とできるようになる。反対に、体育の授業がないと覚える機会もないわけです。なるほど、そうかと思いましたね。

 イスラム教には、私たち日本人からみると不思議だったり、厳しいと感じたりする戒律が多くあります。中でも、「ラマダン」という断食の戒律が有名です。イスラム教では、ラマダン月(イスラム教独自のヒジュラ暦の9月)の1カ月間、日の出から日没まで食事をしません。

 私はラマダン期間中のアラブ首長国連邦やカタールを取材したことがあります。重苦しい雰囲気なのだろうかと考えながら行ってみると、予想と異なり、お祭りというか、イベントを楽しんでいるように見えました。

 毎日、断食が明ける日没を待って、みんな一斉に食事をします。夜の商店街は大勢の人でにぎわい、バーゲンセールが行われていました。イスラム圏の国によって違いはありますが、現地取材をして、ラマダンの印象が一変しました。

 世界には、いろいろな宗教が存在します。イスラム教のことはよくわからないという人が多いでしょう。イスラム教を理解するためには、同じ「一神教」のユダヤ教・キリスト教と比較することが必要になります。「一神教」とは、この世界をつくったのは唯一絶対の神様であり、それ以外の神様は存在しないと信じる宗教です。

 学んでいくと、唯一絶対の神様がこの世界をつくるだけでなく、やがては「世界の終わり」をもたらす存在でもあることがわかります。世界が終わる時に、自分は天国に行けるのか、地獄に落ちるのか。そんな恐れが、信仰する人々の日常を支えているのです。

 そういう「一神教」のことを知ると、では、日本の宗教はどうなっているのだろう、という疑問がわいてきます。神社とお寺は何が違うのか?  神道とはどういう宗教なのか?  日本の仏教はどうなっているのだろう。

 ほかの世界のことを知ると、結局は自分のことを知りたくなるのです。そうなれば、しめたもの。知識がどんどん広がって、自国の文化への理解も深まります。そして、いつか海外に出たときに、自国の文化を説明できることが、コミュニケーションに役立つことになります。

■世界を知るということ

 まさに世界は広くて多種多様なのです。そしてそのことを、あなた自身で見て、聞いて、考えることで知ってほしいと願っています。「あなたとは違う視点」に触れることで、あなたの思考の幅が広がり、他人、社会、そしてあなた自身に対する考え方の許容範囲も広がります。ひいては、あなたが生きていくときの人生の選択肢も広がっていくことになります。

 これまで述べてきたように、世界を知ることは、とても面白くて、さらに世の中を知りたくなる、勉強したくなることです。世界に興味を持つことは、あなたを大きく成長させてくれるでしょう。

 コロナ禍の中では海外に出るのはなかなか難しい。また、生徒や学生だと自由に海外に行くわけにはいかないでしょう。

 しかし、世界のニュースに関心を持ち、新聞やテレビを読んだり見たりするだけでも、それぞれの国を理解したり、日本はどうすればいいのかを考えたりするヒントが詰まっていることに気づくでしょう。

 わからないことがあったらチャンスです。知らないことに出合うのが、学びの始まりです。自分で調べてみましょう。今までよりも世界が広がったような気持ちになるはずです。

 どんなことに接しても、常識や思い込みにとらわれず、広い視野で物事を考えることを心がけてほしいな、と思います。

東洋経済オンライン

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最終更新:8/4(水) 17:01

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