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コロナバブルでお金の本当の価値は減っている

3/6 6:01 配信

東洋経済オンライン

 先日、ある媒体で株価のバブルをテーマにした座談会に参加した。

■コロナバブルの原因とは? 

 「株価はバブルであり、バブルの最終局面にある」とする弱気派の論者と、「一流企業は健全であり、各国の金融財政政策も現状が継続するはずだから今の株価がバブルだとは思わない」と考える強気派の論者の間に挟まり、筆者は「株価形成はバブル的だが、たちの悪いバブルなので、まだ続く。株価水準として日経平均株価3万円は『黄信号点灯』くらいの水準だ」という両者の中間くらいのポジショニングだった。

 3者で意見の対立が大いにあるかと思ったところ、現在の株高については、「コロナを背景として、金融緩和に加えて大規模な財政支出が行われて、お金がだぶついていて、株価が上がっている」という点で一致していて、ほとんど議論が起こらなかった。一言でまとめると「金(カネ)余りによる株高説」だ。

 「金余り」という言葉を頻繁に聞くようになったのは、1980年代後半の日本のバブル時代だった。語感が下品で好きにはなれないが、金融緩和を背景に起こる資産価格の上昇は、この言葉で説明するのが一番しっくりくるという点で厄介な表現だ。使いたくないと思いながら、つい使ってしまう。

 現在の状況は原因と結果をくっつけて「コロナバブル」と呼んでよかろうと思うが、コロナバブルは一面では、株式や暗号資産のような資産に対して、「お金」の価値が低下している現象だと見ることができる。この際、「お金」とは何だということを、改めて考えておきたい。

 投資についてのセミナーや書籍の中で、「お金」というものをどう定義するかが、しばしば問題になる。「お金が好きだ!」と無条件に思っている人たち同士が集まっている場合には特段問題はないのだが(そういう集まりもある)、筆者の観察するところ、平均的な人はお金がそれほど好きではない。

 お金が欲しいのは、なければ困るからだというのが一面の理由であり、お金を巡るシステムは便利ではあるけれども、必要悪的な存在だ、というくらいに思っている人が割合多いのではないか。

 お金が「汚いもの」だと思っている人も少なくない。特に教育関係者の一部にこうした意識があることは、学校での金銭教育、投資教育が進まないことの要因の一つだろう。

 筆者は、「お金は自由を拡大する手段だ」と説明することにしている。

 例えば、以下のような調子だ。「ひとことで言うと、お金は自由を拡大する手段です。お金があれば、欲しい物が手に入ったり、行きたいところに行けたり、必用な情報が手に入ったり、他人からサービス受けたりすることができるし、助けたいと思う人を助けるためにも役に立ちます。お金があれば、できることの範囲が広がると言えるでしょう」という。

 さらに「お金があるだけで幸せになれるわけではありませんが、お金で避けられる不幸は数多くあります。備えとしてのお金がある状態には、お金がない状態よりも安心な面があります。ただし、お金はあくまでも手段であって、目的ではありません。手段として合理的に扱うことが大切です」と続ける。

 説明上の工夫は、お金が拡大する自由のリストの中に、「助けたい人を助ける自由」を必ず付け加えることだ。「自分のための自由」のリストを並べた後に、利他的な行為も拡大できるのだと強調すると、聞き手の中の数人に一人くらいの割合で、ほっとしたように表情が緩んだり、頷いたりする人がいるのがわかる。

■お金の実質的意味とは? 

 「自由を拡大する手段」というのは、個人の立場から見たお金の機能だが、社会全体の中でお金はどのような機能を持っていると考えるべきなのか。

 包括的に定義するとすれば、お金は「他人を動かす力を数値化したものだ」と言えるだろう。「他人を動かす力」とは、何やら物騒な響きで、投資教育の導入段階には不向きだ。お金でモノを買うという行為は、モノの持ち主をそのモノの所有権を譲るように動かす行為なので、お金をモノと交換するのと同時に、お金は人を動かしている。

 人間は「社会的動物」と呼ばれるくらいで、他人のために動いたり、他人の協力を得たりして暮らしている。その際に、他人に動いて貰う権利を数値化し、それをやりとりできるようにしたものがお金だ。「お金(数値)=人を動かす力」と考えると、価値(使用価値でなく交換価値のほうの価値)を労働が反映したものだと考える労働価値説を抵抗なく「まあ、そんなものだろう」と受け入れることができる(あまりにも気楽な理解なので、かのカール・マルクスは不満に思うかもしれないが)。

 ちなみに、一つのコミュニティーの中で、「あいつはいい奴だ」と思われて好かれていたり、「あいつは信用できる」と思われていたりすると、他人は自分のために動いてくれるし、場合によっては、お金を融通してくれたりもするだろうから、自分でお金を貯め込んでおかなくても生活し活動できる。「お金がなくても、信用があればいい」というのも一面の真理だ。

 さて、お金の機能として、教科書的には(1)交換(決済)機能(2)価値尺度(3)価値の保蔵機能の3つがあげられることが多い。どれがより重要で本質的なのかは、文脈によって変化する。

 お金がお金として通用することは「それをお金として受け取ってくれる人がいること」に支えられていることを思うと、交換性を持つことが決定的に重要になる。硬貨や紙幣がお金でありうるのは、その物自体の価値によるのではなく、それを受け取ってくれる人がいることによって支えられている。この場合、通用が法的に保証されている法定通貨は有利だが、金でも貝殻でも暗号資産でも、受け取ってくれる人が多数いて、今後もいるだろうと信用されれば十分「お金」になりえる。

■最近ビットコインでイメージするもの

 ビットコインでも、それ以外のナントカ・コインでも、受け取ってくれる人が十分いるなら、かなりの程度「お金」だ。

 ビットコインの急騰も「金余り」のせいだというところまでは大方の意見が一致するが、ビットコインには、かなりの数の「アンチ」がいて、さまざまな批判がある。代表的なのは(1)お金として使うには価値が不安定だ(2)もっぱら投機の対象でしかない(3)採掘に掛かる電力が大量で自然に優しくない(4)決済に必要な電力コストが高くてお金としてコスパが悪い、といったものだろうか。

 確かに、価値が不安定であり交換(買い物)や決済に不便だというのは大きな欠点だし、電力コストの問題は前々から不評であった。

 しかし、ビットコインの価格が安定したらどうだろうか。ビットコインそのもののシステムで取引と決済を行わなくても、ビットコインを単位として取引を行う仕組みがあればいい。筆者がビットコインでイメージするのは、かつては金(ゴールド)だったが、最近はかつてヤップ島で使われていたという巨大な石貨だ。

 ヤップ島の人々は、石貨を取引の都度移動するのではなく、その権利を移転していたのだと聞いたことがあるが、ビットコインでも同様のことが可能ではないか。仮に「20××年は、1ビットコイン=テスラの新車2台」というくらいの関係が安定してくれば、通貨の3機能を総合的に満たす「お金」として広く使われるようになる可能性があるのではないか。

 筆者としては、市中銀行を使わずに支払い・送金・決済ができる中央銀行のデジタル通貨を早く立ち上げてほしいと思っている。ATMで小口の送金を行った時の手数料を見るたびに、強くそう思う。

 一方、お金の3機能は、利用者側から見たときに前記の通りだが、現代のお金には「情報の器」とでも呼ぶべき、もう一つの機能がある。誰から誰にお金が、いつ、いくら動いたかの流れを追うことができると、情報上大きな価値がある。信用の判断にも使えるし、ビジネス上も広い利用価値がある。この情報は、かつて銀行が独占していて、銀行業の強みとなっていたが、彼らが十分利用しきらないうちに(金融商品販売などにフルに利用されると困りものなのではあるが)、彼らの手からこぼれ出ようとしているように見える。

■価値をどう保蔵するか? 

 一方、投資家、あるいは将来に備えたい生活者の立場からすると、お金の3機能の中で重要性が大きいのは、価値の保蔵だろう。お金を持っていることが、果たして将来への備えになるか。また、どのような形で資産を持つことが、よりよい備えになるか。

 こうした立場から見ると、「コロナバブル」「金余り」という状況は、お金の価値が低下する方向に力が働いているのだから、長期的には安心でない。現在は、一般消費財に対する物価は安定していて、むしろ「インフレ率が足りない」ことが問題なのだが、株式などの「資産」に対しては、お金の価値の低下が進行している。

 資産家は資産価格の上昇から富を拡大し、資産家でない人々の富は拡大しないので、富の格差が広がっている。富裕層にお金が集まると、彼らは消費性向が小さいので、富の拡大の割には消費財の需要が増えないので、一般物価は上昇しにくい、という分析もある。

 しかし、富の格差の拡大は「富≒お金=人を動かす力」の格差が広がるということなので、富裕でない庶民の不満は相当に高まっているはずだ。お金持ちあるいは経済学者が「庶民は必要な消費財が買えないほど貧乏ではないので、不満はあるまい」と理解しているとすれば、それは間違いだろう。

 では、庶民の側はどうするか。通貨も、株式も、債券も、金も、暗号資産も、不動産も、どれも「絶対に大丈夫」と言えるものはない。大まかに言うと、複数の資産に分散して財産を持っておくといいのだが、「価格形成時にリスクプレミアムが含まれる資産」(主に株式)が有利で、同時に資産の流動性(換金性)を意識しておくといい、といったあたりが一般論になる。

 内外の株式への幅広い分散投資と、安全性があって使い勝手のいい現金性の金融資産とを持って、じっとしているのがいいだろう(本編はここで終了です。次ページは競馬好きの筆者が週末のレースを予想するコーナーです。あらかじめご了承ください)。

 今回は、7日に中山競馬場で行われる報知杯弥生賞ディープインパクト記念(G2、距離2000メートル、第11レース)を予想する。

 皐月賞(G1)と同距離・同コースで行われるトライアルレースで、かつては一流どころはこのレースから始動することが多かったのだが、近年は、超一流どころは、ダービー(G1)にピークを持ってくるために、トライアルをスキップして皐月賞に直行するローテーションが増えた。

 ところが、今年は、実績的に3歳世代最強と目されるダノンザキッドが出走し、断然の1番人気が予想される。人気ではあっても、この馬が本命だ。昨年の暮れに、同距離・同コースの2歳G1ホープフルステークスで強いレースを見せており、取りこぼしは考えにくい。

■弥生賞の本命はダノンザキッド、馬券は相手を絞って

 馬券的には相手を絞る必要がある。

 対抗は、クリストフ・ルメール騎手が乗る分、過剰人気になりやすい点が気になるが、前走のレースぶりがいいシュネルマイスター、単穴は前走の勝時計のいいゴールデンシロップ、あと中山競馬場での騎乗が冴える田辺裕信騎手が乗るワンデイモアを押さえる。

 いわゆるタテ目の馬券と、ダノンザキッドを2着として馬券も少々買ってみたい。

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最終更新:3/6(土) 6:01

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