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FRBパウエル議長「昔の知識は忘れろ」の真意

3/1 5:31 配信

東洋経済オンライン

 2月末の金融市場ではアメリカの10年債利回りがついに1.60%と1年ぶりの高水準をつけた。インフレ期待も高止まりしており、「未曾有のマクロ経済政策が制御不能なインフレを引き起こすのではないか」という懸念が金融市場の内外で高まった。アメリカではハーバード大学のサマーズ教授が拡張財政路線に警鐘を鳴らすなど、インフレ論争が少しずつではあるが始まっている。

 2月24日の議会公聴会においてFRB(連邦準備制度理事会)のパウエル議長は「インフレ目標達成に3年以上かかる」と述べるなど、意図せざる引き締め期待を打ち消している。だが、実質金利(名目金利-インフレ期待)の上昇から株価も動揺を見せた。なお、アメリカの金利上昇に対するドル円相場の反応は薄いが、それでも徐々に、しかし確実に水準は切り上がっている。やはり2021年に関しては「アメリカの金利上昇に応じたドル全面高」という基本シナリオは堅いのではないかと思われる。

■パウエル議長はマネーとインフレの関係を一蹴

 さまざまな議論が交錯しているが、煎じ詰めれば、「現行政策がインフレを招くかどうか」が争点である。アメリカ、日本、欧州の3極では各種政策対応の結果として、対GDP比で見たマネーサプライは急増しているため、これが一般物価の騰勢を招くのではないかとの懸念がくすぶっている。

 この点、パウエル議長は2月23日に行われた議会公聴会において「大昔にわれわれが経済学を勉強したころはM2(※マネーサプライ)と通貨供給量が経済成長に関係するとみられていた」としたうえで「現在ではM2に重要な意味合いはない。この知識は忘れる必要がある」とマネー急増とインフレ高進の関係を全否定している。

 貨幣流通量が増えれば、通貨1単位当たりの価値が毀損し、実物経済における物価が上昇するというのは直感的に分かりやすい理屈だが、現実はそれほど単純ではない。そうした伝統的な理解は物価変動を貨幣現象と捉える貨幣数量説に倣うものだが、現実がそれに沿って動いてきたわけではない。この点を今回は整理してみたい。パウエル議長が指摘するように、M2を見てインフレを恐れることに意味はない。

■貨幣数量説の2つの前提

 貨幣数量説は実体経済とマネーの関係に関し「名目GDP=貨幣数量(マネーストック:M)×流通速度(V)」と規定する。流通速度とは、貨幣が実体経済で使われる頻度や回転率などと理解される。例えば2019年の日本を例に取れば、名目GDPは約554兆円、マネーストック(M2)は約1040兆円なので、マネーは0.5回転(554兆円÷1040兆円)したことになる。

 理論上、短期的にこのVは、一定として議論が進められる。また、名目GDPは実質GDPと物価によって「名目GDP=物価(P)×数量(実質GDP:Y)」と表現されるので、貨幣数量説は「MV=PY」という関係を規定することになる。なお、貨幣数量説の世界は「貨幣は経済取引を効率的に行うための交換手段でしかない」と考える「貨幣の中立性」が成立する世界なので「Mを増やしてもYは不変」という考え方が前提となる。この時点でVに加えYも一定という世界が想定されることになる。

 そうなると上記の式ではMとPの関係だけが残り、「急増したマネー(M)の結果、物価(P)が押し上げられかねない」という「インフレの芽」を警戒する話につながってくる。前述のように現在の先進国ではMが急増しているのでPの急騰を懸念する論調が出ているわけだが、パウエル議長が述べるように、その知識に依存することは危うい。

 例えば、「Vが一定」という想定は今次局面のように異常なショックを受けた状況では必ずしも正しくない。理論的(厳密にはケインズ経済学的)に貨幣を保有する動機は、①「取引動機」、②「予備的動機」、③「投機的動機」の3つが想定されるが、コロナ禍における貨幣需要増大の小さくない部分は②の予備的動機に基づくマネーの抱え込み、要するに「将来への貯蓄」と考えられる。一方、景気回復への期待が根強い状況では①による貨幣需要が大きくなると想像される。

■危機時には貨幣が貯め込まれインフレは起きない

 貨幣需要の大部分が②に依存しているとした場合、「Vが一定」という想定に支障が出てくる可能性がある。日本、アメリカ、欧州のマネーの回転率であるVの推移を見てみると、過去を振り返れば、ITバブル崩壊とアメリカ同時多発テロ、世界金融危機(リーマンショック)など、強いショックが起きた局面でははっきりとその低下が確認できる。もちろん、その際にインフレが高進することもなかった。

 先に示した「MV=PY」に当てはめると、「Mが急増してもVが低下していれば、Pが上昇する必要はない」、要するに「インフレの芽」を警戒する必要はないという話になる。未曾有の危機だからこそ、マネーと物価の関係は貨幣数量説が想定するほど単純なものにはならない。

 先に紹介した議会公聴会におけるパウエル発言が流通速度(V)の低下を意識したものだったのかはわからない。だが、パウエル議長は責務である「雇用の最大化」を検討するにあたっては失業率だけでなく「高水準の労働参加率」を目指しているとも語っていた。金融政策を運営するうえで、長期失業者割合の上昇やそれに起因する労働参加率の低下を重要な論点として考慮しているという胸中がうかがえる。

 アメリカの長期失業者割合はすでに40%に達している。失業期間の長期化は就労意欲の喪失につながり、そうした者はいずれ労働市場から退出することが予想される。統計上は失業者が減少し、失業率も下がるだろうが、労働参加率も下がってしまうことになる。一国経済における労働投入量の低下は、潜在成長率の低下を招きうる話だ。それゆえにパウエル議長は失業率だけではなく、労働参加率もウォッチすると述べたのだろう。

■FRBのタカ派修正はアップサイドリスク

 今回は長くなるので、アメリカの雇用市場の現状については詳述を避けるが、歴史的にも類例を見ないほど雇用・賃金情勢は深手を負っている。だからこそ、予備的動機に伴う貨幣需要の増大(とVの低下)は当然発生するものであり、かかる状況を踏まえると「M2に重要な意味合いはない。この知識は忘れる必要がある」という発言が出てくるのも自然だと思われる。

 今後も、ワクチン接種状況の進展と共に実体経済が改善してくることは既定路線だろう。とすれば、現行のマクロ経済政策がインフレを引き起こすのではないかとの懸念も日に日に強まる可能性がある。

 しかし、一連のパウエル発言をうかがう限り、それに呼応してFRBがタカ派色を強める可能性はそうとう低い。アメリカは家計部門の株保有比率が高く、株高による資産効果が大きい経済であることを踏まえれば、今、FRBが恐れるのはインフレよりも「意図せざる引き締め懸念」の浮上から株価が大崩れするという展開ではないかと思われる。

 FRBが引き締め方向の調整に踏み出すとすれば、それは国債入札のあからさまな不調などを受けて長期金利が跳ね、これに伴ってインフレ期待も上放れしてしまうような地合いだろうか。その際はドル相場も急伸している可能性がある。

東洋経済オンライン

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最終更新:3/1(月) 5:31

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