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首相と知事の「ちぐはぐ」が散見される根本要因

12/2 15:31 配信

東洋経済オンライン

中国・武漢での新型コロナウイルス発生から日本への到来、一斉休校、緊急事態宣言とその解除、そして安倍政権の退陣まで。この9カ月に及ぶ経緯から見えてきたのは、強大な権力を手に入れて「1強」とまで言われた「首相支配」への制約だった。安倍政権と知事らの対応のプロセスを丹念にたどり、危機が明らかにした日本の政治体制とその問題点を描いた『コロナ危機の政治-安倍政権vs.知事』から一部を抜粋、再編集してお届けする。

■首相の指導力

 2019年12月31日に中国・武漢市において原因不明のウイルス性肺炎の発症が報告されてから、2020年9月16日に第4次安倍第2次改造内閣が総辞職するまでの政治過程は、日本の権力構造についてどのような意味を持っているのか。この過程はこれまでの研究とは異なる、現在の首相の指導力のあり方の1つの特徴を明らかにしている。

 これまで多くの研究者が、1994年の政治改革と2001年の省庁再編の結果、首相の権力が拡大したことを論じてきた。筆者は首相が強い指導力を発揮できるようになった政治状況を「首相支配」と形容している。2014年に公務員制度改革が行われたことにより首相の権力はさらに強化された。

 2012年12月に再登板を果たした安倍晋三・前首相は強化された権力を十二分に活用し、さまざまな政策を実現し、憲政史上、最長となる在任記録などを打ち立てた。こうした政治状況は安倍「1強」とも称された。

 首相は人事権を行使して大規模な金融緩和を行うために日銀総裁に黒田東彦氏を起用した。国内経済政策の面では電力自由化、法人税減税、コーポレートガバナンス改革、訪日外国人拡大などを実現する。その一方で、労働政策として残業時間に関する厳しい規制を設けることに成功する。

 対外政策面では、日・EU経済連携協定を2017年12月に、さらに、TPP11交渉を2018年3月に調印に導いた。安全保障政策の面で、安倍首相は2015年9月に安保関連法制を成立させ、一定の条件の下で集団的自衛権を行使することに道を開いた。

 コロナ危機をめぐる政策決定過程は、政治過程における首相の指導力について新しい1面を示し、我々に「首相支配」が成立する条件についてあらためて考える契機を与えてくれる。

 すなわち首相は、首相が率いる政権の権限が及ぶ政策分野においては、与党勢力が衆参両院で過半数を確保していることを前提に、強い指導力を発揮することができる。

 とはいえ、現在の日本の法制度の下で、政権がすべての政策分野に対して法的な影響力を持っているわけではない。感染症という政策分野では国に加え、都道府県、そして、保健所設置市・特別区が感染症に対処する政策を立案し、実施する権限を持つ。新型インフルエンザ等対策特別措置法、感染症法などの個別法、さらには国と地方公共団体の関係全般を規定する地方自治法の下では、政権が地方公共団体に指示を下す余地はある。

 しかし、実際の個別法の運用上、それは難しい。加藤勝信・現官房長官の厚生労働相時代の発言を引用すれば、感染症対策の分野においては国、都道府県、保健所設置市・特別区の間は「フラットな関係にある」。国が担当する政策分野においていくら首相が強い権力を誇っても、地方公共団体が権限を持つことが法律で決まっている政策分野は「首相支配」の版図外であり、首相の指導力は制約される。

■首相と知事の齟齬

 首相と都道府県知事、保健所が同一の政策を実施することを目指せば、政策の実施は迅速かつ統合的に行われることが期待できる。

 ただ、新型コロナウイルス感染症に対する対応では、安倍政権と知事や保健所が常に同じ姿勢を持っていたわけではなかった。

 特に医療提供体制の確立、休業要請の内容、経済振興の進め方をめぐって、安倍首相と東京都知事などの間で齟齬が生まれた。このため、安倍政権が期待するような形で医療提供体制の準備は進まなかった。また、安倍首相が想定したのとは異なった形で休業や時短営業の要請がなされることになった。

 さらに、安倍政権はGoToキャンペーンの実施方法を見直すことを余儀なくされた。一方、第1波のときに一部の保健所は独自の判断で、政権が想定するより厳しい基準で検査の手配を行った。さらに、安倍首相が大きな権力を持っていても、安倍政権が希望したような形で、繁華街において接待を伴う飲食店に対する集中検査が広く行われるようになったわけではなかった。

 こうした「フラットな関係」が生まれた要因については、1990年代以降のさまざまな制度改革を総覧する待鳥聡史氏の最近の研究が貴重な知見を与えてくれる。待鳥氏は政治改革、省庁再編のほか、司法制度改革、地方分権改革などを対象に改革の背景や帰結について分析している。

 重要な議論は次の2点である。第1に、各改革は個別に行われたため、日本の公共部門のなかで集権化と分権化が同時に進み、全体として整合性を欠くことになったこと。第2に、地方分権の結果、国から地方への権限委譲が進み、地方公共団体の自律性がさらに高まったこと。

 1994年の政治改革以降、首相の指導力は高まった。しかし、分権改革も実施されたために国と地方公共団体の調整は以前より困難になったわけである。

■首相の指導力と地方分権制度

 これまで政府内で首相の指導力が強化されてきたことを踏まえ、首相の指導力を制約する要因として国会制度、参議院制度が注目されてきた。コロナ危機をめぐる政治過程は、地方公共団体が担当する政策分野においては、特に首相と都道府県知事と意見が異なる場合に、首相の政策立案は知事の意向によって制約されることを明らかにしている。さらに首相が都道府県知事の担当する分野において特定の政策の実現を望むのであれば、知事との調整が必要であることも示している。

 近年、国と地方公共団体の政治制度が違うことや所掌事務および権限が異なることが政治組織や政治過程に及ぼす影響は研究者の関心を集めてきた。ただ、政策分野によって国と地方公共団体の持つ権限がいかに違い、その違いが首相の指導力に及ぼしてきた制約について体系的研究が行われてきたということは難しい。このため、今後さらに分析を深める余地が広がっている。

 首相が関与する政策分野において、都道府県、あるいは政令市・特別区も権限を持っている場合、首相の指導力は制約される可能性が高く、そのことを念頭において分析を行う必要がある。

 これまでも例えば、沖縄県におけるアメリカ海兵隊普天間飛行場の辺野古移設問題に見られるように、地方公共団体の持つ権限が時の政権の政策形成に影響を及ぼすことはあった。しかし、国と地方公共団体の権限関係の摩擦が直ちに多くの国民に影響を与えるような事例は多くなかった。

 これに対し、コロナ危機の特徴は、安倍政権と地方公共団体の関係が多くの国民に直接大きな影響を及ぼしたことである。果たして、国と地方公共団体の関係が首相の指導力を制約し、国民生活に作用するような政策分野がどれほど存在するのかを探ることは、今後の重要な研究課題である。

 最後に感染症について言えば、感染症はその性質上、一部地域での対応の結果が全国的な影響を及ぼす問題である。一部の地方公共団体の対応が遅れ、その地域で感染症が拡大した場合には、そこから他の地域にも波及する恐れが高い。

 現在の法制度の下では、一部の地方公共団体の対策が遅れる場合に、国や影響を受ける他の地方公共団体が対応する術がほとんどない。したがって、感染症対策について現在の国と地方公共団体の権限関係をあらためて精査し、権限配分が的確なのか、そのあり方を再検討する段階に来ている。

東洋経済オンライン

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最終更新:12/2(水) 15:31

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