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ドラゴン桜が推薦「日常の価値を見直す」3冊

5/9 16:31 配信

東洋経済オンライン

16年ぶりにドラマの新シリーズが放送中の『ドラゴン桜』。元暴走族の弁護士である桜木建二が、学力の低い生徒たちを東京大学合格に導く物語です。
新刊『ドラゴン桜 超バカ読書 思考力↑表現力↑読解力↑の東大式99冊!』では、主人公・桜木が「本当の教養」を身に付けられる本99冊を超効率的に紹介しています。

本稿では同書より一部を抜粋・編集しお届けします。
 学ぶとは、単に些末な知識を溜め込むことじゃない。

 エリザベス女王が即位した年号や、フレミングの法則の使い方を覚えて、問われたらすぐ回答できるようにしておく。大事なことだが、それだけでは知識があまりにピンポイントすぎる。もう少し大局的に、相互につながりを持つかたちで「知」を広げていきたい。そういう学びを続けるとどうなるか?  そう、教養が身につくんだ。

 教養のある人は、人生のあらゆる場面で、課題発見、問題解決、周りとの十全なコミュニケーションを引き出せる。学業も仕事も、そして人間関係も、見事にこなせるんだ。だからオレは、何度だって強調してやる。学べ! 学べ! 学べ!  それが人生を拓く唯一の方法だ。

 では具体的にはどうしたらいいのか……。簡単なことだ。本を読むこと。それだけでいい。ちょっと古くさい気がするだと?  バカを言うな。人は人からすべてを学ぶものだ。最近じゃコンピューターが何でも教えてくれるって?  いや、じゃあそのコンピューターはどうやって生まれたんだ?  人が創造し、作り上げたものじゃないか。

 本というのは、人の言葉が書き記されたものだ。人の教えが凝縮されてそこにある。しかも、長い歴史を経ても残り、受け継がれてきた「人の言葉のベスト・オブ・ベスト」が詰まっているんだ。これを活用せずしてどうするんだ? 

 試験を受けるときには、周りの雑音や試験会場の寒暖など、不確実な要素がある。運に左右される面もあるが、それをどんと受け止めることで、自分に運を向かせるくらいの度量がなくてはダメだ。そうした心構えもしっかりと伝えて、気持ちを高めさせていく。

 そのために、東大専門コースに在籍する生徒の親の意識改革も欠かせない。

 そこで家庭で守ってもらうべき10ヵ条を手渡す。これを守ることができれば、必ずその家庭の子は受験に合格できるという秘伝のものだ。

 1 一緒に朝ご飯を食べること
 2 何か1つでも家事をさせること
 3 適度に運動させること
 4 毎日同じ時間に風呂に入らせること
 5 体調が悪いときは無理させず、休ませること
 6 リビングはいつでも片付けておくこと

 7 勉強に口出しをしないこと
 8 夫婦仲をよくすること
 9 月に一度家族で外食すること
10 この10カ条を父親と共有すること
 普通のことばかり書いてあるように見えるか?  ああ、そのとおり。受験に立ち向かうには、平穏な家庭での日常生活が必須なのである。

 合格は日常生活の延長線上にあり、日々の暮らしを大事にする生徒が受験を制するのだ。

 ここで、日常というものの重要性をしっかり捉える本を提示しておこう。

■日常の価値を見直すための3冊

 『中動態の世界』國分功一郎 医学書院

 かつて、能動態でも受動態でもないもう1つの態、中動態が存在した。

 一読して、これまで当たり前と思っていたものの捉え方が、ガラリと変わる。そんな希有な体験ができる貴重な1冊。

 能動的に行動する人、受動的に生きる人などと言うように、人の態度には「能動」と「受動」があると普通は思われている。能動が「する」で、受動は「される」様子である。

 ところがかつては、能動態でも受動態でもない「中動態」なる態が存在していて、これが能動態と対立していたという。能動態と受動態というのではなく、能動態と中動態が区別されていたのだ。

 では中動態とはいったいどんなものなのか?  その名称からして、「する」と「される」のあいだの様態であることは推測できる。卑近な例をとれば、悪い人にカツアゲされるときの行動がそれだ。あからさまではないものの、脅され逃げ場のない環境に陥った人は、直接的な暴力によってお金を取られるのではなく、その場の圧力・権力に屈するかたちで自発的にお金を差し出す。

 環境や状況が働きかけて必然的に行動するのが、能動でも受動でもない、中動の様態ということだ。

 中動態に当てはまる言葉や概念は、以前から日本語の中にもあった。古語で「きこゆ」などというときの「ゆ」がまさにそれ。聞こうと意識したわけではないが、ごく自然に耳に入ってきた、というようなニュアンスの表現だ。「自然の勢い」と称されるような、こうした自発の言葉がかつて存在したのである。

 中動態を表す言葉は世界中にあり、現在はあまり表に現れないとはいえ、われわれの文化文明の核は中動態的な考えにこそあるのかもしれない。

 著者の國分は、中動態的思考を推し進めた思想家として、17世紀オランダの哲学者スピノザの名前を挙げる。スピノザは人間の自由を強く訴え、「自己の本性の必然性に基づいて行為する者は自由である」と定義したという。必然的な法則に従って行為する、それはまさに中動態が表す世界だと読み解く。

 そうして、國分は次のように結論づけるのだった。

 「われわれが、そして世界が、中動態のもとに動いている事実を認識することこそ、われわれが自由になるための道なのである。中動態の哲学は自由を志向するのだ」

■『中動態の世界』まとめ

 新しいものの見方を提示してくれる論に触れると、いきなり視界が開けたような心理的変化が得られるものだ。

 中動態というニュートラルな状態に入ることを、自分の生活の中で試してみよ。それだけで肩の力が抜けて、より能力を発揮できたり学習効率が上がったりする効果が期待できるだろう。

 『思い出トランプ』向田邦子 新潮文庫

 指先から煙草が落ちたのは、月曜の夕方だった。

 『寺内貫太郎一家』などで知られる脚本家の残した文章は、すべて昭和に書かれたものであるのに、いまだみずみずしさをまったく失わない。なぜか。おそらくは時代を超えて営まれ続けてきた、普通の人の日常を慈しみながら描いているからだ。

 向田はラジオ、テレビ、映画の脚本からエッセー、小説までと、ジャンルを超えて書きものをした。『思い出トランプ』は小説短編集で、どの話も市井の人のささやかな生活が題材になっている。ごく限られた数の登場人物の、心理をじっくり見つめることだけで、1編ずつがかたち作られている。そうか小説とは、起伏ある物語を楽しむより前に、人の心情のヒダをたどれることが醍醐味だったと再確認させられる。

 「かわうそ」と題された作では、出だしからして、「指先から煙草が落ちたのは、月曜の夕方だった。」という描写がくる。実はある身体的変化に見舞われているひとりの男が、茫然と頭の中で考えを巡らせている様子を、このたった1行がよく表している。

 「大根の月」という作品に出てくる男はまず、これまでの人生で昼間の月を見たことがない人物として描写される。

 そのエピソードだけで、あくせく下ばかり見て暮らしてきた小人物なのであろうことが、痛々しいまでに伝わってくる。

 どの短編も平凡な家庭を舞台にしているのは、設定をできるだけ普通で平坦にしたほうが、心情の起伏だけを際立たせることができて好都合だからかもしれない。

 外形的には何ら波風が立っていなくとも、人の心理や感情はいつだって波瀾万丈で味わい深いもの。小説はもちろん、実生活だってきっと同じなのだと、向田作品が教えてくれている。

■『思い出トランプ』まとめ

 向田邦子の「人生の達人」風な思考法をマネしてみよ。ものごとをじっとよく見て、微細な変化を逃さぬよう努めていると、どんなささいな部分にも、これまで気づかなかったよさや意味があると知るはずだ。

 『ボヴァリー夫人』ギュスターヴ・フローベール 芳川泰久(訳) 新潮文庫

 「そうよ、かわいいひと。ほんとにかわいいひと……あのひと恋をしているのではないかしら?」と心にきいてみる。「だれを? ……あたしを、だ!」

 19世紀フランス小説を代表する、いやそれよりも小説というジャンルの「見本」を作り上げたといってもいいのがこの作品。フランスのルーアン近郊の田舎町で医者をしているシャルル・ボヴァリーは、美貌のエマを妻にめとる。

 その地域では「そこそこ」の地位にあるシャルルのもとへ嫁いで、さほどの不自由もない暮らしができるのだから満足すべきところではあるはずなのに、エマの心はちっとも晴れない。夫の凡庸さや田舎の小さい世界を嫌悪して、退屈でたまらないのだ。

 もともと空想癖の強かったエマはいつしか、ロマンチックな恋愛に身を浸す自分の姿を妄想するようになり、その思いが現実にまでにじみ出てくる。

 出会った男性ロドルフ、次いでレオンと不貞を重ね、家庭の金銭も使い込んでしまう。

 だが結局は、男性たちに都合よく利用されただけ。不都合を隠し通せなくなったエマは、服毒して死んでしまう。エマが最期を迎えるまで「いい人」であり続けたシャルルも、跡を追うように命を落とす。残された彼らの娘は、なんとか係累を頼って生き延びているようだと記され、1編は終わる。

 いまならさしずめ週刊誌の記事にでもなりそうな1人の女性の顛末を、作者フローベールは、同時代の「生活の一例」として客観的に描写していく。大仰に飾り立てず、出来事と心情を淡々と言葉に落とし込んでいくことによって、リアルな読み応えを作り出しているのだ。

■『ボヴァリー夫人』まとめ

 起こった出来事だけを追えば、どこにでもありそうな陳腐さ。それが時代を超えて読み継がれるのは、描き出しているのが時代の風俗だけではなく、人の内面と感情をも含んでいるからだ。これは出来事の新奇さで読ませるのではなく、内面の動きだけで自律している小説だ。

 人の感情はどんなときにどう動き、いかにすれば満足を得るのか、名作小説からよくよく読み取れ。人の世のすべての課題もその解決策も、人の感情に基づいて生まれているのだから。

東洋経済オンライン

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最終更新:5/9(日) 16:31

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