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日本女性の「パリ好き」の源がハリウッドの必然

4/17 14:01 配信

東洋経済オンライン

Netflix(ネットフリックス)やHulu(フールー)、Amazon Prime Video(アマゾンプライムビデオ)など動画配信サービスでドラマや映画を楽しむ人が増えています。昨年は「梨泰院クラス」「愛の不時着」が話題となりましたが、海外コンテンツは韓流ドラマだけではありません。
気軽に海外旅行に行けるその日まで、埋もれた名作、フランス映画を掘り起こし、フランスの「文化の香り」に触れてみるのはどうでしょうか。パリ郊外の大学で映画理論を学んだ筆者の目に映る、フランス映画とフランスに住まう人をお伝えします。

 「おい、聞け、アレックス。俺はお前を南に連れて行く。そこで俺たちはもっと幸せになれるはずだ……。パリよりずっといい。パリがお前の面(ツラ)にしたことをみてみろ。あぁクソッタレが。お前がもしわからなくても……ちょっとはわかろうとしてくれ。俺がわかったことを」

 浮浪者ダンはアレックスにパリを出ろと説得する。

 しかしアレックスはこの一言だけを繰り返す。

 “Faut qu’j’retourne sur l’pont……” (橋に戻らなきゃならない)

 レオス・カラックス監督の『ポンヌフの恋人』(1991年公開)、ナンテールにある路上生活者の受け入れ施設でのワンシーンだ。

 「橋」とはパリの中心、セーヌ川に架かる「Pont Neuf(ポン ヌフ)」のことだ。Pontはフランス語で「橋」、Neufは「新しい」という意味。つまり直訳では「新しい橋」。しかし実際は16~17世紀に建設された現存するパリで「いちばん古い」橋である。

 監督カラックスはこの古くて頑丈な橋が好きでここ10年ずっと、ポンヌフから遠くない場所に住んでいるという。

■日本人の身近なパリはアメリカ映画にあった

 古くて新しい「パリ」。

 「パリ」とはいったい何だろうか? 

 「好きじゃない人なんているの?」、Netflixで始まったシリーズ「エミリー、パリへ行く」でアメリカ人のエミリーはこう答える。意地悪なフランス人の描写をこれでもかと見せた後だけに「パリ」の絶対的な強さを感じさせる台詞だ。

 パリとは言えないがパリから郊外用電車20分ほどで行ける大学院に進学が決まったとき、別に映画の勉強できるんならどこでもいいや、地方都市とか南仏も自然がたくさんあって人も親切そうだし、と思ってはいたがやはりちょっとうれしかった。

 日本のように地震がないフランスは、古くからの街並みが随所随所に残り、大都市パリでも100年を超える歴史ある建造物を改修しつつそのままアパートとなっている所も多い。映画館も美術館も新しい街並みも古い街並みも、ここにはある。最初の頃は週末ごとにパリに出向いてはカフェでワイングラスを傾けたりなんかして「映画みたい」と調子に乗っていたのも否めない。

 エッフェル塔、凱旋門、ルーブル美術館、美しい石造の建物、そして恋人たちと愛の街。

 しかしこれらを深掘りしてみると、とくにアメリカで製作された映画が私たちに植え付けたパリの外見の印象であることに気づく。

 ヨーロッパ映画の配給よりもアメリカ配給会社の映画のほうがだんぜん普及している日本ではアメリカの目を通してみる「パリ」が身近なパリである。

 例えばダン・ブラウンの小説を原作とした『ダ・ヴィンチ・コード』(ロン・ハワード監督、2006年公開)はパリのルーブル美術館から始まり、ルーブル美術館で終わる。美しい街並みを上から、下から、正面から、満遍なく、惜しみなく光を使い、カメラを“なめる”ように動かしクローズアップする。

 ガラスのピラミッドにうつる夜景、語りかけてくる絵画たち。技術を余すところなく享受して映し出された謎めいたパリに、私たちはワクワクする。

 愛とその豪奢な煌びやかさに酔いしれたいなら、ニコール・キッドマン主演、モンマルトルのキャバレーを舞台にした『ムーラン・ルージュ』(バズ・ラーマン監督、2001年公開)がてきめんだ。

 『パリの恋人』(スタンリー・ドーネン監督、1957年公開)のオードリー・ヘプバーンのように、ファッション誌のモデルとしてパリへ旅立ち、パリを舞台に素敵な男性に出会って甘酸っぱい恋をしたいと願う人もいるだろう。

 詩や小説が好きだったら『ミッドナイト・イン・パリ』(ウディ・アレン監督、2011年公開)なんてよだれものだろう。主人公と共に過去のパリへタイムスリップし、フィッツジェラルドやジャン・コクトー、ヘミングウェイと議論したりベル・エポック(美しい時代)時代の華やかなパリを体験したりできる。

 一方、『プレタポルテ』(ロバート・アルトマン監督、1994年公開)は、やはりファッションの中心地はパリなんだと感じさせる映画だ。パリの街並みが、歴史を感じさせる堂々たる建物たちが、シックな衣装に身を包んだ華やかなファッションモデルたちが、スクリーンを通して私たちを圧倒し、私たちはその比類なき美しさに憧れ、あやかりたいと願う。

 これが、私たちの感じる外見のパリの印象ではないだろうか。

■芸術がベースのフランス映画

 では、フランスの監督たちはどのようにパリを映し出しているのか? 

 哲学、文学と演劇の長い歴史を持つフランスはその血脈から「芸術」というベースをもとに映画を作り始めた。とはいえ映画が出てきた当初は、絵画や彫刻、演劇のような芸術とは違い、見世物市場で見せる娯楽や大衆的なものとしてとらえられていたようだ。

 それを、シネマテーク・フランセーズ(映画遺産の保存、修復、配給を目的としたパリにある私立文化施設)の前身シネマ・アーカイヴを創設したアンリ・ラングロワを皮切りに、アンドレ・バザンなど多くの批評家たちが「第7芸術」としての地位まで推しあげたという背景がある。

 アンリ・ラングロワはこれまで捨てらたり、裁断されてマニキュアの原料などにされてきた映画フィルムを保存、修復し、上映。そこにシネフィル(映画狂い)と言われるフランソワ・トリュフォーやジャン・リュック・ゴダール、アラン・レネ、エリック・ロメールなどが集い、ヌーヴェル・ヴァーグという波(1950年末~)を起こしていった。

映画は観客を楽しませるもの、という思考があるアメリカの映画と違って「芸術」が真ん中に鎮座しているフランス社会にとって映画は「客と議論するもの、感情を交換するもの」である(議論好きなフランス人については先の記事で語っている)。

 そのためフランスで生まれ育った監督の作るパリを舞台にした映画は、その外見よりもそこに住まう人たちの息づかいや、時に息苦しさなどの内面をより色濃く表現するためにパリの風景を映しだす。

 彼らにとってパリは生々しい匂いを放つ生きた存在である。

■パリに住まう人々の情景が浮かぶ物語

 セドリック・クラピッシュ監督の映画『猫が行方不明』(1996年)は普段のパリ、とくに11区に住む人々だけに焦点を当てた作品だ。バカンスに出かける間、猫を預かってくれる人を見つけるため、同じ界隈の住人やお店を訪ねて歩くところからこの物語は始まる。

 セーヌ川北側に位置するパリ11区は、小さい雑貨屋、クラブやバーなどがひしめく生活空間だ。デモが行われる際に人々が集まるレピュブリック広場やナシオン広場もある。猫を探す過程で11区域のさまざまな人たちと関わっていくのだが、それが実にリアリティーに満ちている。

 これがアメリカ映画だと「実は重大な秘密の入ったマイクロフィルムが猫の耳につけてあり……」などと物語が展開しそうだが、フランス映画ではそうはならない。実際に住んでいると出会うような人々が、そのまま等身大で出てくる。

 ただおしゃべりしたくて電話してくる老婦人、下心から余計なことまでしようとする不器用な男、「外見が美しい、ということなんて意味ない」と叫ぶモデル。恋人が欲しくておしゃれして出向いた夜のバーで、どうでもいいヤカラに引っ掛けられ、そのヤカラの元恋人に逆恨みされる主人公の女性。

 さらには、家まで送ってくれたバーの女性にキスされそうになり辟易し、慰めてくれた同居するゲイの男についちょっかいを出したら拒否され、さらに虚しくなるなどなど。誰にでも経験がある(? )愛くるしいエピソードたっぷりな「パリの日常」を内面から見ることができる映画だ。

 静かだが強烈で独特な匂いがただよってくるように感じるのは、『5時から7時までのクレオ』(アニエス・ヴェルダ監督、1962年公開)。

 死とは?  自分の存在意義とは?  他人と知人の境とは?  著名なポップ歌手であるクレオは、自分ががんなのではないかと暗く落ち込みながらパリの街をさまよう。自分の身の回りの親しいと思っていた人々にも、心を打ち明けられない違和感を感じつつ。

 元写真家アニエス・ヴェルダの独特なカメラワークで映し出されるパリの街並みと、モンスリ公園はクレオの心情を映し出すことに集中している。

 パリの空と象徴的なアパートの屋根の映像から始まるのは『巴里の屋根の下』(1930年、レネ・クレール監督)。

 「彼女が二十歳になったとき、年老いた母はある日やさしく彼女に言った
私たちの住んでいるこの家で、私はけっこう苦労したのよ
あなたを育てるのにはお金が要ったの。
でも、あなたも日に日にちょっとずつ 理解してきたと思う。
幸せとはなんのか」

 耳に心地よい朗らかなシャンソンから始まるこの映画は、無声時代からトーキー、つまり「しゃべる」映画になって初めてフランスのパリに住む人々を撮っている。

 物語の「詩」を強調する1つのエフェクトとして使われているこの「パリ」は実はすべてパリ郊外エピネーのスタジオで作られたセットである。そのため、よく見ると遠近法がおかしく建物がわずかにゆがんでいるが、この「現実と非現実の微妙なバランスから生まれる美の感覚こそがリアリズム」と称えるのはフランス文学者である中条省平氏(『フランス映画史の誘惑』)だ。

■ジュリエット・ビノシュも全身でぶつかった「パリ」

 最初に紹介した『ポンヌフの恋人』。実はこの映画に出てくるポンヌフも多大な金額をつぎ込んで南フランスに作られた大がかりなセットである。たびたび批判対象として取り上げられてきたが、そんな裏事情など吹き飛ばさんばかりにこの映画で私たちは「生身のパリ」に出会うことができる。

 ミシェル役のジュリエット・ビノシュは、先に撮られた『汚れた血』(1986年)のときのように、「マドンナみたいに撮ってほしくはない。私だって動けるし、息もできる。あなたのカメラや照明下での表情とは違う美しさが私にはある」(フランスの映画専門雑誌『カイエ・デュ・シネマ』)、とカラックス監督に要求したという。

 この映画で彼女は走る、叫ぶ、踊る、虚な目でさまよう、橋の下で素っ裸になって身体を洗うなど、全身で「パリ」にぶつかっている。

 この映画ではパリ中心部にあり5つの線が交わっている「シャトレー」駅が出てくる。

 チェロの音楽だけが地下鉄内に響きわたり、時に無音を交えながら、過去の恋人の奏でるチェロの音を探して駅構内を走り回るミシェルと、その恋人に会わせまいと先回りして走るアレックスの交互に映る姿。このピンと張るチェロの弦のような緊張感と焦燥感、その背景をいろどるのはパリの日常の地下鉄駅である。

 監督レオス・カラックスのカメラを通して映し出される「パリ」は不安定でおぼろげで退廃的な光に満ちている。

 最後、「果て」である港町ル・アーブルに砂を運ぶ船上でミシェルは叫ぶ。

 “Tu peux rester au pieu, Paris!  Oh!”

 少々不良な言葉を使用しているので、「パリ、あんたは寝てな!」か、極道の妻風に言えば「パリ、お前さんはおねんねしとき!」のようなニュアンスか。

 映画のパリ、実際のパリ、思い出のパリ、想像のパリ、セットのパリ……。どの「パリ」も紛れもなく「パリ」である。

東洋経済オンライン

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最終更新:4/17(土) 14:01

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