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パナソニック経営刷新の後に待ち受ける大難題

11/28 7:11 配信

東洋経済オンライン

社長交代と持ち株会社体制への移行を発表したパナソニック。新体制が抱える課題は何か。前後編で解説する。
 「津賀さんが楠見さんの仲人。本当かな。びっくりです」

 パナソニック関係者がこう切り出した。

 言うまでもなく津賀さんとは2021年6月24日付で代表権のない会長になる津賀一宏社長(64)。楠見さんとは、2021年4月に津賀氏の後任CEO(最高経営責任者)、2022年4月に発足する持ち株会社「パナソニックホールディングス」社長に昇格する楠見雄規常務執行役員(オートモーティブセグメント担当) オートモーティブ社社長(55)である(2021年6月の株主総会の決議を経て正式に決定する)。

■入社早々に難題をいとも簡単に片付けた

 楠見氏は京都大学大学院を修了後に入社し、直後に配属された研究所で津賀氏に出会った。サラリーマンにとって、最初に出会った先輩から受ける影響は大きく、先輩は新入社員であった頃の「生い立ち」を熟知している。それも、優秀な後輩だと強く印象に残るものだ。津賀氏は入社早々に楠見氏に難題を与えたところ、いとも簡単に片付けてしまった天才(楠見氏)に舌を巻いた。

 その後、楠見氏はAV(音響・映像)機器や車載関連事業など、津賀氏と同じ土俵で闘い続けてきた。テレビ事業部長のときは、津賀氏とタッグを組みプラズマテレビ事業を終息させ、子会社化した三洋電機のテレビ事業を再構築。アプライアンス社上席副社長時代には欧州白物家電市場から撤退した。

 津賀氏がアメリカの電気自動車メーカー・テスラを相手に車載(リチウムイオン)電池事業で一本足打法を続けていたが、計画どおりには収益が上がらず苦戦。同事業の安定を図るために、もう1つの大口顧客を探していた。3年前から車載電池事業を見ていた楠見氏が陣頭指揮を執りトヨタ自動車に食い込み、2020年4月、合弁会社「プライム プラネット エナジー&ソリューションズ」(PPES=出資比率はトヨタ51%、パナソニック49%)を設立した。津賀氏が「現場に密着するねちっこさがある」と確信する決定打になった。

 「私が選んだわけではない。指名報酬諮問委員会の総意として選んだ」と津賀氏が強調し、楠見氏も9年ぶりの社長交代について、「内示を受けたのは2週間前であり、青天の霹靂であった」とコメントしたものの、社内外で本命視されていた想定内のトップ人事である。

 津賀氏からの信任が厚かったのも、兄弟分、いや親分子分のような関係であったからだ。このことは否定できない事実である。冒頭に前述した情報が流れてもむべなるかな。

 思い起こせば、社長就任(2012年6月)の前、津賀氏は突然ヒーローになった。中村邦夫元会長(元経団連副会長)の肝入りプロジェクトとして展開していたプラズマディスプレーパネル(PDP)事業からの撤退案を当時の経営陣に突きつけたからだ。

 中村氏といえば、2002年3月期、携帯電話やパソコンの世界的な失速に見舞われ、上場後初の営業赤字に陥った同社をV字回復させ「中村改革」と一時称賛されたことで知られる。その功績が讃えられ、2020年秋・旭日大綬章を受章した。その中村氏を敵に回して苦言を呈したことから「はっきりものをいう改革者」として注目された。その結果、社長に就任した翌年の2013年10月に同事業からの撤退を正式に発表した。

■津賀氏は壊し屋の中村氏と通じるものがあった

 PDP事業は、年1000億円もの赤字を出したこともあっただけに、中村氏も腹の中では誰かが「撤退すべきだ」と言ってくれないかと待っていた節がある。その役割を大阪大学の後輩である津賀氏が引き受けてくれたのだった。当時社長を務めていた大坪文雄氏が次期社長の話を持っていくと、中村氏はその名前を聞く前に「津賀君ですか」と口にし、すぐに賛成したという。見方を変えれば、マスコミは津賀氏を「打倒・中村政権」を果たしたゲリラ革命家のように持ち上げたが、1万人超えの人員削減を断行した壊し屋の中村氏とは、大学の同窓であること以外にも、改革志向という共通点もあり、通じるものがあったと考えられる。

 ここまで読むと、ノンフィクション本にあるようなパナソニック(旧・松下電器産業)のどろどろとしたトップ人事話か、今回の社長交代も安倍前政権さながらの「お友達内閣」と同じではないか、と思われるかもしれない。ただし、気心の知れた信頼できる後輩を後継者にする意思決定は一概に悪いとは言えない。結果がよければ、今日の味方は明日の敵となるような疑心暗鬼な組織よりも「お友達内閣」のほうがベターである。

 近年、経営学でも見直されているファミリービジネスも「家族の仲がいい」ことが絶対条件になっている。仲が悪い親子げんか、兄弟げんかばかりしているファミリービジネスよりも、サラリーマン集団であっても仲がいい組織のほうが経営はスムーズにいく。

 11月13日に行われた上記の記者会見の檀上には、津賀社長を挟み、楠見新社長(予定)とアナリスト出身の片山栄一常務執行役員(CSO=チーフ・ストラテジー・オフィサー)が座り質疑応答に対応した。

 そのやり取りを見ていて筆者が気づいたのは、配慮し合う経営陣の姿である。冒頭、津賀社長が説明する。

 「私が主にお答えすることになりますが、質問によっては片山さんがお答えしますので」

 若いジャーナリストは気づいていないかもしれないが、パナソニックの歴代トップをインタビューした経験がある筆者は、パナソニックのトップも変わったなという印象を受けた。まず、外部の人たちを前にして、「(弊社の)片山が」と言わず、「片山さんが」とさんづけで紹介している点である。また、質問が飛び出すと、これは「片山さんのほうがいいかな」と隣に目をやりお伺いを立てていた。外部からスカウトした片山氏だけでなく、生え抜きの楠見氏に対しても同じ姿勢だった。

 この光景と真逆なのが、創業者が健在でCEOを務める、もしくはサラリーマン経営者(専門経営者)でもカリスマ型リーダーが存在する企業である。日本電産の永守重信氏、ファーストリテイリングの柳井正氏、ソフトバンクグループの孫正義氏などが登場する記者会見は、彼らの「独演会」である。創業者ではないが、創業家出身であるキヤノン会長兼CEOの御手洗冨士夫氏は記者会見中に事業部長が答え始めると、突然、マイクを取り上げ力説し始めた。創業者・創業家出身者でなくても、NECの(故)関本忠弘元会長は、社長交代の記者会見で、新社長が質問に答え始めると、「あの記者さんは、そんなことを聞いておられないんだ」と口を挟み、新社長を黙らせ関本氏が話し続けた。

■うまく作用するか、阻害要因になるか

 配慮し合うエグゼクティブたちの潜在心理が、パナソニックのコーポレートガバナンス(企業統治)の改革を左右する大きな因子になるのではないかと見た。この因子がうまく作用する場合もあるし、改革を断行するうえで阻害要因になるかもしれない。

 中村氏は津賀氏の進まぬ改革を見て、新聞紙上で「津賀社長はもっと独裁者になるべきだ」と持論を展開した。経営者、政治家の別を問わずニコニコしている独裁者はあまり見かけない。中村氏もあまり笑わない人である。その厳しい表情や寡黙さから、人によっては、怖さを感じる。実際に対話してみると、人の話をよく聞く人で誤解されている節もあるが、存在感が増すにつれ、パナソニックの役員、従業員は緊張し、率直にものを言いづらくなっていたのではないだろうか。

 津賀氏も危機感からか、厳しさを漂わせていたものの、筆者が同い歳であるからかもしれないが、中村氏ほどの怖さは感じられなかった。中村氏と同様、論理的な合理主義者だが、ときどき冗談も口にする演歌が好きな(広報担当者)気さくな大阪のおじさんの一面ものぞかせる。

 一方、「裸の王様になっている」と指摘する津賀氏と同世代のパナソニック関係者(OB)の声も聞いた。経営者は孤独である、と言われる。津賀氏はそのことを自覚していたと思わせる発言をしている。

■トップになると誰にも相談できない

 「トップになると誰にも相談できないという経験を楠見さんには早くしてほしかったが、この数年間は、事業のトップとして、タフなデシジョンをしてきた。期待する経験を積んでもらったと思っている」

 周囲の意見を聞いたうえで、最終意思決定を下すとき、トップは孤独と闘わざるをえない。Aさんの意見も取り入れよう、Bさんも一生懸命戦略を練ってくれたのだから一部取り入れよう、などと周辺各位に忖度(そんたく)していると経営のスピードも落ちる。その行為がときには、人の意見に耳を貸さない「裸の王様」に見えることがある。

 最終意思決定を下したからには、大きな責任を負う。目標を達成しなくてはならないのである。ところが、社長といえども「たかが人」である。明日のことさえわからないという絶対的条件と向き合わざるをえない。今、世界中の人々が直面している新型コロナウイルス感染拡大など、誰が予測できただろうか。さように、当初策定した戦略のとおり、事が運ばないことは多々ある。人生そのものが不確実性の極みであるのだから、利益や機能を第一に追求するゲゼルシャフト(Gesellschaft=機能体組織、利益社会)で人が構成する企業は推して知るべしだ。

 このことを整理した経営学の理論がある。ヘンリー・ミンツバーグ(カナダ・マギル大学記念教授)が『戦略サファリ 第2版』(東洋経済新報社)で論じた「計画的(計画された)戦略(意図された戦略)」と「創発的戦略(実現された戦略)」である。前者は、できる限り多くの情報を集めて起こりそうな未来を予測したうえで構築する戦略。後者はビジネスを実際に展開しているうちに、行動を積み重ねさまざまな経験をし、変化する現実に合わせて、計画的戦略を徐々に修正した戦略を意味する。

 計画的戦略ばかりに執着し、変化への対応をなおざりにしたり、遅れたりすると、現実の障壁にぶつかりビジネスは成功しない。いわゆる「絵に描いた餅」となる。かといって、行き当たりばったりの創発的戦略を繰り返していると迷走し自滅する。ミンツバーグは、両戦略を掛け合わせるべきだと主張している。

 そして、ミンツバーグは、戦略とは、計画的戦略を策定する場合用いられる分析技法ではなく人が生み出すのだ、と同書で主張している。つまり、「されど人」の価値を強調している。今やDX(デジタルトランスフォーメーション)真っ盛りの時代である。この時代が到来する前に、ミンツバーグは「分析麻痺症候群」を揶揄していた。

 計画的戦略は環境があまり変化しないことを前提に策定される。一方、変化が激しい近年のような環境下においては、創発的戦略が求められる。だが、多くの企業は、社内外に向けて計画的戦略を披露する。パナソニックも3カ年の中期経営計画を株主、従業員、マスコミ、アナリストなどに向けて発表している。

 津賀社長は2012年に社長に就任して以来、2013年に個人向けスマホから、続いて2014年にプラズマテレビから撤退した。ここまでは、中村元会長と大坪元社長が進めてきた計画的戦略の修正である。2014年になると、津賀社長は打って出る。自ら計画的戦略を構築し実行する段階に突入した。その代表事例が、2019年3月期に売上高を10兆円にする目標とテスラと提携し車載電池工場を設立すると発表したことである。さらに、2015年には車載電池をはじめとする成長分野に1兆円を投じる計画を示した。

 ところが2016年になるとこれまで進めてきた計画的戦略が絵に描いた餅になり始める。創発的戦略の出番だ。売上高10兆円の目標を撤回する。そして、創業100周年を迎えた2018年、家電の対象市場を超えて、くらし全体を領域とし、製品とサービスを組み合わせた新たなソリューションを提供していく新経営ビジョン「くらしアップデート」を発表。一方、2019年に入り液晶パネルと半導体事業から、2020年には2016年にテスラと提携した太陽光パネル事業から撤退。同年、新たな動きとして、住宅事業および前述した車載電池でトヨタ自動車との提携を発表した。

 近年、パナソニックの歴代社長は、改革を掲げながらも計画的戦略を達成できないまま退任している。そのたびに組織改革が行われ組織名はどんどん変わったが、本質的な構造改革にはつながらなかった。分権と集権のマネジメントを繰り返し、アメリカの政権交代のごとく、トップが代わるたびにビジョン、組織が変わり、社内外から戸惑いの声が聞かれた。津賀社長も2012年から苦闘し続けたが、社長最後の花道を飾れなかった。結果的に、歴代社長は就任直後に自分の計画的戦略をぶち上げるのだが、激変する現実の環境に対応できず、後手かと思われる創発的戦略を展開することになる。

 VUCA(ブーカ: Volatility「変動性」、Uncertainty「不確実性」、Complexity「複雑性」、Ambiguity「曖昧性」)の時代と言われている昨今、創発的戦略は不可欠である。それ以前からも、経営戦略実行段階の軌道修正は、どの企業でも行われてきたが、今や後手の創発劇戦略は許されなくなってきている。ユーザーも気づかない本質的なニーズを見つけ、イノベーションを創出する「デザイン思考」が注目されているのもVUCA時代の要請であると考えられる。

 津賀社長は社長就任9カ月後の2013年3月に、2015年度を最終年度とする中期経営計画「CROSS-VALUE INNOVATION 2015(CV2015)」を発表し、「パナソニックの創業100周年となる2018年度までに、自動車関連事業で2兆円、家電を除く住宅関連事業で2兆円の売上高を目標とする」というビジョンを表明した。2期連続で計1兆5000億円を超える最終赤字、63年ぶりの無配となり「普通の会社ではない状態」(津賀社長)に陥った中での起死回生策だった。しかし、後に両事業は基幹事業から外れることになる。

 いったいこの計画的戦略の何が問題だったのだろうか。

■旧来の経営資源を再整理したにすぎない

 それは、一見、斬新な発想に見えるが、実は、旧来存続していた経営資源を再整理したにすぎない点だ。それに、その経営資源は市場環境から見て、高い成長性があるように見える。両事業のうち、自動車関連事業は“CASE”=Connected(コネクテッド)、Autonomous/Automated(自動化)、Shared(シェアリング)、Electric(電動化)=の時代を迎えた。とくに、Electric(電動化)に関しては、三洋電機を買収することにより強化した車載電池がEV(電気自動車)の世界的需要拡大で大きな成長が見込めると判断したのだろう。

 CASE時代を迎える自動車関連は有望市場だと見るのは「一般的な思考」である。成熟市場の定義にもよるが、技術革新が見られるから成長市場であると信じ込んでしまうと思わぬ死角に入ってしまう。成長性が高いと誰もが思う市場には、多くの企業が参入してくる。当社の技術は高度だから、なかなか追いつけないだろう、とリーダー(企業)ほど考えがち。だが、あっという間に「レッドオーシャン」と呼ばれる過当競争市場に巻き込まれてしまう。

 市場地位別の戦略論では、リーダー、チャレンジャー、フォロワー、ニッチャーと大きく4分類して論じている。ところが、近年見られるパナソニックが展開する事業領域では、リーダーが圧倒的優位を維持できる期間が年々短くなってきた。家電はいうまでもなく、車載電池でも、パナソニックは中国(寧徳時代新能源科技=CATLや比亜迪股份=BYD)、韓国(サムスン、LG)などと「つばぜり合い」を演じている。中でもCATLの台頭は著しい。パナソニックが最大得意先とし、津賀社長がイーロン・マスクCEOとトップ外交を展開していたテスラにも食い込んだ。

 成長市場の誘惑に負け、いや、競争好きのパナソニックが、中国、韓国企業の手のひらでうまく踊らされているように見える。家電業界を知り尽くしたパナソニックは、「失敗の経験」から学べていないのだろうか。薄型テレビが出始めた頃、薄くなったテレビの画面を目にし、消費者だけでなく、テレビメーカー各社も「イノベーション」だと信じていた。ところが実態は、テレビという成熟(しきった)市場で見た最後の輝きであった。

■成熟市場で見えた「線香花火現象」

 薄型テレビ(プラズマ、液晶テレビ)が出始めた頃、シャープの町田勝彦元社長は「2005年までに国内のカラーテレビを、ブラウン管から液晶に置き換える」と宣言した。社員の誰もがその言葉を信じモチベーションが高まった。しかし、結果はご存じのとおりである。同社は液晶で天国と地獄の両方を見た。結果、台湾・鴻海(ホンハイ)傘下の企業になってしまった。

 筆者は、「液晶のシャープ」の栄枯盛衰を「線香花火現象」と称している。その心は、花火という古い遊具に点火すると、美しい火花を散らすものの、短時間で消えてしまうからだ。薄型テレビがイノベーションであったとしても、無から有を生むブレークスルー・イノベーション(創造的破壊)ではなく、改善を積み重ねて結実するインクリメンタル(漸進的)・イノベーションであった。売る場はかつてのテレビという成熟市場であることに変わりない。

 成熟市場での戦いをインクリメンタル・イノベーションで開発された個々の製品力だけに頼っていると、瞬く間に市場における既存のルールを根本的に覆し、まったく新しい価値を創出する破壊的イノベーションの犠牲になってしまう。

 (後編に続く、11月29日公開予定)

東洋経済オンライン

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最終更新:11/28(土) 7:11

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