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「笑いを取れない人」が知らないジョークの法則 進化生物学者が解き明かすユーモアの科学

2/20 12:01 配信

東洋経済オンライン

プロのコメディアンがいることからもわかるように、なぜか人類は笑いを求める。ユーモアは人間関係を円滑にし、ジョークが面白い人は異性にモテるようだ。では、そもそもなぜ人類は笑うのだろうか?  ジョークには全人類共通の法則や仕組みがあるのだろうか?  そして、文化によってユーモアのセンスは異なるのだろうか? 
今回、エディンバラ大学の教授が、進化論の視点からジョークとユーモアの謎に迫った、『なぜあの人のジョークは面白いのか? :進化論で読み解くユーモアの科学』から、一部を抜粋・編集してお届けする。

■間違いがおかしさをもたらす? 

 間違いにはおかしさが潜んでいる。シェイクスピアもそう言っているが、間違いとおかしさの関係は何千年も昔から知られていた。

 シェイクスピアは、ローマ時代の劇作家プラウトゥスが書いた『メナエクムス兄弟』の筋書きに、登場人物が人違いをするという要素を付け足しておかしさを倍増させ、『間違いの喜劇』を書き上げた。

 だが21世紀の科学によって、プラウトゥスもシェイクスピアも気づかなかった、間違いのおかしさにまつわるまったく新たな事実が見つかっている。間違いは喜劇のネタに使われるだけでなく、私たちが感じるおかしさのおおもとにもなっている。

 人間の脳の中には、間違いを見つける専門の領域がある。間違いを分析して予想と比べ、面白いと判断された間違いが頭の中を駆けめぐって笑いを引き起こすのだ。

 この発見によって科学と芸術が思いがけない出合いを果たし、パブで出会った見知らぬ人どうしのように、ジョークをめぐってがっちりと手を組んだ。

 その思いがけずも実り多い出合いから出てくるさまざまな疑問を取り上げて、飛び交うさまざまなジョークを味わい、笑い話の意味を掘り下げていこう。

 面白い間違いとそうでない間違いがあるのはなぜだろうか?  なぜ笑いはひとりでに起こり、まわりの人に伝染するのだろうか? 

 どんな文化にも笑いは存在するし、別の言語を話す人でも笑い声は聞けばわかる。赤ん坊も笑うという行動を、目も開かず耳も聞こえないうちから身に付けている 。

 このような特徴から考えると、笑いが人間の心にもとから備わっているのはほぼ間違いないし、私のような進化生物学者だと「笑いは何の役に立っているのか?」というお決まりの疑問が即座に浮かんでくる。進化によってなぜ私たちは笑うようになったのだろうか? 

■「笑いの学者」が目指していること

 私は進化生物学者で、これまでは人間の心よりももっぱら植物のなぜを調べてきたので、この分野ではいわばもぐりだ。

 調べたところ、アリストテレス(前384─前322)以降、アンリ・ベルクソン、チャールズ・ダーウィン、ルネ・デカルト、ジグムント・フロイト、トマス・ホッブズ、イマヌエル・カント、アルトゥル・ショーペンハウアーなど、そうそうたる偉人が笑いについて書いている。

 最近のある学者は、「学者が笑いについて偉そうに語ることほど興ざめするものはない」と断ったうえで、まさにその言葉を自ら証明している。しかし偉そうな言葉も時にはウケることがある。

教皇は何で支払いをする? 
PayPalで。〔訳注:同じ発音のpapal(教皇の)と掛けている〕
 笑いの学者たちは何を目指しているのだろうか?  ピエロのような格好でもしたいのだろうか?  それならふつうの学者と見分けがつく。おっと、話が脱線した。

 The Primer of Humor Research(ユーモア研究入門)の編者であるユーモア研究界の重鎮は、私のように首を突っ込んでくる人間を「見慣れぬ害虫」呼ばわりして、ジョークのセンスがないと斬り捨てる。学者が笑われるのを怖がって、エンターテイナーが笑われないのを怖がるなんて、何て不思議な世界だ。

 学術書『Handbook of Humor Research(ユーモア研究ハンドブック)』の編者は、「理由はよくわからないが、多くの研究者はユーモア研究の論文を1本か2本出しただけで、ほかの研究分野に移ってしまう」と嘆いている。重鎮の容赦ない言葉に逃げ出してしまうのかもしれない。

 ナメクジ研究者も同じように長くは続かない。笑いも軟体動物も、学者にとっては鬼門らしい。どうやら、深入りしないほうがいい分野というものがあるようだ。

ある男が映画館に入って席に座ると、隣の席に大きなナメクジ(slug)が座っていた。
男は驚いて、「ここで何をしてるんだ?」と聞いた。
するとナメクジはこう答えた。「脚本が気に入ったんだ」〔訳注:台本のト書きのことをslugという〕
 ナメクジもそれにまつわるジョークも、いっさい道案内にはならない。ユーモアを解明する長い道のりでは、そこいら中に袋小路が待ち受けているのだ。

 ロボットにジョークを言わせる方法を論じたある論文の冒頭に、「第一に笑いはユーモアと強く結びついている」と書いてある。「当たり前じゃないか!」と突っかかりたくなるかもしれないが、笑いとユーモアははっきりと区別しなければならない。

 ユーモアは刺激で、笑いはそれに対する反応だ。この2つは別々のもので、スタンダップコメディアンなら身に染みてわかっているとおり、どちらか一方しか起こらないこともある。大物コメディアンのケン・ダッド卿(1927─2018)は、コメディーの腕を「笑ってもらうためのユーモアの芸当」と定義している。

 ナメクジのジョークのように、ユーモアだとわかっても声を出して笑うほどではないジョークもある。逆に、ユーモアという刺激がなくてもくすぐられたら笑ってしまう。心をくすぐるジョークはいろいろなことを教えてくれそうだ。

スケベとヘンタイの違いは? 
スケベは鳥の羽根を使う。ヘンタイはニワトリを丸ごと使う。

■笑いの仕組みを科学的に解明する

 笑いについて誰でも直感的に知っていることが2つある。笑いは社会現象であるということと、どんなユーモアでも人が面白がらないと笑いにならないということだ。

 心理学者のロバート・プロヴァインは、いろいろな会話を盗み聞きして、たいていの笑いが起こるのは誰かが面白いことを言ったときではなく、ふつうのやり取りの最中だということを発見した。バーなど人が集まっているところに行っておしゃべりに耳を傾ければ、誰でも確かめられる。

 私も確かめてみたところ、そのとおりだった。チャールズ・ダーウィンもそれを知っていて、「成人している若者は気分がハイで、いつも意味なく笑っている」と1872年に書いている。

 ユーモアがどういうふうに作用して、なぜ私たちは笑うのか、それを解き明かすことはできるのだろうか?  それはまるで、風船のからくりを針を使って調べようとするようなものだろうか?  ジョークを説明すると、面白さが膨らむどころかしぼんでしまうのはなぜだろうか? 

 私が掘り下げるとおり、それは科学で説明できる。しかし、美しいものや楽しいものを分析しようとすると、その瞬間にそれが壊れて台無しになってしまうとも言われている。ちょうど、ドクドクしている心臓をメスを使って調べようとするようなものだというのだ。

 だが私は、けっしてそんなことはないと断言する。笑いのしくみを解明すれば、楽しさは減るどころか増えるのだ。

 (翻訳:水谷淳)

東洋経済オンライン

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最終更新:2/20(土) 12:01

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