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3年前の遺恨も噴出「スキー連盟内紛」の全内幕

12/3 7:01 配信

東洋経済オンライン

 「まずは中央を立て直し、その次は地方にも恩恵がいくように、と順序を考えてやってきたが、その趣旨が地方の方々には伝わらなかった。その点は反省している」

 12月1日、全日本スキー連盟に競技本部長を辞任する意向を伝えた元アルペンスキーヤーの皆川賢太郎氏は、辞任届けを提出後にこう語った。

 皆川氏は2015年にスキー連盟の理事に着任し、2年後の2017年には競技本部長(常務理事)に就任。約3年間、スキー連盟の組織改革に奔走してマスコミの注目を集めてきたが、志半ばで身を引く結末となった。

■執行部の中枢7人が否決

 スキー連盟に激震が走ったのは10月18日の理事改選決議だった。候補に挙がっていた北野貴裕会長(北野建設会長兼社長)や皆川氏、星野佳路氏(星野リゾート代表)ら執行部の中枢7人が評議員会で否決されたのだ。

 連盟中央の方針を地方の加盟団体に伝える役割を担い、連盟方針に否を唱えることはなかったブロック理事までもが否決にまわるという「スキー連盟史上、一度もなかった」(スキー連盟幹部)ことが起きた。

 スキー連盟は12月6日に臨時の評議員会を開催し、欠員状態にある理事を改めて選任する。

 3回にわたって開催された選考委員会で候補者に決まったのは、暫定会長をつとめる勝木紀昭氏(北海道スキー連盟会長、北海道エネルギー株式会社会長)ら7人。前会長の北野氏も再度候補者に選ばれた一方で、北野氏を支え、改革者として鳴らしてきた皆川氏や星野氏らの名はそこにはない。「北野・皆川体制」は実質的に幕を引く。

 なぜ北野・皆川体制は否定されたのか。理由の一つは、皆川氏自身が触れたように、地方から反発が上がっていたからだ。

 「北野会長と皆川競技本部長はトップダウンが過ぎた。何事も本部で決めて、地方の加盟団体に『こういうふうにやるように』と指示だけが飛んでくる。現場はその都度てんやわんやになった。シクミネットを導入したときが最も大変だった」

 ある地方組織の幹部はこう語る。「シクミネット」とはスキー連盟が2019年に導入した新しい会員登録システム。従来、手書き方式だった登録や申請をデジタル化し、ITで一元管理できるようにした。

 8期連続で減少する会員数(現在7万6400人)に歯止めをかけるための導入だったが、高齢化が進む地方では急なIT・デジタル化にとまどい、ついていけない会員が続出。システム変更に伴い、会員がさらに減少した。

■「本部は相談にのってくれなかった」

皆川氏はシクミネットについて、東洋経済のインタビュー(スクープ! 「スキー連盟クーデター騒ぎ」の真相)で、以下のように語っていた。

 「スキー連盟の将来を考えたとき、会員登録のIT・デジタル化は不可欠だったと思います。ペーパーレス化が進んで加盟団体、地域連盟、クラブ担当者の業務を大幅に削減することも目的の一つとし、一定の評価をいただいていました。一時的に会員が減っても、効率的なプラットフォームを構築することが会員離れに歯止めをかけることにつながると思っています」

 だが、先の地方組織幹部は不満を口にする。

 「確かに長期的に見ればシステムのIT・デジタル化は必要。だが、進め方が強引だった。一人ひとりの会員に接して、やり方を覚えてもらうまで説明を尽くすのは地方組織。うちの組織にも電話での問い合わせが殺到し、職員は対応にふりまわされた。もう少し準備期間、移行期間を長くとってほしいと本部に相談したが、相談にのってくれることはない。こういうことが何度もあった」

 日本代表選手の記者会見と有名歌手のライブを同時開催するといった、皆川氏がマーケティング戦略の一環として展開したイベントについても「資金を集めるためとはいえ、有名選手だけにスポットライトをあてて商品化し、地方でトレーニングを積む若手選手の育成が後回しになっている」という指摘が出ていた。

 冒頭の皆川氏のコメントにある「まずは中央を立て直し、その次は地方にも恩恵がいくように」という方針が、地方では理解されていなかった。

 北野会長に対しては、ある遺恨もあった。

 「地方を軽んじる態度をとりつづけていた北野・皆川両氏が否決されたのは当然の結果だが、理由はそれだけではない」

 北野・皆川体制を手厳しく批判してきた青森県スキー連盟の工藤利雄会長はそう話す。

 「3年前、実績を積んでいた当時の競技本部長を辞めさせたのは彼らではないのか」(工藤氏)

 皆川氏の前任で、3年前まで競技本部長を務めていたのは成田収平氏。冬期五輪など主要な国際大会で指揮をとった若手選手指導のベテランだったが、2017年6月、突如として競技本部長を辞任した。

 当時スキー連盟は、成田氏が競技本部長を辞めた理由を「成田氏から辞任の申し出があった」と説明し、マスコミもそう報じたが、本人のコメントはなく、疑問に思う人が少なくなかった。

 というのも、その年の2月に行われた世界選手権で日本勢は、成田本部長の下、フリースタイルで金メダル3、ノルディックで銀メダル2、銅メダル3、スノーボードで銀メダル1、銅メダル1という好成績だった。

 8カ月後の2018年2月には平昌五輪が控え、当然、平昌でも成田氏が采配を振るうものと周囲は見ていた。急転直下の辞任劇はそんな矢先に起き、多くの関係者が首をかしげた。

■「会長から辞めてほしいと言われた」

 この3年間、口を閉ざしていた成田氏がこのたび東洋経済の取材に応じた。成田氏は「私はみずから辞めたいと思って辞めたわけではなかった」と当時の状況を明かした。

 「当時、私は平昌五輪に向けて3度も平昌入りし、競技本部長として平昌オリンピック組織委員会との合同会議に出席した。世界選手権やアジア大会では好成績を収めることができ、平昌五輪でも結果を出すために着々と準備を進めていた。それが、3回目の合同会議から日本に帰国して直後の理事会で、私は辞任せざるをえない状況に陥った」

 何があったのか――。

 「忘れもしない、理事会前夜の6月13日、夜9時を過ぎた頃に北野会長から電話がかかってきて、『競技本部長を辞めていただきたい』と言う。私は突然の要請に納得がいかず、理由を説明してほしいと求めた。

 しかし北野会長は納得のいく説明はせず、ただ『降りなければ、あなたの経歴に傷が入ることになる』と言う。会長の要請だから断ることはできず、不本意にも私は降りざるをえなくなった。あのとき、なぜ私が辞めなければならなかったのか、現在も理由は不明だ」。

 成田氏は、透明化や民主化をうたう北野、皆川両氏に疑問をぶつける。

 「彼らは、改革を掲げて組織の透明化や民主化を先導してきたように主張しているが、そもそも私の辞任は密室で決まった」

 成田氏の証言について北野氏に事実関係を求める取材依頼をしたが、取材は受けないということだった。

 北野氏や皆川氏に対して、進め方が強引だという批判はある。一方で、彼らがスキー連盟の財務基盤を強化してきた事実もある。スポンサー協賛金は1億1900万円(2016年~2017年)から3億1300万円(2018年~2019年)へと大幅に増え、国からの補助金収入も2億8600万円(2016年~2017年)から4億880万円(2018年~2019年)へと増額している。

 それは、皆川氏が重視したマーケティング戦略で「SNOW JAPAN」のブランディングを図り、企業が協賛金を出しやすい環境を整えたからだ。強化戦略プランとKPI(重要業績評価指数)を設定し、補助金を投与する国から適正に評価を受ける仕組みも整備した。いずれも国が定めるスポーツガバナンス・コードに沿った改革だ。

 スキー連盟副会長の後藤田正純・衆議院議員は「北野会長、皆川競技本部長の下で進められてきた改革や強化戦略プランに賛同し、民間企業は協賛金を出し、国は補助金を支給してきた。民間企業のお金や国民の税金が入っている以上、今回否決をした人たちには相応の説明責任が求められる」と指摘する。

■「改革の進め方に問題があった」

 シクミネット導入時の混乱など、北野、皆川両氏の改革には要所要所で強引さが目立った。しかし会員登録システムのIT・デジタル化やガバナンス・コードに沿った組織改革などは時代の要請だ。そのことは、今回否決に回った人々もおおむね認めている。

 否決に動いた一人で、群馬県スキー連盟の林辰男会長も言う。

 「改革の進め方には問題があったが、北野氏と皆川氏が進めてきた改革の方向性について間違っていたとは考えていない。むしろ必要なことだった。足りなかったのは地方との意思疎通、コミュニケーションだ」

 スキー連盟は12月6日の臨時評議員会をもって新体制がスタートするが、現在の候補者7人の中には前会長の北野氏が含まれている。一度は選任が否決され、会長に返り咲くことはないとみられる中、その動向が注目される。またスキー人口や連盟会員数は依然として減り続けており、2022年2月には北京冬季五輪も控えている。

 混乱を終息させ、的確な改革案を打ち出して前に進められるのか。新体制、新会長にとって、難しい舵取りになることは間違いない。

東洋経済オンライン

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最終更新:12/3(木) 7:01

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