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「不妊治療、2度の流産、離婚」を経験した40代女性、「妊活は婚活よりも大変だった」

7/22 14:01 配信

東洋経済オンライン

アラフォーになって、結婚相談所にやってくる女性のほとんどが、「最後のチャンスに子どもが欲しい」と言う。個人差はあるが40代半ばくらいまでが、妊娠できる年齢だと言われているだからだろう。また、晩婚化の進む現代では、不妊治療も多く行われている。しかし、不妊治療をしたからといって、必ずしも子どもが授かるわけではない。
仲人として、婚活現場に関わる筆者が、毎回婚活者に焦点を当てて、苦労や成功体験をリアルな声とともにお届けしていく連載。今回は、つらい不妊治療が夫婦の亀裂を生み離婚。そこから再起し、婚活をリスタートさせた女性のストーリーを綴る。

■子どもを授かるなら年の近い男性がいい

 「このたび、離婚をしました。つらい不妊治療を経て妊娠し、流産をして傷ついているときに、元夫や元姑から、信じられないようなことを言われました。もう、心身ともにボロボロです。でも、やっぱり諦められない。もう42歳になってしまったので、(子どもを授かる)時間も待ったなし。もしかしたら授かれないかもしれないけれど、後悔はしたくないので、もう一度、婚活をすることにしました」

 事務所に再入会の面談の面談にやってきた昌子(仮名、42歳)は、神妙な面持ちで言った。

 彼女が同い歳の吉次(仮名)と結婚を決めて、成婚退会をしたのは2年前のことだ。お見合い婚活をスタートしたのは39歳のときで、40歳になってすぐに結婚が決まった。

 昌子は婚活を始めた当初、「どうしても最後のチャンスに子どもが欲しい」と言っていた。そして当時、「今から子どもを産んで育てるなら、男性はできるだけ自分の年に近い人がいい」と考えていた。

 結婚相談所で活動をしたことのある女性なら誰もが周知だが、申し込みをかけてくる男性は、かなり年上層が多い。女性が39歳だと、男性は、40代後半~50代が多く、時には、60代の男性からも申し込みがくる。

 男性側も初婚者は、「最後のチャンスに子どもが欲しい」と思っているので、結婚するなら1歳でも若い女性がいいと考えているからだ。しかし、20代やアラサーに申し込みをかけてもその層には受けてもらえないとわかっているので、子どもが授かれる可能性のあるアラフォーに申し込みをかける。一方で、条件のいいアラフォー男性は、同世代のアラフォー女性とは、結婚をしたがらない。

 昌子は、来る申し込みを吟味しながらも、自分から積極的に同世代の男性に申し込みをかけていった。男性の年収には目を瞑っても、頑なに年齢にはこだわっていた。あるとき、49歳、年収が1100万の国家公務員の男性からお申し込みが来た。彼女がお見合いするのは、45前の男性ばかりだったので、私は、あえてこの49歳を勧めてみた。

 「10歳上だけれど、国家公務員で仕事も安定してしているし、預貯金も資産もあるようよ。結婚後も計画的に貯金をしていけば、お子さんを授かっても育てていくことはできるのではないですか?  お会いしてみたらどう?」

 ところが、彼女は、きっぱりと断りを入れてきた。

 「私には、上すぎます。年収があればいいというものではないし、10歳も上だと、話が合わないと思います」

 そして、私の相談所で10カ月活動をし、39歳もあと1カ月で終わるというときに見合いをした同い歳の吉次と、交際3カ月の末に結婚を決めた。吉次は、新宿から電車で1時間半の東京に隣接した県に住み、実家の近くにすでに戸建てを購入している年収500万円の男性だった。

 昌子は派遣社員だったので、一旦勤めを辞め、結婚したら新居となる戸建てから通える範囲で、仕事を探すことにした。そして、何よりも「子どもを授りたい」という気持ちが強かったので、成婚退会後すぐに入籍し、吉次の所に引っ越しをして、妊活に入った。

■やっと妊娠したのに、9週目で流産

 「ただ今思い返せば、両家の顔合わせのときから、お母さんは、私が40歳だったことが気にくわなかったようでした。『(息子が)仕事に明け暮れて、モタモタしているうちにこの年になっちゃったんだから、多くは望めないわね~。まあ、子どもは授からなかったとしても、夫婦仲良くやってくれれば』って、言ったんです。悪気はなかったんでしょうけど、私は子どもが欲しくての結婚だったので、その言葉にカチンときました」

 ただそのときは、“子どもが授かれば、もうイヤミも言えなくなるし、姑も態度をコロリと変えるだろう“と思っていた。

 入籍後、時間を無駄にしたくなかったので、夫婦でブライダルチェックを受けた。お互いに目立った問題はなかったので、すぐに不妊治療に入った。不妊治療の助成金が出るのは43歳未満なので、40歳の昌子にはその時間もあまり残されておらず、そこにも焦りを覚えた。不妊治療では有名なクリニックをネットで探し、そこに通院した。

 「新婚のときって、休みの日は一緒に買い物に出かけたり、旅行の計画を立てたり、一番楽しい時期だと思うんですね。でも、私の頭の中は、1日も早く妊娠することでいっぱいでした」

 街中でも、お腹の大きい妊婦さんや、赤ちゃんを抱いていたりバギーを押していたりする女性ばかりが目に入った。

 「意識がそちらに向いているからでしょうか。“世の中には、こんなに子どもを授かっている女性がいるんだ“と思いました。その仲間入りを、1日も早くしたかった」

■妊娠することで頭がいっぱいに

 不妊治療を受けているときには、定期的にクリニックに通わないといけないので、仕事探しもままならず、まずは仕事よりも子どもを授かることを優先することにした。

 「受精卵を子宮に戻す胚移植を2度やりました。2度目が着床して 妊娠したんです。そのときは飛び上がるほどうれしかったのですが、9週目で流産してしまいました。もう悲しくて悲しくて、1週間くらいは泣き続けていました」

 街で赤ちゃんを抱っこしていたり、バギーを押している女性を見ると、ところかまわず涙が溢れ出てきたという。

 「1度目の流産の後から、さらに妊娠することで頭がいっぱいになりました。私が口にする話題はすべてが不妊治療のこと。流産後から3カ月は体の調子をととのえる期間に当てるように医師から言われたのですが、その3カ月間毎日のように、どうしたら妊娠しやすくなるのか、ネット検索をしていろいろなサイトを読み漁っていました」

 あるとき、会社から帰ってきた吉次に、「今日ネットで、胎内環境をよくするサプリを見つけたの」と話すと、彼がうんざりしたような顔で言った。

 「こっちは、仕事から疲れて帰ってきているのに、玄関のドアを開けて家の中に入った途端、妊娠妊娠、子ども子どもって、そんな話ばかりされたら、気が休まらないよ。いい加減にしてくれよッ!」

 吉次のこの言葉に、昌子はパチンと感情が弾け、おいおい泣きながら、ヒステリックに叫んだ。

 「痛い思いやつらい思いをするのは、私ばかり。それでも頑張っているのに、なんで私の気持ちをわかってくれないの!」

 そして、吉次につかみかかっていった。

 「何するんだよ!  疲れて帰ってきたのに、やってられないよ!」

 彼は、つかみかかった手を振りほどくと、そのまま外に出ていってしまった。

 昌子は、ひとり部屋に取り残され、泣きながら実家に電話をした。最初に電話に出たのは母で、今起こったことの一部始終を告げた。すると、後から父が電話をかわり、言った。

 「昌子の気持ちもわかるけれど、お父さんは男だから、吉次くんの気持ちもわかるよ。昌子は1日家にいる。だから余計に子どもを授かることを考えちゃうんだろう。吉次君は、仕事で疲れて帰ってきて、その話ばかりされたら、気が休まらないだろうよ」

 その夜は、「誰1人として、私の気持ちをわかってくれない」と思っていたのだが、一晩寝て冷静になってみると、「妊娠することで頭がいっぱいになり、心に余裕がなくなっている自分にも悪いところがあった」と、反省した。

 流産から3カ月が経ち、不妊治療を再開したところ、2度目の妊娠をした。「今度こそ」という気持ちでいたのに、やはり8週目で流産をした。

 そして、2度目の流産で、気持ちがボロボロに傷ついているときに、夫が実家の母と電話で話しているのを部屋の外から立ち聞きしてしまった。

 「母さんが言った通り、もっと若いヨメをもらえばよかったよ」

 この言葉が胸に突き刺さった。ドアを開けて、電話をしている吉次に言った。

 「若くなくて、悪かったわね!」

 その叫び声は、電話の向こうにいた姑にも丸聞こえだった。その後、姑は昌子の実家に電話を入れたようだ。夜に、昌子の母から電話がかかってきた。

 「まあちゃんは、頑張りすぎちゃって、かなり疲れてると思うの。冷静になったほうがいいから、少しの間こっちに帰っておいで。お父さんとお母さんの家で、心身ともにゆっくりしなさい。明日、迎えにいくから」

 翌日母がやってきて、昌子は母と一緒に帰省をした。

 帰省後、吉次はまったく連絡をしてこなかった。昌子が入れるLINEも最初のうちは既読になっていたが、1週間経った頃から、既読にもならなくなった。

 夫婦関係が壊れていくのを感じた。

 そして、3カ月が経った頃、吉次の母が弁護士を伴い、すでに吉次のサインがされた離婚届を持って、昌子の家にやってきた。

 連れてきたのが、吉次ではなく弁護士だったことに、大きな憤りを感じた。こんな人を、もう“お義母さん“とは呼びたくないし、吉次と夫婦としてやり直したい気持ちもゼロになっていたので、すぐにサインをした。

■妊活は、婚活よりも大変だった

 その離婚から半年が経ち、昌子は、「もう一度婚活をしたい」と私を訪ねてきた。

 「子どもを授かりたいという気持ちは、まだあります。でも、無理かもしれないという気持ちも出てきました。ただ諦めてはいないので、また婚活をしたいんです」

 そして、これまでの体験をこんなふうに語った。

 「妊活って、婚活よりも大変だなというのが実感です。頑張っているのに努力が報われない。決められた日に病院に通って、処方された薬を決められた時間にちゃんと飲んで、お医者さんから言われた通りに規則正しい生活をして、やれることはすべてしたのに……」

 大きなため息をついて、続けた。

 「着床して妊娠がわかったときに、もうそれを命だと感じるんですよ。その瞬間から母親になる気持ちが育ってしまう。最初のときは、“生まれてくる“って信じていたから、毎日愛おしくて、お腹を撫でていました。だから、ダメになったときには、奈落の底に突き落とされた。2度目は、1度目のことがあったから、もう毎日が不安で。“このまま、なんとか元気に育っていきますように“と、毎日神様にお願いしていました。でも、やっぱりダメだった。そのときの失望感ときたら……。今回のことで、どんなに願っても、どんなに頑張っても、どうにもならないことがあるんだというのを思い知らされました」

 ただここで止まっていたくはない。これからの人生は、まだまだ長いのだから。

 「“絶対に子どもが欲しい“という、何かに取り憑かれたような気持ちはなくなりました。肩の力が抜けたというか。これからは、もっと人柄を見る目を養って婚活をしていこうと思います。今度は、お人柄重視で、年齢が少し離れていても、プロフィールを見て惹かれるものがあったら、お会いしたいなと思っています」

 妊活に関して言えば、不妊治療によって昌子たちのように、亀裂が入ってしまった夫婦もいれば、より絆を深めて、寄り添って年を取っていくことを決めた夫婦もいるだろう。

 人生は、欲しいと思ったものがすべて手に入るわけではない。ただ諦めずにそれを手に入れるための行動を起こしていれば、手に入ることもある。前向きな努力をした人生に、後悔はないはずだ。

東洋経済オンライン

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最終更新:7/22(木) 14:01

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