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「リンカン」以後、無名の大統領が続いた理由

10/22 7:11 配信

東洋経済オンライン

世界が注目するアメリカ大統領選が間近に迫っている。「4年に1度の内戦」とも称されるこの一大イベントは、アメリカの政治・思想・社会を映す鏡だと言われる。
アメリカにおける大統領選はいかなる意味を持つのか。大統領とはいかなる存在なのか。アメリカ政治思想史を専門とする気鋭の学者、帝京大学・石川敬史氏に話を聞いた。
第2回は、リンカン以後、「金ぴか」時代を経て「黄金の1920年代」までの歴史をたどる。

■大同団結した共和党の大統領

佐々木一寿(以下、佐々木):前回、リンカンの時代に大同団結して「共和党」が結成されたとのことでしたが、アメリカ政治史において、どのような意味を持つのでしょうか。

 石川敬史(以下、石川):民主党以外が大同団結して作ったのが「共和党」で、1860年の大統領選挙において、この共和党の大統領候補に指名されたのが、第16代大統領となるエイブラハム・リンカンでした。リンカンは、イリノイ州の人です。イリノイ州は建国の頃にはまだ存在していなかった州ですから、アメリカ史は完全に次のフェーズに入ったと言えます。

 第6代大統領までは、古典的教養を持つ紳士階層がアメリカを統治していました。トマス・ジェファソンは確認できる範囲で11カ国語の読み書きができたといいます。彼らは、ギリシャ語、ラテン語などが普通にできる人たちなのですが、ジャクソンは英語しか解しませんでした。リンカンは、ジャクソンよりはるかに知的な人物ですが、彼もまったく学校教育を受けた経験がないということで、この人も“純アメリカ”の大統領です。

 ちなみに、このときの民主党の対立候補もイリノイ州のダグラスという人で、イリノイ出身者同士で大統領選挙が戦われているのは面白いですね。どちらもアメリカ合衆国の独立時には存在していない西部の州です。大同団結の共和党ですから、誰がなってもけんかになるということで、イリノイから来たよくわからない男(リンカン)が指名されたといわれてきました。しかしこれはあくまでも東部中心のリンカン像で、近年の研究では、リンカンは政党政治家として着実に大統領候補への階梯を登っていたという見方が有力です。

 共和党が成立し、リンカンが第16代大統領に当選した意味は、南部諸州に取ってはあまりに大きなものでした。もともと少数勢力であったプランター支配が失われることが明らかになったからです。それを悟った南部奴隷州のうち11州が連邦離脱しアメリカ連合国(南部連合)の建国を宣言したことにより南北戦争が起こります。アメリカは最初から分裂していたと説明してきましたが、その分裂がとうとう「内戦」にまで至ったのが、この南北戦争だったのです。

 それまでの大統領たちは「アメリカの分裂阻止」が政治の至上命題でしたので、リンカンも「ユニオン(連邦)の維持」ということを主張して、大統領選挙に出馬しました。ですから、リンカンとしては、この南北戦争は本当に身が引き裂かれるほどつらいものだったはずですが、彼が歴代大統領たちと違ったのは、内戦を辞さなかったことです。

 リンカンは、連邦の維持とは、つまるところ、南部連合を滅ぼすことでしか維持できないということを明確に認識していたのです。それゆえ徹底した戦争が行われます。そして、この戦争は連邦(北軍)の勝利となり、この後、南部の再建、連邦の再統合が行われ、アメリカの統一は維持されます。

 大プランター支配が武力によって終焉し、黒人奴隷制度も修正13条により消滅するのですが、本来ならば解放された黒人をいかにしてアメリカ市民として再編成するかがリンカン政権2期目の課題だったはずです。しかし、1865年にリンカンは暗殺されてしまいます。

 その後、副大統領だったジョンソンが大統領に昇格し、さらに北軍司令官だった英雄グラントが共和党の大統領となりますが、残念ながら彼らはこの最も困難な問題には何も業績を残せませんでした。思えば、この時期に解放された黒人をアメリカ市民にする努力が何もなされなかったことが今日のブラック・ライブズ・マター(BLM)の問題に直接つながっていると考えざるをえません。リンカンが暗殺されていなければどうだったのだろうと想像することがありますが、これは何ともわかりません。

 石川:先ほど挙げたリンカンの次のジョンソン、それから南北戦争の英雄のユリシーズ・グラントまでは一般の人でもなんとなく知っている大統領だと思いますが、その後は第19代大統領のラザフォード・ヘイズ、第20代大統領ジェイムズ・ガーフィールド、第21代大統領チェスター・アーサー、第22代大統領グロバー・クリーブランド、第23代大統領ベンジャミン・ハリソン、第24代大統領グロバー・クリーブランド(第22代と同じ人)、それから第25代大統領のウィリアム・マッキンリーと、おそらくアメリカ史に詳しい人でないと知らない大統領が続きます。

■優秀な人材はビジネスの世界へ

 佐々木:確かに、この時代の大統領はほとんど名前を聞かない人ばかりです。なぜでしょうか。

 石川:この時代(1877年~1901年)はアメリカではギルディッド・エイジ(Gilded Age、金メッキ時代の意)と呼ばれていて、日本では「金ぴか時代」と訳されている時期です。この時期、アメリカは産業資本が大変に発達した時代で、優秀な人たちは政治家にはならず、ビジネスの世界に進みました。

 かつては政治というのは非常に高級なことで、ジェントルマン階級がやることだったわけですが、この時代に「偉大」だったのは鉄鋼王カーネギー、石油王ロックフェラー、またスタンフォード、ハリマンといった鉄道経営者たち、すなわちミリオネア(お金持ち)たちでした。彼らは総じて一代で財を成した人々であり、この時代にアメリカン・ドリームという神話が確立します。その一方、政治家は総じて小粒で、1期で終わるような非常に不安定な時期でした。

 反エスタブリッシュメントというのは、第7代大統領のジャクソンから始まっていますが、この金ぴか時代に事実の問題として完成します。例えば第9代大統領ウィリアム・ハリソンは、大統領選挙の際に選挙参謀から、もうとにかく庶民に近い格好・風体をしなさい、と強く求められるのですね(ちなみにハリソンは、雨の中ずぶぬれで、ぬれネズミのようになって選挙をやって、当選したひと月後に肺炎で死んでしまう)。つまり、ジャクソン以来、アメリカの民衆にとって自分たちに近い存在が大統領になるという道ができました。

 反エスタブリッシュメントの政治家たちの1つの特徴は、連邦の予算を辺境に引っ張ってくることでした。また、先住民から白人入植者を守ためのあらゆる支援を行うことでした。つまり反エスタブリッシュメントの大統領は民衆の味方ということです。

 大統領選挙ではある時期から反エスタブリッシュメントの姿勢を取ることが必要になりました。そういう意味では、妙な言い方に感じるかもしれませんが、大統領はただの行政首長ではなく、やはり「キング」なのです。“貴族”や“エスタブリッシュメント”に対抗して、民衆の側で不公正を是正する存在としての大統領というイメージが必要なのです。

 それが完成型となったのが、最も政治家が弱かったギルディッド・エイジです。この時代は、基本的には共和党支配の時代です。南北戦争の勝利後に南部の奴隷プランテーションがなくなり、民主党は事実上、もうほとんど力を持っていない状態になりました。

 佐々木:「共和党」はどのような政策を行っていたのでしょうか。

 石川:この共和党支配の特徴は、レッセ・フェール(自由放任主義)です。政府は何もしない。民間に任せる。そして、高い関税障壁を作って、外国製品をシャットアウトして、国内の非常に潤沢な土地と人口、それも若い人口でもって消費を行うという、そのような時代でした。

 この時代が「金ぴか時代」と名付けられるのは、それまでの歴史家の多くが政治史をやっているインテリが多かったからです。金メッキ、つまり本物の黄金ではなく、薄皮が少しめくれたら安い地金が出てくるような時代、という見方をするのですが、現代の経済史や社会史の観点では、この時代に今のアメリカ資本主義の基盤ができあがったと言っていいと思います。

 ただし、当時は労働組合もまともに機能していません。折しもヨーロッパで猛威を振るっていた社会主義思想に関して、アメリカではドイツ系移民によるよくわからないものといいますか(カール・マルクスはドイツ人で、イギリスで『資本論』を完成させた)、外国の陰謀思想に見えるんです。とくに富と福音主義が密接なつながりを持つアメリカ・キリスト教においては、そもそも不道徳な思想に思われました。

 要するに、社会主義はこの時代のアメリカには根づきませんでした。後に、労働問題も起き、労働組合もできるのですが、経営陣に雇われているスト破りの民間武装組織(例えばピンカートン探偵社)がありまして、ストライキもよく破られています。

 そして、レッセ・フェール政策のもとで自由競争をしているので、よりよいもの、合理的なものが残り、より非効率的なものが敗退する、と思われがちですが、私たちの時代を見ても明らかなように、民間企業に自由に競争をさせると何が起こるかというと、トラスト(企業合同)、つまり競争しなくなるのです。またカルテル(企業連合)で価格も高く固定される。そして、労働者の権利は守られる仕組みがない。今の言葉で言えばネオリベ(ネオリベラリズム、新自由主義)支配になるとどうなるか、ということが実はこの時代にすでに現れていました。

 石川:こうした時代に登場したのが、第26代大統領のセオドア・ローズヴェルト(1901年)です。ローズヴェルト家は建国以来の名門の一族で、アメリカの中では揶揄も含め“バラモン”(“旧来的な支配階級”といった意味合い)と呼ばれている階層に属する人です。つまり独立戦争から建国の頃に活躍していた名望家の末裔ですが、彼らが立ち上がります。

 ここからは「革新主義の時代」と言われるのですが、セオドア・ローズヴェルト、それから第27代大統領のウィリアム・タフト、第28代大統領のウッドロー・ウィルソンの時代です。

■連邦政府の介入が不可欠な時代へ

 石川:実は革新主義というのは、産業資本主義が発展し、南欧や東欧からの新移民が安価な労働力としてアメリカに流入した時代に、それまで州レベルの小さな問題だったものが、全国的な社会問題になったことに対してさまざまな立場の人々が行ったさまざまな運動の総体なので、「革新主義とは何か」という定義は困難なのですが、大統領の政策に限定すると特徴を明確に示すことができます。

 それは、連邦政府の権限を自覚的に行使して、州を越えて活動する民間のビッグビジネスに対して大統領が直接介入して、トラスト規制や独占禁止法などに実態を持たせることです。また、関税を引き下げて外国製品が入ってくるようにして、企業に競争をさせるようにしました。

 佐々木:ようやく、われわれの知っている名前が出てきました。

 石川:ローズヴェルトは、日露戦争において講和(ポーツマス条約)の仲介をした人なので日本でも知られていますね。また、アメリカの海外進出を本格的に行った最初の大統領ですし、ウッドロー・ウィルソンは第1次世界大戦のときの大統領です。

 アメリカ外交政策でいうと、ローズヴェルトの「棍棒外交」とウィルソンの「宣教師外交」という雛型ができました。後にキッシンジャーが『外交』という著作のなかで、それらはアメリカの2つの特徴であると指摘しています。

 イギリスの外交官のハロルド・ニコルソンは、「外交官にとっていちばん不適応なタイプの人間類型というのは弁護士と宣教師だ」と言っています。つまり外交というのは「大人同士の関係」であって、互いの国の歴史的経緯を深く知った教養人同士が、たとえ国民同士が争っていても外交官同士の見識で平和を維持する、というのが基本的な考え方なのです。そこでは、「法律論」や「説教」というのは最もしてはいけないことだと言っています。

 ただ、アメリカ史の指導者は、宣教師と弁護士ばかりなのです。それが当然、外交政策にも反映します。これに関しては、アメリカ外交が洗練されていないという見方も可能かもしれませんが、しかしキッシンジャーに言わせると、このようなアメリカだからこそ冷戦に勝てたんだと主張しています。おそらくヨーロッパ風の手練れの外交官であったら共産主義諸国と共存共栄していて、気がついたら世界中は共産主義になっていただろうということです。これはつまり、アメリカの持っている宗教的な敬虔さからくる、ある種の宗教戦争も辞さずという性格、国柄なのかもしれません。

 ウィルソンのときにアメリカは第1次世界大戦に参戦します。この大戦をきっかけにヨーロッパの凋落が始まり、今日に至るわけですが、ここからアメリカが西洋世界最大の大国として、国際政治の主役になっていきます。

 ただ、アメリカにとっては、第1次大戦への参加というのは、同時に非常に大きなトラウマでした。もう嫌だ、あんなことはやるもんじゃないということで、急速に孤立主義に戻ります。この後の第29代大統領ハーディング、第30代大統領クーリッジ、第31代大統領フーヴァーも、一般的にはあまり知られていない大統領ではないでしょうか。この時代、アメリカは昔のアメリカ、金ぴか時代の頃に盲目的に戻りたがっていたのです。

 石川:アメリカ史の大家だった斎藤眞は『アメリカ政治外交史[第2版]』(東京大学出版会)の中で、1920年代を「非常に凡庸な時代」と表現しています。これは、金ぴか時代の評価と少し似ているところがあって、目覚ましい政治的な事例はない時代なのですが、この時代に、化学工業、機械工学、そして映画産業が発展します。

 佐々木:カート・アンダーセンのいう「幻想・産業複合体」ですね。

 石川:映画産業は、この時代のアメリカで大きく飛躍し、チャップリンもこの時代に活躍しています。私たちが抱いているアメリカのポップなイメージができたのもこの頃で、アメリカが本当に「ファンタジーランド」になるのは、実はこの時代でした。そして、大学の研究者、政治史学者が「凡庸なる時代」と呼んだまさにこの時代は、アメリカにとっては最も幸福な時代でした。とくに第1次大戦後の特需により、空前の好況期だったのです。

■トランプが目指すのは「黄金の1920年代」

 石川:トランプ大統領が選挙戦で使ったメッセージ、”Make America Great Again”というものが具体的にいつを指し示しているのかといえば、明言はされてはいませんが、私はおそらくこの1920年代ではないかと思っています。アメリカがこれほど景気がよかった時代もありません。そして高い関税障壁も復活しました。それから、移民もたくさん入ってきますが、とにかく慢性的な労働者不足で、仕事はつねにあるという状態でした。アメリカが非常に幸福な時代だったと言えると思います。

 ただ、これも1929年10月に株式相場の大暴落をきっかけにして一変することになります。世界恐慌の到来です。レッセ・フェールにしておきさえすれば適切な経済運営がなされるはずと思っていたら、市場は大きな失敗をしたんですね。「経済自由主義」というのはアメリカ保守主義の不思議な中核的原理なのですが、この肝心なところに破綻が生じたのです。

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最終更新:10/22(木) 7:11

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