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27歳で急死「天才ロッカーたちの礼賛」に異議あり

7/31 17:31 配信

東洋経済オンライン

 有名なエピソードの定義が「どんな人でも知っていて当然なこと」であるなら、「27クラブ」はそれにあたらないのかもしれない。事実、この名称を聞いてもピンとこない方は相当数存在するだろう。

 しかしロックンロールの歴史のなかで、これは重要なキーワードでもある。

■名だたるミュージシャンの相次ぐ死がきっかけ

 きっかけは、1969年以降のわずか2年間に名だたるミュージシャンが相次いで命を落としたことだった。ローリング・ストーンズの創始者であるブライアン・ジョーンズ、ジャニス・ジョプリン、ジミ・ヘンドリックス、そしてドアーズのジム・モリソン。

はたして偶然なのか。彼らが選んだライフスタイルの論理的帰結なのか。ドラッグや心の病のせいなのか。絶えず大衆の視線にさらされているプレッシャーだったのか。それともすべての要素が混じりあっていたのか。いずれにせよ、人々はそこにパターンを見いだしはじめた。大衆の想像力のなかで、単なる相関関係が因果関係へと転じていった。都市伝説が生まれ、文化的な固定観念になり、そうして「27クラブ」が生まれた。(「イントロダクション」より)

 決して喜べるようなものではないこのクラブの成り立ちを、『才能のあるヤツはなぜ27歳で死んでしまうのか?』(森田義信 訳、星海社新書)の著者、ジーン・シモンズ氏はこう記している。

 名前からわかるように、アメリカを代表するロックンロール・バンド、キッスのベーシスト兼ヴォーカリスト。ポール・スタンレーとともに同バンドを生み出したオリジナル・メンバーである。

 独特のメイクやパフォーマンスで知られるキッスは派手なバンドであり、そのあり方はロックンロールというフォーマットをわかりやすい形で代弁しているとも考えられる。

 だがバンド内で最も目立つ存在であるシモンズ氏は、酒も飲まず、ドラッグもやらない人物でもある。本書ではそのような立場から、多くのミュージシャンたちの命を奪ったドラッグを真っ向から否定し、「27クラブ」についての持論を展開している。

 その意図は、「音楽産業の内外で活躍して27歳で世を去ったさまざまな文化的存在を語り、理解の筋道を見つけ、共感を示すこと」だという。根底にあるのは、次のような考え方だ。

これは私の見かただが、27クラブというコンセプトは、若くして死ぬこと――成功のてっぺんでドラッグと不摂生にまみれて死ぬことがカッコいい、などと讃えるものであってはならない。27クラブはそういう文脈で語られることが多いが、私はこれまでずっとそんな考えを声を大にして否定してきた。ドラッグをやり、不摂生を続けている人だって、必ずしもそんな過大評価には同意しないだろう。(「イントロダクション」より)

 シモンズ氏は、「27クラブというフレーズに問題がある」と指摘している。この「クラブ」のことを、プライベートで、閉鎖的で、メンバーズ・オンリーな、あたかも高級クリエイティブ・クラブ「ソーホー・ハウス」のような調子で口にすること自体が間違っているのだと。

■27クラブという呼称のイメージ

 たしかに「27クラブ」という名は、あたかもそれが特別なものであるような印象を与える可能性がある。だが忘れるべきでないのは、そのクラブが現実に起きた死を語っているものだということだ。

 しかし当然ながら、死は「クラブ」であるべきではない。にもかかわらず、そのクラブに所属する人々は“ひとくくり”にされているのである。

私たちは愛するものを萎れる前に捨てたがる。それがアメリカのポップ・カルチャーの心理学だ。まだ二十歳を越えたばかりのブランド・ニュー・スターのレコードや映画を手に入れ、次の金でタブロイド紙を買い、彼らの中毒症状や離婚や肥満や鬱状態や自殺の記事を読みあさる。おだてあげろ、そして、叩き落とせ。(「イントロダクション」より)

 それは物事の本質ではなく、単なる断片だ。シモンズ氏も、27クラブを考えることは、「ひとりひとりの経験がどれほどユニークで計り知れないかを受け入れること」だと主張している。

 他人の痛みを理解し、どうしてその人が説明のつかないことをするような状況へ追いやられたのかを理解することだと。

たとえ成功の頂点に登りつめ、心から愛してくれる友人やファンに囲まれていても、実にさまざまな理由で、ほかの人が感じないような孤独を感じる人間は存在する。まわりに人がいてもいだいてしまう、逆説的な孤立感。私にはそんな経験はない。しかし、同じような立場にいる多くの人間がそういう経験をしている。

私にとっては、それこそが27クラブだ。(「イントロダクション」より)

■ロック・スターに影響を与えた“環境”

 27クラブが話題にのぼるとき、最も頻繁に言及される存在として、シモンズ氏はカート・コベインの名を挙げている(日本では「コバーン」と表記されることが多いが、本書では実際の発音に近い「コベイン」が用いられている)。

 アルバム『ネヴァーマインド』で大成功を収めたニルヴァーナのヴォーカリスト兼ギタリスト。ファッション、発言、刹那的な人生観などによって多くの若者の共感を呼んだが、1994年4月5日に27歳で自死した。

悲劇の象徴としてロマン化され、ファンに崇められる存在。「苦悩するアーティスト」。遺書にあった「消えていいくらいだったら燃えつきるほうがいい」という言葉は、引用されすぎるくらい引用されてきた(彼が書いた文章だと思っている人もいるようだが、実はニール・ヤングの歌詞の引用だ)。コベインの死は、その音楽と同じくらいいくつもの波紋を呼んだ。(165ページより)
 コベインは自殺やアルコール依存症の発生率が高いことで知られるワシントン州アバディーンで育ち、そのことがのちに暗い影を落とすことになった。

 幼年時代は聡明で明るく愛らしい子どもだったが、2歳半から3歳になったあたりで多動症の問題が表れはじめた。そして9歳のときに、両親が離婚。“普通の家庭”を失ってからは感情を昂らせるようになった。

 増大する不安やパニック感を和らげるためマリファナに頼り、母親から精神的虐待を受け、さらには生涯にわたって原因不明の胃痛に苦しめられていた。その痛みを和らげるためヘロインに走ったという説もあるが、高校を出たあとの生活は貧しくみじめなものだった。

■ニルヴァーナの成功がもたらした違和感

 しかしそんななか、同じように人生への不満を抱えていた若者たちのコミュニティができあがり、「社会的にも政治的にも自分の気持ちを代弁してくれた」パンク・ロックと出会い、バンドを結成した。それがニルヴァーナだ。

 大きな契機となったのは、シングル「スメルズ・ライク・ティーン・スピリット」を生み出した1991年のメジャー・デビュー・アルバム『ネヴァーマインド』の成功だった。これを契機として、ニルヴァーナはその名を轟かせるバンドとなったのだ。

 だが急激な成功は、彼を困惑させもしたようだ。なにしろ環境が激変してしまったのだから、無理もない話ではある。そうでなくとも、彼には背負い続けている数々のトラウマがあったのだし。

慣れるのはきっとたいへんだったにちがいない。『ローリング・ストーン』誌のインタビューで、コベインはこう語っている。「あんなに急に成功するなんて、突然自分の乗ってる車がフェラーリだってことを発見して、アクセルペダルが瞬間接着剤で床にくっついて離れないことに気づく、みたいな感じだったよ。友達は、あいつら、ちゃんとやってるのか、ってバンドのことを心配してたしね」。(176ページより)

 同世代の苦悩を代弁する人間としての役割を担わされたことに、コベインは戸惑い、抵抗を感じた。

 それは、はるか上の世代にあたり、名声を得ることを原動力にしてきたシモンズ氏にとっては理解しづらいものだったようだ。

 だが、下の世代も同じことを感じるとは限らない。コベインはその象徴的な存在であり、旧来的なアメリカン・ドリームのようなものに居心地の悪さを感じていたということだ。

■成功に必要不可欠なものではない

 そして結果的に――この文章はバイオグラフィではないので詳細な記述は省くが――精神的に追い詰められたコベインは、シアトルの自宅で命を落とす。死因はショットガンでの自殺で、血中からは高濃度のヘロインとバリウムが検出されたという。

 このことに関連し、シモンズ氏は疑問を投げかけている。

 たしかにコベインはすばらしいロック・ミュージックをつくり出し、そして苦悩してもいた。だが、「苦悩したからすばらしいロック・ミュージックをつくり出したのだろうか?」と。

 実際にはそうではないだろう。なぜなら、よい音楽をつくるために、よい芸術をつくり出すために、伝説的なステイタスを得るために、コベインが抱えていたような個人的な事情が必要だというわけではないからだ。“それ”は、成功に必要不可欠なものではない。

私は信じている。ほかの誰かが同じような個人的事情を抱え、同じような苦悩を感じ、同じようなドラッグをやったとしても、平均以下の音楽しか作れなかった可能性は十二分にある――誰の魂にも訴えかけず、どんな経験にもよりそえないレコードしか作れなかったかもしれないではないか。私たちのヒーローの多くが同じような道をたどって苦しい人生を送ってきたせいで、痛みや病は天才性と容易に関係づけられてしまう。しかしそれは偶発的な関係であって、因果関係ではない。(187~188ページより)

 個人的事情やドラッグがあったから、すばらしい音楽がつくれたわけではない。ドラッグがあろうがなかろうが、才能と可能性を備えた人間は傑作を生み出すだろうし、それらに恵まれない人間はなにも生み出さないということだ。

 そして、コベインは前者だった。シモンズ氏も、コベインには音楽的な観点があり、ソングライティングのスタイルがあり、人間くささと雰囲気があったと認めている。

 つまり、もしヘロイン中毒や胃痛がなかったとしても、コベインの価値は変わらないということである。そしてそれは、同じような理由により若くして命を落としたアーティストたち――27クラブのメンバーを含む――にもあてはまるはずだ。

■27クラブの美化をやめる

 おそらくはシモンズ氏も、そんなことを伝えたかったのだろう。それは、以下の発言からもよくわかる。

私たちが学ぶべき大切なことは、真実ではないか。27クラブの美化をやめること。早すぎる死の神話や礼賛が広がるのを食いとめること。私たちは、早すぎる死の原因がロマンティックでもセクシーでもないことを知るべきだ。礼賛するなら、死ではなく、生をこそ礼賛しよう。(189ページより)
 本書を読んでいると、ジーン・シモンズというロック・スターの生真面目さを強く感じる。冒頭でも触れたとおり、ステージで火を吹いたり血を吐いたりしていた彼は、ある意味においてロックのダイナミズムを非常にわかりやすい形で表現した人だ。

 とはいえ酒やドラッグとはまったく無縁で、自分にとってのドラッグは注目、賞賛、成功、評価、そしてチョコレート・ケーキだと言ってのける。

 それは、一般的なロックのイメージとは異なるかもしれない。しかし、そもそもイメージはイメージでしかないのだ。だからこそ現実に目を向け、偶像でしかない27クラブに別れを告げようと提案しているわけである。

東洋経済オンライン

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最終更新:7/31(土) 17:31

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