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ビール離れが “激増” のウラで…アサヒがそれでも「ビール」にこだわるワケ

12/6 6:01 配信

マネー現代

(文 大塚 英樹) 

『スーパードライ』のさらなる拡大を追求する

 私は長年、アサヒビールがビール業界の盟主キリンビールに挑み、互角に戦える企業に成長し、ビール王者になるまでの過程をつぶさにウォッチしてきた。

 印象的なのは、発売する商品が売れず、市場シェアが低下するという難局に直面する都度、全社一丸となって乗り越え、成長へ向けて再び突き進むというアサヒの「まとまるパワー」である。

 その源泉は、「人を大切にする企業文化」に加え、「キリンに勝つ」という目標を全社員が一丸となって達成しようとする「企業風土」にあった。

 重要なのは、末端の社員まで「目標」を共有させ、自分の頭で考え、課題を見つけ、解決していく組織風土を醸成してきたことである。その点にこそ、飛躍の秘訣があったと私は考える。

 塩澤賢一は、そんな企業風土の体現者である。

 塩澤は、アサヒが2001年、ビール類(ビール、発泡酒)でキリンを抜き、長年の悲願を達成しても、浮かれてはいなかった。

 「『スーパードライ』のさらなる拡大を追求する」。営業畑を歩み、「スーパードライ」発売(1987年)以前のどん底を体験し、アサヒは潰れるかもしれないという危機感を植え付けられてきた塩澤ならではの信念である。

 現在も、「ビールの持つ新しい魅力を発信し、若者をはじめ新しい顧客を創出するには、社員一人ひとりが自分の頭で考え、責任を持って行動することがますます重要だ」と気を引き締める。

 1981年、慶應義塾大学商学部を卒業後、入社した塩澤は、京都支店を振り出しに、関東支店、大阪支社市場開発部課長、東京支社東京南支店長、東京支社東京中央支店長、大阪支社長、営業戦略部長、取締役兼執行役員経営企画本部長、常務取締役兼常務執行役員営業本部長などを歴任する。

「チーム制」「支社長賞」…自立型人材の育成

 塩澤の特徴は、前例に囚われない新しいやり方で、課題を発見し、解決策を考え抜き、施策を成就させてきたことだ。

 スーパードライ以前の京都支店や関東支店時代に、塩澤は先輩たちに顧客の開拓方法や情報の取り方など営業知識を学び、そこから自分で創意工夫し、行動するやり方を身につけた。

 塩澤はスーパードライ後も、そのやり方を貫いている。その代表例の1つは、98年から2年間務めた東京南支店長時代に実施した「チーム制」の導入である。

 リーダー1人と若手2人の3人1組のチームを3つ作り、チームごとに目標を達成する仕組みを作った。その目的は、情報の共有化と営業の進捗状況の見える化である。毎週1回のリーダーミーティングで、課題を共有し、解決策を考える。リーダーが成長すると、若手も育ち、チームが活性化し、業績が上がるという好循環が生まれた。

 こうして塩澤は、社員が目標を共有し、自分で考え行動する“支店風土”作りに挑戦した。その結果、支店の業績は上がった。

 もう1つは、2006年から2年間、大阪支社長時代に力を注いだ「組織活性化」である。当時、全社的に経費削減を余儀なくされていたため、大阪支社も沈滞ムードが漂っていた。

 そこで塩澤は、「支社長賞」を創設し、ほめる文化の構築を図った。賞は月1回、「飲食店が扱うビールをアサヒに切り換えさせた」など良い活動に対して授与した。

 褒賞品は3000円程のボールペンだが、目に見える形で、努力したと実感できる。いかに小さな成果であっても、自発的に考え、行動する人を素朴に力づけていくことが大事だと塩澤は考えた。

 塩澤が本領を発揮したのは、09年、営業戦略部長の時、それまでの説明営業、提案営業から、顧客(量販店、飲食店)の課題を発見し、解決を行う「課題解決型営業」への営業改革に着手したことである。

 その発想の原点は、顧客とより深い関係を構築しなければ競争優位に立てないという危機感である。課題解決型営業は、問題点を洗い出し、原因を把握することによって「課題」を取引先と一緒に抽出するというものだ。

 塩澤は当時から、「アサヒの課題」は“自律型人材”の育成と考え、その解決策を顧客との関係をより深める、この営業手法に求めていたのである。

会社に新しい価値を生み出す社員

 私は、拙著『続く会社、続かない会社はNo.2で決まる』(講談社+α新書)で会社が生き延びていくには、その体質を、目まぐるしく変わる社会の変化に対応できるものへと変えていくことだと書いた。

 社会というのは、いわば“変化の海”のようなもの。変化に対応できる浮力のある会社のみが生き残る。浮力のない会社は深い海の底へ沈んでいく。社会の変化に対応し、自ら変わりうる会社だけが存続する。

 では、会社を変えるのは誰か。そこで働き、会社に新しい価値を生み出す社員にほかならない。社員こそが、主役となって会社を動かし、変えるのである。では、どうすれば、社員が主役となって会社を動かすことができるのか。

 モチベーションの高い社員、やる気のある社員が全社員の心に火をつける。社員のモチベーションを上げ、社員を鼓舞するのが、トップの参謀であり、トップと社員を繋ぐ複数の「No.2」である。

 塩澤賢一もまた、No.2の役割を果たしてきた。
その特徴は随所で、自分の頭で考え、自分の責任で行動する社員の育成と組織の活性化を図ってきた点である。

 塩澤自身も若い頃から、自分の頭で考え、行動する社員だった。例えば、1988年、関東支店営業課に所属していた時のこと。品不足のスーパードライを問屋に卸す際、有力な酒販店に商品を回してもらうよう問屋に働きかけた。

 その問屋には関東支店から歩留まり対策で余った商品をかき集め、届けた。その結果、有力酒販店は商品が潤沢になってからも、塩澤に恩義を感じて一生懸命売ってくれた。

 塩澤がNo.2的役割を果たすのは2008年、東京南支店長の時だ。塩澤は、(前述したように)社員が個々に営業活動を行うやり方から、3人1組のチームを作り、チームごとに目標を達成する「チーム制」に転換した。

 リーダーたちは週1回会議を行い、目標達成の進捗状況を共有し、情報、アイデアを出し合った。リーダーが成長すると、チームが活性化し、業績が上がるという好循環が生まれた。支店の業績は高まり、塩澤は東京支社No.2の役割を果たした。

 さらに、大阪支社長の時には、人と組織の活性化を目的に、毎月全社員を集めて自分のビジョンや想いを繰り返し伝える全体会議を開催した。また、「支社長賞」を創設し、「褒める文化」の構築を図った。自分の頭で考え、行動する社員を褒め、激励したのである。そうした結果、支社の業績は上がり、塩澤は近畿圏統括本部のNo.2となった。

顧客に寄り添う「課題解決型営業」を提唱

 塩澤がNo.2シップをいかんなく発揮するのは、08年から5年間就いた営業戦略部長の時である。

 当時、ビール市場は縮小し続けると同時に、ビールが停滞、発泡酒と新ジャンルが成長するという質的な変化が起きていた。

 危機感を持った塩澤が着目したのは、顧客(量販店、飲食店)との深い関係づくりだった。他社と差別化し、競争優位に立つには、顧客に寄り添い、顧客と一緒に課題を解決する営業に切り替えなければならないと考えた。

 そのために、塩澤は、(前述したように)従来の商品を見せるだけの「説明営業」、一方的に提案する「提案営業」から、顧客の課題を発見し、課題の解決を行う「課題解決型営業」を唱えた。全国の地区統括本部を回り、各本部から推薦された精鋭の営業担当者を対象にした研修を開始した。

 塩澤が語る。

 「どうしたら顧客の課題を引き出せるか。それがポイントです。課題さえわかれば、手を打つことはできる。売り上げが悪いというのは現象でしかない。

 ビールの何が悪いのか。売り場はどうなっているか、品揃えはどうか、を突き詰め、『ここに問題があるのではないですか』というところまで掘り下げないといけない。問題になっている部分を解決するのが、この営業の狙いです」

 塩澤の唱えた課題解決型営業は現在、アサヒビールの営業の基本的考え方となり、現場に浸透し、日々の活動で実践されている。

 その後、塩澤は、取締役執行役員経営企画本部長、常務取締役常務執行役員営業本部長を歴任し、No.2として経営トップを支えるのである。

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塩澤 賢一(しおざわ・けんいち)
1958年、東京都生まれ。慶應義塾大学商学部卒業後、1981年にアサヒビールに入社。東京や大阪を中心に営業現場を歩み、執行役員営業戦略部長として同社の課題解決営業の礎を築く。同社の取締役経営企画本部長、常務取締役営業本部長を経て、2017年にアサヒグループ食品社の取締役副社長に就任。食品企業の経営を経験し、2019年より代表取締役社長に就任。
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最終更新:12/6(日) 6:01

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