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森岡毅氏がリーダーになるまでの意外な道のり、弱点をいかに克服したか

2/24 6:01 配信

ダイヤモンド・オンライン

 数々の功績を残したトップリーダーたちは、「ネクストリーダー」に就任した際、何を考え、どう行動していたのか。連載第2回は、業績不振のユニバーサル・スタジオ・ジャパン(USJ)を持続成長できる組織に変革し、V字回復に導いた戦略家・マーケターの森岡毅氏に話を聞く。USJ退社後に「株式会社刀」を起業し、経営不振だった丸亀製麺やネスタリゾート神戸などを次々と立て直すなど、常に圧倒的な結果を出し続けるマーケティング精鋭集団のリーダーである。著書『誰もが人を動かせる!あなたの人生を変えるリーダーシップ革命』で「リーダーシップは生まれつきの能力ではなく、後天的に身に付けられる」と語る森岡氏は、リーダーになるまでの過程で、自身の特性や強みをどのように発見し、弱点をどう補ってきたのか。

● 子ども時代に得た原体験 「策を練ってみんなを勝たせること」に喜び

 私はマーケターとしてキャリアを築いてきましたが、実はマーケターになりたいと意識する前から漠然と「経営者になりたい」と考えていました。今振り返ると、そのきっかけは子ども時代にあったように思います。

 子ども時代は、自分がやりたいことをしたときに、世の中と大きなずれを感じることがありました。私としては興味のあることを徹底的にやっているだけなのですが、周囲から見ると強引で非常識なことばかりやる子どもだったと思います。同じ年頃の子どもたちとは波長が合わない。周りの大人にも眉をひそめられたり怒られたりすることもよくありました。

 ただ、それでもたまに自分の中で興味を持ったことが、世の中の役に立って喜ばれることがありました。例えば、運動会のクラス対抗リレーで走る順番を決めるとき。誰を何番目にどう走らせると勝つ確率が高まるか、相手のオーダーなども考慮しながら作戦を考えることが得意でしたから、そういう勝負がかかったときには「森ちゃん、どうやったら勝てる?」とクラスメイトが相談してくれたりしました。

 「策を練ってみんなを勝たせる」。そうすると、みなが非常に喜んでくれる。日ごろは周囲とうまくやるのに苦労していた私だからこそ、その「自分が必要とされる感覚」は飢餓感を満たし、子ども時代の貴重な成功体験として蓄積され、今につながっているように思います。

 実際に将来のキャリアを考える時にも、この子ども時代の体験と喜びの延長線上で、人を統率して“勝負事に勝つこと”を仕事にできないかと考えるようになりました。勝負事が好きな人間は、戦国時代ならば、侍大将や城持ちを目指すようなキャリアになると思いますが、それを現代に置き換えれば、何になるか? 現代にも血は出ないですが企業間の戦いがあります。戦略を立てて、組織を統率して、業績を上げ、ライバル企業との競争に勝って生き残る。その仕事は「経営者」ではないかと考えたのです。

 就職活動をするにあたって、神戸大学で師事した田村正紀先生に「経営者になりたい」と相談したところ、経営者になるには「ファイナンス」「マーケティング」「営業」の三つのルートがあるとのアドバイスを受け、それぞれを目指して活動した結果、大手銀行、大手総合商社、P&Gから内定をいただきました。

● 経営者を目指して マーケティングの道を選んだ理由

 では、なぜその中からP&Gを選んだのか。それは、当時のP&Gが内定をもらった会社の中で一番厳しそうな会社に見えたからです。

 今のP&Gはその当時とは大きく変わってしまいましたが、私が育った頃のP&Gは一人の担当する業務範囲が広く、20代から担当ブランドの利益責任を負い、チーム全体の組織責任を持って「経営者視点」で仕事ができました。そしてブランドマネジャーまで5年前後で駆け上がることが期待され、成長のために強火で加圧される度合いがすごい。

 当時の大手商社や大手銀行は、自分の組織を持つのにも15年~20年かかるような時代。考え方の違いだと思いますが、ものすごく急激な坂を登りたかった私は、一番短期で経験が積めそうな厳しい選択が正しく見えたのです。ただ、経営者になりたかったので、当時は、自分がマーケティングに向いているかどうかはあまり考えていなかったんですね。

 さて、ここで私のキャリア選択に対する考えを少しお話ししたいと思います。

 私は、自身の経験はもちろんですが、これまでさまざまな人々を観察しながら、キャリアの選択において最も大切なことは、自らの「強み」を生かすことだと確信しています。

 人は能力の特徴によって、大きく三つの属性に分類できます。それがT型(Thinking:思考力)の人、C型(Communication:コミュニケーション、伝達力)の人、L型(Leadership:リーダーシップ、統率力)の人の三つです。

 Tの人は考えることが得意なので、その強みを生かせる職業に向いています。例えば、コンサルタントや研究職、各種の士業、マーケティングなど。Cの人は、人と繋がることが得意なので、営業や広報、ジャーナリスト、プロデューサーなどに向いています。Lの人は、人を動かす力を磨くことで、経営者やプロジェクトマネジャー、管理職などに向いています。

 つまり、自分の強みがT、C、Lのどれなのかを認識し、その領域から自分に向いている仕事を探せばいいのです(その詳しい方法については拙著『苦しかったときの話をしようか』〈ダイヤモンド社〉にまとめています)。私が就活した時にも、こういう考えを知っておけば、もっと建設的に悩みながら、より強い確信をもって進路に踏み出せただろうと思います。

 私の場合、今や誰も信じてくれませんが、幼少の頃から人見知りが激しく、ずっと人付き合いが苦手でした。空気を読むことも得意ではなく、読めていてもその空気に従うのはもっと苦手。やりたいことがあると、周囲と仲良くすることやうまく付き合うことがいつも課題になってしまいます。つまりCのタイプでは決してないという事です。

 しかし、そんな私にも特徴があります。目的に対して何が正しいのか見極め、勝つために常識にとらわれない策を練り上げることが好きなこと。これはT属性です。また、たとえ皆を追い込んだとしても勝つために必要な妥協なき最終ラインを冷徹に引くとか、痛みを伴う困難に直面しても決断をいとわず、目的を変更したりしないなど。これはL属性です。勝ち筋を探すのが好きという戦略的思考の「T」と、厳しくとも正しい道を決断するリーダーシップ「L」の2つを掛け合わせたときに、そういうタイプの経営者になる道があるのではないか。私は社会人になって自分の特徴の凸凹の激しさに悪戦苦闘しながら、そのように考えるようになっていきました。

● P&G入社直後、初の挫折を経験 開き直って「強み」を生かそうと決意

 入社直後からの数年、私の社会人デビューははっきり言って失敗しましたね。もちろん今考えると、その失敗も私にとっては必要な経験だったと思える貴重な財産なのですが、当時の私は本当に焦って混乱していました。

 自分よりも明らかに「できる」先輩方に囲まれ面食らいましたし、同期たちも優秀でしたし、人生で初めてその集団で一番できない人間になりました。加えて、私はマーケターとして必要な資質のいくつかに弱点を抱えていることに気づいてしまいました。

 今考えると、社会人デビューとは、その新しい集団で誰しもが「一番できない人」からスタートするのは当たり前だと笑って言えるのですが、当時の私はきっとよくある「優等生症候群」だったのでしょう。勉強でもスポーツでも就職活動でも、一つの集団の中で、相対的にそこまで「できない自分」になる経験をしたことがなかった。自分への期待値が高すぎ、自分で設定した高いハードルを越えられないことで、「なぜできないのか」と落ち込みました。自家中毒に陥っていたんですね。

 実は、できないことの多くは経験値の違いであって、潜在的なポテンシャルではないことにもなかなか気づけませんでした。また、潜在的な弱点のせいでできないことがあったとしても、周囲の人々をもっと活用することで克服することを考えたり、自分の得意なことで苦手を補えばよかったと思います。しかし、そういう知見がないから悩んでしまうのが新人なんですよね。

 この頃の私はとにかく焦っていました。もともと志向していた経営者になるためには、「何人たりとも自分の前を走らせない」とまで思いつめていたので、親切心からのアドバイスや指摘にも感謝するどころか、他人に「言わせてしまった」とか、「先に言われてしまった」としか受け取れなかった。根本的な自信が揺らぐと、そういう大切な心の余裕もなくなっちゃいますね。

 そんな深い悩みの底にいるときに学んだのは、「自分の強みで勝負しないと勝てない」ことです。鮮やかなオレンジ色のニンジンと、黒光りするナスビがあったとして、私はナスビなのに、ニンジンになろうとしていた。でも、ナスビはどうしたってナスビです。そんなナスビをニンジンに無理やりしようとしても、それは残念なナスビにしかなりません。ナスビなら、思い切り立派なナスビになることを目指すのが正しい。

 これまでのキャリアの中で、私には確信めいた発見があります。それは、ダイバーシティ(組織の多様性)が大事だ、とても大切だと叫ばれて久しいですが、多くの場合において、ダイバーシティを一番否定しているのは実は本人自身であるケースが非常に多いという事です。

 当時の私もそうでしたが、多くの人は自分が何者であるかを考える時間や努力が非常に乏しいくせに、自分がなりたい自分については膨大な妄想を膨らませています。したがって、一番大切な自分の特徴を生かすという事を置き去りにしたまま、妄想で創り上げた「あるべき自分の姿」とのギャップに苦しんでいるのです。

 せっかくナスビに生まれたのに、その黒光りする独特の紫色の魅力を生かそうとは思わない。ニンジンのようなオレンジ色でないことに苦しみ、ストレスに感じてしまいます。どれだけ頑張ってもオレンジ色にはならないのに。本人が、自分のダイバーシティを認めて受け入れることができないのです。

 「なりたい自分」と「本当の自分」のギャップ。周囲が認めているあなたの素晴らしさを、あなた自身が素晴らしいと思えない…。読者の皆さんにも思い当たる点はありませんか?

 私と働いたことがある人々の中にも、同じ傾向を感じることがあります。「森岡さんのような戦略思考を発揮したいのにどうして自分はできないのか!?」と。その人は私から見れば、喉から手が出るほどうらやましいCの人なのに、特徴に合わない「あるべき自分」や「なりたい自分」に縛られています。自分の特徴を生かすことが大事なのに、自分とは違う資質の人や一般的に良いとされているものと比べて、それになろうとするなんて、ばかげています。

 私の場合は、闇の中でもがきながら、それでも生き残るために、自分自身のダイバーシティ(他者との違い:特徴ある多様性)を受け入れることが大切だと気づくことができたのは幸いだったと思います。ロボットのようだと言われても、私の好きな戦略思考や得意な数学を生かしてマーケティングを行うこと。そして、私のそれでも補えない弱点は周囲のダイバーシティを活用するリーダーシップを養えば、より大きな成果を出せること。そういうことを体当たりで学んでいく日々が始まりました。

 そして、さまざまな痛い経験や成功体験を繰り返すことで、自分の中で重要な変化が起こりました。自分一人が喜ぶような勝利や成功では物足らず、自分のチームを勝たせて周囲を一緒に喜ばせることができたときに、最もアドレナリンが出ることをより明確に自覚できるようになったのです。この点は、子どもの時に普段は周囲から浮いていた私が、まれに受容されて喜ばれたことがうれしかった原体験が土台になったのだと思います。今考えると、そこがジャンプでしたね。経営者を目指すためには不可欠なスキルの獲得、リーダーとして人を動かせるようになるための“経験の蓄積”がうまくできるかできないかの分岐点になったと思います。

 「周りを勝たせたい」。自分が何をもって生きていくのかという人としての「芯棒」が、自分という「個」だけに刺さってきたのが、自分にとって大切な共同体の「公」に移った瞬間でした。そして、自分の能力を磨き、その力を誰かのために使って、周りが喜ぶ。そうすると自分がうれしいから、さらに向上しようと思う。そういうサイクルが回り始めました。

● 映画『鬼滅の刃』鑑賞も森岡流 独自の定性マーケティングを開発

 葛藤を経て、ナスビなりのよさを生かして、どう周りを勝たせるかと同時に、自分の弱点を補うために二つのことに注力しました。

 一つは、私の長所を使って弱点を埋めることに、どこまでも誠実になるということです。それまでのマーケティングというのは、私から見ると非常に直感的でファジーなものでした。そこで私は得意な数学を駆使し、人の頭の中にある物事を選ぶ確率の法則性を数理モデル化したのです。これを私の造語で「数学マーケティング」と呼んでいます。いかにどのコンセプトが勝つのかなど、さまざまな投資の決断をする前に、未来を予測し、勝つべくして勝つドライバーを整えていくのです。こうして、担当プロジェクトを数学マーケティングを駆使して、勝たせていきました。

 P&Gのマネジメントやマーケティングには数理モデルを理解できる人はほぼいなかったので、私が生み出した方法の深層やその価値は理解されませんでしたが、私の戦略が生み出す非凡な結果だけは次々に評価されていくようになりました。

 ただ、マーケティングでは消費者理解がすべての核心です。そのためにはもっと情緒的で質的な洞察力も必要です。そこが苦手だった私も、マーケターである以上は、その部分だけは開き直ってはダメだと覚悟を決めたのです。そして苦手だからこそ誰よりもけた違いに時間をかけて取り組みました。

 ここでも重要だったのは、私なりの強みを生かすことに試行錯誤したこと。消費者の情緒や感覚を、いかに構造的かつ計量的な理解に変換するかという自分の得意な土俵に持ち込むことを繰り返す。そのうちに、消費者理解とは、質的理解だろうが量的理解だろうが、結局はすべての情報を総合して「消費者の本能と選択の因果関係の構造を解き明かす」ことが目的だと分かったのです。

 私は今でも、消費者理解に時間をかけて、とことん消費者を観察し、理解し、その構造やメカニズムを解き明かす。消費者が商品を購入する選択が何によってトリガーされているのか、自分なりの方法でその構造を執念深く、深く考えることに没頭しています。

 たとえば、昨年は『鬼滅の刃』がブームになりましたが、私はこうした流行しているコンテンツを誰よりも早く深く理解するのは、もはや習慣になってしまっています。漫画は全巻読み、テレビアニメを全話見たうえで、映画も3回見に行きました。

 映画を見る際は、1回目は一人の消費者、一般観客としてできるだけバイアスを排除して普通に見ます。2回目は映画ではなく熱狂的なファンを観察します。ファンがどこでどのように反応するかを最前列の席を陣取って、客席から後ろを振り返って観察するのです。3回目はコアファンに連れられて来ただけの人、親や友人や彼氏・彼女がどこで反応するか、やはり観察します。こうやって、コンテンツを世に出すときに、どのポイントをどの程度押さえればいいのか、というひとつのモデルを自身の中で構築していくのです。

 「そこまでしないといけないのか?」と聞かれますが、これが私のやり方です。世の中で売れているものは、人の本能にぶっ刺さっています。人は本能に選ばされて、無意識に行動したり、行動を習慣化(中毒)したりします。マニアと一般人との両方を見るのは、一般人だけを見ても、人を駆り立てる核心がそのコンテンツのどこにあるのか、確実に捉えきれないからです。

 しかし、一般人も、マニアも、同じ人間である以上、本能の構造の“カタチ”自体は大して変わらない。ただ、その構造上を流れている欲求の“水量”は違うので、マニアはとにかく分かりやすいのです。マニア観察をしてその本能の構造に仮説を持ち、その構造を利用するように一般人向けに「リバースエンジニアリング」できれば、もっと本能に刺さる刺激を生み出すことができるようになります。つまり、“凡人”から“狂人”に伸びるベクトル上に、本能をぶっ刺すアイデアが埋まっていることが多いのです。

 私の目から見ると、多くのマーケターの方はずいぶんと淡泊で、浅いレベルの消費者理解でおさまっているように思いますが、そんなことではビジネスは伸びません。私の場合は、消費者の選択の構造を解き明かすモデルを回すのに必要な情報は自分で取りに行っています。それはマーケターとしては必要ですし、誰よりも情熱をもってやらなければならない。マーケットに価値を創りだすという執念と熱狂的な情熱をもって取り組んでいます。

● 数字に強くなる必要はない 「数学的な思考=ロジック」こそ重要

 私はたまたま数学が得意でしたが、読者の中には「文系で数学や数字が苦手。どう克服したらいいのか」と悩んでいる方もいるかもしれません。ビジネスをする上で数学に強くある必要は必ずしもありません。それは統計やアナリティクスの専門家に任せればいいのです。しかし「数学的な思考力」、つまり論理的思考力(=ロジック)は確かに必要です。

 では、数学的な思考力がなぜ必要なのか。それは戦略を立てる際に論理的思考力が不可欠だからです。逆に言えば、文系だろうと計算が苦手だろうと、論理が分かればなんの問題もありません。学校で数学を学ぶ意味も、数や計算そのものではなく、筋道立てて解決策を導く、その論理的に考える力を身に付けることだと私は確信しています。数字のデータを使って導き出された結論を、論理をたどって理解できればいいのです。

 また、これは私の所感ですが、数学が好きで、数字や計算が得意な人は、私のように、コミュニケーションの部分に弱点を抱え、対人関係は得意ではない人が比較的多いように思います。そういう人は自分の力を引き出して、活用してくれる人が現れるのを待っています。リーダー候補者の人はぜひ、その力を引き出し、人の強みを生かしていただきたいですね。

 (構成/ダイヤモンド・セレクト編集部、構成協力/奥田由意)

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最終更新:2/24(水) 6:01

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