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権力者の監視「素人でもできる」調査法のリアル

10/18 8:21 配信

東洋経済オンライン

 「これはフェイクニュースだ!」――。9月27日朝、トランプ大統領は自身のツイッターにそう投稿した。アメリカのニューヨーク・タイムズが、トランプ大統領の「税金逃れ」の特ダネを飛ばしたことに対するツイートである。

 同紙によると、トランプ大統領は過去15年のうち10年間も所得税を納めておらず、さらに2016、2017年の連邦税納付額がそれぞれ750ドル(日本円で8万円程度)だったという。事実によって権力者の責任を問う調査報道のお手本のような報道だった。そんな本格的な調査報道がこれを読んでいるあなたにもできる可能性がある。それも、パソコンやスマホを使って指先1つから。デジタル時代の新しい調査報道の世界をのぞいてみよう。

■調査報道の壁をテクノロジーで乗り越える

 トランプ大統領の「税金逃れ」報道について、ニューヨーク・タイムズは9月27日付の記事で以下のように書いている。

「入手したすべての情報は、合法的にその情報を見る権利のある情報源から提供されたものだ。本紙は、これまで公にされていなかった情報を、公の情報ならびに過去の取材を通じて得た内部記録と照らし合わせた」
 文面からは、このスクープを放つまでに気の遠くなるような裏付け作業があったことが想像できる。

 敏腕記者たちが国家権力の中枢に入り込み、機密情報を入手し、時には命をかけて世の中に暴露する……。調査報道という言葉を聞くと、そんなイメージを抱く人がほとんどだろう。ハリウッド映画『スポットライト』(2015年)や『ペンタゴン・ペーパーズ/最高機密文書』(2018年)、そして近年話題となった邦画『新聞記者』(2019年)で描かれているような、記者vs.権力者の情報戦の世界である。

 調査報道には大量のデータや資料の読み込み、独自の分析、慎重な裏付け取材などが必要であり、膨大な時間と労力、資金が要る。ジャーナリスト歴8年になる筆者(大矢英代)も含め、若手記者たちの多くが「調査報道は非常に難しく、情報提供者や機密情報へのアクセスなしにはできない高度な取材」といったイメージを抱きがちだ。したがって、トランプ大統領の税金逃れを暴くような調査報道記事が出るたびに、若手記者たちは「自分も」と奮い立つ半面、「何から始めていいのか」と戸惑う。

 そんな“壁”を乗り越えるオンラインツールがあるという。今年9月下旬に開かれた「調査報道記者・編集者協会(IRE)」のオンライン国際会議で紹介されたのである。アメリカ大統領選が目前に迫る中、会議の関心は「選挙とカネ」に集まっていた。

 「今年の州選挙は、過去10年間で最も重要なものになる」

 国際会議でそう語ったのは、デニス・ロス=バーバーさんだ。ロス=バーバーさんは、アメリカの政治家たちの選挙資金データを収集、公開する非営利組織「政治資金国家研究所(National Institute on Money in Politics)」のディレクターである。会議では「2020年の候補者たちのカネの流れを追う」で講演した。

 同研究所が運営するサイト「フォロー・ザ・マネー(Follow the Money=カネの流れを追求しよう)」は、全米各州の政治家たちの政治資金や選挙運動費が一目でわかるデータベースだ。とくに献金については、個人名や企業名を含め、どんな業種の人たちがどの政治家に多くのカネを渡しているかを細かく分類している。

 「フォロー・ザ・マネー」は州レベルの議員たちの資金に特化して分析、公表している。来月3日に行われるアメリカ大統領選挙と同時に、11州と2つの自治領で知事選挙が行われる。大統領選挙候補者たちにとって、当選後の国策を支持する州知事を誕生させることは死活問題でもある。ロス=バーバーさんは言う。

「大統領選挙の資金問題をあぶり出すカギは、このような州単位のデータにあります。州知事を含めて各州政府をいかにコントロールするか、これが大統領選挙の候補たちの最大の関心になっているんです。記者たちは、普段の選挙取材では気にならないような人物が選挙に絡んでいる可能性があることに注意しながら、取材すべきです」

■「公の秘密」を暴く「オープン・シークレット」

 同じ講演に登壇したマイケル・ベッケルさんは、政治資金の透明化を目指す非営利組織「イシュー・ワン」のリサーチディレクターである。「資金問題を追う記者たちには必見のサイトです」とベッケルさんが紹介したのは、「オープン・シークレット(OpenSecrets=公の秘密)」だ。アメリカ連邦議会の上院議員や下院議員の献金などはどうなっているのか。その流れを調べるのに最適だという。

 「オープン・シークレット」の強みは情報収集力だ。政治家たちの納税や献金などのデータを独自に収集し、調査結果を日々ウェブサイトで更新する。この10月1日に公開されたデータでは、「今年の選挙の総経費は過去最大の約110億ドルの見込み」と明かし、詳細をグラッフィックやチャートなどでわかりやすく見せた。

 このサイトでは、トランプ大統領と民主党の大統領候補バイデン氏の各陣営に向け、どんな団体がどれだけの金を寄付したかが一目でわかるリストも掲載されている。それによると、トランプ陣営の財源の52.88%は計200ドル以下の小規模な個人献金者、46.78%は高額献金者だった。バイデン陣営では、高額献金者が最多で52.52%。小規模な個人献金者は37.87%となっている。

 このサイトでは、個々の献金者リストも掲載されており、政治家たちのカネの出どころが丸裸にされているのだ。

 こうした非営利団体はアメリカにいくつも存在している。そして、これら団体の調査結果に支えられているのが、アメリカの調査報道の特徴だ。各メディアの調査報道記者たちはもちろん、市民なら誰もが無料でアクセスできるデータベース。それがオンライン上にあふれており、指先1つ、クリック1つで誰もが調査に乗りだすことができる。

 日本には見られない、ジャーナリズムを支える土壌である。

■進化するオンラインツール

 調査報道会議では、この他にも調査報道に力を発揮するオンラインツールが紹介された。例えば、以下のようなツールである。

・人物を探し出す「スポケオ」(Spokeo)
アメリカ内の特定の人物や家を探すためのツール。名前で検索すると、人物の顔写真、誕生日、メールアドレス、所有する土地や仕事など、オンライン・オフライン上にある情報がまとまって表示される。

・顔認識機能で人物を特定する「ピン・アイズ」(PimEyes)
探したい人の顔写真をアップロードすると、検索エンジンの顔認識機能がネット上から同じ特徴の顔を探し出し、一覧で表示される。

・ツイッターをリスト化「ツイートビーバー」(TweetBeaver)
特定のアカウントの過去の投稿を一覧で表示したり、2つのアカウントの関係や会話を調べたり、さらには2つのアカウントに共通するフォロアーを一覧表示できたりする。機能は全部で14種類。SNS上でのやりとりを調べる際に役立つサイトだ。

 これらのウェブサイトを使うと、グーグルの検索エンジンでは表示されない写真や個人情報まで出てくる。

 例えば、「スポケオ」を用いて、筆者が1年前に住んでいたカリフォルニア州の住宅の住所を調べると、航空写真に加え、家の間取り、建築年、ベッドルームの数まで正確に表示された。ほかの情報を調べても、その性能には驚くばかりだ。

 ただ、取材には便利だが、個人情報がこれほど無防備に露呈されている状況に怖さを感じる人も少なくないだろう。それでも、そうした不安をよそに、指先から始まる取材手法はアメリカを中心に確実に広がってきた。少し前までオンラインでここまで情報収集できる時代が到来し、調査報道のデジタル時代が来ることを、典型的な調査報道記者でも想像できなかっただろう。

 もちろん、情報収集に使えそうなツールはほかにもある。例えば、同じ国際会議で講演したイギリス・BBCで調査報道トレーナーを務めるポール・メイヤーさんは、自身のホームページで調査報道に活用できるオンラインツールを紹介している。

■調査報道の未来とは

 5日間にわたってオンラインで開かれたIRE調査報道国際会議。そこに参加した記者たちは口々に「今こそ、ジャーナリストの連帯を」と語った。

 新型コロナウイルスの影響でオンライン取材が基本となった今こそ、世界中のジャーナリストがオンライン上で互いに調査方法や実例など学び、ジャーナリズムの発展のために力を合わせるときだ。そうやって「事実」を報道して各国市民に提示し続けないと、権力者の不正や不作為、圧政、戦争・紛争、気候変動、飢餓といったグローバルな共通課題はなかなか解決しない――。そんなメッセージが込められている。

 中東諸国のジャーナリストを育成する非営利団体「調査報道ジャーナリズムのための中東記者の会(Arab Reporters for Investigative Journalism)」の編集長、ホダ・オスマンさんは、今、世界中の報道記者たちは「バーチャル・ラーニング革命」の真っただ中にいると言う。

「世界中の記者たちがパソコンの前で仕事をしている今こそ、国境や会社の枠を超えたコラボレーションの最大のチャンスです。ほかの国の報道から取材手法を学び取り、自分の国の報道にも応用することができる。例えば、新型コロナの問題を取材する場合、国内のみの情報を探すのではなく、国外にあふれるたくさんの情報に目を向けるべきです。地元、国内、グローバル。この3つのレベルでそれぞれいちばん信頼できる情報源を見つけ、それらを比較することが大切です。だからこそ、英語を学ばねばなりません。その分だけ、たくさんの情報にアクセスできるドアが開かれるでしょう」

 取材:大矢英代=フロントラインプレス(Frontline Press)所属。アメリカ在住

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最終更新:10/18(日) 8:21

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