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やはりスターは違う!銀座「文壇バー」の名物ママが語る文豪と昭和スターたちの粋で豪快な逸話

6/12 19:01 配信

東洋経済オンライン

吉田修一、重松清、島田雅彦など文壇のスターたちが愛してやまない銀座の文壇バー「ザボン」。1978年にオープンして以来、名だたる作家や芸能人などが足繁く通ったバーは、まさに粋な大人が集まる交流空間でした。今回はザボンの名物ママ、水口素子氏の最新刊『酒と作家と銀座』より、そんなザボンでママが見た名物作家たちの粋な振る舞いを紹介します。外でお酒が飲めない今だからこそ、より味わい深いエピソードの数々です。

■昭和の名優の豪快すぎる飲みっぷり

 昭和の銀座は、文士や出版関係者が行く先々で交流を深める……という文化的親交が盛んにおこなわれていました。銀座という街自体が巨大な文化サロンだったといってもいいでしょう。

 私のお店は文壇との距離が近かったのですが、もちろん芸能関係の人々も銀座で遊ぶのがつねでした。あの勝新太郎さんもその1人です。

 伝説となっているエピソードがいくつもある勝新さんですが、銀座での飲みっぷりは豪快そのもの。

 毎晩のように贔屓(ひいき)の店に出没し、何軒も回られます。店ごとに「お供します」という人が加わるので、最後には10人、20人にまで膨れ上がります。人数が増えればお会計も膨れ上がって当然。勝新さんの贔屓のお店たちはツケ払いが溜まってさぞや大変だったのではないかと、よそのお店ながら案じておりました。

 が、ふたを開けてみれば、お店を盛り上げ、居合わせたお客様をすっかりお店の贔屓にしてしまう勝新さんのおかげで、かえって繁盛したそうです。遊び慣れた方ならではの素敵なお話ですよね。

 銀座のクラブというと、べらぼうに高いというイメージをもたれる方もいるそうですが、文壇バーはその限りではありません。大企業の接待交際に使われるようなクラブは単価8万~10万円が当たり前。一方、文壇バーにいらっしゃるのは基本的に個人のお客様です。

 ときには出版社が社用で使ってくださることもありますが、ほとんどのお客様は企業に属さない作家や芸術家であり、会社員であってもポケットマネーでいらっしゃる場合のほうが多く、高いお金をいただくことはできないのです。文壇バーでは大抵ほかのクラブの半額以下です。

 とはいえ、文壇の先生方、大手出版社の経営者や名物編集者、さらには政界人、財界人にも常連の多い文壇バーという場所は、いつしか「そこで受け入れられることがステイタス」といった立ち位置になっていきました。

 政財界には文化的造詣も深い方が多いので、たとえば芥川賞の祝賀会のときに「ザボン」に居合わせたりすると、「ママ、みなさんに僕からもシャンパンを1本いれて」などとおっしゃいます。けっして会に割り込んで作家に話しかけたりはせず、そっとお酒を差し入れてくださるのです。

 入店した瞬間、そうそうたる文壇の先生方がいらっしゃるのを目にしても、気安く話しかけたり、名刺を差し出したりしません。ただスッと黙礼して通り過ぎるだけ。そういう振る舞いがとってもエレガントで、これがトップクラスの財界人の風格かと惚れ惚れするような振る舞いなのです。

■ビジネスを離れた場での豊かな語らい

 そうした政財界の方と作家の先生をつなぐのは「ザボン」のママである私の役割です。「先生、あちらのお客様はこういう方なんですけど、あいさつしてくださる?」とお願いします。作家がいるのが文壇バーの特徴だから、うちがつぶれないためにもお願い……そんなふうにお願いすると、先生方はたいてい快く応じてくださいます。

 重松清先生は、いつも「ママが言うんだったら、僕はいくらでもするよ。僕を使って」とおっしゃる。作家の先生だからといって決して偉ぶらない、とても温かくて優しい方です。

 もちろん、一度酒席で交流したからといって、すぐに何らかの成果に結びつくわけではありません。でも、ビジネスを離れたお酒の場で顔を合わせ、あいさつを交わし、ときには語らうなかで信愛の情が育まれるというのは、とても豊かなことではないでしょうか。

 そういう土台が築かれたうえで作家や編集者が何かを企画した際に「じゃあ、うちの会社も少しサポートさせてもらいます」という話になったら、文化的発展にもつながります。

 ビジネスパーソンがどこで誰と会い、親しくなるか……そのすべてをすぐに「成果、数字に直結するかどうか」で判断するのは寂しいことだと思うのです。

 文化の発展には「遊び」のようなゆるいつながりが欠かせません。さまざまな分野の一流人が遊び、それなりのお金を投じるから街はいっそう賑わい、華やぎ、そこから文化が育っていく。そんな昭和の文化が残っている銀座の気風を、これからも守っていきたいというのが私の切なる願いです。

 野坂昭如先生はサービス精神が旺盛で、いらっしゃるとたちまち場が華やぎます。ある日、野坂先生と黒鉄ヒロシ先生がおふたりで「ザボン」に来られたことがありました。

 私はいつもの調子で「先生、お勘定がたっぷり溜まっていますよ!」と軽口でお迎えしたのですが、野坂先生は知らん顔。野坂先生とは普段から冗談を言い合って親しくさせていただいていたので、私としては身内のような感覚だったのです。

 が、そんなことがあった後日、野坂先生が店に来られるなり、テーブルに札束をポーンとおかれました。それがなんと100万円! びっくりして、「まあ、このお金、どこで稼いでいらしたの」とうかがうと、「大阪で。ディナーショーで稼いだのだぞ」とおおいにご自慢です。そのときは、うちと「まり花」という文壇バーの大先輩のお店に、一束ずつ置いて行かれたそうです。

 なんとも豪華な払い方が、先生らしいでしょう。

■港区のマンションを無料で1年提供

 野坂先生にはいろいろな思い出がありますが、なかでもとくに先生の優しさが感じられるお話があります。

 いっとき「ザボン」に、アジアの発展途上国から日本の名門大学に留学している女の子がいました。野坂先生はその子のことをとても気にかけて、「1年間、僕の部屋を使っていいよ。家賃はいらないから」と申し出てくださったのです。おそらく仕事用か何かで借りていたものの、あまり使っていないマンションの部屋があったようなのです。

 このときの先生は、その女の子といい仲になりたいというようなことはまったくなく(照れ屋な先生は実際にはとても純粋でした)、遠い国から来て働きながら学んでいる子を、何かしらの形で援助したいという思いでした。なにしろ人柄のいい野坂先生らしいお申し出だったと、今振り返っても思います。

 そのときの私は、ありがたいお話とは思いつつも、奥様がどうお考えになるかが気になって、「先生、本当によろしいのでしょうか。きちんと家賃もとれる部屋なのに、無料なんて申し訳ないし、もったいないじゃないですか」と言うと、「いや、僕がいいと言うんだからいいんだ」と、きっぱり。

 
その女の子は大変喜んで、港区のサントリービルのすぐ横にあるマンションの一室に、1年間、無料で住まわせていただきました。家賃の高い東京です。「ザボン」のお給料も銀座の中ではあまり高くありませんでしたが、先生のおかげで1年間の日本の大学生活を終え、彼女は元気に本国に帰っていきました。

 こんな人情話が山ほど詰まっているのも文壇バーの特徴です。人生を学びたい方、こんなお話がお好きな方は、ぜひ一度当店へお越しいただけたら嬉しいです。

東洋経済オンライン

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最終更新:6/12(土) 19:01

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