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アルケゴス巨額損失事件、「金融規制強化」を引き寄せる転落劇の内幕

4/20 6:01 配信

マネー現代

(文 安田 佐和子) ----------
3月末、突然、野村ホールディングスはじめ、世界の投資銀行がある取引をめぐり、軒並み巨額損失発生の可能性を発表した。その取引とは、プライベート運用会社「アルケゴス・キャピタル・マネジメント」相手のもの。アルケゴスが事実上の筆頭株主であるバイアコムCBSの株価が下落した事から追加担保要求、資金不足、投げ売りとなって、高レバレッジ投資が巨額損失を生んだ。しかし、バイアコム関連のアルケゴスの巨額のリスク資産は、このときになって初めて明らかになったもの。しかもアルケゴスのトップ、ビル・フアン氏は、2012年にインサイダー取引で有罪となり、業務制限措置を受けていた人物だった。何が抜け道だったのだろうか。これまでも繰り返されたハイリスク運用事件を上回る、この事件がもたらすであろう波紋を考えてみたい。
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フアン氏の「風景」

 マンハッタンのセントラル・パーク南端に位置する57丁目周辺は、「ビリオネアズ・ロウ(Billionaires' Row)」と呼ばれて久しい。高級百貨店バーグドーフ・グッドマンや、音楽の殿堂カーネギー・ホールがそびえているからというわけではない。著名投資家ビル・アックマン氏が一室を9150万ドルと、NY不動産市場で当時2番目の高額で購入した「One 57」を始め、数々の超高級コンドミニアムが立ち並ぶためだ。

 韓国系米国人のビル・フアン氏は、自身が立ち上げたアルケゴス・キャピタル・マネジメントのオフィスを、そのビリオネアズ・ロウの一角「888 7thアベニュー」に構えた。数字の「8」は、韓国人にとって中国人と同じく金運と幸運を招くとして好まれるだけに、キリスト教徒ながらフアン氏も意識していたのではないだろうか。

 フアン氏はフアン・ソングクとして1964年に韓国で生まれ、10代の頃、父親が教会牧師としてラスベガスに赴任するにあたって家族と共に米国へ移住した。当時は英語の読み書きができなかったものの、勤勉な性格からマクドナルドでバイトしながら英語を習得したという。

 父の死後にロサンゼルスに移り、カリフォルニア大学で経済学を専攻した後、ペンシルベニア州ピッツバーグにわたりカーネギー・メロン・大学で経営学修士(MBA)を取得した。

 フアン氏は現代証券で営業マンだった頃、運命が一変する。伝説のヘッジファンド、タイガー・マネジメントを設立したジュリアン・ロバートソン氏と出会い、彼の信頼を得て1996年に同ファンド入りの切符を手にした。アナリストとして入社後は、ロバートソン氏に韓国株の取引の推奨を通じ利益拡大に貢献し、愛弟子の地位をつかんだ。

 ロバートソン氏と言えば、ヘッジファンド界の巨人であり、フアン氏を語る上で触れておかねばならない存在だ。ロバートソン氏は大学卒業後に海軍での勤務を経て投資銀行で20年以上働き、48歳でタイガー・ファンドを旗揚げした。

 当初の運用資金は、自己資金の200万ドルと家族からかき集めた分を含め800万ドル程度だったが、最盛期には一時220億ドル超えへと成長した。ファンダメンタルズを重視したロング・ショート投資戦略で巨万の富を築きつつ、1998年に転換期が訪れ、ロシア危機や円高局面で損失を被った。

 同氏は自動車や製紙などのオールド・エコノミー銘柄への投資は得意だった半面、新興のIT関連への投資出遅れも、敗因の1つに挙げられる。投資哲学に「徹底的なリサーチに基づく秀でたアイデアに、大きく投資せよ」を掲げるロバートソン氏にとって、当時のIT銘柄は魅力的ではなかったようだ。

 ロバートソン氏がファンドを閉鎖した後、彼の支援もあって「タイガー・カブ(子虎)」と呼ばれる弟子たちが世界へ散らばっていった。

 その代表格と言えば、タイガー・グローバルのチェイス・コールマン氏で、ヘッジファンド運用者収入番付で上位15人中1位と、師匠のお株を奪う勢いだ。他に同番付5位に入ったスティーブン・マンデル氏、バリュー投資で財を成したリー・エインズリー氏など、錚々たる面々が控える。

インサイダー取引で有罪

 フアン氏も2001年、タイガー・アジア・マネージメントを設立した。1600万ドルの運用資金は、わずか1年間で1.4億ドルと約10倍に膨らんだ勝因は、その大胆な投資戦略にある。

 ウォール・ストリート・ジャーナル(WSJ)紙によれば「投資対象は数銘柄、ヘッジに関心をもたず、多額のレバレッジで利益を上げるホームラン狙い」だったという。当たれば大きい半面、空振りどころかトリプルプレーもありうる手法と言えよう。

 同氏の投資戦略が最初に裏目に出たのは2007年のサブプライム危機時で、フォルクスワーゲンとポルシェの経営統合過程での取引などで、当時は資金の40%を失ったという。

 翌2008~09年には中国銀行と中国建設銀行のショート取引により1620万ドルの利益を上げたが、インサイダー取引容疑により、同社を閉鎖。結局、2012年12月に不正行為で有罪となり、米証券取引委員会(SEC)と、1) 4400万ドルの罰金、2) 生涯にわたるディーラーなど投資業務の禁止、3) 投資業務の禁止については、5年後以降に再審査の権利付与――などの内容で和解した。

 ただし、フアン氏は時が経過するのを待たなかった。SECによる規制対象外のファミリー・オフィス、つまり富裕層に属する一族の資産運用会社として、2013年にアルケゴス・キャピタル・マネジメントを立ち上げた。

 しかし、有罪判決後は2014年まで香港市場で取引禁止となり、得意な取引から離れる必要があった。そこで目を付けた先は米国市場、とりわけIT関連やメディア関連で、師匠であるロバートソン氏譲りの徹底的な調査を通じ、ネットフリックスやリンクトインなどに大口投資を行った。

 当時は、物言う投資家カール・アイカーン氏もネットフリックスに食指を伸ばしつつも2年で撤退した一方で、フアン氏は4年保有したといい、同氏の一極集中型的投資スタイルが垣間見える。タイガー・ファンドでも2001年から閉鎖までの平均リターンは16%だったものの、当時を知る市場関係者は「極めてボラタイル(振れ幅が大きい)」と振り返る。

追い風と急拡大の中身

 SECは、フアン氏が、今回のマージン・コール(追加証拠金の請求)に陥る11カ月前の2020年4月、同氏の要請に対応し投資業務の禁止をめぐり一部緩和した。緩和を要請した背景は明確ではないが、証券会社の設立や勤務が承認されており、自己資金の運用以外に進出しウォール街での完全復活を狙っていたのかもしれない。

 いずれにしても、フアン氏にとってはコロナ禍で全世界が経済活動の停止という冬の時代に、自分だけに春が訪れたような心地となったのではないか。

 ブルームバーグによれば、アルケゴスの資産は2013年の設立時点の約2億ドルから100倍に膨らみ、その大半は積極的にレバレッジ運用(債務による運用規模の拡大)した足元数年に集中したとされる。仮に証券業務への進出を念頭に運用資産の拡大に急いだのならば、ビッグ・リターンの追求からレバレッジを引き上げたのも頷ける。

 フアン氏は一定の株式への集中投資に加え、手数料と担保を差し出せば多額の資金を用意せずに取引できる「トータル・リターン・スワップ」を駆使していた。これはトータル・リターンの言葉を冠する通り、手数料と引き換えに原資産を取得することなく、原資産から発生する金利やキャピタルゲインなど全てのリターンを受け取るクレジット・デリバティブの一種である。

 原資産となる株式は、アルケゴスの取引先だった野村ホールディングスや三菱UFJ証券ホールディングス、クレディ・スイス、モルガン・スタンレー、ゴールドマン・サックスなどが保有する。

 だからこそ、アルケゴスのように複数の金融機関とのスワップで個別銘柄のエクスポージャー(資産の価格変動部分)を拡大する場合、法的開示要件対象外となっていた。アルケゴスの肥大化したエクスポージャーが巨額損失発覚まで意識されなかった理由は、ここにある。

崩落

 当初、金融機関は、インサイダー取引で有罪となったフアン氏率いるアルケゴスを顧客とすることに、及び腰だった。レバレッジ(自己資本に対する借入金の規模)の高さ(WSJ紙によれば、15ドルの担保で85ドル借入)も、一因だ。

 しかし、投資規模の大きさや高額手数料につられ取引を開始。アルケゴスの運用資産が数百億ドル、ポジションは500億ドル超とされるなか、まもなく、フアン氏が実質上の筆頭株主となるまで買い進めた、バイアコムCBSの増資計画発表日である2021年3月23日を迎えることになる。

 増資、つまり株式の追加発行で既発行株の希薄化が起き、それを嫌った投げ売りもあって、バイアコムCBSの株価は3月22日の100ドルから50ドル割れまで暴落。3月25日には、クレディ・スイスやゴールドマン・サックス、野村HDなどアルケゴスの主要取引先が事態収拾のため、一堂に会した。

 アルケゴス側は協議で追い証や強制売却の先延ばしを要請したが、その裏側でバイアコム増資の主幹事を務めたモルガン・スタンレーは、アルケゴス絡みの米メディア銘柄や中国IT銘柄をブロック取引で約50億ドル売却。翌26日に、同じく主幹事のゴールドマン・サックスも100億ドル超に及ぶブロック取引で売り抜けた。

 乗り遅れた野村HDは、3月29日に「米国子会社において、米国顧客との取引に起因して多額の損害が生じる可能性のある事象が発生した」と報告、クレディ・スイスも続いた。

 アルケゴスがバイアコム株の急落を受け、数日で資産を200億ドル吹き飛ばした結果、野村HDは損失額を20億ドル、クレディ・スイスは47億ドルとするが、正確な損失額は未だ不透明だ。アルケゴスと取引していなかったJPモルガンは、最大で100億ドルと試算する。

金融規制を再び強化に追いやる事に

 一連のアルケゴス・ショックを振り返ると、主に3つの要因が絡み合って発生したと捉えられよう。

 第1に、高いレバレッジでホームラン級の運用を行うフアン氏の投資戦略が挙げられる。第2に、SECによるフアン氏への投資業務制限の緩和が、同氏をして積極的なレバレッジを加速させたと考えられよう。第3に、ファミリー・オフィスに、1) SECへの登録不要、2) 所有者や運用資産額などの開示義務なし、などの利点を残したドッド・フランク法がある。

 以上の3つに加え、超緩和的な金融政策が高レバレッジを実現可能としたのは、言うまでもない。

 市場に超緩和策を提供する米連邦準備制度理事会(FRB)のパウエル議長は、4月11日放映の報道番組で「断固として全容を究明し、再発を防止する」と発言した。

 SECは、アルケゴスの取引に関する事前調査に着手済みである。

 米上院銀行委員会のシェロッド・ブラウン委員長は、野村HDとクレディ・スイスなど4社に説明を求める書簡を送付、金融機関は4月22日までの回答を求めた。その後は公聴会が開かれ、ドッド・フランク法の抜け穴探しが始まるはずだ。

 同法により、それまで事実上、規制対象外だったオーバー・ザ・カウンターでのデリバティブ取引、つまり取引所を介さず、証券会社などの金融機関との相対での取引が証券取引委員会(SEC)と商品先物取引委員会(CFTC)の規制対象に変わった。

 その半面、政治家へ献金を行うような富裕層のファミリー・オフィスについては、厳しい規制を課さず、一部のヘッジファンド・オーナーがファミリー・オフィスに転じる流れが出来上がってしまった。

 1940年に成立した投資顧問法では、15人以下の顧客に助言する企業を規制対象外とし、ドッド・フランク法ではこれを無効化した。とはいえ、SECがファミリー・オフィスを再定義した際には、家族にのみ投資助言を行い、家族または家族が経営する事業体が100%所有する場合、投資顧問法の適用から除外したままとなっている。フアン氏は、ここに目を付け自身のファミリー・オフィスを設立したというわけだ。

 当時、規制強化の陣頭指揮を執った1人のCFTC委員長は、ゴールドマン・サックス出身で、業界の仕組みを熟知する人物である。同氏は、バイデン政権でSEC委員長に就任しており、どこまでファミリー・オフィスにメスを入れるかが注目される。

 アルケゴス・ショックは、世界のファミリー・オフィス約5000社も固唾を呑んで見守っていることだろう。

 フアン氏の師匠ロバートソン氏は、3月30日付けのインタビューで愛弟子の巨額損失お問題をめぐり「彼は素晴らしい人物だ……真に善良な人物が大きな間違いを犯したに過ぎない」と応じた。

 そのロバートソン氏の投資哲学の1つは「損失を回避せよ、それこそ何年にもわたり真に儲けるやり方だ」。フアン氏の脳裏に、その教えは叩き込まれていなかったようだ。

 アルケゴスとはギリシャ語で「指導者」を意味するが、皮肉なことに金融規制強化の旗振り役として歴史に刻まれよう。

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最終更新:4/20(火) 6:01

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