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怖がりな登山家が「経営で大成功」した納得の訳

12/2 10:01 配信

東洋経済オンライン

アウトドア用品メーカー「モンベル」会長であり、アウトドアの達人である辰野勇氏は、28歳のときに創業し、年商800億円を超える(2019年度)グループに育て上げた。その経営手腕の根底には、登山家ならではの「人一倍の怖がり」があるという。辰野氏の近著『自然に生きる力 24時間の自然を満喫する』から、今回は辰野氏がどのように経営者としての心構えを身につけてきたのか、その経験談をお届けする。

前回:「感動で泣く」モンベル創業者の斬新キャンプ術

■「経営」と「登山」の共通点

 登山家は元来、怖がりです。命がけの挑戦をしながら、それでも命を失わなかったのは、私が臆病だったからです。

 過去に、多くの仲間を山で失いました。私の腕の中で目を見開いたまま息絶えた仲間、岩場から転落して内臓を破裂させ、痛みに苦しみながら息を引き取った仲間、雪崩とともに数百メートルの谷底に消えていった仲間……。ふとした気の緩みと決断が生死を分けました。

 登山家は、用心深くなければなりません。晴れた日でも「天候が急変したらどうしよう?」と用心して、雨具を持ち歩く。日帰りの山行でも、必ずヘッドランプを持参する。食料は少し多めに持って行く……。油断せず、最悪の状況を想定して策を講じる。登山や川下りには、常に先を見据えたリスクマネジメントが必要です。

 経営にも同じことがいえます。1975年、28歳で「モンベル」を創業して、将来の事業計画をイメージしたとき、「会社を存続させるには、社員の平均年齢を若く保つために常に若者を迎え入れなければならない。社員が高齢化すると固定費が増えるだけでなく、会社の活力が失われ競争力が落ちる」と考えました。

 社員を増やすということは、企業規模を大きくしなければならない。すなわち、右肩上がりの事業拡大経営を覚悟しました。つまり、事業を拡大するために人を増やすのではなく、人を増やすために事業を拡大しなければならないことに気づいたのです。

 規模を拡大するといっても、「どこまで」大きくすればいいのか。私は、次のように市場の可能性をイメージしました。

・いつまで……30年間
20代で入社した社員が30年後に50代となり、世代循環のサイクルがひと回りする。
・どこまで……年商100億円の可能性
当時の登山用品市場の規模(500億円程度)のおよそ2割程度の可能性。
 「30年後、年商100億円程度を目安に事業を進める」イメージです。

 もし、日本の登山市場にポテンシャルがなかったとしたら、対応方法として考えられるのは、ひとつには、ジャンルの拡大。登山用品だけでなく、テニス、サッカー、野球など、スポーツ全般に商材を広げる。

 もうひとつの方法は、販売地域を拡大する。国内市場に限界があるのなら、販売地域を海外に広げればいい。国内の売上が60億円だとしたら、20億円はアメリカ、残りの20億円はヨーロッパで売り上げる形にすればいい。極めて単純な発想でした。

■得意な山に特化した「小さな世界戦略」

 そもそも、「山に関連したビジネスを生業にしたい」と考えて起業したのですから、他のジャンルへの拡大は本意ではありません。そこで「得意な山の分野に特化して、市場規模を拡大する」ことにしました。私はこれを「小さな世界戦略」と名付けました。

 創業3年目、社員は5人。国内でのビジネス基盤が固まっていない段階で海外進出を仕掛けたのは、会社を存続させるためのリスク対策でもあったのです。海外進出を含め、これまで、さまざまな決断をしてきました。将来を見据え、リスクを考慮し、対策を講じながら決断したのは、人一倍怖がりだからです。

 中学時代、私は足しげく、金剛山(大阪府)に通いました。中学校には山岳部もワンダーフォーゲル部もなく、身近に山を教えてくれる人はいませんでした。義兄(姉の夫)から古いザックを譲り受け、父親が軍隊で使っていたハンゴウを手に入れ、使い古した毛布を自分で縫って寝袋をつくり、おこづかいを貯めてテントを買って、山に入りました。

 金剛山周辺にはキャンプ場がなかったので、沢筋の適地を選んでテントを張りました。キャンプを始めたころ、陽が落ちて人気(ひとけ)がなくなると、自分だけが取り残されたような不安を覚えました。暗闇と静けさに押しつぶされそうになりながら、朝を待つ。自分の弱さと未熟さを思い知らされる時間でした。

 ですが、明るくなるにつれ不安は払拭され、元気がわいてきます。不安に耐えて迎えた朝は、感動的でした。空気が澄んでいて、爽快でした。暗闇の先に、またひとつ強くなった自分がいました。

 闇に耐える。孤独に耐える。コントロールできない自然の中で、自分の心をコントロールする。圧倒的な自然の中に、あえてひとりで飛び込んでいくことに、「孤独の美学」のようなものを感じることができたのです。

 太陽の力は偉大です。そのあたたかさは、前を向く力を与えてくれます。かつて、マイナス30度の過酷な環境下でビバーク(緊急的な野営)を余儀なくされたことがありました。眉も凍るほどの寒さの中、待ち望むのは太陽です。

 ビバーク中、極度の疲労状態から眠気に襲われ、ついウトウトとストーブの前で眠り込んでしまいました。ハッと目が覚めたとき、身につけていた手袋とダウンジャケットに火が移り、燃えていました。ツェルト(軽量の簡易テント)の中を羽毛が舞っているのを見て、一瞬「鶏小屋かな?」と錯覚を起こすほど(笑)、心身ともに追い込まれていたのです。

■太陽には人を励ます圧倒的な力がある

 それでも夜が明け、太陽が上がってくると生気が戻ってきます。滞っていた血流が勢いよく流れ出すような活力を覚えました。あれほどつらくて、あれほど不安だったのに、太陽に包まれたとたん、希望に満たされる。太陽には、肉体的にも、精神的にも、人を励ます圧倒的な力があります。

 私は何度も、太陽に助けられました。厳しい状況に追い込まれ、生死の境に立たされながら、それでも私の心が折れなかったのは、「耐えて待てば、必ず日が昇る」「日が昇れば、新たな希望が生まれる」ということがわかっていたからです。

 山は、心を強くします。日本では古来、山岳信仰があります。寺院の門を「山門」と呼ぶのは、お寺が山に建てられていたからです。山伏(修験者:山へ籠もって厳しい修行を行うことにより、悟りを得ようとする者)が修行の場所に山を選んだのも、人間の日常生活からはかけ離れた「神仏の宿る場所」として崇めていたからです。

 私は特定の宗教を持ちませんが、それでも山に身を置き、「暗闇の中でひとり朝を待つ」という経験をするなかで、「平常心を保てる心の強さ」を身につけた気がします。

東洋経済オンライン

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最終更新:12/2(水) 10:01

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