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トランスジェンダーの建築家が見た企業の多様性

6/19 11:01 配信

東洋経済オンライン

 【2021年6月24日12時12分追記】初出時からタイトルを見直しました。

6月はLGBTQ(性的少数者)の理解を深め、啓発活動を推進する「LGBTプライド月間」にあたり、世界中でさまざまなイベントや活動が行われている。
そんな中、当事者の立場からトランスジェンダーであることの葛藤や家族との対話、そして将来の夢に対する思いを描いた1本のドキュメンタリー映画が6月19日に公開される。作品のタイトルは、杉岡太樹監督作の『息子のままで、女子になる』(英語タイトル“You decide.”)だ。

映画の主人公である、サリー楓さんは、日本と海外の大学で建築を学び、デザイン事務所に就職後、海外3カ国でインターンを経験。さらなる飛躍を目指し、慶応大学大学院政策・メディア学科にて環境デザインを学んだ後、日建設計に就職、現在は建築コンサルタントとして活躍中である。
大学院在籍時にトランスジェンダーをカミングアウトするとともにSNSやブログで情報発信を開始。また、パンテーンのCM「#PrideHair」に起用されたほか、「AbemaTV」のコメンテーターを担当、講演活動も行うなど活躍の場を広げている。今回はそんな彼女に情報発信を始めた理由、企業におけるダイバーシティの推進、女性として生きる中で感じたことなどについて話を聞いた。

■トランスジェンダーのロールモデルになりたい

 ――劇中では、トランスジェンダーのビューティーコンテストである「ミスインターナショナルクイーン」への出場シーンが登場します。

 就職活動をするLGBTQの人たちのロールモデルになりたいと思って、ブログやSNSで情報発信を始め、若い世代のLGBTQの人たちが注目する「ミスインターナショナルクイーン」の日本大会にも出場しました。

 それまでの出場者は芸能人、ニューハーフキャバクラなどに勤務する人たちで、学生や会社に勤務する社会人はいませんでした。建築を学ぶ自分を世間に知ってもらうことで、従来のトランスジェンダーに対する見方を変えることができるのではないかと思ったんです。

 大学院在籍時にカミングアウトしましたが、周囲には特に驚かれることもなく「明日から何と呼べばいい?」とすんなり受け入れられました。

 一方で、そうした環境が普通ではないということも知りました。カミングアウトしたことによって、学校に通えなくなり、両親に仕送りを止められた人がいます。そのことが何より悲しかった。

 その原因として「LGBTQの人たちは大学に通い、就職活動をして会社に勤務をしていない」というイメージがあるからではないかと思いました。トランスジェンダーの人であっても、自分の選んだ「性」を選んで学び、社会に出て活躍できるということを伝えたかったんです。

 当時は学校生活や就職活動に関して身近に相談できる人もいませんでしたし、Web上に情報もなかった。今のLGBTQの若い人たちには、自分と同じように孤独な気持ちを味わってほしくないと思って情報発信を続けています。

■ダイバーシティが企業価値を上げる

 ――現在勤務している日建設計での選考過程はどのようなものでしたか。

 最終面接のときまでジェンダーについては聞かれなかったです。自分がトランスジェンダーであるということはアピールポイントのところに書きました。

 「LGBTQの人たちは世界の総人口の10~13パーセントいると言われています。設計者の中にLGBTQの視点のある人間がいることは、グローバルを目指している御社にとってプラスに働くのではないか」と記載したところ、最終面接では「その視点を活かす仕事をしてください」と言われました。

 ――日建設計は早くから産休育休制度などを充実させ、ダイバーシティに熱心に取り組んできたと聞いています。

 企業がダイバーシティに取り組むのは福祉的な観点からではなく、企業価値を上げるためです。

 従来想定されていたマーケットのボリュームゾーンに向けて商品開発をしても、10年後は世の中が変わっています。特に、日建設計はデザインを手掛けていますが、デザイン業界は変化が激しく、10年どころか1年で流れが変わってしまいます。マーケットの変化についての予測は常に必要ですが、完璧な予測はできません。そこで、マーケットのボリュームゾーン以外の人たちが社内にいることが必要です。

 例えば、もうすぐ20歳になるぐらいの世代の人たちの多くは、学校の授業の中でLGBTQについて学んでいます。今、小学校では女の子同士が付き合っている例もあると聞きますが、それに対して彼ら彼女たちは、違和感を覚えていない。そういう世代の人たちが、これから大学に入って、社会に出てお金を稼ぐようになり、消費者になる。

 そういう人たちに向けた商品がLGBTQフレンドリーをまったく意識していなければ、市場では戦えません。企業がダイバーシティを推進するのは、マーケットのボリュームゾーンがどの方向に動いても対応できるようにしておくためです。

 ――日建設計の上層部の人たちはそういう発想を持っているのですね。

 はい。建築会社はBtoBの取引がメインであり、オーナーのために建築物を作って、それをオーナーがユーザーに分譲します。ユーザーと接することがないので、10年後のユーザーが「この建物には(男女の別なく入れる)誰でもトイレはないの?」という声を今の時点から想像することは難しい。だからこそ、建築会社はダイバーシティに力を入れないといけない。それに、そのことがコーポレートメッセージにもなって企業価値を上げるんです。

■女性らしい見た目よりも重要なこと

 ――はるな愛さんは「楓さんはトランスジェンダーの平均像になろうとしているように見えるが、それではつらいのでは?」と言っています。

 当時は見た目や戸籍を変えて「女性である」ということを戦い続けて勝ち得なければと思っていたかもしれません。

 でも、今思うのは「女性になる」ことにゴールはないということ。化粧をしても女性らしい恰好をしても、急に女性になれるわけではありません。

 また、(見た目が)「かわいい」ということと(自分が)「女性らしい」ということは違うと感じています。そして、「女性らしい」というのは、女性として生活できることだと感じています。女性らしい「見た目」よりも「女性として生活する実感」のほうが大切です。周りのLGBTQの人たちもそう思っていますね。

 ――「女性として生活する」こととは、どのようなことなのでしょうか。

 「女性であること」を経験することです。例えば、女性として学校に通い始めてから、初めてゼミの中に女子会があることを知り、誘われて参加しましたが、こんなアクティビティがあるのかと驚きました(笑)。

 反面、ネガティブなことも経験しました。例えば、メイクをして街に出れば「どこに行くの?」と声をかけられ、バーに行くと、隣に座った男性に「キャバクラの人ですか?」「モデルさんですか?」と言われることもがあります。もちろん何の面識もない人たちからの言葉で、嬉しいときもありますが、度が過ぎていて失礼だと感じることもあるんですね。

 男性から女性に性別を移行したことで女性の苦労がわかったような気がしています。朝のメイクもそうですが、女性であることを保つ苦労があり、そして、女性であるというだけで、日常的に性的な目線にさらされ、ぶしつけな言葉を浴びせられることもあるということです。

 例えば、痴漢や強姦など犯罪行為をすれば、刑事罰の対象になりますが、それがないうちは少なくとも罰せられることはない。そういう状態を社会が許容してきたのだと感じました。

 周りの女性たちに聞いてみると、見ず知らずの人から何かしらセクハラ行為を受けた経験があることを知りました。

 今は#MeTooが盛り上がっていますが、従来は「自分だけに起こったことなのでは」「公にすれば自分の立場が不利になってしまうのでは」という気持ちがあり、声を上げること自体がやはり難しかったのかと思います。

 男性として生きているときには、こうしたことはまったく感じませんでした。今は、女性であることの大変さを意識しながら生きている毎日です。

■『スイミー』が自分の原点

 ――小さい頃から絵を描くことが好きだったそうですね。

 小学校1年生の頃、先生に「男子の輪の中に入って遊びなさい」と言われることが嫌で、昼休みに教室でひとり、絵を描いていたんです。ところが、それがきっかけで、遠足のしおりや壁に貼るポスターを描くことを依頼されるようになりました。絵を描くことが自分のクラスの中での役割になったんです。

 2年生のときに『スイミー』を読んだのですが、自分はスイミーなんだと思いました。『スイミー』は赤い魚の中に黒い魚の自分がいることで、群れの中の目になって大きな魚に食べられることなく、自由に泳げるようになるという話です。

 絵を描く依頼が来たときに「自分が弱みやコンプレックスであると思っていたことは視点を変えれば強みになる」と感じたんです。そのときに「みんなの目になれた」と思いました。それで絵を描くことが好きになったのです。

 そして、教室で多く目に入った建物をたくさん描くようになり、マンション広告も描き写していたところ、両親が「建築家という職業がある」と教えてくれました。

■自分のあり方を決めるのは社会の決断

 ――英語版の“You decide.”というタイトルについてお聞かせください。

 例えば、水着を着たらすぐにセクハラされるような社会では、自由に服装を選べません。トランスジェンダーの問題も同じで、私自身はなるべく自分らしくありたいと思っています。でも、それが可能になるのか否かは「社会」の側が決めることなんです。

 自分を「オカマの建築家」と呼ぶのか、「トランスジェンダーの建築家」と呼ぶのか。それは女性のままで建築の仕事を続けていけるのかにも関わります。

 ――ゼミの教授である小林博人先生の「社会に出たらいろんなバウンダリー(境界線)があるが、それをつなげていく存在になりなさい」という言葉が印象的でした。

 やはり、そうなりたいと思っています。メディアに出るようになって、より一層トランスジェンダーの人からの相談が増えるようになりました。

 また、偶然なのですが、私のいる部署が「トランスバウンダリー(越境する)デザイン」というコンセプトを今年から掲げています。そのキャッチフレーズを見たときに小林先生の言葉を思い出しました。

 建築には、耐久性のみならずSDGs(Sustainable Development Goals)の視点などが要求されるようになり、「社会においてどのような価値を発揮するのか」が求められるようになったんですね。

 「建物」を作るだけでなく、「建物の新しい機能」を作ってみたい。「そんなことも建築家が手掛けるのか」と言われてみたいですね。

 ――最後に、LGBTQへの差別解消などを目指すLGBT法案の成立が(6月16日閉会の)国会で見送られました。どのように受け止めていますか。

 LGBT法案は署名運動やPR動画の出演などで参加しており、今回の結果は残念に思います。新しい家族観が生まれつつある中で、 旧来の家族制度にイノベーションを起こせるかどうかが論点だったと考えています。

 目下の課題はLGBT差別の禁止ですが、長期的には夫婦別姓や事実婚、SDGsの目標5(ジェンダー平等の実現)などを巡る議論と連帯していくことが可能だと思います。

東洋経済オンライン

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最終更新:6/24(木) 12:21

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