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駅名で損している?田町に欲しい“街のシンボル” 「三田」が有名、浜松町・品川の間に埋もれないか

6/24 4:31 配信

東洋経済オンライン

 バブル景気も終焉を迎えた1991~1994年の間、華やかな時代の名残を惜しむかのように咲いた「ジュリアナ東京」の最寄り駅はどこだったか。直接、出入りした経験がある向きならいざ知らず。田町であるとは、あまり記憶されていないのではなかろうか。

 その頃にもてはやされた海に面した商業エリア、いわゆる「ウォーターフロント」にあり、空いた倉庫の有効活用としてオープンした。夕方になると、「ワンレン」「ボディコン」の若い女性が続々と田町駅に降り立ち、歩いて10分もかからないところにある、このディスコへ向かったという。

■今の田町のイメージは? 

 一時代を築いたシンボリックな建物が田町にあった時代は短かった。では、今の田町のイメージは? と問われると、いささか答えに窮する。鉄道ファンなら、東海道本線の長距離列車の車両基地であった田町電車区ともなろうが、これも廃止されて久しい。

 一般には、むしろJR田町駅に隣接しており、お互いの乗り換えも便利な都営地下鉄の駅「三田」のほうが著名ではなかろうか。慶應義塾大学三田キャンパスの存在によってである。駅周辺の公共施設も、三田を名乗っているところが多い。

 現在、港区に田町という町名は存在しない。田町駅の所在地も芝5丁目である。“芝”は落語「芝浜」や、東芝で知られる地名だ。田町は東海道沿いの集落名に由来する。江戸時代には諸藩の屋敷が建ち並んでいた。江戸城無血開城を決めた西郷隆盛と勝海舟の会見は、現在の田町駅の直近と言っていい位置にあった薩摩藩邸で行われており、駅構内にはそれを記念したモニュメントもある。

 こうして見ると、1909年に開業した時の駅名選定が惜しいような気がする。三田駅または芝駅のほうがよかったかもしれないが、先んじて兵庫県に「三田(さんだ)駅」が存在しており、同名駅を避けたことが影響したか。

 2029年度の開業が目指されているJR東日本の「羽田空港アクセス線」のうち、東山手ルートの起点、つまりは東海道本線との分岐点は田町とされている。ただし、駅は設置されない計画だ。現在、東京国際空港へのアクセスの主力となっている東京モノレールの起点は隣りの浜松町であるし、東海道新幹線、中央リニア新幹線の駅は品川である。田町は、こうした交通拠点に囲まれた位置にあり、今後、間に埋もれていかないか、心配もある。

■モノレールが通るが駅はない

 東京モノレールの線路は、田町駅のすぐ東側を通っており、ホームから行き交う電車も見える。浜松町と隣りの天王洲アイルの間は4.0kmも離れているが、間の田町(芝浦)地区に駅はない。羽田空港アクセス線の開業後にモノレールの利用客が減少するのは目に見えている。都心―空港間の連絡鉄道から地域密着路線への転換は既定路線である。線路の構造上、駅の増設は難しいとの話も聞くが、港区としては、この付近に新駅設置を求めてもよいのではないかとも思う。

 現在の田町駅周辺はビジネスエリアだ。日本電気や三菱自動車工業、バンダイナムコ、森永製菓などの本社が集中している。朝夕の改札口付近の混雑は、他の都内の駅と変わらない。東側の芝浦口側には広いペデストリアンデッキがあるが、それでも通行区分を守って歩行するよう港区が呼びかけているほどの、太い人の流れができる。

 反対に三田口側はビルに囲まれて手狭で、都営地下鉄乗り換え客が混雑に拍車をかける。田町、三田両駅を直接結ぶ通路はなく、一度、駅前広場に出なければならない。また、路線バス(都バス)乗り場は、三田口では田町駅からは少し離れた第一京浜にあり、乗り入れる系統も限られる。三田駅の真上なのだが、バス停名は田町駅前だ。

 現在の田町駅前のシンボルは、芝浦口側にあるグランパークタワーか。飲食店なども入っているが、オフィスビルのイメージが強い。田町駅周辺には、それなりの商業施設が集まっているのだが、ここへ通勤・通学している人向けであり、わざわざ「田町へ行こう」と思わせるような性質のものでもない。

 ただ、慶應義塾大学と田町駅を結ぶルート上には、学生街らしく庶民的な店が集中している。整いすぎた街よりも、雑然とした街のほうが人を引きつける場合もある。高級住宅街でもある港区のイメージとは離れているが、この辺りをアピールする手もあるだろう。学生の気質の違いか、ライバル校・早稲田大学の最寄り駅である高田馬場駅周辺のにぎわいと比べると、こちらはいささか寂しい感じもする。

■再開発でどう変わるか

 一方、芝浦口側には東京工業大学の田町キャンパスがある。こちらは同校のキャンパス再編の方針により、敷地の再開発が予定されており、2021年2月には、NTT都市開発、鹿島建設、JR東日本、東急不動産の各社と事業協定書が締結されたところである。

 今後、地上36階地下2階の複合施設Aと地上7階の複合施設Bの2棟が建設され、民間施設として事務所、ホテル、商業施設、保育所、産学官連携施設などが入り、大学施設としては教育研究に使われる計画だ。

 建設予定地はまさに駅前。これが複合高層ビルに建て替える「よくある再開発計画」に終わってほしくはない。テナント次第とも言えるけれど、ぜひ学生の街でもある田町らしい、個性を発揮してほしいところだ。

 今回、田町を訪れてみて、駅前にひっそり「放送記念碑」が立っていることに気がついた。

 1925年に、わが国最初の放送電波が発せられた場所だ。東京放送局は、ここにあった東京高等工芸学校(現在の千葉大学工学部)の図書室を仮放送所としてラジオ放送を行った。

 こういう歴史を発掘していけば、「ジュリアナ東京」ほどの強烈さは残せないかもしれないが、今は個性がなさそうな田町も、次第に変わってゆくのではないだろうか。

東洋経済オンライン

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最終更新:6/24(木) 4:31

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