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アートが社会の「分断」の壁を壊す為に必要な視点

6/13 11:31 配信

東洋経済オンライン

現在、新型コロナウイルス感染拡大の影響から、多くの若手芸術家たちは孤立し、苦境に立たされている。また、人と人との物理的接触が避けられるなか、社会の現状に対する人々の意識の間には「分断」が広まっている。
クリエイティブディレクター・箭内道彦さん(東京藝術大学美術学部デザイン科教授)は、感染症、気候危機等さまざまな問題に直面するなかでの分断と多様性について、「多様でなければならない」ではなく「多様だったとしたらどんなに素敵なことなんだろう」という「入り口」が必要と述べる。この過渡期を乗り切るために求められる意識、手法とは何か。

「『アート』が行き詰まった社会の変革に必要な訳」(6月6日配信)に続いて、23年にわたりNHK「クローズアップ現代」のキャスターを務めた国谷裕子さんが、“最後の秘境(? )” 東京藝術大学の12人の教授たちへインタビューし、「芸術=アート」から現代の日本社会を覗き込んだ『クローズアップ藝大』から対談内容を一部抜粋、再構成しお届けする。

■若手芸術家支援基金の意味

 国谷 裕子(以下、国谷):新型コロナウイルス感染拡大の影響で、若手の芸術家たちが厳しい状況に陥っていますけれども、箭内さんの藝大の教え子や卒業生からも「大変だ」とか「辛い」といった声が届いているのではありませんか? 

 箭内 道彦(以下、箭内):はい。本当に困っている卒業生たちは、一刻を争う、一日も早い支援を求めているという状況です。澤学長の強い思いもあって、「新型コロナウイルス感染症緊急対策 東京藝術大学若手芸術家支援基金」が立ち上がって、クラウドファンディングは7月31日(2020年)までです(※註)。いろんな意見があると思うんですけど、学長が、「走りながら考えるタイプです」っておっしゃっていましたけど、しっかり検証も、走りながらしていきたいと思っています。

 (※註)若手芸術家支援基金クラウドファンディングは2020年7月31日に終了、同基金キャンペーンは2022年3月31日まで実施 http://www.fund.geidai.ac.jp/

 もっとたくさんの人にこの基金のことを知ってほしいし、拡散してほしいし、支援もしてほしい。芸術家って自分のこと以外に興味がないのかなって思う場面にも遭遇して、ちょっと寂しいとも思っちゃうんですけど、やっぱり自分たちの教え子であったり仲間であったり、未来の芸術を紡いでいく、つないでいく存在がここで途絶えてしまったらと考えたら、皆さんも放っておけないだろうなとは思っています。

 国谷:先生方にインタビューをさせていただくと、若い頃に苦労された⽅も多くいらっしゃいます。非常に貧しかったけれど仲間たちといろんなトライアルをしてだんだん自分の道を切り開いていったっていう方もいらっしゃるので、もしかしたらその苦しいことが芸術家にとっては当たり前というか、「俺たちだってみんな明日はどうなるかわからない中でがむしゃらに切り開いてきたんだ」という思いを持っている方も少なくないと思いますが。

 箭内:それはわかりますね。実際に、「苦労が肥やしになる」という部分もあって、芸術とともにそういうことを乗り越えていくことは、絶対にアーティストの表現にすごい力を与えているはずです。

 ただ今回は、それ以上に若手芸術家たちから、もう続けることができないとか、経済的に限界であるという声が多く集まっている。そういうさまざまな人たちの「今を救う」という部分と、これからの新しい日常の中で「東京藝大が何を用意するのか」という部分をスタートさせるためにも必要なプロジェクトだとは強く思いますね。

 国谷:そうですね。⾃分たちが作った、創造したものを表現する場がなくなるっていうのは⼀番⾟いことではないかと思います。今おっしゃったようにそういう中で藝⼤が⽤意するものの1つとして、集めた資⾦で新しい表現の場を模索することを始めています。財政的にも⼤学として豊かではない中で、幅広く⽀えてもらいながら、新しい表現の場を作っていくことにチャレンジをしようとしているわけです。

 箭内:お金が集まることももちろん大事なんですけど、気持ちが集まるというか、思いが重なるというか、多分それが1つ未来への大きな力になると思います。この基金を、「そんなのやってたの?  知らなかった。もう7月で終わっちゃった」みたいなことになるのだけはもったいない。

 今日もずっと、広告とかメディアに関わる仕事をしている同級生たちに片っ端から電話していました。芸術に対する、自分たちの後輩たちに対する、あとは学校に対する思いですよね。

■藝大出身者はいい意味で「個」が確立している

 国谷:藝⼤は、卒業したらあまり⼤学への思いがない、というふうに言われる方もいますが。

 箭内:そんなことないですよ。鼻にかけるのは良くないですけど、やっぱり誇りには思っていると思いますよ、みんな。

 国谷:卒業生のネットワークが強固な他の大学と比べると、ネットワーク自体が希薄なので、こういった場面になると、個人の力と個人のネットワークに頼るしかないですよね。

 箭内:本当に、いい意味で「個」が確立している。「個」を確立させるための大学ですから、群れがちではないですよね。だからこそ、若くて本当の意味で孤立してしまっている芸術家たちに、支援が必要な時なんだろうなって思います。

 国谷:そうですね。いちばん⼼配しているのは、だんだん藝大の志望者が減ってきているということです。苦しい社会状況の中で芸術を勉強しても生活していけないのではと親御さんが思ってしまったり、あるいは本⼈も、将来が不安になり受験しなくなる。そうなれば⽇本のクリエイティブの層が薄くなってしまいそうで残念です。藝⼤にとってもチャレンジする⽅々がたくさんいないと、この切磋琢磨する雰囲気は維持されないですよね。

 箭内:若手が大変だってことをアピールするのは必要なんだけど、それによって、「ほら、やっぱり芸術って食べられないじゃない」という空気が広がって、志望者が減ってくるってことは、藝大のためにはもちろん、未来の芸術のために大きな損害・損失になってしまいますよね。

 国谷:藝⼤自身が、⾃分たちは必死で⼀⽣ 懸命リスクを冒してやっているってことを⾒せないと、お⾦は簡単には集まらないのではないでしょうか。

 箭内:はい。自分から電話したことなんて一度もなかったのに、「初めて電話来たと思ったら金の話かよ(笑)」って言われました。「3000円からでも支援できるよ」って伝え回って。

■人を動かす「広告の手法」

 国谷:サポートが拡がっていくようにするためには、まだまだ試行錯誤が続きますね。

 箭内さんは広告の世界に身を置いていらっしゃいます。広告は、人の行動や考え、ものの見方を変える力を持っています。私たちがこれから向き合う課題、例えば気候危機の問題、二酸化炭素を減らさないといけないとか、SDGsが目標にしている、もっと包摂的にならないといけない、格差をなくさないといけないなど、世界には課題が山積みです。

 利己主義と利他主義ってありますよね。ちょっと青臭すぎて申し訳ないんですけど。

 箭内:青臭くいきましょう。

 国谷:人間は利己主義なことには割と乗ってくる。トランプ大統領にも多くの支持者がいて、利己主義的な空気が広がっています。

 一方でグレタ・トゥーンベリさんのような若い人たちが出てきて、利他主義、未来の地球のことを考えて行動しないと間に合わないと主張しています。今、全ての人が影響を受け、特に弱い人が痛みを受けるコロナ禍の状況が起きているのに、やはり利己主義のほうが勝ちやすい。どうやったら利他主義的なことをアピールできて、人を動かせるのか。

 私はテレビの仕事を辞めてから藝大に関わるのと同時にSDGsを積極的に啓発してもう4年になります。かなり認知は高まっていますけど行動まではなかなかつながらない。どうしたらいいんだろう、何をどう訴えていけばいいのか。

 私は言葉の力を信じていますが、言葉も軽くなってきて、たくさん流行語はあるけれど、すぐ消えていく。どうやったら人にアピールできるのだろうかと、悩みながら歩んでいます。

 箭内:本当にそうです。

 国谷:箭内さんが作った広告のコピー「NO MUSIC, NO LIFE.」じゃないですけど「NO PLANET, NO LIFE.」ですから(笑)。

 箭内:「多様であらねばならない」とか「分断を避けなければならない」とか、「ねばならない」という話って、頭では賛同できても、そうじゃない自分に気が付くだけなんですよね。

 箭内:僕自身もそうですけど。広告の手法では、「多様でなければならない」じゃなくて「多様だったとしたらどんなに素敵なことなんだろう」っていうことを見せる。買わなければいけないじゃなくて、買ったらこういう気持ちになったり、こういう素敵なことが始まったりしますよっていう入り口を作るのが広告なんです。世の中が、「ねばならない」っていう重い足かせや、重荷を背負って、悲壮感の中で新しい時代を作っていこうっていうのは、気高くはあるけど難しい。

 多様ってものに触れてみたらこんなに面白かったっていうことが、もっともっとあればいいと思う。逆に言うと、良くないこと、例えば、SNSの中の誹謗だったり中傷だったり、それも「それを止めなさい」っていう広告じゃなくて、止めたらどんないいことが起きるかっていうことをちゃんと約束しなくちゃいけないなって思いますね。広告の頑張りどころだけど、なかなかそういうところの場面には広告的な考え方はまだ入ってきていないですよね。

 国谷:新聞を見ても、SDGsがらみの広告が溢れています。自分の企業イメージを高めたい大手企業がSDGsに向けて一生懸命やっていますという広告をたくさん出している。でも企業の宣伝にはなるけど本当に人を動かすっていうところまではいっていない。人ってどうしたら動くんだろうって、ずっと思っています。箭内さんを見ているとご自身がものすごく動いていらっしゃる。モチベーションがすごい。箭内さんみたいな人がたくさん出てくればいいんですけど。

■アフターコロナで何か変わるか

 箭内:現在このSDGsの状況下で、新型コロナウイルスがやってきて、今いろんな人たちが「アフターコロナ」という言葉を使って、この後の社会やこの後の世界のことを論じ合っています。どうなってほしいという希望・願望も含めてだと思うんですけど、なんか変わらないような気もしますし、変わるような気もする。国谷さんはどう見ていますか? 

 国谷:変わらないと大変なことになるのですが、おっしゃられたように、喉元を過ぎればで、変わらないまま進んでいく可能性も高い。日本って、なかなか世界の空気、世界で起きていることに対する感度が弱い。

 ニューヨークのクオモ知事が使った「Build Back Better」という言葉、BBBが盛んに言われています。「前より良くしよう」と。でも日本では、どういうビジョンを共有して何に向かっていくのか、何がベターなのかという議論がない。サステイナブル=持続可能な方向に変革するためにはビジョンの共有が必要です。よほど企業や私たちが危機感を持っていなければ、変わらない。

 国谷:EUは自分たちが新しい世界のルールメイキングをしたいと思っている。ビジョンを作りルールメイキングをしていくことによって競争力につなげるという明確な戦略、ポストコロナの時代に競争力を高めようっていう戦略があるんですね。

 箭内:先ほどから「分断」という言葉が出ていますけど、分断が非常に今進んでいますよね。僕と国谷さんは今、直接会えてないし、分断の壁は以前より高くなっている。この分断が進んだ中で、例えばアメリカでは「Black Lives Matter」運動が起きたり、一方で人種の問題が起きたりしています。

 これが進んでいくと、変わろうとする人たちと、変わりたくない人たちと、どっちでもいいけどまあ変わらないやっていう人たちの間にまた新しく分断ができるような気がしていて。この分断をどう解いていくか、壁をどう壊していくかも、僕ら、アートも含めて、ものすごく大きな課題に今なり始めているなと感じます。

■いろんなものがいい意味で壊れ始めている

 国谷:感染症に関しても2000年代に入ってから、SARSもMARSもエボラ出血熱もジカ熱も鳥インフルエンザも、4~5年おきに世界中に蔓延するような危機が瀬戸際で留まっています。

 感染症の蔓延が起きる危険があるというリスクは前から言われていたけれども、そのリスクに耳を傾けずに今回こういうことになった。気候危機についても科学的なデータや科学者の警告はずーっと前から出ています。新型コロナパンデミックから学ばなければならないことは、きちっとこういうリスクに対して向き合って対策をとり、乗り越えていくことだと思うんです。

 今、箭内さんがおっしゃったように、変えたいっていう人と、もっと目の前のことが大事で変えなくていいっていう人たちの分断が起きています。でも社会が変わる時は、何パーセントかの人たちがビジョンを持って変えたいと思うようになれば、急速に変化が起きると私は思っています。その何パーセントの人たちをどう作っていくか。

 箭内:瀬戸際っていう言葉が合うかどうかわからないですけれど、本当に数年前から大きな過渡期が始まっていて、いろんなものがいい意味で壊れ始めていることを感じます。そして今、最後の頑丈だったものが壊れるか壊れないかにきていて、希望的観測をすれば、その先にきっと何か新しいことが始まるんじゃないかと思っています。確かに国谷さんが言うように、ティッピングポイントをどう作るか、どう人々が力を合わせるかってことですよね。

 (第3回に続く、6月20日配信予定)

東洋経済オンライン

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最終更新:6/13(日) 11:31

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