IDでもっと便利に新規取得

ログイン

演劇+観光の人材育成「オリザ大学」成功するか

10/28 14:11 配信

東洋経済オンライン

 但馬地域を救う大学になるか――。

 「コウノトリと共生する街」として知られる兵庫県豊岡市は、歴史ある城崎温泉も擁する県北部の但馬地域にある。だが、約8万人の人口は減少の一途をたどり、若者は高校を卒業すると街を離れ、過疎化に歯止めがかからない。

■10月22日に設置認可下りる

 「ならば地域おこしで大学を作ろう」。ここまではよくある話かもしれない。違うのは、劇作家・演出家で劇団「青年団」やこまばアゴラ劇場を運営する平田オリザ氏を学長に招き、「観光と芸術」という、一見まったく畑違いの2つの看板を掲げる専門職大学が創設されることだ。

 その名も「芸術文化観光専門職大学」。この10月22日に文部科学省の設立認可が下り、2021年4月の開学が決まった。その前から高校生の関心も高く、1学年80人の定員に全国から3000通もの資料請求が押し寄せているという。

 感染症対策を講じて対面で実施した9月のオープン・キャンパスは毎回満席で、一部の参加希望者を断った人気ぶりだ。来年以降は、学生たちの研修の場としても活用される「豊岡演劇祭」も、市内複数会場で同時期に開催しているが、コロナ禍で規模を縮小したにもかかわらず、全国から5000人もの観客が集まった。過疎化対策から一転、この大学が「大化けする可能性がある」と担当者たちは手応えを感じている。

 専門職大学は実習や実験を重視した、即戦力となる人材を育成しようと、2019年、文部科学省が短期大学の設置以来55年ぶりに導入した新しい形の大学だ。理論だけでなく4年間で全体の3分の1に相当する600時間の実習が求められており、大学と専門学校の良いところを採り入れた大学といえる。

 すでに2020年度までに医療やファッション、情報経営など、短期大学も含めて11の大学が開学、2021年も芸術文化観光専門職大学を含めて4校が開校予定だ。

 芸術文化観光専門職大学は、芸術文化・観光学部/芸術文化・観光学科のみの単科大学で、「演劇・ダンスの実技が本格的に学べる公立大学」として注目されている。「演劇の手法を取り入れたコミュニケーション力の育成」をベースに、芸術と観光のマネジメントについても学ぶ。

 想定する実習先は、城崎温泉の旅館をはじめ運輸・観光業、自治体、地域の民間企業、劇場から海外の観光・文化施設まで多岐にわたる。現時点の教員候補者には平田氏のほか、世界的なバレエダンサーの木田真理子氏らが名を連ねている。キャンパスはJR豊岡駅から徒歩7分にある商業施設跡地に建設。1年次は全員、敷地内にある学生寮に入寮を義務づけている。

■偏差値55~60前後の層をターゲット

 平田オリザ氏も家族とともに豊岡市に移住し、青年団の本拠地も旧商工会館を改築して新たにオープンした江原河畔劇場に移転させるほど力を入れている。

 芸術と観光は接点がないように見えるが、「人をもてなすというホスピタリティーは共通しており、コロナ禍の後で打撃を受けたという点でも同じ。だからこそ、この大学には価値がある」とオリザ氏は強調する。

 想定している志願者層は「演劇専攻のある東京の明治大学や早稲田大学に行きたい、関西以西の偏差値55~60前後の層」(オリザ氏)という。大学での演技指導については、東京では日本大学芸術学部などが本格的に行っているが、兵庫県但馬地域で、オリザ氏らの指導が受けられ、かつ公立大の学費で学べるとあって人気となっている。オープン・キャンパスに参加した高校生たちの志望は「芸術と観光で7対3」で、演劇を学びたい生徒が多数となっている。

 ただ生徒たちはオープン・キャンパスの参加後、芸術と観光の「相乗効果」に気づいたようだという。

 「芸術志向の生徒が観光の模擬授業を受けて、地域を元気にするホスピタリティーとは何かに気づく。いっぽう観光に関心のある生徒が、演劇によるコミュニケーションの大切さに気がついた」と、教育界から大学担当の兵庫県参事に転じた川目俊哉氏は言う。

 演劇の世界で、プロの俳優として生活できる人材は極めて少ない。いっぽうで観光業界は、コロナが終息すれば従来の慢性的な人手不足が再びクローズアップされる可能性が高く、さらにマネジメントができる人材が少ないというのもある。オリザ氏を追って入学した俳優志望の学生たちが、観光の魅力に目覚めて、その方面に進むことも想定している。

 兵庫県はもともと、県立の芸術文化センター(西宮市)やピッコロシアター(尼崎市)などを擁する演劇が盛んな土地でもある。さらに豊岡市にはオリザ氏も立ち上げに参画して2014年にオープンした城崎国際アートセンターがある。

 城崎温泉に近い場所にある県のコンベンションセンターを改装した施設で、最長3カ月、無償で滞在できる間に舞台作品を練りあげ、現地で上演するアーティスト・イン・レジデンスの拠点となっている。

 たまたま講演で現地を訪れたオリザ氏に豊岡市が施設の使い道を相談したのがきっかけで、国内外から応募が殺到する人気施設となった。カンヌ国際映画祭で女優賞を受賞した仏女優、イレーヌ・ジャコブ氏も滞在している。

 今年、若手劇作家の登竜門である岸田國士戯曲賞を劇作家の市原佐都子氏が受賞したが、その受賞作「バッコスの信女-ホルスタインの雌」はここで滞在しながら制作されたものだ。市原氏は「東京と違う穏やかな雰囲気の中で執筆に集中できた。演劇を見慣れていない方々に作品を見ていただけるのが新鮮だった」と話す。

■地域と大学とで目指す「小さな世界都市」

 演劇祭に参加した劇団「マームとジプシー」の主宰・藤田貴大氏も地方で演劇を学べる場所があることを評価する。藤田氏はオリザ氏の指導を求めて北海道から上京し、演劇専攻のある私立大学に入学したが、「かつて僕には『東京のように舞台を見られない』というコンプレックスがあった。地方でさまざまな演劇が見られる機会は貴重だし、海外では僕らのような若手の世代が普通に演劇祭を運営している。豊岡でオリザさんが世界をどう位置づけてくれるかに興味がある」と話す。

 大学のもう1つの特徴は、地域と一体となって街づくりを進め、人材を輩出しようという点にもある。「欧州の主要都市では、観光と芸術が盛んになり、地元の大学が人材を供給する流れが自然とできる。しかし、豊岡は順序が逆で、大学から地域に人材を供給することで街の活性化を図りたい」と川目氏は意気込む。

 豊岡市は「小さな世界都市」を標榜し、ローカルならではの特徴を生かしながら世界の中で存在感を出すことを目指す。城崎温泉はコロナの感染が広がる前はインバウンド(外国人旅行客)の宿泊客数が急増していた。その数は2019年には東日本大震災前の2010年から約30倍に拡大。色浴衣を着ての外湯めぐりや、万城目学や湊かなえといった若手作家に城崎に関する執筆を依頼するなど、日本の伝統文化を新しい形で発信したことが功を奏した。

 将来は「アジアの富裕層が集まる温泉地」を狙う。そのため国内外の観光客に、豊岡演劇祭で上質のエンターテインメントを提供するとともに、周囲に点在する高原や海岸、奇岩などの観光地にも足を運んでもらおうとの思惑がある。これらの拠点を結ぶために観光型MaaS(統合型移動サービス)の導入を検討、演劇祭ではトヨタ・モビリティとKDDIが参加して来訪者の移動動態に関する調査を行った。

 とはいえ、大学が全国区的な存在になれば卒業生は地元に残らず、東京などほかの地域に就職してしまう懸念がある。そもそも、城崎温泉の旅館は家族経営が多く、就職先として受け入れられる余力がないとの指摘もある。

 だが大学側は鷹揚だ。豊岡市の中貝宗治市長は市議会で「仮に卒業生が但馬に残らなかったとしても、毎年80人の卒業生が全国や世界へ旅立っていく。専門職大学は人材供給基地としての豊岡のブランドアップに大きく貢献する」と、人材輩出を通して地域のブランド価値に貢献できると説明している。

■秋田の国際教養大を徹底研究

 これには秋田県の公立大学である国際教養大学の先例がある。英語での授業や留学を課す国際系大学の先駆けで、創設15年あまりで高い評価が確立している。ただ卒業生の多くは地元には残らず東京の一流企業へ就職するか海外の大学院へ留学してしまう。「公立大学として地域に貢献していない」との批判がある一方で「国際教養大が秋田を有名にした」との評価もある。平田氏は開学準備に当たり国際教養大を徹底研究、既存の公立大学とは一線を画す独立運営を志向する。

 芸術文化観光専門職大学が世界を目指すことに地域に戸惑いはないか。県参事の川目氏は「但馬地域が将来どうあるべきかのビジョンを、いま一度、自治体と大学で検討していく必要がある。あまりとんがりすぎても浮いてしまう。豊岡演劇祭と城崎温泉が地域活性化のエンジンであることは間違いないが、住民と一緒に地域を底上げできるかどうかが課題」という。

 リクルート進学総研の小林浩所長は「『観光と芸術』という、専門職大学としてのブランドを確立し、地域と一体化して、継続的に産業クラスターを形成していけるかどうか。1期生が卒業後、どれだけ個性を発揮できるかが1つの目安となる」と分析する。

 コロナ禍で「二の次」とされた観光と芸術が再びその魅力を再生し、将来を担う人材を育てていけるかどうかが大学の使命でもある。市原氏は「コロナ禍で『芸術は社会に必要ではない』とみている人たちの視線を感じた。演劇祭と大学で、芸術を勉強し、その力を理解し、必要であると言ってくれる人が増えることを期待している」と述べた。

 まずは、地域貢献など「芸術と観光を学ぶ大学」以上の存在感を示せるかがカギとなるだろう。

東洋経済オンライン

関連ニュース

最終更新:10/28(水) 14:11

東洋経済オンライン

投資信託ランキング