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39歳コピーライターが「ゆるスポ」発案した経緯

11/22 6:11 配信

東洋経済オンライン

 澤田智洋さん(39歳)の本職は「コピーライター」。大手広告代理店に籍を置きながら、「ゆるスポーツ」というものを広める活動をしている。そもそもゆるスポーツとは何なのか? 

 簡単にいうと、老若男女誰でも楽しめる新しい新案競技で、運動オンチも障害のある人もどうぞというもの。何それ?  と興味をそそる珍妙なネーミングが多い。たとえば「500歩サッカー」は試合中に選手が動ける歩数を制限する競技で、運動量よりもいかに効率的に動くかがカギとなる。

 「イモムシラグビー」は、選手全員が「下半身が動かせなくなるイモムシウェア」を着用し床をゴロゴロ転がりながらボールのパスやトライを試みる。これは車椅子の人がふだん家の中では這って生活(そのため腕の筋肉がすごい)するというのを聞いて考えついたそうだ。ほかにも「ハンぎょボール」「ハンドソープボール」「せんたくテニス」などなど……。

■障害があってもできるスポーツを考案

 こうした競技が90種類もあり、いろんなイベントで行われている。「マジと遊び」が混沌としているという点では、運動会のパン食い競争や借り物競争を思い起こさせる。

 しかし澤田さんは、どうして「ゆるスポーツ」を思いついたのか?  出版さればかりの著書『ガチガチの世界をゆるめる』(百万年書房)を読むと、息子さんの誕生がそのきっかけになっているという。

 「広告の仕事というのは、人に合わせる仕事なんですね。そのことに少し疲れも感じていたときに生まれた息子の障害が発覚した」(澤田さん)

 2013年1月に生まれた息子の様子がおかしい。「なんか視線が合わないな……」と総合病院で診察を受けたところ、網膜異形成など複数の障害を併発していることがわかった。その日から澤田さんは仕事が手につかなくなったという。息子の将来に対する不安から「障害者の世界を勉強しなくちゃいけない」と大量に本を買って読んだりもした。けれども読むたびに心が沈んでしまう。

 「絶望100パーセント」になっていたときに出会ったのが中途失明者で障害者支援就労に従事する成澤俊輔さん。「世界一明るい視覚障害者」といわれる人だ。澤田さんは著書の中でこう綴っている。

 《成澤さんは、若い頃に徐々に目が見えなくなる病気になってしまい、最初はヘコんだけどそのうち吹っ切れたそうで、「見えない状態に慣れれば、あとは普通です」と言っていました。成澤さんは障害のある人生を謳歌しています。しかも、もともとカリスマ性があったわけでもないのに、それを後天的に体得した人なんだそうです。》

 成澤さんとの話で惹きつけられたのは、障害者の中には目を合わせるのが苦手なシャイな人たちが多く、なかなか悩みを打ち明けられなかったりするのに成澤さんが相手だと「みんな安心する」。見えないことが彼らを安心させるらしい。

 ハンディキャップがプラスに働くことがあるというのを知って成澤さんは、就労支援の仕事を「自分の天職」だと思うようになったそうだ。話を聞いた澤田さんは、自身の中にあった「障害者=かわいそうな人」という固定観念がゆるめられたという。そうして障害のある人たちと関わっていくうちに、こんなふうに考えが変わっていった。

 《息子もしかりで、「目が見えないのはかわいそう」と思われるのは、視覚に頼りすぎた社会になっているからです。社会が変われば、息子は周囲からの一方的な「かわいそう」からの脱却をはかれるのではないか。》

 社会のほうが「見えない」側に近寄ることで、視覚障害者にとっても生きやすい社会をつくることができるのではないか?  そう考えた澤田さんは、それまで思いもしなかった逆転の発想をするようになっていく――。

■息子の障害発覚を機に仕事を見直す

 そもそも澤田さんはコピーライターだけに「変わったアイデア」の実績の持ち主。たとえば8年前の天丼のてんやの新商品のPR企画は世間でも注目する事例となっている。

 それは「エビメタ」なるヘビメタバンドを誕生させ、原宿のてんや店舗で開店前の早朝ライブを行いライブ発信する取り組み。メジャーデビューも果たしたという。

 記憶に新しいところでは、タレントのローラさんが「わかんない」と答えるDMM証券のCMもじつは澤田さんの企画。本来の性格なのか「ゆるさ」を大事にする発想の持ち主であったことがわかる。

 「本にも書いたんですが、もともとああいうギャグを盛り込んだものをつくるのが好きだったんですが、息子の障害が発覚してからはまったくギャグが浮かばなくなってしまった。以前は1時間くらいのうちに10個は浮かんだのに。それで上司に相談して、仕事を減らすところから始め、すこしずつ仕事の仕方を変えゆるスポーツにたどりついた」(澤田さん)

2015年4月に「世界ゆるスポーツ協会」を立ち上げると翌週にはメディアに取り上げられ、3カ月後にはスポンサーもついた。「少なく見積もっても10万人以上」が体験するまでになっている。そんな澤田さんの発想の原点と、「ゆるスポ」に至るまでの経緯はなんなのか。一問一答で聞いていった。

 ──澤田さんはお子さんに障害があるとわかったときに困惑されて、「人の助けを求めるしかない」と気持ちを切り替え、仕事の仕方を変えられるんですね。

 そうですね。自分の無力さを痛感しましたし、なおかつ息子が暮らしやすい社会にどう近づけるかというのが僕の活動の根幹になっていきました。ゆるスポーツは障害者が活躍できるスポーツで、体験することで障害者に対する見方もがらりと変わる。「心にバリアフリーを」という標語を10年見せられるよりも、3分試合したら「あいつ強いなあ。障害があるのに勝てないよ」って対等な関係ができていく。福祉や多様性への理解度も上がる。

 変わったというと、余計な自我を仕事に持ち込むというのはいっさいやめようと決めたこと。それで、まず自分に対する企画書を書くことにしたんです。

 ──それは自分から自分に向けたプレゼンということですか。

 そう。まず「御中」と書き出す。「澤田智洋がクリエイティブに働くには 企画提案=澤田智洋」と。やってみて気づいたのは、クリエーターと名乗っているけれども働き方はガチガチだなあ。一番やるべきなのは「自分の働き方をクリエートする」ことじゃないか。つまり既存の働き方をゆるめるという話なんですね。

 それで初めにやったのは、自分の働き方をゆるめる。そこからスポーツをゆるめる。福祉の世界をゆるめるということをやりだすんです。

 いまみんなに勧めているのは「働き方の企画書」づくり。まずクライアントありきの考え方をやめ、これまで10年積んできたキャリアを見直してみる。あなたは無意味だと思っているかもしれないことが、組み合わせの相手によってそのスキルが生きてくることがあると言いながら。

 息子が2013年に生まれて、ほぼ1年使いものにならなかったんですが、その年末か翌年ぐらいから書き始めて、いまも古くなったと思うと更新しています。

■切り替えるために「自分に対する企画書をつくる

 人に見せると思うとホンネのままに書けなくなるから人には見せないものらしいが、「取材だからいいか」とアップしてもらったノートパソコンの画面を見せてもらった。

 これは「自分の得意技」を知る。自分がスーパーマンだとしたら、どんな得意技があるだろうというのをあげていくんです。

 ──8つあげられている後ろのほうに「仁義を大事にする」というのがありますね。

 職場の約束はぜったい守るということですね。実はこれ数が大事なんです。自分をスーパーマンに見立てるのに3つしかないと表層的なもので終わってしまう。だけど8つともなると、これはしぼり出さないといけない。

 たとえば、通信会社に勤めている人は通信技術を普通だと思っていてもほかの業界で働いている人にとっては宝になる。「仁義」もしぼり出したものだけど、そういったものをしぼり出すことが大事なんですね。

 ──意外というか驚きなのは一番に「息子の障害」が出てくるんですね。得意技になるんですか。

 1年ぐらいごとに更新していて、これは最近書き直したんですが、いまの僕の武器はコレなんです。家族に障害者がいて、なおかつ障害者の友達も多いから当事者のことをめちゃくちゃよく知っている。福祉の世界はナイーブで、障害者のことをどこまで企画にしていいのかわからない。でも、僕はある種「なかの人」なので企画を立てるときに強みになっている。

 ──ということは昔の企画書の1番はどんなのだったんですか。

 「ギャグ力」と書いていましたね。さっき話したエビメタバンドとかやっていたこともあって「作詞・作曲」というのも入っていた。実は「コピーが書ける」というのはずっと下のほう。

 ――それはなぜなんでしょう? 

 まわりの同期と比べると僕のコピーはもうショボくって。でも8つも入れるとなるとネタ切れになり入れざるをえなかった。しかしそれがいま、他分野の人とやっていると、これが自分の武器だというのがわかってきた。

 ──なるほど。お年寄りにスマホの扱い方を教えるだけで孫がヒーローになってしまう。そういう感覚に近いんですね。

 そうそう(笑)。あと、苦手を知るのも大事で、「生まれ変わったら世界からいなくなってほしいもの3つ」というのもあげている。こちらは数が少ないのがポイントで、あえて言語化し「既得権益」のほうが「キャンプ」よりも上だなぁと比較したり、「蚊」と「偏見」だとどっちがより嫌いかというのを判断しています。

 ──比較の仕方が独特で斬新ですね。

 アハハハ。何をもって自分が苦手かを分析しながら自分を編集していく。これをやることで「自分は何者?」かがクリアになります。

 この企画書をどんどんアップデートすることで、いまは定点観測のポイントとしても使っていて。もしも1年前に作ったものと何も変わってないとしたら危機だと思うことにしています。

■スポーツができない子を救いたい

 ──「世界ゆるスポーツ協会」のホームページを拝見すると動画などでオリジナルのスポーツが紹介してありますが、いちばん気になったのが「ボブイスレー」でした。目の見えない人とナビ役の見える人が2人1組となって対戦する。ボブスレーに似ていて速さを競うもので最初は足をバンバン踏み鳴らしている単純なゲームだと思ったんですが、ナビの伝え方と聞き取りが問われる。つまりコミュニケーション力を養うものなんですよね。

 本の中で、ゆるスポーツを考える発端に子ども時代「運動オンチ」だったと書かれているのを読んで、わたしも体育の授業で「できない子」として放置されていたのを思い出しましたが、「ゆるスポーツ」はそういう子をすくい上げようとすることでもあるのかなぁと思いました。

 おっしゃるとおりです。ボブイスレーは会話しないと始まらない。なおかつ相手が動きやすいように言葉を選ぶ努力をしたほうが勝つ。本来スポーツの醍醐味はコミュニケーション。チームメイトともそうだし敵とも、コーチと生徒という関係もそうだし。パスが通った、伝わったという瞬間が嬉しいんですよね。

 さらに日常のコミュニケーションとは異なり、身体性がともなうので他者と一体化しやすい。本来は。でも日本の体育教育はある種、規格化されたものになり、そのためにノイズを排除してきた。ゆるスポーツはまさにそのノイズを拾い上げたかったんですよね。

 ――澤田さんがごく最近手がけた仕事の1つが大手アパレル百貨店と組んだネクタイづくりですね。

 まず目の見えない人に「ブラインド書道」をやってもらって、そこでデザインしたものでネクタイをつくるということをやってみた。いまはネクタイをそんなに買わなくなってきているといわれるのを聞いて「ネクタイを買う理由をつくりませんか」と提案したのがきっかけです。その前にたまたま息子の盲学校で見えない子どもたちの書道を見ていて、それがすごい素敵だったんです。

 ──息子さんとの日々の生活が自然とつながるんですね。

 そうですね。ふつうの小学校に行くと「青い空」「初日の出」といった習字が張り出してあるでしょう。でも、盲学校はみんな目が見えないものだから同じ字が書けない。そもそも点字の子たちは、墨で字を書くということを学ばない。それで書の時間には先生がまず半紙の大きさを確認させ「きょうは元気でいきましょう」というと、それぞれが自由に浮かんだものを書く。授業参観で見たときに、めちゃくちゃカッコいいと思った。

 (パソコンの写真を見せながら)これは息子が年長さんの2学期。そして3学期に見に行ったら、張り出されていたものが1枚の紙ではなく巻物のようになっていた(文字でなく墨汁の線がうねるモダンアートのような作品)。もうなんてクリエーティブなんだろう!  まったく常識にとらわれていない。これには敵わないなと思った。

 5、6歳の子どもが書いているものに衝撃を受け、たまたま百貨店の紳士服売り場の人と話していたら「ネクタイが売れない」という話になったので、「じゃあ、新しい価値をつけませんか」と。ネクタイの縦横比と半紙のそれとが近いのもあり、撮っていた巻紙写真を見せてブラインド書道を提案したんです。

■取り組みがビジネスにつながったことも

 ──実際にはどんな催しになったのですか。

 ブラインドサッカーの選手に声をかけ、細かな説明をせずに当日は「好きに書いてください」と抽象絵のようなもの描いたり、見えないものだから筆が紙からはみ出したりして、それが逆に計算外でおもしろい。作品としていいなと思った。実際商品化されたのはシックなものに落ち着いたんですが、柄は選手が書いたものを使い、売り上げの一部はブラインドサッカー協会に寄付することにしてもらったんです。

 ──ただネクタイを選ぶだけでなく、そこに関わるというか気持ちが動くということですね。

 そうそう。そういうやりとりをしていると百貨店の人からも「めちゃくちゃ楽しい。働く喜びを思い出した」と言ってもらえたし。そういうふうにして、どんどんいろんな人を境界線上に引っ張ってきている。

 いまは自分の仕事に誇りをもてないという人が多いといわれるでしょう。自分はいい仕事をしている。そう言える人を増やしたい。でも、これはぜんぶ息子が生きやすい社会にしたいということにつながっているんですよ。

 ──ネクタイは結果的に会社のビジネスになったけれど、ならないということも多いんですか。

 ありますよ。ゆるスポーツでいうといま90競技ちかくあるんですが、お金ありきでつくったのは2~3割。日ごろレンタルリースをやっているのでイベントに貸し出すとかで資金を貯め、それをもとに小児癌の子に向けて何かボランティアでつくろうとか。

 それも知り合ったひとりの子をイメージしながら。どっちかでいうと、後者が7割。やっているとあとからスポンサーが出てくるとか。そういうふうにして、できるだけ矛盾をはらませたいんです。バキバキ金を稼いでいるスポーツもあれば、まるっきりというのもあって。でも等しく「ゆるスポーツ」と呼ばれる世界観が好きなんですよね。

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最終更新:11/22(日) 6:11

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