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意外と多い「高田馬場」築50年超のシブいビル巡り

7/22 11:31 配信

東洋経済オンライン

 高田馬場の駅前は、常に人であふれかえっている。ここは山手線のほか、西武新宿線、東京メトロ東西線と鉄道3線が交わるターミナル。都内でも有数の学生街であり、マンモス大学である早稲田大学をはじめ、専門学校生など駅を利用する学生も多い。

 近年、駅前には日本の難関大学を目指す中国人留学生向けの予備校が次々に開校し、中国語で談笑しながら街を歩く若者たちも増えた。

■駅前でビル4件が建て替え中

 そんな駅前で最近目立っているのは、1960~70年代築のビルの建て替え工事現場だ。

 ただいま、駅東口では計4件のビルの建て替えプロジェクトが同時に進行中。早稲田通りに面した「ゆう文ビル」(69年築)、「菊月ビル」(68年築)、さらに隣の「東京三協信用金庫本店ビル」。

 そして、駅前広場を挟んで駅のはす向かいにあった2棟のビル(ボストンビル・72年築と、ホテルサンルートの入居していた高田馬場駅前ビル・80年築)を解体して、1棟のビルに建て替える工事が進んでいる。建て替え後のビルには、以前の約1.5倍の13階建ての高さになるものもあり、駅前の景観は一変しそうだ。

 一方で、駅前にはそれらと同時代に建った“シブいビル”もまだまだ多数健在。

 馬場のランドマークであり、西武鉄道の駅ビルでもある「BIG BOX」は74年築。駅の真ん前にある、早稲田カラーのエンジ色と角丸形の窓の並ぶ外観が特徴の「稲門ビル」(69年築)。同ビルは2020年に閉店した居酒屋「まんぷく亭」が入居していたビルと言えばわかる人も多いのではないだろうか。

 さらに、最上階が空中に浮いたような展望フロア風で外壁にはモザイクタイル壁画もある凝ったデザインの「名店ビル」(69年築)。同ビルにはアド街ック天国の高田馬場の回で1位になった居酒屋「だるま」が入居している。

 そしてその隣の「FIビル」(71年築・1階にドン・キホーテ)はエレベーターやエスカレーターまわりに赤いトラバーチン石が使用され豪華な内装と、それぞれが個性的だ。

■ビル内ではチェーン店と老舗が混在

 駅前という絶好の立地のためか、築50年以上にもかかわらず、どのビルも1階や2階にはコンビニ、ファストフード、ドラッグストアや大手資本の洋菓子店、ベーカリーが入居し、人通りも利用客も多い。

 そんな各ビル内には、古くから営業を続けている店も健在。稲門ビルの「山水ビリヤード」「喫茶ロマン」、FIビルの「芳林堂書店」、イタリア料理「文流」、ロシア料理「チャイカ」といった馬場の老舗が営業中だ。

 稲門ビルには、69年の創建時には、当時大流行していたボウリング場があり、その後は映画館に改装され99年まで営業。館内は今よりも細かい区画で多くの飲食店が入居し、焼肉屋、寿司店、ラーメン屋、麻雀店など個人経営の店が並んでいたそうだ。地下には新宿ゴールデン街を思わせる飲み屋街もあったというから、そんなビル内の各店を懐かしく思い出す人もいるだろう。

 現在開発中の菊月ビルとゆう文ビルの2つのビルは、解体以前は一見して一つの大きなビルのように見えたが、早稲田通りに面した目立つ場所には「ムトウ楽器店」というレコード店が2013年まであったことも思い出す。

 菊月ビル内の「菊月」は和菓子店だったが、2010年代にその場所は100円ショップとなり。ゆう文ビル内の「ゆう文」はもともと果実店だったが、ビル解体前にはすでにタバコ店、携帯電話ショップなどになっていた。

 そして「BIG BOX」にも、この街で学生時代を過ごした人や馬場にゆかりのある人には懐かしい記憶があるはず。

 ビルの設計者は、意外にも、メタボリズム建築の傑作「中銀カプセルタワー」(72年築)や「国立新美術館」(2006年築)などの作品のある黒川紀章だ。創建時には前面に「走る人」の巨大な絵が描かれ、窓のない“箱”のような外観も斬新だった。

 BIG BOXは74年に、西武スポーツプラザとしてオープンし、当時はまだめずらしかったアスレティック・スポーツクラブ、フィンランド・サウナ、スイミングプールやビリヤード場、ボウリング場などのあるデラックスなスポーツの殿堂だった。

 2007年に建物全体の大リニューアルが行われたこともあり、館内には創建時の名残は見当たらないが、ボウリング場、フィットネスクラブなどは、形を変えながら今も営業中。カラオケやゲームセンターもあり、学生や若者たちの遊び場、集い場として賑わっている。

■再開発が「同時多発」の理由

 現在再開発中のものも含め、高田馬場駅前のビルは、その大半が、地権者である商店主たちが集まって建てた共同ビルだ。

 60年代から70年代前半と言えば日本の高度経済成長期。当時、山手線駅前の商業地域の新築・建て替えは、鉄筋コンクリートの防火建築にすることが法律で義務づけられていた。

 そんな時代の流れで、地権者たちが共同で、当時としては大規模なテナントビルを建てた結果、今まで平屋かせいぜい二階建ての木造建築が並んでいた高田馬場駅前は、70年代には、現在のような街並みになった。そして、それから約50年経った今、一気にビルの更新時期がやってきたということなのだろう。

 そして、近年、都心および全国で、続々と高度経済成長期に建設された“シブいビル”が次々に再開発されるようになったのは、2013年に、耐震改修促進法が施行されたという事情も働いている。これにより、不特定多数の人が利用したり、避難時に配慮が必要な人が利用する大規模な建築物には耐震診断とその結果の公表が義務づけられた。

 これにより、建物を耐震改修するか、解体して再開発するかという二者択一を迫られたビルも数多く存在するはずだ。

 高田馬場では、この駅前広場の周りばかりでなく、早稲田通り沿い、BIG BOX脇の戸山公園方面に向かう坂道沿い、山手線の線路西側の繁華街“さかえ通り”周辺などにも60~70年代築の“シブいビル”が数多く見つかる。

 BIG BOX脇の坂道には比較的大規模な商業ビル、オフィスビルが並び、大輝ビル、三慶ビルなど、アーチ型や長方形を型抜きしたようなプレキャストコンクリートの外壁や華やかな面格子、鉄筋コンクリート造の重量感を強調した外観デザイン、戦後モダニズムを思わせる水平垂直感を強調した建物と、各種味わい深いデザインを堪能できる。

 まさに、シブいビルの宝庫である高田馬場。しかし、都心の好立地であるがゆえ、これからどんどん、そんな愛すべきビル館は建て替えられていくことだろう。

■ドアや階段に残る「50年前の味わい」

 今、街を歩いている多くの人々には、視線レベルにある1階のファストフードやコンビニ、ドラッグストアといった店舗しか視界に入っていないだろう。そこでちょっと視線を上に向けると、60~70年代築の時代とともに趣を増したシブいビルの姿が目に飛び込んでくるはずだ。

 ビル入口の押しドアのドアハンドル、階段のデザインなども、約50年前ならではの味わいのあるものが残っていたりする。

 そんなビルで営業を続けている、地権者が営む古くからの店、個人経営の個性的な店の存在も貴重だ。再開発や世代交代によってこれからますますそんな店は減っていくはず。

 古くからそんな街や建物に親しんできた世代にも、それらをエモい、新しいと感じる若い世代にも、今後失われていってしまうこの50年の歴史を持つ街並みの価値に気づいてほしい。今がまさに、高田馬場のシブいビルを楽しみ、味わうべき時なのだと。

東洋経済オンライン

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最終更新:7/22(木) 11:31

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