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北朝鮮拉致報道の流れを変えた、今も捨てられない「有本恵子さんからの手紙」

2/24 6:01 配信

ダイヤモンド・オンライン

 文芸春秋に入社して2018年に退社するまで40年間。『週刊文春』『文芸春秋』編集長を務め、週刊誌報道の一線に身を置いてきた筆者が語る「あの事件の舞台裏」。ある日、北朝鮮に拉致された有本恵子さんの手紙が編集部に届きます。そこには普通の女子大生が北朝鮮に拉致された詳細な証拠が書かれていました。(元週刊文春編集長、岐阜女子大学副学長 木俣正剛)

● 退社時も捨てられなかった 送り主不明の手紙

 文芸春秋を退社するとき、多くの資料を捨てました。ただ、この手紙だけは、まだ自分で持っていたいと思って、自宅に持ち帰っています。

 「友達を通じて仕事が見つかりました。仕事は、market researchといって、外国の商品の値段や需要度などを調べる仕事です」

 「今月コペンハーゲンでこの仕事をしている人に会って、詳しい説明を聞くつもりです」

 こんな調子で、留学先の出来事を克明に綴り、日本に送っていたのは、後に拉致被害者と認定される有本恵子さん(筆跡鑑定でも、本人の筆跡だとわかっています)。

 手紙といっても、手元にあるのは手紙のコピーで、送り主は不明です。ただ、わかっていることは、有本さんから「氏名不詳の親友=送り主」にあてられたものということだけなのですが、この手紙には北朝鮮が仕組んだ、日本人留学生「拉致」の詳細な証拠が残されていると思っています。

 有本さんら3人の失踪留学生のことが明らかになったのは、1990年の1月17日、あの「湾岸戦争」の地上戦が始まった日でした。その日、『週刊文春』には「有本恵子さんら3人の失踪留学生」についての詳細な記事が掲載されました。

 世間の興味は、どうしても「湾岸戦争」に集中しましたが、記事は週刊誌誌上画期的な「スクープ記事」でした。なにが画期的かというと、国際的なテロ組織が日本人留学生を北朝鮮に連行していった経緯を詳細に記事にし、各国の情報機関やジャーナリストたちを驚かせた「世界的スクープ」だったからです。

 この記事のことは、以前にも当連載で少し書きました。後に作家となる麻生幾氏が週刊文春記者として、文字通り地を這う取材で、「神戸のアリモト」としかわからない人物を探り当て、数カ月の欧州取材の結果、有本恵子さん、石岡亨さん、松木薫さんの3人の家族を説得して、記者会見にまで漕ぎ着けたのです。

 記事は、何週にもわたって掲載されました。まずは、失踪した3人の下宿先の英国人などが、「仕事ができるような英語力はまだ身についていないのに、仕事を斡旋してくれる人が見つかったというので反対した」と証言し、周辺に怪しげな東洋人の動きがあったこと、石岡亨さんがいたスペインには、日本人同士で集まるアジトのような宿舎があり、そこには、いわゆる左翼学生らしき人物が出入りしていたことなどが、明らかになりました。

 それだけではありません。麻生氏がインターポールに取材をすると、日本人を食事に誘ったり、アムステルダムなど、東西冷戦の狭間で諜報機関が暗躍する場所に「仕事がある」とグループで移住をもちかけていたりした人物が浮かび上がっていました。

 その男の名前は、キム・ユーチョル。日本人の協力者と一緒に、次々と日本人を北朝鮮に連行していた北朝鮮の外交官であり、実際は諜報員でした。

● 有本恵子さんの手紙が 拉致報道の流れを変える

 記事は、日本の報道機関より世界の報道機関の注目を集めました。なにしろ、米国のCIAが「この記事の信憑性はきわめて高い」と西側諸国の大使館に回覧を促したくらいなのです。

 もっとも、当時の日本のメディアは北朝鮮にも拉致にも無関心。あるいは、わざと無視(平壌支局を置きたいという希望が各社にあり、この問題を避けていたようです)を貫き通していました。なぜ、続報しないのかと各社に聞いても「公安による謀略報道」扱いだったのです。

 その流れを少し変えたのが、私が入手した手紙です。記事は、当時有本さんの実名を出していません。しかし、編集部にかかってきた女性の電話は、しっかりしたものでした。

 「記事のAさんは、多分有本恵子さんのことだと思うのですが、どうでしょうか」

 個人情報なので慎重に私が話をしていると、実は彼女が欧州滞在中にずっと文通をしていたのに、急に連絡を断ったため、とても心配していたといいます。

● 有本恵子さんからの手紙は 慄然とする内容だった

 電話の主がいうには、「中国人のおじいさんと仲良くなった。彼が仕事を紹介してくれる」などと書いていたというのです。確かに、文春の記事の内容とあまりに重なります。

 何度か連絡先などを尋ねましたが、名前は名乗らず、後日その女性から有本さんから受け取ったという手紙が封書で送られてきました。自分の名前が書いてあると思われる部分は切り取ってあり、どうしても判読できないように細工されていましたが、内容は慄然とするものでした。

 「友達にある男の人(年は58歳、年より老けて見える)が日本語で話しかけてきたそうです。その人は中国の人だけど、今はアメリカ国籍で、オックスフォード大学でアジアの歴史について講義していたそうです。そして今、ロンドンで世界戦争問題研究会というのが開かれていて、それに参加しているそうです。

 その日は友達に、自分の滞在しているホテルのルームナンバーを言って、また今度chinese restaurantにでも行こうといって去っていったそうです。 私もその話を聞いて、何か面白い話でもきけるのではないかと思って、友達と一緒にある日ホテルまで会いにいったのですが、そのとき驚くような写真ばかり見せてくれました。その人は実は、あのマッカーサーの下で副司令官として働いていたこともあり、そのときの写真とか、外交官をしていたときにいろいろな国の大統領などにあっているところとか……」

 「その後、映画をみにいったのです。ハンガリーの映画で暗い感じの映画で、時々ベッドシーンなどが出てくるのです。私の友達がそのおじさんの隣に座ったのですが、そのおじさん、なんと友達の手を握り、スケベなシーンになると興奮して友達の手を自分のアソコにもって行こうとしたのです。 友達はタバコをすったりしておじさんのすることを妨害していたのです」

 「その後、私はトイレにゆきましたが、友人もやってきて、あのおっさんいやらしいー。私がいなくなったら、肩を抱いてきたそうです。そして手を握ったことを私にいわないでといったそうです」

 「映画のあと、ピカデリーまで出てチャイニーズレストランにいったのですが、この人、あんまり自分のしたことを話してくれないのです。この人の親しい人といえば、一般に評判の悪い人ばかりなので、きっとこの人、今まで悪いことばかりしてきたのだと思います」

 その後、有本さんの友人に男が映画館でのデートの誘いをかけたりと、有本さんの怒りの告発は続きます。「男の人なんて、本当に信用できませんね。どんな人でも。お互いに男の人にだけは気をつけようね。どんな人でも邪念があると考えてもいいようです」。

● テロリストにされた疑いも 許せない国家犯罪

 こんな警戒心を持ちながらも、1週間後には「ロンドンを離れコペンハーゲンに行く」といって、有本さんからの手紙はぷっつり途絶えたといいます。

 取材班も、今までは西側の情報機関などによりキム・ユーチョルの情報を得ていただけに、こんなナマな形で有本さんとキム・ユーチョルの関係を知る資料が出てきたことには、本当に驚きました。

 もちろん、記事に掲載すると関係各機関からそれぞれに、その手紙を見せてほしいというお願いがきたことはいうまでもありません。

 たかだか週刊誌が、捜査権と調査予算をふんだんに持つ組織より先にニュースを得たことが、私にとってはとても嬉しいことでした。以降、3人の失踪留学生のうちの1人、石岡亨さんがバルセロナの動物園でよど号ハイジャック犯の妻たちと一緒に撮影された写真が発見され、北朝鮮に対する疑惑は明白なものとなりました。

 その後、石岡さんのパスポートナンバーが北朝鮮の工作員や日本赤軍のメンバーの偽造パスポートに使われるなど、3人には「テロリストとなった」疑いさえ浮上しています。

 もっとも、有本さんの手紙の大半は普通の女子大生の文章でした。

 「私としてはPAULとは、ロンドンに私がいた間だけでも友達という感じでいつまでも付き合いたかったのに本当に残念です。もし、どこかで出会ったら気軽にHELLOと声を掛けたいなあ」

 こんな文章を綴っていた女性が北朝鮮でどんな思いで暮らしているのか、本当に許せない国家的犯罪だと思います。

ダイヤモンド・オンライン

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最終更新:2/24(水) 9:10

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