昨今の経済現象を鮮やかに切り、矛盾を指摘し、人々が信じて疑わない「通説」を粉砕する──。野口悠紀雄氏による連載第32回。
■Web会議では、欠落する情報がある?
ZoomやGoogle Meetなどのインターネットを使ったWeb会議は、コロナ禍においてリアルな会合ができないために、やむをえず行うものではありません。
集まるためのコストを考慮すれば、これまでリアルな会合で行っていたことをWeb会議に切り替えたほうがいい場合が少なくないでしょう。Web会議によって国際的な交流が促進されるでしょう。オフィスなしに仕事ができることは、独立して仕事をしたい人にとって福音です。Web会議は、分散化を進めるだけでなく、距離的に離れている人との関係を緊密にするのです。
新型コロナウイルスの感染拡大によって在宅勤務が推奨され、Web会議が一気に普及しました。
これは、私たちの生活を大きく変えました。
通勤時間が節約されるというだけでも、きわめて大きな変化です。
電話やメールでの連絡では、対面とは大きな違いがありました。そこで、どうしても対面ということになっていました。
しかし、Web会議によって状況が大きく改善されたのです。相手の表情などをも見ることができるので、かなり微妙な連絡もできるようになりました。
一方でWeb会議や在宅勤務に対しては、否定的な意見もあります。
「リアルな打ち合わせに比べて、Web会議での打ち合わせでは、欠落する情報が出てくる。このため仕事の効率が下がってしまう。あるいは思いもよらぬ問題が発生する」ということが言われます。
リアルな会合が大量の情報交換を可能にするのは、間違いない事実です。一見すると重要でないような情報が、実は重要な意味を持つこともあるでしょう。
例えば、私は次のようなことを耳にしました。
リアルな会合では、会議室にカレンダーが掛けてあるので、出席者の目に自然に入り、そのため、スケジューリングで問題が生じることはなかった。
ところが、Web会議ではカレンダーが見えない。このため、誰もが連休との関係をチェックすることを忘れてしまい、非常に都合の悪いスケジュールを作ってしまった。
また、「オフィスでの何気ない会話の中から、重要なアイデアが生まれる可能性がある」とも言われます。
私も以前から、これは重要なことだと思っていました。留学生だったとき、コーヒーメーカーが置いてある部屋に集まってくるものたちの会話から論文のテーマを掴むことができたという、私自身の経験に基づくものです。
こうしたことがあるので、「だから在宅勤務はダメだ」「だから実際に会わなくてはダメだ」という意見が出てきます(こう叫んでいる人の顔が見えるようです)。
■コストとの比較が必要
ただ、「だから在宅勤務はダメだ」という考えには、問題があります。
まず、情報が欠落するとしても、対処が可能な場合があります。先の例で言えば、Web会議であっても、常にカレンダーが見えるようにしておけば、対処できるでしょう。
一度は失敗しても、試行錯誤で解決することができる場合が多いと思います。
より本質的な問題は、リアルな会合を持つためのコストを考慮していないことです。
コストと利益を比較してWeb会議を評価しなければならないにもかかわらず、それを行っていないのです。
Web会議で情報が欠落するとしても、「それによる被害は、本当に大きなものか?」「リアルな会合をすることが正当化されるほど大きいか?」という検討が必要です。
逆に言えば、実際に集まるにはコストがかかる。「そのコストに見合うだけの情報が得られているのか?」という検討です。そして、コストと利益の比較において、最もいい組み合わせを見いだしていく必要があります。
そうしたことを考えずに「Web会議はダメ」というのは、単に、これまでの方式を変えたくないという、悪しき保守主義以外の何物でもありません。
コロナ禍においては、リアルな会合を持つためのコストが高くなったために、情報が欠落するとしても、それが正当化される場合がありうるのです。
では、コロナが終われば、リアルな会合を持つコストは低くなり、Web会議はすべて否定されるのでしょうか?
リモートとは、コロナ禍だけの特殊な形態であり、本来は望ましくないものなのでしょうか? そして、人々はできるだけ直接に対面するほうがよいのでしょうか?
必ずしもそういうことにはなりません
理由は2つあります。
第1に、これまでリアルの会合が持たれていたのは、必ずしも利益とコストの比較による合理的な判断の結果とは言えないからです。
本当はWeb会議で打ち合わせをしたほうがよかったにもかかわらず、単なる惰性で「リアルな会合が必要」と思い込んでいた場合が多いと思われます。
コロナ後においても、利益とコストの比較を行ってみれば、従来の会合のあり方が見直されるべきだという場合は多いに違いありません。
第2の理由は、リアルな会合のためのコストが高いために、会合が持たれていなかった場合があることです。Web会議という新しい選択肢が利用可能になったために、会合が持たれるようになる場合があります。
■Web会議は国際的なつながりを広げる
リアルな会合のためのコストが高い例として、国際会議があります。
国際会議は、コロナ後であっても、かなりのコストを要求します。ホテル代、飛行機代、それに1週間程度はほかの仕事ができなくなるというコストを要求します。
Web会議であれば、その時間だけ空けておくだけで、簡単に会合を持つことができます。
私は、今年の7月以降、韓国のグループとのWeb会議を2回行いました。リアルな会議では、とてもこれほどの頻度ではできません。
コロナ後も、国際会議の多くはWeb会議で行われるようになるでしょう。これによって、国際的交流は、以前よりも増加することになるでしょう。
組織に雇われずに独立して仕事をしたい人々にとって、リアルな会合を行うためのコストは、高いものとなります。
会社に勤めている人の場合には、仕事のためのスペースだけでなく、外部の人と面会するスペースも、会社が準備してくれます。
ところが、独立して仕事をしようとすると、これらは自分で用意しなければなりません。とくに、面談・打ち合わせのためのスペースを用意する必要があります。
独立して仕事を続けるためには、さまざまな条件(健康上の条件、仕事を確保できるかどうかなど)を満たさなければなりませんが、その1つが、オフィスを持たなければならないということなのです。これは大きな負担になります。
Web会議によって仕事を続けることができれば、この負担がなくなり、独立して仕事を行える可能性が高まります。
私はこれまで(とくに定年後)、自分のオフィスを持つために、大変な苦労をし、コストをかけてきました。
Web会議によってその必要がなくなったのは、大きな福音です。
これは、人生100年時代の新しい可能性を開くでしょう。
定年になっても、仕事をする能力がなくなるわけではありません。本来から言えば、組織に束縛されることなく、それまでより自由に仕事ができるはずです。それでも、オフィスを用意できないために、どこかの組織に再雇用されるしか方法がないということになっています。
定年になると困るのは、仕事をできなくなることでなく、オフィスを持てなくなることなのです。
その問題が解決されました。仕事をする意思さえあれば、自宅にいたままで仕事を続けられるようになったのです。
もちろん、以上で述べたことは、定年退職後の人々に限ったことではありません。組織に雇用されず、独立して仕事をしたい人たちにとって、共通の問題です。そして、Web会議は、これらすべての人にとっての福音です。
日本でWeb会議というと、社内の人たちとの会議や打ち合わせを想定する人が多いと思います。
もちろんそれは重要なことですが、社外の人々との会議もあります。
そして、Web会議で社外の人々との連絡や打ち合わせを簡単にできるようになったことの効用は、社内の会議の場合より大きいことが多いでしょう。
これまでは、打ち合わせの時間と場所を設定し、そこまで移動しなければなりませんでした。つまり、社外会議は、社内の会議よりコストが高かったのですが、Web会議によって、この手間と時間がなくなりました。
これによって、社外の人とのコンタクトがより容易に行えるようになりました。
日本の組織は閉鎖的ですが、そうした制約を打破することが可能になっているのです。
■遠隔医療は、コロナ後でも必要
遠隔医療に関して、医師会は否定的です。理由として挙げているのは、「遠隔だと見落としがある」ということです。
確かにそのとおりで、対面している場合に比べて遠隔医療で情報が欠落するのは間違いない事実だと思います。
ただし、ここで問題なのは、患者のコスト面が考慮されていないことです。
遠い病院まで通い、そこで長時間待たされるのは、患者にとって極めて大きなコストです。
そうしたコストを考えれば、現在は対面で行われているもののうち遠隔医療に転換すべきものは、かなり多いと思われます。
コロナ禍では院内感染という大きなコストが生じましたが、仮にコロナが収束しても、通院に多大のコストがかかることは間違いありません。したがって、遠隔医療は、コロナ後においても積極的に進めるべき課題です。
以上をまとめれば、Web会議の効果は2つあることがわかります。
1つは、コストをかけて対面しなくてもよくなったことです。これによって、これまで物理的に近かったものが離れることを可能にします。あるいは、これまで集まっていたものが、集まらなくてもよくなります。
この動きは、「分散化」ということができるでしょう。
在宅勤務は、この1つの例です。
ただし、効果はそれだけではありません。
これまでは、離れた場所に住むため頻繁に連絡をとれなかった人々が、より緊密に結びつき、連携しあうことを可能にするのです。
国際会議、独立して働く人の面会、組織外部との会合、遠隔医療などは、その例です。
仕事上のことだけではありません。これまではたまにしか行えなかった学生時代の友人との集まりを、頻繁に行えるようになりました。高校時代の友人との集まりを、何と毎週やっています。会合時間を30分にしているのも、気軽にできる理由です。実際に集まるのでは、こんなに短くできません。
また、離れて住んでいる家族との集まりも、Web会議で簡単にできるようになりました。
このようにして、距離が克服されつつあります。
これは、地球的な規模で進展します。
日本に住んだままでアメリカの企業に就職したり、インドに住んでいる人が日本の会社で働けたりするようになるのです。これは、実に大きな変化を世界にもたらすでしょう。
ただし、このためには外国語(主として英語)で仕事をできることが必須の条件です。日本がその条件を満たせないと、世界の大きな変化に取り残されることになります。
日本では、こうした側面が重視されていないのではないでしょうか?
東洋経済オンライン
最終更新:12/6(日) 12:58
Copyright (C) 2021 Toyo Keizai, Inc., 記事の無断転用を禁じます。
Copyright (C) 2021 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.