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「時代遅れ」と揶揄されたウォルマートが今や世界最強の小売企業の座を一段と強めている事情

6/17 8:01 配信

東洋経済オンライン

DX(デジタルトランスフォーメーション)の勝者が次に目指すのは「脱炭素」と「公平・公正」――。立教大学ビジネススクールの田中道昭教授が、テスラ、アップル、セールスフォース、ウォルマート、マイクロソフト、ペロトン、アマゾン、DBS銀行のグランドデザインを徹底解説した新著『世界最先端8社の大戦略 「デジタル×グリーン×エクイティ」の時代』より、ウォルマートの章を一部抜粋、再構成してお届けします。

■コロナ禍で「5年分の成長を5週間で達成」

 1962年創業のウォルマートは、売上高60兆円を超える「世界最大の小売業」です。アマゾンでさえ売上高は42兆円、日本のイオングループの売上高が8.6兆円です。こうして数字を並べてみれば、ウォルマートの巨大さがおわかりいただけるでしょう。

 ウォルマートの代名詞といえば「EDLP(エブリデイ・ロー・プライス)」です。「特売」を廃し、また年間を通じた低価格を押し出すことで、アメリカはもとより世界中の消費者から支持されてきました。

 2021年度(2020年2月~2021年1月)の年間売上高は5592億ドル(約60兆2200億円)、従業員数が220万人超。新型コロナウイルスの感染が世界的に広がった2020年2~4月(第1四半期)でさえ既存店舗の売上高は前年同期比10%増と、およそ20年ぶりとなる高い増収率を記録しました。

 2021年1月、ウォルマートは初めてCES(コンシューマー・エレクトロニクス・ショー)に出展し、ダグ・マクミランCEOが2020年のコロナ禍での成果を強調しました。

⃝ コロナ禍において従業員の安全と健康を最優先。サプライチェーンを継続させ、サプライヤーや取引先など社外への支援や新たな雇用を創出した
⃝ コロナ禍で急増したEC需要に対応し、非接触型サービスを拡充。2020年9月には、有料会員制プログラム「ウォルマートプラス(Walmart+)」をスタート。ネットスーパーの当日配送サービスを無制限で利用できるようにした
⃝ 診療所事業の「Walmart Health」が進展。今後はオンラインとオフラインなどオムニチャネルでヘルスケア事業を展開していく計画

⃝ 気候変動問題への対応として2017年から「プロジェクトギガトン」が進行中。2030年までにサプライチェーンで発生するCO2を累計で1ギガトン(10億トン)削減する方針
⃝ DEI(ダイバーシティ、エクイティ&インクルージョン)に触れて「多様性のあるチームが勝ち、インクルーシブな環境が成功をもたらす」と発言
 やはり1月に開催された小売業界の展示会NRF2021には、チーフカスタマーオフィサーのジェイニー・ホワイトサイド氏が参加しました。ここでは、オンライングロサリーの急増に伴い、ストアピックアップと配送サービスが2021年度第1四半期に300%成長し、「5年間分の成長を5週間で成し遂げた」と語りました。

 またホワイトサイド氏は、この急成長を可能にしたのが、ウォルマートの巨大な店舗網であることを指摘し、新型コロナの影響で来店客数が減ってもなお、店舗が重要な役割を担うという見方を示しました。

 2021年2月18日の投資家向けのカンファレンスでは、ウォルマートの「新しいビジネスモデル」が発表されました(図1)。「カスタマーセントリック」を軸にして従来のサービスラインを再構築していることが最大の特徴です。ビジネスモデルを構成する要素をそれぞれ見ていきましょう。

 (外部配信先では図を全部閲覧できない場合があります。その際は東洋経済オンライン内でお読みください)

⃝ 主要な顧客接点で販売する:顧客との直接的な接点となるのは、ストア、ピックアップ、デリバリー、そしてウォルマート+の4つ
⃝ 顧客にもっと幅広く深くサービスを提供し、関係を深め、健全なサービスミックスを維持する:ここでは、EC、ヘルス&ウェルネス、金融サービスの3つ
 ECでは引き続き、自社在庫商品の販売とマーケットプレイスの両方を展開します。またアプリ上で処方箋を受け取る仕組みを整えるなど、従来からヘルス&ウェルネスの領域にも積極的だったウォルマートですが、今後はさらに高品質で、予防的で、アクセスがしやすく、手頃な価格の商品・サービスを提供すると強調しました。

 金融サービスについても、「ウォルマートペイ」を非接触決済システムとして刷新すると、一気に普及が進みました。これはコロナ禍を背景とした「コンタクトレス」の時流が強力な追い風となった形です。

■EC、ヘルス&ウェルネス、金融に照準

 また従来、家電製品などの購入に使う「ウォルマート・アップ(Walmart app)」と食品購入用の「ウォルマート・グロサリー・アップ」の2種類があったアプリをウォルマート・アップに統合し、そこにウォルマートペイも搭載しました。これでウォルマートは、顧客のIDと決済データという、最も基本的な顧客接点を押さえたことになります。今後は、中国のアリペイ、ウィーチャットペイがそうであるように、消費者金融をはじめとするさまざまな金融サービスを手掛けていくことになると予想されます。

 なお図1は、EC、ヘルス&ウェルネス、金融サービスこそが、現在のウォルマートにとって優先順位の高いサービスラインであることも示唆しています。ウォルマートが構築するエコシステムは巨大ですが、カスタマーセントリックを考えるならば、この3つこそ最も顧客にとって身近である、ということなのでしょう。

 さらに、新しいビジネスモデルで特に目を引くのが、広告プラットフォーム事業「ウォルマート・コネクト」です。自ら広告プラットフォームを運用することで、自社サイトや店内サイネージなどに取引先からの広告を表示し、新たな収入源とする狙いがあります。

 プライバシー重視の流れの中、これまでオンラインでのターゲティング広告に不可欠だった「サードパーティクッキー」が利活用できなくなりつつあります。アップルやグーグルも「脱クッキー」へと舵を切りました。これから各社は、広告事業者に頼らず、企業自らメディア化して顧客と直接的な関係を結び、顧客プライバシーを保護しつつ、継続的で良好な関係性を築いていくことが、ますます求められてきます。

 ウォルマート・コネクトは、その先端事例だと言えます。それどころか、世界最強の小売企業ウォルマートだからこその強みを生かせば、「5年以内に全米トップ10の広告プラットフォームになる」ことも可能であるように思われます。

 「顧客の生活の一部」として不可分に組み込まれているウォルマートは、すでに単なるリテーラー以上の存在であり、蓄積しているデータも、データ企業以上のものです。そのような企業がメディアを運営するとなれば、メディア以上のメディアになるのも難しくはないのかもしれません。それだけ巨大なスケールとリーチを持った企業がウォルマートなのです。

■「デジタルで顧客とつながる」を着実に進める

 私はウォルマートを「この1年間で最もデジタルトランスフォーメーション(DX)が進んだ企業」の1つだと見ています。トリガーとなったのは、やはり新型コロナ禍です。一時は世界最悪レベルの危機に見舞われたアメリカは、同時に最も強くイノベーションが求められた国でもありました。

 とりわけウォルマートが扱うのは、人々が生活していくうえで欠かすことができない日用品や生鮮食品であり、エッセンシャルサービスです。コロナ禍にあってもウォルマートで買い物がしたい、そんな強いニーズから「コンタクトレス」のサービスが一気に浸透していきました。

 しかし、コロナ禍が追い風になったというだけでは、ウォルマートDXの成功を説明できません。あらためて振り返ってみると、ウォルマートがこれまでアマゾンを徹底的にベンチマークしてきたことは、見逃せない事実です。

 EC全盛の時代にあって「エブリシングストア」アマゾンに押され、「世界最強の小売企業ウォルマートは時代遅れ」と揶揄されもしました。しかしウォルマートは「実店舗で売る」ことに固執せず、オンラインを含めたオムニチャネル化を進め、サブスクリプションサービスを始め、配送まで手掛けるようになりました。デジタルネイティブ企業特有の、カスタマーセントリック重視の経営を、ウォルマートは完全にものにしました。

 より具体的に事業を見るなら、DXにおいて最も重要な「デジタルで顧客とつながる」作業を着実に進めたことが大きいでしょう。これは日本の小売企業と比較すると、違いが鮮明になります。毎日のように利用されるコンビニエンスストアでさえ、顧客の名前すら把握していません。

 ウォルマートもかつてはそうだったのです。しかしDXを経て、顧客をIDで管理し、決済データも収集するようになりました。これによりウォルマートは、顧客との間に継続的で良好な関係を築き上げる体制を作り上げました。

■世界最強の小売企業の強みを否定せず最大限伸ばした

 そして強調したいのは、ウォルマートのDXが、世界最強の小売企業という強みを否定せず、それどころか最大限に伸ばすものだった、という事実です。小売のための店舗という機能はそのままに、店舗を「自社ECの倉庫」や「配送拠点」「ECのストアピックアップ」(顧客がECで注文したものを受け取りに来ること)として再定義したのです。

 「小売」に限定するならば、ウォルマートはアマゾンを超える存在になりつつある。私はそう見ています。

 アマゾンは、小売の事業者としてのアマゾンとAWSの2つの柱で構成される世界最強のテクノロジーカンパニーです。非デジタルネイティブであるウォルマートが、テクノロジーでアマゾンに勝るのは不可能でしょう。

 しかし、小売事業者としてみれば、従来からの店舗プラットフォームを背景としたオムニチャネル展開、顧客価値向上のためのデータの使い方、顧客の「かゆいところに手が届く」宅配のバリエーションなど、アマゾンの先を行く取り組みが散見されます。非デジタルネイティブ企業が、世界最強アマゾンの牙城を崩す。そのためのヒントを、ウォルマートは私たちに示してくれています。

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最終更新:6/17(木) 8:01

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