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明石家さんま「人生で一番ウケたネタ」の中身

12/6 10:01 配信

東洋経済オンライン

いまだにテレビで見ない日はない「国民的芸人」の明石家さんま。そんな稀代の芸人にほれ込み、自らを「明石家さんま研究家」と名乗るライターのエムカク氏が、本人の証言と膨大な資料とともにさんまの誕生からスターになるまでの経緯をたどった『明石家さんまヒストリー1 1955~1981「明石家さんま」の誕生』が発売された。

今回はその中から、さんまの親友の存在とさんまが人生でいちばんウケた日のエピソードを紹介する。

■漫談の才能に教師も驚く

 高校生の杉本高文(明石家さんま)は、親友の大西康雄と過ごす日々が楽しくて仕方がなかった。2人の周りにはいつも笑い声が響いていた。人を笑わせると自分も笑顔になれる。大声で笑うと嫌なことをすべて忘れることができた。

 部活の帰り、行きつけの食堂で仲間たちとうどんを食べながら、その日笑わせたことを振り返り、その余韻に浸りながら、「次は何をして笑わせようか」、高文はそう考えるだけで心が弾んだ。

 テレビ、ラジオの演芸番組を熱心に見ていた高文は、落語の演目を覚え込み、クラスメイトの前で演じることもあった。落語よりもよくウケたのが、中学生の頃から披露していた漫談だった。

 アニメ『巨人の星』の登場人物である星飛雄馬、伴宙太、花形満、星明子を1人でこなす「ひとり巨人の星」と題したものまねや、声を出さずにスポーツ選手などの形態や動作をまねる「形態模写」を織り交ぜながら、時間の許す限り、ひたすらしゃべり続けた。

 これを見た英語教師の坂本は、高文の笑いの才能に驚き、授業を時々中断しては、高文に新作漫談を披露させるようになる。高文は毎回、テレビ、ラジオからネタを仕入れ、期待に応えていた。

 ある日、坂本は高文の漫談をひとしきり聞いた後、感心しながらこう告げた。

 「杉本、おまえ、吉本入れ」

 教室中に笑いが起こった。高文は人を笑わせることが好きではあったが、このときはプロになる気はまったくなかった。

 「芸人って売れへんかったら悲惨やろ?」

 「おまえは絶対いける。俺が保証したる!」。坂本の顔は真剣そのものだった。高文は照れ隠しでこう返した。

 「売れへんかったら、先生の養子にしてもらうで?」

 「……それだけは勘弁してくれ」坂本の顔がほころび、教室がワッと沸いた。

 さんま「毎日毎日、何やって笑かそうかばっかり考えていたね。もうその時点で大学へ行く気なかったし。机に向かっては、きょうこのギャグやったから明日は何して笑かそうかって、そればっかりや」(明石家さんま『ビッグな気分』集英社、1980年)

 高校3年生になった高文は、毎年、春に行われる新入生に向けてのクラブ説明会に、サッカー部の副キャプテンとして参加することになった。クラブ説明会は体育館で行われ、各クラブの代表者が順番に演壇に立ち、クラブの活動内容や功績を簡潔に紹介し、新入生を勧誘していく。高文は「1番目に紹介させてほしい」と願い出た。

 どのクラブの代表者も紹介文が書かれた紙を持っているが、高文は何も持たずに壇上に上がる。新入生は静かに壇上の高文を見つめていた。

 「えぇ~、サッカー部の杉本です。わがクラブは……」

 高文は得意の漫談口調で冗談混じりにクラブ紹介を始めた。静まり返っていた新入生たちの間からクスクスと笑い声が漏れてくる。紹介を終えると、高文は大きな拍手を浴びながら、壇上から降りた。 

■壇上を降りると、バスケ部のキャプテンが…

 すると、2番手のバスケットボール部のキャプテンが高文に駆け寄った。

 「杉本、バスケ部の紹介もやってくれへんか?  頼むわ」

 「おぉ、ええよ」。高文はふたつ返事で再び壇上に上がり、バスケットボールを片手に、先程と口調を変えて紹介を始めた。

 「えぇ~、バスケットボール部の杉本です。このバスケットボールに君の青春をかけてみないか」。新入生たちは大声で笑い出した。

 「ご清聴ありがとうございました~!」紹介を終えると高文は足早に壇上から降りる。

 すると今度は、「俺んとこも頼むわぁ」と、3番手のテニス部のキャプテンが頼んできた。

 「よっしゃ、まかしとけ」3度目は、高文が演壇に立つだけで体育館は笑いに包まれた。

 「次は?  放送部?  よっしゃ、まかしとけ!」

 結局、高文は21のクラブすべて紹介し、新入生たちが疲れ果てるほど笑わせた。

 さんま「あれがねぇ、俺の人生でいちばんウケたの。もうねぇ、3つ目のクラブから出るだけで大爆笑になるの。“うちのクラブはこうこうで”とか説明して、次、バーって出て行って、“俺は~相撲部の杉本じゃ~”とか言うたら、ドッカーン、ウケんの。その次、メガネ借りて、“そろばん部の杉本です、よろしくお願いします”とか言うて。もうあの笑い声が今でも忘れられない」(『さんまのスーパーからくりTV』2013年5月19日)

 ある日のこと。全身にトイレットペーパーを巻きつけた高文と康雄は、2階の窓から身体をロープで吊るし、1階の教室で授業を受けている生徒たちを笑わせようと、友人らの手を借り、降りていった。

 高文は1階の生徒たちの視線を一身に浴びると、「ミイラ男だぁ~!」と声を上げ、笑わせることに成功するが、遅れて降りてきた康雄はうまく着地することができず、地面に尾骶骨(びていこつ)を打ちつけ、唸り声を上げた。すると、高文の天敵だった教師、乾井が現れ、2人を追いかけまわした。トイレットペーパーでぐるぐる巻きになった高文と康雄を、真剣に追いかける学校一怖い教師。

 多くの生徒たちが、運動場で繰り広げられているその追跡劇を目撃し、大爆笑した。高文は校舎から声援を送る生徒たちを見渡しながら、「康雄~!  見てみぃ~!  みんなめちゃくちゃ笑ろてるぞぉ!」と叫び、満面の笑みを浮かべた。

 奈良商の文化祭では教室の1室を借り、2時間の公演を開くことを許された。そこで高文は、いつも教室で見せていた落語、漫談、小噺、ものまね、形態模写を披露する。

 映画『仁義なき戦い』の菅原文太のものまねや、アニメ『巨人の星』の登場人物をナレーションしながら1人で何役も形態模写していく「ひとり巨人の星」も、以前より磨きがかかっていた。

 なかでも「京子ちゃんシリーズ」と題した小噺ネタは、高文の自信作だった。

 「いやぁ~、京子ちゃん、パーマあてたん? ……ちがうのよ、昨日、洗濯機の脱水機に頭から突っ込んだの……」

 「いやぁ~、京子ちゃん、可愛らしいブレスレットしてぇ~……ちがうの。今、警察に捕まってるの……」

 「いやぁ~、京子ちゃん、あんた今日パンツはいてへんやろ? ……いやっ、なんでわかるの? ……スカートはいてへんもん……」

 最初は何が始まったのかと観客たちは当惑したが、高文が「京子ちゃん」にまつわる小ネタを次から次へと披露していくと、次第にクスクスと笑いが起き始め、しまいには手をたたいて笑い出した。何かにとり憑かれたかのような高文の熱演は、満場の拍手に包まれながら幕を閉じた。

■「杉本の頭のよさ、記憶力のよさにみんな感心」

 さんま「パーマのネタだけが実話なんですよ。『京子ちゃん、パーマあてたの?』『いや、洗濯機の脱水機に頭突っ込んだの』っていう実話を土台にして、いろいろ作っていったんですよ。『京子ちゃんシリーズ』の京は、京都の京なんです」(『明石家さんまのG1グルーパー』1997年7月21日)

 和田勝彦(学年主任)「高校3年の文化祭のとき、杉本から落語をやらせてくれという申し出がありました。普通なら体育館のステージでやるんやが、もういっぱい。それで教室を1つ空けて高座を作ってやらせました。(中略)杉本の記憶力のよさ、頭のよさにはみんな感心しよりました」(『週刊平凡』1986年3月7日号)

 伏見敦(高校3年の学級担任)「(ホームルームの時間や自習時間に)『新しい話を覚えてきたからやらしてくれへん?』いうんです。10分くらいのときもあれば、20分くらいのこともあった。だけどさっぱり面白くなかったですねえ。それより落語の前のマクラがおもしろかった。それと、ホームルームの司会とかはうまかったですよ」(同上)

 大西康雄「うちへ遊びに来ると私と6畳の部屋でベッドを高座がわりによく落語を聴かせてくれました。ベッドの下で私やら友達やら、私の母が常連の客ですわ」(同上)

 さんま「高校時分は全盛やったからね。あのときにテレビに出たかったぐらいやから。いっちばん面白かってんから」(『MBSヤングタウン』1995年12月30日)

 さんま「俺が友だちにしてあげた1番のこというたら、笑わしてあげたことやね。俺がいてホントよかったと思うよ。みんなはどう思ってるかわからんけど(笑)。だって明日何をして笑かすかが、俺の宿題だったもん」(『JUNON』1992年5月号)

東洋経済オンライン

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最終更新:12/6(日) 10:01

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