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名優マイケル・J・フォックスが「二度目の引退」を宣言した理由

11/28 13:01 配信

東洋経済オンライン

 「あと10年働けたら幸運」と医者に言われてから30年、マイケル・J・フォックスが、俳優を引退する。パーキンソン病と診断されて以来の30年間、フォックスは、80年代末から90年代にかけての黄金時代ほどではないものの、主にテレビで数々の役に挑戦してきた。その間、エミー賞にも8回ノミネートされ、受賞も一度している。

 しかし、最近はまた病状が悪化し、記憶力の低下、幻想、認知症の兆候が見られるようになった。双子の娘を見てどちらがどちらかわからなくなったり、もう車の運転はしないのに車の鍵を探したりして、潮時だと思ったのだそうだ。

 今月出版された4冊目の著書『No Time Like the Future: An Optimist Considers Mortality』で、フォックスは、「何事にも終わりがある。12時間仕事をし、7ページ分のセリフを覚える僕の日々は終わった」と述べている。

■フォックスを苦しめる「パーキンソン病」

 フォックスがパーキンソン病を抱えていることを公にしたのは1998年。だが、本人が初めて体の異常に気づいたのは、『ドク・ハリウッド』(1991)を撮影していた29歳のときだ。小指がピクピクと痙攣しだしたのが、最初の兆候だったという。

 当時の彼は、ハリウッドで最も勢いに乗っていた若手スター。テレビ番組『ファミリータイズ』(1982-1989)でブレイクし、『バック・トゥ・ザ・フューチャー』3部作(1985-1990)、『摩天楼はバラ色に』(1987)、『再会の街/ブライトライツ・ビッグシティ』(1988)、『カジュアリティーズ』(1989)など、毎年ヒット映画に主演する大の売れっ子だった。

 この頃、日本でホンダ・インテグラのCMにも出ている。私生活でも、『ファミリータイズ』で共演したトレイシー・ポーランと結婚し、長男が生まれたばかりだった。

 キャリアの絶頂期に完治が難しいパーキンソン病を宣告をされ、彼は絶望し、浴びるように酒を飲むようになる。しかし、そんな内面の葛藤と病気のことを隠しつつ、『バラ色の選択』(1993)や『アメリカン・プレジデント』(1995)などの映画に出演し続けた。1996年からは、テレビ番組『スピン・シティ』に主演。病気のことを公にしたのは、この番組が人気を集める真っ最中だ。彼はまた、パーキンソン病の研究を推奨し、治療法を見つけるため、ザ・マイケル・J・フォックス基金を設立。翌1999年には、上院予算委員会に出席した。

 そこでのスピーチで、彼は、「ここにいるみなさんの多くは、僕のことを、テレビや映画でご存じかと思います。でも、今日ここで語ることは、セレブリティーとは何の関係もありません。僕が初めてパーキンソン病のことを明かしたとき、多くの人は驚きました。1つは、僕がまだ若いことです」

 「僕は病気のことを隠していたのは、恐怖、認めたくないという気持ちがあったからでした。それに、黙ってこれを乗り越えようとも思っていました。でも、公にしたときの反響に、僕は感動し、喜びを感じ、インスピレーションを受けました。同じ病気に悩む人々が、僕を勇気づけてくれたり、自身の体験を語ったりしてくれたのです。それは、苦しみ、フラストレーション、そして希望の話でした」

 「パーキンソンとの戦いは、勝てる戦いです。僕はその勝利のために貢献すると決めました。セレブリティーとして僕ができることは、人々にこの問題に注目してもらい、研究のために必要とされているお金を獲得することです」と述べている。

 上院予算委員会に出席するにあたって、フォックスは意図的に症状を抑えるための薬を飲まなかった。この病気がどんなものであるかをしっかり見てもらうためだ。

 後に、フォックスは「このような状態の僕を初めて見た人々は、きっとショックを受けたことでしょう」と語っている。このときまでに、彼は酒もすっぱりやめている。長男サムは、成長してから、「一番小さな頃の思い出は、パパのために冷蔵庫からビールを取ってきてあげることだった」と、フォックスに語ったそうだ。

■一度は引退を取り下げるも…

 『スピン・シティ』が終了した2002年から、フォックスはしばらくテレビや映画から遠ざかるようになる。これが、「1度目の引退」だ。

 しかし、2004年から、テレビドラマのゲスト出演などで少しずつまた顔を出し始め、2010年には『グッド・ワイフ』(2009-2016)に26話も出演した。さらに2013年には、『マイケル・J・フォックス・ショウ』(2013-2014)で、『スピン・シティ』以来初のレギュラー出演を果たす。

 ストーリーはフォックス自身の体験に緩やかにもとづくもので、彼が演じるマイク・ヘンリーは、パーキンソン病を抱えている。診断を受けてマイクはキャリアを諦めるが、4年後、病気と向き合いながら仕事に復活するというものだ。残念ながら視聴率は芳しくなく、契約通り22話が作られたものの、NBCは15話まで放映したところで、打ち止めた。

 以後は、2014年の『ANNIE/アニー』などにカメオ出演をしたり、アニメの声を担当したりする。そこへ、またもや不幸が訪れるのだ。2018年、発がん性のない腫瘍を取り除くため、危険を伴う脊髄の手術を受けた彼は、無事手術を終え、ようやくなんとか歩けるようになったところ、家で突然倒れて腕を折るケガをする。その4カ月後には、Netflixの映画『See You Yesterday』の撮影中に、倒れて、またケガをするのである。

■世界中の人々に勇気と希望を与えてくれた

 そのたびに、フォックスはいつも立ち上がり、自分の足で歩こうとしてきた。それができるのは、今回の本のタイトル『No Time Like the Future: An Optimist Considers Mortality』にあるように、彼が楽観主義者(Optimist)だからだ。

 「感謝して、受け入れようとすれば、楽観的な姿勢は保ち続けられる。自分に起こったことを受け止め、そのまま受け入れる。それは、変えられないということを意味するのではない。また、罰としてそれを受け入れろというのでもない。ただ、正しい場所に置くのだ。そして、それ以外の人生がどれだけあるかを見つめ、先に進むのだ」と、フォックスは「People」誌の取材に対して述べている。

 そんな彼の前向きな姿勢は、世界中の人々に勇気と希望を与えてくれた。その姿をもう映画やテレビで見られないのは悲しいが、今はこうして物を書くことを楽しんでいるという彼は、別の形でクリエーティビティーを発揮し続けることだろう。それに、まだわからない。

 今回の本でも、彼は、「二度目の引退に入ることにしました」と言いつつ、「でも、変わるかもしれません。何だって変わりうるのだから」とも言っているのだ。彼の気持ちも、病状も、変わりうる。たとえ小さな役であっても、この素敵な楽観主義者のお姿を、私たちは、きっとまたどこかで拝見できるのではないか。

東洋経済オンライン

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最終更新:11/28(土) 13:01

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