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実は善人とは限らない「日本の神様」驚きの正体

1/18 14:01 配信

東洋経済オンライン

子供が生まれたときの初参りや七五三、必勝悲願や安全祈願など、神社は私たちの日常の暮らしの中にしっかりと根づいている。「神社について知ることは日本を知ること」と説くのは宗教学者の島田裕巳氏だ。では、日本における「神」とは何か。島田氏の新著『教養として学んでおきたい神社』を一部抜粋・再編集して掲載する。

■本居宣長が定義した日本の神様

 日本における神の定義として最も有名なものは、江戸時代に国学者の本居宣長が行ったものである。宣長は、当時、読むことが難しくなっていた古事記の注釈を試み、それを『古事記伝』という書物にまとめている。その第3巻の最初の部分で、神とは何かについて述べている。それは、次のようなものである。

凡(すべ)て迦微(かみ)とは古御典等(いにしえのみふみども)に見えたる天地の諸(もろもろ)の神たちを始めて、其を祀れる社に坐す御霊(みたま)をも申し、又人はさらにも云(い)はず、鳥獣(とりけもの)木草のたぐひ海山など、其与(そのほか)何にまれ、尋常(よのつね)ならずすぐれたる徳(こと)のありて、可畏き(かしこ)物を迦微とは云なり。〔すぐれたるとは、尊きこと、善きこと、功(いさお)しきことなどの、優れたるのみを云に非ず、悪(あし)きもの、奇(あや)しきものなども、よにすぐれて可畏きをば神と云なり。〕

 宣長はここで、「迦微(かみ)」という表現を使っているが、神話に登場する神々をはじめ、各地にある神社に祀(まつ)られている祭神、さらには、人だけではなく、鳥獣、木草、海山なども、それが通常のものよりすぐれていれば神であるとしている。

 そして、神の基本的な性格である「すぐれたる」について注釈を施し、善いものも、悪いものも、それが他のものにくらべてすぐれていれば、どちらも神であるとしている。宣長の神についてのとらえ方は、この点に特徴がある。神は善神ばかりとは限らない。悪いものであっても、その程度が他と比べてはなはだしいものであれば、それは神だというのである。

 たしかに、一神教の神も、世界を創造したという点では善なる存在だが、自らが創造した人類が堕落していると判断すれば、それを一掃してしまった。堕落した人間が悪いのだとも言えるが、ノアの家族以外に善人はいなかったのだろうか。そんなはずはない。それに、神は自らの失敗の責任をとらなかったとも言える。

 宣長は、同じ『古事記伝』の第6巻で、「貴きも賤きも善も悪も、死ぬればみな此ノ夜見ノ国に往」くとし、誰もが死んだら、伊邪那美命(いざなみのみこと)が赴いた黄泉(よみ)の国(夜見ノ国)へ赴くとしていた。

 そのうえで、「世ノ中の諸の禍事をなしたまふ禍津日ノ神(まがつひのかみ)は、もはら此ノ夜見ノ国の穢より成坐るぞかし」と述べている。

 世の中に悪をもたらすのは、古事記に登場する禍津日ノ神であるとされる。この神は、伊邪那岐命(いざなぎのみこと)が黄泉の国から戻ってけがれをはらったときに生まれている。

■神学者や哲学者を苦しめる一神教の難問

 一神教の世界には、実は重大な問題が存在している。それは、絶対の善である神が創造した世界に、なぜ悪が存在するのかという問題である。神が善であるなら、その創造にかかる世界に悪が存在するはずはない。

 ところが、現実には、さまざまな悪が存在している。この問題をどのように解決すればいいのだろうか。少し考えてみれば分かるが、問いとしてとてつもなく難しい。神学者や哲学者は、この難問に苦しめられてきた。

 その点、宣長が考えたような形で神をとらえれば、そうした難問にぶちあたらない。日本では特別な働きをしたものが神として祀られてきた。

 宣長が『古事記伝』の執筆を開始したのは、明和元(1764)年のことで、書き上げたのは寛政10(1798)年のことだった。脱稿までに34年の歳月が流れている。宣長は71歳で亡くなっており、人生の半分を『古事記伝』執筆に費やしたことになる。

 宣長は、中国文明の影響を受ける前の日本人の精神性を古事記に求め、そこに記されたことを真実として受けとめている。

 死者は黄泉の国に赴くと古事記に書かれている以上、宣長としては、それを受け入れるしかなかった。この世に悪が生じる原因を、古事記が禍津日ノ神に求めるなら、そう考えるしかなかった。宣長にとっては、古事記に書かれていることがそのまま真実だったのである。

 しかし、これはあまりに受動的な考え方である。また、これでは死んだ後のことについていっさい希望を抱くことはできない。死後は、仏教が説く浄土に赴くこととは比べようもないほど惨めなものになってしまう。

 また、この世で悪いことに遭遇したとしても、それは悪神の仕業で、人間の側からすれば、どうしようもなかった。宣長は、禍津日ノ神の引き起こす悪事をいかに防ぐかということについて、何の示唆も与えてはくれなかった。この宣長の考え方が、どの程度、日本の社会に受け入れられたかは判断が難しいところである。

 まず、死後、自分は黄泉の国に赴くと考えている人は少ないだろう。また、何か悪いことが起こったとき、それを禍津日ノ神の仕業と考える人はいないはずだ。そもそも禍津日ノ神のことは一般には知られていない。

 ただ、宣長が、優れたものである神が、善もなせば、悪もなすと考えたところは興味深い。だからこそ私たちは、悪いことが起こっても、それを受け入れるしかないというのだ。

 そこからは、「諸行無常」ということばが思い起こされる。これは仏教の用語だが、この世にあるものは変転をくり返していく。仏教ではそれを法としてとらえる。宇宙の法則だとしているのである。

■仏教と国学の考え方の違いと共通点

 悪の起こる原因を法に求めるのか、それとも悪神に求めるのか。その点で、仏教の考え方と宣長の国学の考え方とは異なる。だが、悪に対して、人間にはなすすべがないとしているところでは、両者は共通している。

 一神教の世界では、この世に起こるあらゆる事柄は神によって定められたことで、そこには意味があるとされる。

 これに対して、国学も仏教も、そこに意味があるとは考えない。それが、一神教の西洋とは異なる、多神教の東洋の思想ということになる。

 日本では、多くの神が祀られているわけだが、なかには疫病をもたらしたり、たたりを引き起こしたりしたことがきっかけになっているものが少なくない。

 左遷されたまま亡くなった菅原道真が天神として祀られたことがすぐに思い起こされるだろうが、天照大神(あまてらすおおかみ)であっても、最初は宮中に祀られていて、疫病などを引き起こしたことで、伊勢に祀られることとなったのだ。

 日本の神は、単純に善なる存在とは言い切れないところがある。善をなそうと、悪をなそうと、他よりすぐれた特別な働きを示したものが、神として祀られてきたからである。

 神社のことを考えるうえで、こうした日本の神のあり方を無視することはできない。神に善と悪の両方の側面があることで、祀り方、いかに祀るかが重要なものになってくる。その点を念頭において、私たちは神社のことを考えていかなければならないのである。

東洋経済オンライン

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最終更新:1/18(月) 17:06

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