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国道16号沿い好んで住む人が多いのは当然な訳

12/1 15:01 配信

東洋経済オンライン

 首都圏の郊外を走る330キロの環状道路、国道16号線。

 (注:横須賀市走水と富津市の間は海上区間。「東京湾口道路」でつなぐ計画があったが凍結中。東京湾フェリーが実質的な代替手段として海をつないでいる)

 この道が走る地域から誕生した、世界的に有名なゲームと生き物がいる。創造したのは、1965年生まれで国道16号線エリアの町田市で少年時代を過ごした1人の男の子だ。

 彼は、町田郊外に豊富にあった(今もある)雑木林でカブトムシやクワガタを捕まえるのが大好きだった。捕まえるだけではなかった。どうやったらクワガタを長生きさせられるか、ずっと友達でいられるのか。飼育と観察を熱心に行った。夢は昆虫博士である。

 1970年代後半、町田郊外の自然の多くは開発され、住宅や街に変貌した。カブトムシやクワガタの代わりに別の「生き物」が現れた。住処は雑木林ではなく、喫茶店の片隅のブラウン管の中だ。生き物の名は「インベーダー」。男の子はインベーダーゲームに出会い、一気にゲームの世界へのめり込み、長じてゲームソフト会社をつくった。

 大人になった男の子は、1996年にひとつのゲームを完成させる。かつて雑木林でカブトムシやクワガタを捕まえたドキドキを、友達と交換したり戦わせたりしたワクワクを昇華させた。

■16号線エリアで育った少年の体験がゲームに

 「ポケットモンスター=ポケモン」である。男の子とはポケモン生みの親の田尻智のことだ。

 以上は小学館の「学習まんが人物館」シリーズ『ポケモンをつくった男 田尻智』(小学館)からの要約だ。同書には、ポケモンの原型となる「カプセルモンスター」の企画書の内容についてこう記されている。

 「主人公は未知の生物を求めて冒険の旅に出る。」「それぞれの生物の生態を研究する。」「その習性に合わせた捕獲法を実験する。」「捕獲したものを飼育する あるいはコレクションする。」「持ってないものはクラスの友達と「交換」で手に入れる」

 16号線エリアで育った昆虫少年時代の体験を、田尻は素直にゲーム化した。それがポケモンだったのではないか。

 ポケモンの舞台は「カントー地方」。アニメ版のポケモンで活躍する主人公のコドモ、10歳のサトシ少年は、カントー地方のマサラタウン出身だ。カントー地方には10の町があって、28本の道路でつながっている。16号線=16番道路だってある。それぞれの町は自然があったり、ダウンタウンだったり多彩なプロフィールを有し、それぞれユニークなポケモンが暮らしている。

 ゲームプレーヤーは「ポケモントレーナー」として、道路を移動し、町を渡り歩き、新しいポケモンをゲットし、育成し、自ら育てたポケモンで他のトレーナーのポケモンとバトルしたり、交換したりする。

 ポケモンのゲームの世界から、現実の16号線に戻ってくると、共通点がいっぱい見えてくる。

 いくつもの街を道がつなぎ、それぞれのエリアには異なる街と異なる自然がある。田尻の育った町田市には、ホタルが飛ぶ鶴見川源流域の豊かな森と谷があり、神奈川・横須賀や千葉・富津に足を伸ばせば、三浦半島、房総半島の美しい海辺が目の前に広がっている。野田や川越あたりは、江戸川や荒川の河川敷が横切っている。

 ポケモンが、日本の子供達のみならず、世界中の子供達の心を掴んだ理由。そのひとつに、おそらくゲームプレーヤーが動き回る「舞台」装置に魅力があるから、とは考えられないだろうか。

 そこで、このゲームを産んだ田尻智の育った16号線エリアの土地、地形に思いをはせてみる。

■16号線エリアには3万年以上前の足跡がある

拙著『国道16号線 「日本」を創った道』でも詳しく解説しているが、国道16号線エリアには、この道が実際に貫通する1963年より遥か昔から、3万年以上前の旧石器時代から、日本にやってきた人類の足跡が営々と残っている。縄文時代でいうと、東京湾沿いに日本最多数の貝塚が見つかり、古墳時代には16号線の北側の埼玉に関東最大の古墳群があった。

 奈良時代以降は、朝廷に献上する馬を育てる牧がたくさん存在し、関東武士団が形成され、源頼朝の蜂起も16号線エリアの武士たちが後押ししたから成功した。鎌倉幕府も16号線エリアである。室町時代に武将が群雄割拠し、戦国時代への突入の端緒を開いた主な舞台もこの地域だった。

 江戸幕府末期から生糸貿易が日本の近代における最大の産業となったときも16号線エリアの横浜港と生糸集積地の八王子が重要な拠点であり、富国強兵の拠点として開発されたのも16号線沿いの横須賀港であった。軍用の航空基地も16号線沿いの台地に建設され、戦後それらが、米軍基地になった。

 高度成長期には、膨張する東京の人口を吸収するニュータウンがこの道沿いに次々と生まれ、16号線自体は、首都圏と日本の経済活動を支える大動脈となった。バブル崩壊後は、モータリゼーションに対応した、郊外型ショッピングモールやディスカウントショップの誕生と発展の道となり、そしていま、また子育て世代の人口が増えつつある。

 旧石器人を呼び寄せた16号線エリアからは、数えきれないほどのコドモたちが育ち、大人になった。縄文人も、弥生人も、古墳時代の人も、渡来人も、武士も、殿様も、町民も、農民も、商人も、サラリーマンも、いまポケモントレーナーである現代のコドモたちも、だ。

 なぜ、この道に古代からずっと今に至るまで人が集まり続けたのだろうか?  

 実は、もっとも人が暮らしやすい「地形」を、地理的な条件を16号線エリアはたまたま備えていた。

 それは、「見晴らしが良くて」「谷があって」「近くに海や大きな川がある」。これが16号線エリアの地形の特徴である。

 16号線が通っているのは、三浦半島と房総半島という2つの半島と、あとは東京湾をぐるりと取り囲む6つの台地の縁である。三浦半島の台地、下末吉台地、相模原台地、武蔵野台地、大宮台地、下総台地。台地の横には、相模川、鶴見川、多摩川、荒川、江戸川、利根川という一級河川が流れ、東京湾や相模湾、太平洋に流れ込む。

 台地や丘陵の縁には、雨水の力で必ず小さな谷ができる。谷の源流からはきれいな水が流れ出し、山を削り、湿原が広がる扇状地をつくり、川の流れはより大きな川や海につながる。山と谷と湿原と水辺がセットの「小流域」が延々と連なっている。「地形」という視点で眺めると、16号線エリアは、こうした「小流域」の連なりなのだ。

■人類は「小流域」地形を好み選んできた

 人類は、この「小流域」地形を好んで選んで暮らしてきた。日本のみならず、世界中で。

 特定の場所に対する人間の「愛」について、進化生物学者のエドワード・O・ウィルソンは、『生命の多様性』(岩波書店、1995)のなかでこう述べている。

 「動物の種はすべて、その成員にとって安全と食物の両方の面で好適な生息場所を選ぶ」と。そしてウィルソンは生き物の一種である人間もその例外ではない、と力説する。では、私たちはどんなところを好んで選ぶのか。ウィルソンによればこんな場所だ。

 「ほとんどの民族は、水辺にあって樹林草原が見下ろせる突出部を好んで住みかとする」。そのような高みには権力を持ち裕福な者の住居や偉人の墓、寺院、議事堂、民族の栄光を記念する碑などがよく立っているものだ。このような地勢は隠れ家ともなり、周囲を見晴らして遠くから嵐や敵の勢力が近づいてくるのをいち早く発見できる、眺望のきく有利な地点でもあった」

 ウィルソンが定義した「人類という生き物」が好む地理的な条件は、まさに先ほど述べた「小流域」地形が連なる16号線に備わった地理的条件と一致する。

 見晴らしのいい山=台地や丘陵があって、谷があって、湿原があって水辺へとつながっている。まったく同じだ。

 だからこそ、アフリカからはるばるやってきた旧石器時代の人類は、「16号線エリア」という場所を好んで選んだ。その後、やってきた人々も同様だ。人々は16号線の「地形」が好きだったのである。

 『ブラタモリ』を多くの人が好むのも、都会の中の凸凹地形を見つけて楽しむ人がいるのも、もしかしたら私たちの中に潜む小流域の地形に対する「愛」と関係しているのかもしれない。

 世界中の「公園」や「庭園」を調べてみると「小流域地形」が再現されているケースがとても多い。高低差をつけて、高いところから見渡せる場所をつくり、蛇行する水の流れ、そして池=湿原をこしらえ、緑を植える。

 「小流域」単位で暮らし、大地を把握するというやり方は、世界のあちこちでみられる。

 ハワイには、先住民族の間に古くからアフプアアという土地支配の概念がある。ハワイ諸島はすべて火山島だ。島の頂点である火山のてっぺんからは、四方八方に雨水がつくりだした川が海に向かって流れ出し、いくつもの流域をつくっている。その流域それぞれを土地の単位として管理することをアフプアアと呼ぶのだ。

 水源の管理、水資源の管理、川沿いの生態系の管理、木材の管理、海の幸の管理を、それぞれのアフプアア=流域で行う。ハワイの先住民も、16号線エリアの先人たちも、同じような土地の愛し方をし、同じような暮らしをしていたのだ。流域単位で土地を愛し、利用し、暮らすのが、世界共通だったことがこれでわかるだろう。

 では、なぜ山と谷と湿原と水辺がワンセットになった小流域の地形を、人間は好むのか。それは、高台に自分たちが暮らす場所を確保でき、谷の源流できれいな水を入手でき、餌となる生き物がたくさん集まってくる、もっとも暮らすのに都合のいい場所だからだ。

 ウィルソンは、世界に先駆けて、多様な生き物が暮らす「生物多様性」の重要性を指摘した1人でもある。そのウィルソンの発想のユニークな点は、「人間には無意識に他の生命とのつながりを求めるものである」と考えたことだ。つまり、人間には自然が豊富で生き物がたくさんいる環境を愛する本性があるというのである。

 その人間の本性を、ウィルソンは「バイオフィリア(生物愛)」と呼んだ。

■16号線エリアを「旅」すると発見がある

 多様な生き物が暮らせる環境は、人間という生き物にとっても暮らしやすく、なにより他の生き物=餌の確保にも適している。人間の自然好き、生き物好きは、後天的な趣味などではない。人間が進化のプロセスで獲得した、この地球でサバイバルする上で必須の性質というわけだ。

 新型コロナウイルスという「自然」の脅威を受けたときに、多くの人間たちが選択したのがウィルソンの唱える「バイオフィリア」(生物愛)とつながる、身近な自然を愛でる行為だった、というのは興味深い。

 新型コロナウイルスの感染拡大に伴って、遠くにいけなくなった人たちの多くが、近所の公園や緑地、河川敷や海岸を訪れるようになった。読者の中にも実際にそんな行動をとった方がいらっしゃるかもしれない。あれが内なる「バイオフィリア」が発動したせいだ、というのはいささか短絡的に過ぎるかもしれないが、16号線エリアのような、人工的で便利な都市機能と、郊外の住宅街と、そして身近な自然が同じ場所にセットで存在する、という地域は、暮らす場所として積極的に選択する層が出てくる可能性が高い。

 首都圏に暮らしている方は、よかったら一度16号線エリアを「旅」すると、いろいろな発見があるはずだ。そのとき、ぜひ商業施設やアミューズメントパーク、軍事基地ばかりではなく、自然と地形に目を向けて欲しい。このエリアの不思議と魅力は、地形が下支えしているから、と私は考えている。

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最終更新:12/1(火) 15:01

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