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デジタル化でハンコ廃止に山梨県知事の大反論

10/21 9:21 配信

東洋経済オンライン

新型コロナ禍で政府のIT・デジタル化が遅れていたことが露呈し、菅義偉政権は行政手続きのデジタル化を政策の「一丁目一番地」に位置づけた。河野太郎行革担当相は、各省庁に押印を原則すべて廃止するよう要請。上川陽子法務相も婚姻や離婚手続きの際の押印を廃止する意向を表明した。
企業の間でも、ハンコを押すために出社しなければならない現実が浮き彫りになり、「ハンコがテレワークや新しい生活様式の流れを阻害している」と指摘されている。いわば「ハンコ悪玉論」が語られているが、こうした風潮に異を唱えているのが山梨県の長崎幸太郎知事だ。

山梨県は歴史的に印章産業が盛んで、「甲州手彫印章」という伝統的工芸品もあり、現在も多くの板木師(はんぎし、版を彫る彫刻職人)が活躍している。ハンコ悪玉論に疑義を呈す理由は何なのか。長崎知事に聞いた。

■「押印の省略」と「ハンコ廃止」は異なる

 ――知事は「脱ハンコ」「ハンコ廃止」という言葉に疑義を呈しています。

 最初に断っておきたいのだが、私たちは社会のデジタル化そのものに反対しているわけではない。むしろ大いに推進すべきと考え、山梨県庁内でも押印を省略できるところは省略していこうと取り組んでいる。

 また、東京都心の企業などでテレワークが拡がれば、二地域居住が増えることで山梨県は恩恵を受ける。場合によっては山梨こそデジタル社会の最大の受益地になりうる。その意味でもデジタル化、テレワーク推進は山梨にとって追い風で、大いに進めてほしい。

 ただ、そのことと「脱ハンコ」「ハンコ廃止」は論理的につながらない。政府が旗を振っている行政手続きのデジタル化や社会のDX(デジタルトランスフォーメーション)は「押印の省略」だ。押印とは、印鑑を押す行為のこと。不必要な押印があれば省略しようというのがデジタル化、DXの肝だ。

 「押印の省略」と「ハンコの廃止」は意味するところが違うのに、同じ意味で使われてしまっている。完全にミスリード。にもかかわらず政府もマスコミも、改革の旗印のように「脱ハンコ」「ハンコ廃止」と言っている。ここに異議を申し上げている。

 ――ハンコを廃止しなくても、不必要な押印を1つひとつ省略していけばデジタル化は進んでいくということでしょうか。

 山梨県庁では今、どの押印は残すべきか、どこからが不要なのか、職員たちと大議論をしている。抵抗を覚える人もいるが、例えば毎日の出勤簿に押印は要らないだろう。こういうナンセンスな押印慣行はなくしたほうがいい。

 では、結婚や離婚の押印はどうか。法務大臣は婚姻届や離婚届の押印も省略する意向を表明したが、結婚や離婚はほとんどの人にとって人生に一度か二度のこと。日常的に押印するわけではない。私は、人生の節目でもあるのだから省略しなくていいと思う。こういうふうに1つひとつを精査していけばいい。

 個人レベルでもできることはある。私も知事の仕事で不要な押印は省略するようにしている。条例の公布は県知事がサインするが、それとは別に決裁用紙がくっついていて、慣行でここにも押印をしなくてはならなかった。しかし、条例文の本体に自署でサインをすれば私が認めたことを意味するのだから、形式を整えるためだけの押印は不要だ。だから省略した。いわば「ひとりDX」をやっている。

 民間企業でも省略できるものは各々で判断して省略していけばいい。契約をかわす時、現行の民法は押印が必要であるとは定めていない。押印する慣習が残っているが、すべてビジネス上の慣行であり、義務ではない。

■「ハンコ警察」登場への懸念

 ――慣行や慣習を変えていけば、デジタル化を進められるのに「ハンコがデジタル化を阻害している」と誤解されているのですね。

 残念ながら「脱ハンコ」「ハンコ廃止」という言葉はテンポがよく、キャッチーだ。それゆえに政権がデジタル化を進めていることを表すキャッチフレーズになってしまったが、少し安易すぎるのではないか。

 新型コロナ禍では、自粛せずに外出する人を叩く「自粛警察」が生まれた。そういう土壌では、ややもすればハンコを造り、ハンコを使う人がいないかを監視する「ハンコ警察」が生まれやしないかと、半ば冗談だが、半分本気で心配している。「あの企業はいまだにハンコを使っている」と言われる日がくるかもしれない。

 ――それでも押印の省略が進めば、ハンコの出番も減ると思われます。印章産業界は今後、どうなるでしょうか。

 印章業界の方々には「デジタル化に反対するのはやめましょう」と言っている。デジタル化という時代の本流に抗っても闘えないし、無益な戦いになる。

 その代わりに「デジタル化の流れにハンコも乗りましょう」と呼びかけている。ハンコがデジタルの世界でも活躍できる仕組みを作りたい。

 「押印デバイス」という装置があり、これに押印をするときれいにデジタル変換できる。まだ価格が高いが、廉価版が出れば印章、ハンコがデジタル社会にも参入できる。そのための支援を政府にお願いしている。

 押印デバイスは、やり方によってはパスワード代わりになるし、パスワードよりも安全性が高いものになるかもしれない。この点、平井卓也デジタル改革担当大臣も理解を示してくれた。

 もう1つが海外市場への進出だ。印章はもとは中国から入ってきた文化で、アジアには印章を普段使いしている国がまだ数多くある。そういう地域に日本の優れた技術で作られた印章を売り込みたい。

 インバウンド需要も考えられる。中国人観光客に「ハンコの里」と呼ばれる山梨県の印章産業地を回ってもらいたい。習近平国家主席の来日が実現する時には、山梨県産の印章をプレゼントしたい。そうすると、日本でも「中国国家主席御用達」というふれこみで良質な印章を販売できるだろう。

■既得権益は本当に巨大なのか

 ――印章産業界の動きを、既得権益を守るための運動とする見方もあります。

 この産業で仕事をし、収入を得てきた人たちが自分たちの生活手段を守ろうとする動きがそんなにおかしなことだろうか。正当防衛だ。

 仮に印章産業の既得権益なるものがあるとして、それは目くじらを立てるほど巨大なものなのか。山梨の印章産業に関わる人々は「息子には継がせることができない」「私の代で終わりだ」という人ばかり。そんな状況下にある産業の規模が、皆さんが声を大にして批判するほどの権益を持っているのかどうか、よく考えてもらいたい。

 改革を進める時は必ず血を流す人が出る。そこへの配慮が欠けていては改革そのものが進まなくなる。配慮をすることで改革が進む。叩きやすい悪を見つけて切り捨てるようなパフォーマンスは止めてもらいたい。もう少し思いやりをもってほしいとお願いしている。

東洋経済オンライン

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最終更新:10/21(水) 9:21

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