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「これだけを30回繰り返してください」佐藤優が菅首相に伝えたい"あるフレーズ"

4/8 15:16 配信

プレジデントオンライン

昨年10月、国会は日本学術会議の任命拒否問題で大騒ぎになった。あの問題の本質とは一体なんだったのか。佐藤優氏と池上彰氏の対談をお届けしよう――。

 ※本稿は、池上彰・佐藤優『ニッポン未完の民主主義』(中公新書ラクレ)の一部を再編集したものです。

■政権に「政府による学問の自由の侵害」という意図はなかったはず

 【池上】菅政権発足後、いきなり日本の民主主義が正面から問われるような事態が持ち上がりました。日本学術会議の会員任命拒否問題です。2020年10月1日に行われた新会員の任命に際して、任命権者である菅首相が、学術会議の推薦した105人のうち6人を除外したんですね。2004年に、組織内部からの推薦を受けて会員に任命される制度となって以降、初めてのことでした。

 「任命拒否」という事実もさることながら、菅総理が「総合的、俯瞰的に判断」などと繰り返すのみで、除外の明確な理由を語らなかったことも、批判を浴びました。

 【佐藤】この問題で私が恐れるのは、神学で言う「予言の自己成就」です。初めは根拠のない思い込みでも、人々がそれを信じて行動することで、「正夢」になってしまう。例えば、「○○信用金庫が危ない」という根も葉もない噂を信じて取り付け騒ぎが起こった結果、信金が本当に潰れる、といったことが起こりえるわけです。

 この場合の「噂」は、「政府による学問の自由の侵害」です。少なくとも政権の中枢には、今回の人事に関してそこまでの意図はなかったのではないか、と私は見ています。

■官邸幹部が加藤陽子氏を「除外リスト」に載せるはずがない

 【池上】にもかかわらず、実際に学問の自由への介入が起きてしまうかもしれない、というわけですね。でも、本当に官邸にはその意図がなかったのでしょうか? 

 【佐藤】6人のうちの1人、歴史学の加藤陽子氏とは、共著を出したこともあるのですが、彼女は、福田内閣時代に政府の有識者会議の委員を務めたり、上皇ご夫妻が在位中には、他の歴史家とともに、頻繁に御所に招かれたりもしていました。そんな人物を「除外リスト」に載せるような稚拙なことを、官邸幹部がするとは考えられないのです。

 【池上】そもそも前例のない任命拒否自体、マウンドに上がっていきなりビーンボールを投じるようなものですからね。

 【佐藤】念願の総理の座を手にして早々、やることではありません。恐らくは、中枢よりは下の官僚が「画策」したものでしょう。誤解を恐れずに言えば、「国家の安全を守るために、異質なものは容認できない」という考えを持った人たちが、その任務に忠実であるがゆえに手を付けた。今までの人生の中で、「学知」というものが役に立った経験も持たない人たちだと思います。

 たぶん本当のターゲットは、日本共産党系の民主主義科学者協会法律部会の関係者である松宮孝明氏、岡田正則氏、小沢隆一氏の3人だったはず。それにカモフラージュのための3人をプラスして載せた「拒否リスト」が、人事発令前に、あろうことか『しんぶん赤旗』にすっぱ抜かれてしまった。『赤旗』のスクープ、政権からすると政党機関紙への「情報漏洩」がなければ、発令の段階で官邸が見直すことも可能だったのに、引くに引けない状況になってしまったというのが、私の見立てです。

■「行政権の肥大化」が起きている

 【池上】官僚機構に詳しい佐藤さんならではの分析だと思います。とはいえ、そうなると、官邸の外にいる官僚がそうした前例のない人事を上げたことになります。ずいぶん乱暴なことをしたものですね。

 【佐藤】まさにそこに、今の日本の民主主義が置かれた危機の一面が覗いていると思うのです。ひとことで言うと、「行政権の肥大化」です。司法権、立法権に対して、行政権の力が相対的に高まり、その結果、一部の官僚の発言権が増しました。官僚が「俺たちがやってやろう」という自信を持つようになったわけです。そうした傾向は、政府が「迅速なコロナ対応」を求められる中で、ますます強まっています。

 【池上】なるほど。かつては官僚がそういう考えを持っていたとしても、実際に学術会議の人事に触るようなことはしなかった。今は、それができるんだという感じになっているというわけですね。

 一般論で言えば、行政がてきぱきと物事を決めて実行するのは、大事なことです。しかし、本来議会のチェックが必要な部分をスルーして進めたりすれば、やはり三権分立の原則に反します。そのあたりも、非常に曖昧になっている感じが否めません。

■安倍政権から続く「システムによる政権運営」

 【佐藤】今のような行政権の肥大化を生んだのは、さきほど池上さんも問題点を指摘した安倍長期政権にほかなりません。安倍政権の後半は、首相のリーダーシップのように見えて、政治を動かしているのは、実は「官邸の意思」でした。政策立案は側近に任せ、安倍さんが「必要だ」と思ったものにだけ、ゴーサインを出す。私は「首相機関説」と呼ぶのですが、そういう「システムによる政権運営」が定着したのです。勢い官邸官僚を頂点とする官僚機構は、強い力を獲得することになりました。

 【池上】菅さんも、基本的にそのシステムを引き継いだと考えられるわけですね。

 【佐藤】そうです。だから、長期政権後の交代劇にもかかわらず、熾烈(しれつ)な政争を見せつけたりすることもなく、すんなり幕を閉じました。政権の主体が政治家本人ではなく、システムであることの証左ではないでしょうか。

 【池上】「顔」が入れ替わるだけで、システム自体は揺るがないから、みんな平穏でいられた。

 【佐藤】ただし、その「顔」には、ちょっとした違いもありました。安倍さんは、憲法改正だとかの、ある種イデオロギッシュな「やりたいこと」が明確でした。しかし、菅さんには、それが見当たらないのです。

 【池上】あえて言えば、首相になることが目的だったと言えるのかもしれません。国家観のようなものは、全く感じられない。

 ただ、憲法を改正するだとか、常に右手を振り上げていた安倍さんの時代、国民はちょっと“政治疲れ”を感じていたように思うのです。何も言わない菅さんになった当初は、正直ほっとしたところもあった。それが、就任直後の高い支持率につながったのではないでしょうか。

 いきなり携帯電話料金やNHK受信料の引き下げを口にしたときには、安保闘争で倒れた岸信介内閣の後を継いだ池田勇人とのアナロジーを、ちょっとだけ感じたんですよ。とりあえず政治から経済にシフトする、という。

 まあ、国民所得倍増計画をぶち上げ、実際に高度経済成長を実現していった池田内閣に比べると、ずいぶんスケールの小さな話ですし、携帯もNHKも総務大臣時代に「勉強」しているから、それをベースに提起しているのは明白なのですが。

■「やりたいことがない首相」の怖さ

 【佐藤】「やりたいことがない首相」というのは、ほっとするどころか逆に怖いと思うのです。「真空」ですから、周囲にあるものを深く考えずに吸い込んでしまう危険性がありますから。

 さきほどの学術会議の問題は、吸い込んだというより、意図せぬ「もらい事故」のようなものでしたが、私はそういう怖さが早くも表出したな、と感じました。「もらい事故」だから、最初は動揺が隠せなかった。でも、徐々に風向きが変化しました。

 安倍さんには、「コアな右派」という応援団がいました。彼らは、国家観の見えない菅さんからは、いったん離れたわけです。ところが、「任命拒否」で突っ張る姿を目にして、「菅さんもやるじゃないか」という感じになった。菅総理の側からすると、「私が任命権者として判断した」と言い続けているうちに、新しい権力基盤ができたような感覚を持ったのではないでしょうか。そうすることに、漠然とした「政治主導」の意味を見出すことになったのです。

 【池上】その結果、学問の自由への介入という「予言の自己成就」に至ることはないのか、と佐藤さんは危惧するわけですね。現実には、学術会議の民営化を俎上(そじょう)に載せるなど、そういう方向に舵が切られつつあるように見えるのですが。任命拒否された先生の教え子たちが、就職に響かないか心配を抱くなど、教育現場の動揺も問題になりました。

■なぜ「自分で判断した」と言ってしまったのか

 【佐藤】最悪なのは、フェイクニュースも含めた学術会議に対する攻撃がネット空間に拡散することで、1933年に文部省が京都帝国大学教授の滝川幸辰を一方的に休職処分に追い込んだ滝川事件で、口火を切り、滝川教授を追放した蓑田胸喜のような人物が「活躍」できる環境が生まれることです。政権が直接手を下さなくても、現場は委縮し、結果的に自由な学問、研究が阻害されることになりかねません。

 【池上】それにしても、「もらい事故」だったことは割り引くにしても、学術会議の問題が発生して以降の菅さんの「答弁」は、かなり問題ですね。「自分で判断した」といいながら、「本を読んだ加藤陽子さん以外は知らない」と言うのですから。ではどうやって判断したのか、という話です。

 【佐藤】あれには、天皇機関説を痛烈に批判した徳富蘇峰を思い出しました。美濃部達吉の論文は読んでいないけれど、天皇機関説などという用語を口にすること自体、「日本臣民として、謹慎すべきものと信じている」と、彼は主張しました。

■「総合的、俯瞰的に判断しました」と繰り返せばよかった

 【佐藤】でも、私がもし総理の側近にいたら、後付けの物語をいくつでも作れると思います。例えば、ジョージ・オーウェルの『アニマル・ファーム』の世界ですね。農園を支配していた豚が、動物たちで定めた規則に反してベッドで寝ていた。他の動物たちが抗議すると、規則に「ウィズ・シーツ」という言葉が付け加えられていた。つまり、シーツを掛けたベッドに寝てはいけません、掛けてないのだからOKなのです、と。

 【池上】ここで「動物農場」にたとえますか。(笑)

 【佐藤】もし私が官邸にいたら、菅首相には、「総合的、俯瞰的に判断しました」と30回繰り返してください、とアドバイスしたことでしょう。そこまでやれば、野党に攻め手はなくなったはずです。

 【池上】この日本学術会議の件に限らず、どうも菅総理はあやふやな国会答弁が多いですね。政権の側がそれでいいだろうと思っていて、実際にその手法が罷(まか)り通ってしまう。

 【佐藤】メディアも国民も、そういう対応が続くと慣れてしまう。少々の発言では驚かなくなってしまうわけです。

 【池上】まさに民主主義の形骸化です。本来、絶対に許してはいけないこと、慣れてはいけないことなのだけれど。

 【佐藤】私は、ケースによっては、木で鼻を括ったような答弁でやり過ごすことが必要なこともあると思うのです。しかし、国会で説明すべきことをせず、いたずらに行政権が拡大していくというのが好ましいことでないのは、明らかでしょう。あえて付け加えておくと、行政権は肥大化すると同時に、戦前の陸軍の統制派と皇道派のごとく、内部対立が先鋭化する危険が高い。

 【池上】勢力が拡大すると、えてしてそういうことが起こります。

 【佐藤】対立が政権運営に影響を与える局面も増えるでしょう。その結果、学術会議のような「事件」が、頻繁に発生するようになるかもしれません。



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池上 彰(いけがみ・あきら)
ジャーナリスト
1950年長野県生まれ。慶應義塾大学卒業後、NHK入局。報道記者として事件、災害、教育問題を担当し、94年から「週刊こどもニュース」で活躍。2005年からフリーになり、テレビ出演や書籍執筆など幅広く活躍。現在、名城大学教授・東京工業大学特命教授など。計9大学で教える。『池上彰のやさしい経済学』『池上彰の18歳からの教養講座』など著書多数。
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佐藤 優(さとう・まさる)
作家・元外務省主任分析官
1960年、東京都生まれ。85年同志社大学大学院神学研究科修了。2005年に発表した『国家の罠―外務省のラスプーチンと呼ばれて』(新潮社)で第59回毎日出版文化賞特別賞受賞。『自壊する帝国』(新潮社)で新潮ドキュメント賞、大矢壮一ノンフィクション賞受賞。『獄中記』(岩波書店)、『交渉術』(文藝春秋)など著書多数。
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最終更新:4/8(木) 15:16

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