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「非正規」で食いつないできた27歳パチプロ男性は、なぜ「経営者目線」で語るのか

6/11 6:01 配信

東洋経済オンライン

現代の日本は、非正規雇用の拡大により、所得格差が急速に広がっている。そこにあるのは、いったん貧困のワナに陥ると抜け出すことが困難な「貧困強制社会」である。本連載では「ボクらの貧困」、つまり男性の貧困の個別ケースにフォーカスしてリポートしていく。
今回紹介するのは「ひと月程度、ホームレスをしていました」と編集部にメールをくれた、27歳の男性だ。

■日給1万5000円に「昇給」

 パチプロの朝は早い。

 フミヒロさん(仮名、27歳)はある地方都市のパチプロ軍団のメンバーだ。起床は朝6時。“親”といわれるリーダーの補佐をしているので、軍資金の管理や台ごとのデータのとりまとめなどやるべきことは多い。玉を打つ“打ち子”たちにどの店のどの台に座るかの指示を出し、開店後は自身も12時間近くハンドルを握る。閉店後に新人の打ち子にデータのとり方を教えたり、報酬を支払ったりしていると、帰宅は夜中の0時を過ぎる。

 「(軍団のもうけは)“期待値”の高い台を探し、その台に打ち子を座らせることができるかどうかにかかっています」

 期待値とは、いくらつぎ込めばどれくらいプラス、もしくはマイナスになるかという理論上の見込みのこと。当然、高いほうが優良台である。期待値は大当たりで獲得した出玉数や1000円当たりの回転数(大当たりを出すための抽選回数)などをもとにはじき出すのだが、その計算方法は結構複雑だ。

 フミヒロさんの軍団は、多いときで打ち子ら30人で構成。リーダーである親以外は、フミヒロさんも含めて勝っても負けても決まった報酬を受け取るシステムになっている。フミヒロさんは入団直後は1日7000円で、軍資金の管理などの仕事を任されるようになってからは同1万5000円に“昇給”。多い月で35万円ほどを稼いだ。打ち子らは口コミやTwitterで募集。親の名義で借りたワンルームマンションなどに入居させる。フミヒロさんも家族向けの3LDKの1室に家賃2万円で住んでいるという。

 パチプロは意外にも勤勉だった。収入も安定しているように見える。もしどうしても食いぶちに困ったら1日打ち子とかやってみたりしてもいいのではないか――。

 私がそう言うと、フミヒロさんは「いや。それは、ほんとにやめといたほうがいいです」と即答した。

 よく考えてみてほしいと、フミヒロさんは言う。例えば1日7000円で終日玉を打ち続けた場合、時給換算すると600円を切ってしまう。また月20万円を稼ごうと思ったら29日は“出勤”しなければならない。それに打ち子は1時間おきに回転数や出玉数などを親にLINEで報告するので、慣れないとトイレや食事の時間を取ることもままならない。フミヒロさんの月35万円の稼ぎも、連日18時間近く働いてようやく得られる金額である。

 なにより不安定で、いつ収入が途絶えるかわからない“仕事”だという。新型コロナウイルスの感染拡大で昨年4月に緊急事態宣言が発出された際は、ほとんどのパチンコ店が休業。フミヒロさんの収入はゼロに。このときは水道代とガス代を払うことができなくなり、近くの公園でくんだ水を電気ポットで沸かし、カップラーメンで飢えをしのいだ。

 実はフミヒロさんは最近、新人の指導方法をめぐってリーダーの親ともめて軍団を離れた。自動的に住まいも追い出されるので、ほどなくホームレス状態になった。昼間は終日マクドナルドで過ごし、夜は路上に出るという暮らしを1カ月ほど経験した後、現在は別の軍団で打ち子をしている。ただし報酬は1日9000円。「収入はかなり落ちました」。

 パチプロ歴6年。そろそろ潮時かなと思っている。「ちゃんと就職したい。できれば正社員でと考えています」。

■父親は会社員だったが、酒癖が悪かった

 フミヒロさんはなぜパチプロになったのか。

 フミヒロさんの父親は会社員だったが、とにかく酒癖が悪かったという。「父が物を投げつけて壊したテレビを何度買い替えたかわかりません」。小学生のときに愛想をつかした母親がフミヒロさんを残して家を出た。中学生のときに父親が失業。再就職したものの、子どもながらに家計が苦しくなったことがわかったという。高校中退後は、アルバイトをして貯めたお金で1人暮らしを始めた。以来10年、父親とは一度も連絡を取っていない。

 「高校を辞めたのは、勉強についていけなかったから。家を出たのは、このまま父親と暮らしていたら僕のメンタルが死ぬと思ったからです。母に頼んで緊急連絡先になってもらい、家賃3万円のアパートを借りました」

 この間、複数の飲食店や雀荘でアルバイトをした。いずれの職場も社会保険はなかった。雀荘では業務のひとつとして賭け麻雀を打つこともあったが、負けた場合はすべて自腹。半月働いた給料が7000円だったこともあったという。

 アルバイトは、次第に寝坊による遅刻が続き「出勤しづらくなってブッチして、そのまま辞めてしまいました」。最後は家賃を4カ月ほど滞納した結果、強制退去に。初めての1人暮らしは2年ほどで終わった。

 その後は友人の家に身を寄せながらファミレスでアルバイトをしたり、スキー場や温泉街などでリゾート派遣をしたりした。パチプロになったのはちょうど仕事を辞めたタイミングで、知り合いに声をかけられたのがきっかけだったという。

 パチプロに“転職”した理由について、それまでに就いたさまざまな非正規労働の劣悪さに嫌気がさしたのかと尋ねると、そうではないという。

 「住み込みのリゾート派遣ではいろんな人と仲良くなれました。家賃もかからないし、朝晩と弁当が出るところもある。(派遣先のひとつだった)温泉宿では途中からアルバイトになり、年末年始バリバリ働いて、1週間でチップ込みで20万円稼いだこともあります。仕事は探せば何かしらあるんです。社会に文句を言うくらいなら、自分で行動して適応していくべきです。自分で選択した結果に文句を言うのはお門違いだと思います」

 派遣も悪くはないし、働きぶりを評価されてアルバイトに引き抜かれたと言いたいようだった。ただフミヒロさんが就いてきた仕事は、いずれもILO(国際労働機関)が実現を目指す「ディーセントワーク(働きがいのある人間らしい仕事)」とは到底いえない。

 社会保険がないのは違法の可能性が高いし、賭け麻雀の負け分を給料から天引きするのは完全にアウトだ。派遣契約期間中に直接雇用に切り替えるのも違法。瞬間的にいくら稼げても、継続的に働けるかどうかわからない働かされ方は典型的な不安定雇用である。私にはフミヒロさんは労働搾取の被害者に見えたし、まともな仕事がない中で「自分で行動」「自分で選択」といっても、それは下手をすると劣悪な職場を渡り歩くだけの結果になりかねない。そう指摘すると、フミヒロさんはこう反論した。

 「非正規が増えたのは事実です。でも、経営者の目線に立つと、正規社員をかかえることのリスクは大きいし、すべての企業が法律を遵守していたら日本は立ち行かなくなるのも事実です」

 経営者目線に立つ――。実は本連載でも、何人もの非正規雇用の当事者が同じ主張をするのを耳にしてきた。しかし、社長でも、CEOでもない働き手がなぜ経営者目線に立つのか。その発想が私にはまったく理解できない。

 資本主義社会において、労働者が商品として提供できるのは労働力だけである。従って労働者と企業の力関係は対等ではない。その格差を補正するためにさまざまな労働関連法が整備されてきたのだ。労働者と企業の間にはアリとゾウほどの力の差があるのに、なぜアリがゾウの目線に立つのか。その忖度が劣悪な非正規雇用や不当な解雇、雇い止めにはしる一部の企業の増長を許してきたといったら、言い過ぎだろうか。

■パチプロを辞めたい理由

 しかし、フミヒロさんは「(企業側のやり方を)受け入れる代わりに何も考えない“楽さ“を得てきたんだと思います。そしていったん受け入れたなら、文句を言うなというのが僕の考え」と譲らない。パチプロになったのも、文句や不満を言わずにすべてを受け入れてきた結果というわけだ。

 そのうえで、フミヒロさんには普段から自らに言い聞かせていることがあるという。「才能がないならないなりに努力をしろ、すべての責任は選択した自分にある」。 これもまた典型的な自己責任論の内面化のように、私には思えた。

 フミヒロさんはパチプロを辞めたい理由について「パチプロには社会的信用が一切ないからだ」と説明する。たしかにこれから就職活動をするにしても、履歴書にパチプロとは書けないだろう。そのほかにも終日台に座り続けるのでパチプロを始めてから体重が50キロ増えてしまった。「このままではどんどん社会との距離が広がって、いつか後戻りができなくなるような気がするんです」とフミヒロさんは話す。

 結局、フミヒロさんとの働き方をめぐる議論は平行線だった。一方で取材後、フミヒロさんからはこんな趣旨のメールが届いた。

 「『才能がないならないなりに努力しろ』という言葉ですが、本当に強い人はそういうことは言わないかもしれません。強がる人が言う言葉だと思います。これは、強くあろうとする自分を鼓舞するため、自分を肯定するための盾でもあるんです」

 フミヒロさんが望む正社員。そこでは今以上に自らを鼓舞しなければならないだろう。そんな社会のいびつさを一番身に染みて感じているのは、フミヒロさんなのかもしれない。

本連載「ボクらは『貧困強制社会』を生きている」では生活苦でお悩みの男性の方からの情報・相談をお待ちしております(詳細は個別に取材させていただきます)。こちらのフォームにご記入ください。

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最終更新:6/11(金) 10:21

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