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地下鉄延伸に黄信号「日本式インフラ輸出」の罠 ジャカルタMRT、第2期区間の入札不調が相次ぐ

4/9 4:31 配信

東洋経済オンライン

 ジャカルタ都市高速鉄道、MRTJ南北線の第1期区間(フェーズ1)ルバックブルス―ブンダランHI間(約16km)の開業から、3月24日で2年が経過した。コロナ禍でイベントは開催されなかったが、MRTJ公式ツイッター上にはジャカルタ州のアニス・バスウェダン知事をはじめとした政界人、そして日本大使館、国際協力機構(JICA)からのお祝いの言葉も寄せられた。

 【2021年4月9日18時20分 追記】記事初出時、開業日に関する記述に誤りがありましたので、上記のように修正しました。

 2019年3~12月の輸送実績はおよそ2460万人。毎月微増傾向で利用者は伸び続け、1日当たり9万人前後が利用していた。しかし、年明け早々には新型コロナ感染拡大に伴う在宅勤務が本格化し、駅からの2次アクセス整備などを考慮した需要予測の16万人には到達できなかった。それでもMRT単体での需要予測である6.5万人/日は大きく上回っており、定時運行率も99%を超え、インドネシア初の都市高速鉄道は成功裏に走り出したと言って過言ではない。

■一部区間の建設業者が決まらず

 しかし、MRTJ南北線プロジェクトはまだ道半ばだ。第2期区間(フェーズ2)のブンダランHI―コタ間(約6km)が開業すればようやく、オールジャパンで挑んだパッケージ型インフラ輸出事業は本当の意味での完成を迎えるわけだが、フェーズ2の建設に今、黄信号が灯っている。入札不調が続き、一部区間の建設業者がいまだに決まっていないのである。

 2019年4月1日、ジョコウィ大統領出席のもと盛大に開かれた開業式典では、同時に2024年の全線開業を目指し、フェーズ2の起工も宣言された。しかし、このときフェーズ2の建設着工に関わる業者は何も決定していなかった。

 ブンダランHI―コタ間の建設を巡っては、設計段階から不確定要素がある。詳細は後述するが、同区間は厳密には「フェーズ2A」と呼ばれている。フェーズ2Aの入札パッケージは以下の6つに分かれている。

CP201(タムリン・モナス各駅および駅間の土木工事一式)
CP202(ハルモニ・マンガブサル・サワブサル各駅及び駅間の土木工事一式)
CP203(グロドック・コタ各駅および駅間の土木工事一式)
CP205(軌道・通信・信号)

CP206(車両)
CP207(運賃授受システム)
 このうち、CP201のみは2020年3月に清水建設と国営建設アディカルヤとの共同事業体が約340億円で受注したと発表されている。

 コロナ禍の影響で本格着工は同年3月から7月にずれ込み、完成予定も2025年3月と遅れることになったが、現時点で進捗率は13%ほどと順調に進んでいる。この入札は2019年5月に実施され、ほかに大林組と国営建設ウィジャヤカルヤ・ジャヤコンストラクシの共同事業体、および三井住友建設と国営建設フタマカルヤの共同事業体が応札していた。ちなみに、フェーズ1の受注業者として名を連ねていた東急建設は、現時点での公開資料の中ではフェーズ2への入札は確認できない。

 問題はCP202以降である。CP202およびCP203については2019年8月に入札公示、11月に締め切りというスケジュールだったが、どちらも不調に終わってしまった。MRTJの資料によると、モナス駅を建設する独立記念塔公園一帯の土地利用について各機関との調整が難航したことでCP201の入札公示が遅れた。後のCP202・CP203の入札公示との間にゆとりがなく、同時並行的に実施されたことで、業者の準備が間に合わなかったと結論付けている。

 そこで2020年に再入札を実施したが、CP202はまた入札不調に終わった。加えてCP205に関しても応札者がなかったことを、MRTJのウィリアム・サバンダル社長は2020年10月に報道陣に明かし、危機感をあらわにした。なぜ1期工事で建設に加わった業者が入札に応じないのか、なぜ日本の業者にこだわらなければならないのかと、MRTJ内部のみならず、報道陣からも不満の声が漏れた。

 しかし、「ジャカルタ都市鉄道南北線事業」の借款契約に対する調達条件が本邦技術活用案件、つまり円タイドである以上、指定比率の日本企業からの調達が求められることから、プロジェクトは一気に暗礁に乗り上げた。日本の成長戦略として掲げられていた「パッケージ型インフラ輸出」の落とし穴である。

■車両だけでなく建設・土木も入札不調

 「ヒモ付き案件」とも揶揄される日本タイド調達は世界的な批判を浴び、借款援助は1980年代以降、日本タイドから一般タイドへと変化せざるをえなくなった。そのため、円借款案件にもかかわらず外国企業が安値受注する例が増えてきた。鉄道で言えばバンコク地下鉄が最たる例であろう。土木部分こそ日本企業が受注したが、それ以外はすべてヨーロッパ勢に持っていかれてしまった。ある鉄道会社は受注を前提に、技術者の一団を現地に送り込んでいたさなかの出来事である。

 これをきっかけに日本タイドの調達条件の必要性が議論されるようになり、そこで生まれたのが本邦技術活用案件という枠組みで、「パッケージ型インフラ輸出」の土台になっているものである。「我が国の優れた技術やノウハウを活用し、開発途上国への技術移転を通じて我が国の『顔が見える援助』を促進するため」と紹介されており、2002年から導入された。

 要するに日本企業の参入障壁を下げ、そしてもっと海外に日本の技術を輸出しましょうと呼びかけているわけであるが、どうもうまくいっていない。既報の通り、マニラ、そしてミャンマーで入札不調の問題が発生している。ただ、これらは鉄道車両に関しての入札不調であり、建設・土木関係の入札が流れるのは前代未聞ではないか。道路や港湾、ダムなどを含むインフラのODA支援は、国内で減少する公共工事の埋め合わせという意味合いもある。だから、日本側としては、当然建設業者は入札に応じると考えていたはずである。それだけにこの衝撃は大きい。

 では、どうして今回、2度も入札が流れたのか。

 まず、日本国内の建設需要は、直近の10年間はほぼ横ばい、ないしは微増傾向にある。つまり、リスクを冒してまで利潤の少ない円借款案件に手を出したくないという業界内のムードがある。これまで鉄道車両メーカーが率先して応札しなかったのと同じ理由である。

 次に、そのリスクとはなにか。ここにフェーズ2Aの複雑な事情がある。MRTJ南北線のフェーズ1、つまり南側は地理・地形学的に「山の手」と呼ばれる区間であるのに対し、北側のフェーズ2Aは「下町」と言うべき区間である。とくに今回入札不調に終わったモナス以北のCP202・CP203区間は海抜が極めて低く地盤が軟弱で、道路中央部には古い運河が流れている。最近こそ減少したが、終点のコタ地区は雨季の豪雨と高潮が重なったときなど、しばしば洪水に見舞われていた。そのため、フェーズ1の地下区間よりもコスト増になることは明らかであり、企業はその区間の安値受注を回避した格好だ。

■薄い「日本」の存在感

 もちろん、安値受注は円借款案件である以上は織り込み済みである。それでも企業は入札する。というのも、すでに海外で事業所を構え、営業している建設業界にとって、公共インフラ整備への貢献は一種の広告になる。さらに活かされた高度な技術を、次の受注に繋げたいという思惑がある。

 しかし、現状のインドネシアにはそれがない。2019年の開業式典では日本大使の出番はなく、ジョコウィ大統領は「日本」というワードを一切出さず、引き続きの協力要請をしなかったことがジワジワと響いてきているのである。日本が好きで、大学で日本語を勉強している学生ですら、MRTは韓国製、中国製と勘違いしている人も散見されるほどである。それがジャカルタ首都圏外ともなれば、「日本の高品質な技術で作られた地下鉄」というイメージはほぼないと言ってよい(国産だと思っている人も多い)。

 実際に、現政権は今後の公共インフラ整備について自国技術の採用を基本とし、資金調達は返済義務の生じないPPP方式を前提としている。南北線に続く東西線事業では、事前調査および設計コンサルの部分までは円借款で進められているものの、本体工事については白紙の状態である。とくに東西線事業は数年前に国家開発計画から外されており、今後はジャカルタ特別州が主体となってプロジェクトを進めることになる。

 こうなると、予算面から全額円借款で賄うことは難しく、民間からの資金調達も併せて検討されているほか、アジアインフラ投資銀行が融資に協力姿勢を見せている。MRTJのある幹部は、南北線フェーズ2でこのような入札不調が続くようでは、東西線事業のスムーズな着工のためには他国との協力も視野に入れて検討せざるをえないと発言している。中国(アジアインフラ開発銀行)のほか、ドイツ、韓国も関心を示しているという。

 そんな中、MRTJは今年1月に突如として「フェーズ4」と呼ばれる南北線のファットマワティからタマンミニ方面に分岐する約12kmの延伸計画を発表した。JICAの事前調査にも含まれない区間であり、MRTJないしはジャカルタ特別州が単独で建設する区間になる。

 実はもう一つ、ルバックブルスからさらに南伸する「フェーズ3」と呼ばれるインドネシア側の独自計画が存在する。公共交通空白地帯のため、より多くの需要が見込めるが、隣接するバンテン州にまたがるため、費用負担の問題などから進捗が見られない。そこで、突如フェーズ4の存在を明らかにし、2022年着工・2027年完成との計画を示した(のちに2023年着工・2030年完成に修正)。

 基本設計すらできていない中で来年着工とはあまりにも急な話であり、フェーズ2への入札参加を促すため、日本企業へ追加契約の可能性を示唆しているとも感じ取れる。一方、コロナ禍で減少している利用者確保のためにも早期の路線延長は不可欠であり、日本企業にこだわらず迅速に着工できる区間として設定したとも考えられる。

そして、最後に工期の問題である。フェーズ1の受注業者は大統領任期に合わせ、当初のスケジュールを2カ月も前倒しした2019年3月開業という無理難題を押し付けられた苦い経験がある。フェーズ1がジョコウィに始まりジョコウィに終わったというのは以前の記事(2019年4月21日付記事「ジャカルタ地下鉄開業、薄い『日本』の存在感」)でも紹介した通りだが、フェーズ2も同様になる可能性が極めて高いということである。起工式で宣言された南北線の全線開業は2024年。ジョコウィ大統領2期目の任期切れのタイミングである。

 そこにコロナ禍が直撃し、順調に受注業者が決まったCP201ですら完成予定は2025年4月に延期された。CP202、CP203については、結果的には入札が流れたことで、MRTJ側が開業を2027年まで遅らせると発表している。こうなれば、さすがに大統領の任期までに完成させよという声は出ないだろう。納期遅延は賠償の対象である。つまり、このリスクを回避するために、あえて誰も入札しなかったという見方もできる。

■フェーズ2をめぐる不安要素

 現在、CP202については入札から随意契約に変更することで業者を募っている。予算の範囲内ならばより高額での受注が可能である。「ジャカルタ都市高速鉄道事業(フェーズ2)(第1期)」に対しては700億2100万円を上限とした円借款が結ばれている。これが主にCP201からCP203までの範囲と推測されるが、すでにCP201(2駅・約2.7km)が340億円で受注されていることを考えると、残り区間の5駅・約3㎞の区間に残されているのが360億円というのは、やや心もとない。果たして名乗りを上げる日本企業はあるのだろうか。

 フェーズ2をめぐる不安要素はこれだけにとどまらない。これまで「フェーズ2A」と紹介してきたからには、「フェーズ2B」が存在する。そして、その区間の土木工事が前出の入札パッケージの中で欠番となっているCP204、というカラクリである。

 当初、JICAによる設計段階ではフェーズ2Bは存在しなかった。代わりにコタ駅の先に、車両基地が建設される予定だった。これは、KCIジャカルタコタ駅とカンプンバンダン駅の間に広がる国鉄遊休地を流用することを前提としていた。しかし、遊休地を活用したコタ地区の再開発を企む国鉄KAIとの交渉は難航し、最終的に2016年に決裂した。

 そこで、新たな車両基地用地の選定が必要となり、コタからカンプンバンダン(マンガドゥア)を経由し海岸方面に進み、アンチョル海浜公園近くまで延伸する計画が持ち上がった。海浜公園一帯は州政府が管理するレジャースポットとなっており、広い用地を確保するには好都合である。ただし、元の設計計画に2B区間は含まれておらず、現状まったく白紙の状態である。円借款でカバーされているのもコタまでである。

 これは非常に重要な問題をはらんでいる。2019年の開業用に16本の車両を用意したが、これはあくまでもフェーズ1区間の必要最低限の本数である。しかし、現在のルバックブルス車両基地はフェーズ1の16本分の留置能力(本来の設計上は14本)しかなく、拡張する余裕もない。

 つまり、フェーズ2Bが完成しない限り抜本的な車両増備はできず、朝ラッシュ時の5分毎運行も間引かねばならない可能性がある。ウィリアム社長は直近の会見でフェーズ2用にはA区間で6本、B区間で8本の増備が必要と述べていることから、車両を駅で夜間滞泊させるなどの工夫でなんとかやりくりするようだが、コストアップにしかならない少数の車両増備に応じるメーカーなど、当然いるはずがない。

 2019~2020年に実施した市場調査では、日本の鉄道メーカーで関心を持つ企業は1つもなく、仮に14本の一括発注にしても応札者が出ない可能性が高いとウィリアム社長は同時に述べている。フェーズ1で導入実績のある住友商事・日本車輛製造のコンソーシアムですら、「増備車」としての追加受注に否定的なのだ。

 筆者はこれまで、JICAの日本・インドネシア間や各受注業者間をまとめる調整能力の欠如、そして杜撰な計画設計をたびたび指摘してきた。フェーズ1を見る限り、オールジャパンを謳いながら日本の各業者は一枚岩ではなかった。それでも工期通りに、いや、より早く開業できたのは、最先端で陣頭指揮を執っている人たちがそれらを被ってきたからである。実際、現場からはさまざまな不満の声が聞かれた。

■岐路に立つ「パッケージ型インフラ輸出」

筆者は「ジャカルタ地下鉄開業、薄い『日本』の存在感」にて「まもなく、MRTJ南北線第2期事業についての入札が始まる。そこに出る顔ぶれから、今回開業した第1期事業に対する企業の評価が見えてくることになるだろう。わが国の『パッケージ型鉄道インフラ輸出』に対し、企業はどのようなジャッジを下すのか」と記した。信号・通信関係のように、前回の受注がほぼ自動的にフェーズ2でも約束されているというケース(CP205)ですら応札者が出なかったという状況を見れば、その答えは一目瞭然だろう。

 軟弱地盤や国鉄遊休地の土地問題などは誰にでも予見できる程度の話である。しかも、現在の中心業務地区から外れ、旧市街と化しているハルモニ―コタ間の需要は極めて少ない。MRTJの地下区間と地上のBRT1号線の区間は完全に重複しており、わざわざ地下鉄を掘るほどのものでもない。行楽客のいない平日は空気輸送になるだろう。

 ならば、将来的に東西線と連絡するタムリン駅を介してモナス駅までの建設で十分だったのではないか。ジャカルタの目抜き通りに地下鉄を通すという結論ばかりが先行して、詳細が煮詰まっていないのではないか。いまさら後の祭りであるが、モナス―コタ間の予算は東西線に回し、短距離でも日本規格のレールをまず引いておいたなら、よほど日本企業の将来に繋がったはずである。

 同じくJICAが2016年から事前調査を進める国鉄(KAI)北本線高速化に対し、インドネシアの閣僚からまたも中国への要請を示唆する発言が出て、誠意を問う声が上がっている。しかし、これは5年待っても一向に方向性が定まらない日本案へのいら立ちと言える。これもまた、結論ありきで案件を引き受けたツケである。日本のパッケージ型インフラ輸出は今、岐路に立たされている。

東洋経済オンライン

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最終更新:4/9(金) 18:21

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