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医学部人気「20年後も続く」保証ない深い事情

10/29 5:41 配信

東洋経済オンライン

AIの登場など技術の発達によって、医師の役割は今後どのように変化していくのでしょうか。医学博士の奥真也氏による『未来の医療年表 10年後の病気と健康のこと』から一部抜粋・再構成してお届けします。

 人間の医師がこれまで行っていた仕事の大半は、今後AIにとって代わられる――。X線写真やCT、MRI、超音波画像などの画像診断にかんしてはもちろん、聴覚や触覚など、人間の五感を頼りにする診断でも、人間医師がAI医師の凌駕しつつある現実を前にして、私はそう確信しています。

 そうすると、近未来の医師に要求される役割はおのずと変わってきます。すなわち、大きくは「医療を作り出す人」と「患者さんに寄り添う人」という2つの役割に分かれていくはずです。

■AI時代の医師に課せられる役割

 「医療を作り出す」とは、基本的には新しい治療法を考え出すことを意味します。同時に、新しい技術の登場を踏まえて、「医療」の範囲を従来考えられていた範囲から広げていく仕事もこれに当たります。

 たとえば不妊治療という分野は、数十年前までこの世に存在しないものでした。子どもを授かることを望んでいるのになかなかそうならない人たちに医師ができることといえば、せいぜい女性の生理周期を元に「いつ行為をすれば妊娠しやすいか」、あるいは「妊娠しやすい食生活」を助言するくらいであり、それ以上の積極的な治療などしようがなかったからです。

 しかし人工授精の技術が発達した現在では、女性の卵子を体外に取り出して、精子バンクから購入した、そのカップルないし個人の希望に応じた目の色や皮膚の色、職業、趣味などの特徴を有する男性の精子と人工体外授精させることも可能になっています。

 このように、新しい技術が登場するごとに領域を広げていく医療のあり方をデザインし、倫理や社会規範、経済性などと秤にかけながら推進し、時には抑制することも、AI時代の医師に課せられる重要な役割になっていくでしょう。

 もっともコンピューター学者によっては、こうした「医療を作り出す」役割さえも、AIは人間に代わって行うようになる、と主張している人もいますし、もしかしたらそういうAIの台頭は抗いようがない人類のたどる道なのかもしれません。

 しかしこの「最後の牙城」までもAIに明け渡すべきなのかどうかは、それが本当に人間社会にとって幸せなのか、実際にAIに任せることが可能なのかを熟慮した上で、医師のコミュニティが判断すべきだと私は考えています。医師以外の専門職やAI医師との機能分担を総合的に考えて、人間の医師が何をしていくか、今後の重要なテーマです。

 AIに何もかも任せてはいけないその他の理由の1つは、新型コロナウイルスのような、データベース上に存在しないまったく新しい病気や疾患概念が突然登場することもあるからです。参照すべきデータがなく、1からすべてを行わなくてはいけないものへの対処を現在のAIは得意としていません。

 問題は、「医療を作り出す人」はある種のクリエーティブな能力を持った人が務めるべきで、医師の中でそういう人は必ずしも多くないと思われることです。その手の資質に長けていない多数派の医師は「寄り添う人」の専門性を高めていかなくてはいけません。

 つまり、生身の人間だけが持つ「温かみ」「親身さ」「やさしさ」などを武器に、AIの出した診断をオブラートにくるんで患者さんに説明したり、あるいは患者さんのさまざまな悩みの相談に乗ってあげたりすることで患者さんの不安解消に努め、医療の効果を最大化する、カウンセラー的な役割に特化して進化していく必要があるのです。「寄り添う」新しい文化を創造していかなくてはいけないのです。

■医師に「患者に寄り添う」スキルはある? 

 実のところ心配なのは、「寄り添う」ということは簡単ではなく、なかなかできない医師がいるかもしれないということです。

 喜ばしからざることですが、医師という職に就いている人には、企業に勤めた経験のある人なら必ず叩き込まれているようなビジネスマナーやエチケットを教えてもらえないまま中年になってしまっている例が多々あります。一般に、社会的に成熟していない人たちが多いのです。私とて、その例外であると思いあがっているわけではありません。

 先輩後輩の上下関係の中で働いている医局時代はまだしも、そこを卒業してしまうと他人から怒られるという経験がほとんどなくなってしまいますし、開業して一国一城の主になったら、その傾向はより顕著です。そういう医師が今さら急に「患者さんに寄り添ってください」と言われても対応は難しい場合も多いでしょう。

 少なくともあと10~20年は、コミュニケーション能力が磨かれていなくても、「ほどほどの専門性」さえあれば医師として食べていくことはできるでしょうが、それ以降は「おちこぼれ」になってしまう医師が相当な割合で出るものと予想されます。

 そうならないように、ある時期からは医学部入試の選抜方法を大幅に変えたり、医学教育プロセスを見直したりして、医者の人数そのものを相当絞り込む必要も出てくるかもしれません。質についても量についても考えていく必要があるのです。

 ところで、医学部の人気は近年過熱気味です。国公立医学部の中では受験難易度のレベルが下のほうの大学でも、東京大学の理科一類に匹敵するほどの難易度に上がっています。

 私立医大も軒並み入試のレベルが上がっていて、昭和の時代には、学費が高額であることを措けば学力的には合格がそれほど大変ではなかった私立医大の多くが難関校になっているのが現実です。

 親が医者で、将来家業を継ぐことを期待されているがゆえに、年間400~500万円もする医学部専門予備校の授業料を何年も払ってもらいながら、5浪、6浪の末にその狭き門をようやくパスするという人がたくさんいます。一般に、入試の偏差値の低い医学部の場合に多浪生の比率が高いことはよく知られています。

 そのような背景もあり、日本の大学では合格するのが難しいと判断して、アジアや東欧の大学医学部に進学するケースもここ10年ばかり目立ってきています。カリキュラムがきちんとしていて日本の大学の医学教育と同等と認められるなどの条件があるのですが、基本的には正規に日本の医師国家試験を受けられるのです。

 このことは、2020年7月にあった医師によるALS患者さんの自殺幇助事件で容疑者の一人が外国の医学部卒でこの試験に合格して医師になった人物であったという報道を機に、広く知られるようになりました。

 そうなる前から、厚労省でも、外国の大学を卒業して日本の医師国家試験を受験する人が増えている現状を認識していて、今後の医師国家試験のあり方について検討を行っているようです。

■20年後、医師のステータスはどうなっているか

 彼らやその親たちがそこまでして医学部に入りたがるのも、医師という職業が将来の高収入や地位、名声、社会的評価を保証してくれるものだと思っているからでしょう。

 たしかに勤務医でも年収2000万円を超えている人は普通にいますし、開業医ともなれば年収1億を超える人がいくらでもいるのが現在の医者の世界です。

 しかし、ここまで述べてきたように、AI時代が到来する20年後の医師に求められるスキルは今とはずいぶん違うものになるはずですし、それは5浪、6浪の末に医学部に入ったからといって必ず身につく類のものではないでしょう。

 冷静に見ると、そもそも医師という職業自体、多浪と、それに伴う多額の出費に見合うほどステータスの高いものではなくなっているかもしれません。

 現在でもほかの先進国、たとえば高齢者医療の予算を大幅に削減したイタリアなどでは、医師免許を持っているにもかかわらず国内では仕事にあぶれ、別の職業に転職したり、仕事を求めて外国に移住したりした医師が非常に多かったことが知られています。新型コロナ流行拡大に際して、イタリアの医療崩壊が特に深刻だったことにもこのことが影響しているという報道もありました。

 AI時代の到来、またそれ以外の社会的な状況の変化からも、日本の医師が転職しないで済む保証はありません。

東洋経済オンライン

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最終更新:10/29(木) 5:41

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