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東大生も驚愕!「東京藝大生」の努力が凄すぎた

10/2 6:31 配信

東洋経済オンライン

「『自分の頭で考える』って、どういうことなんだろう?」「頭が良い人とバカな自分は、いったいどこが違うんだろう?」
偏差値35から東大を目指して必死に勉強しているのに、まったく成績が上がらず2浪してしまった西岡壱誠氏。彼はずっとそう思い悩み、東大に受かった友人たちに「恥を忍んで」勉強法や思考法を聞いて回ったといいます。
「東大生は『生まれつきの頭の良さ』以前に、『頭の使い方』が根本的に違いました。その『頭の使い方』を真似した結果、成績は急上昇し、僕も東大に合格することができたのです」

頭の良い人は、頭をどう使っているのか?  「自分の頭で考える」とは、どういうことなのか?  「頭の良い人」になるためには、どうすればいいのか?  
そんな疑問に答える新刊『「考える技術」と「地頭力」がいっきに身につく 東大思考』が発売1カ月で10万部のベストセラーとなった西岡氏に、自身も感動し「心から尊敬する」と語る「東京藝大生の努力のカタチ」について、解説してもらいました。

■「東京藝大生」の努力のカタチに感動した

 今回、僕は「東京藝術大学の学生と東京大学の学生との共通項」「藝大生と東大生の学び方の共通点」という記事を書こうと思い、実際に藝大生に取材してみました。

 しかし結果として、僕はその記事を書くことを断念し、代わりに今回の記事を書くことに決めました。

 その理由は、簡単です。心底「すげぇ」と感動したからです。

 藝大生の方々に強いリスペクトを感じ、東大生と藝大生の共通項を書くより、シンプルに藝大生のすごさを語ったほうが価値があると考えたからです。

 論理的・左脳的な考え方を極めた人が行くのが東大だとすれば、感性的・右脳的な考え方を極めた人が行くのが藝大だと言われています。

 東大をはるかに超える10倍以上の倍率を誇る狭き門であり、しかも浪人率は7割を超えています。東大ですら浪人率は約3割なので、本当に東京藝大は受験の常識がまったく通用しない大学だと言えます。

 そんな東京藝大という大学は、一体どういう場なのか?  そして僕が「この努力は、本当にすごいな」と感じたのはどういうポイントだったのか?  今日はこの2点について、皆さんに共有したいと思います。

 まず、僕が「東京藝大ってヤバイな」と感じたポイントが2つあります。

■「個性を磨く努力」って、何をすればいいの!? 

 1つ目は「技術と個性の両立の難しさ」です。

 今回取材して驚いたのですが、東京藝大の美術系の学生のほとんどは美術予備校に通っていたそうです。予備校に通っていない人を探すほうが難しいくらいなのだとか。「独学では東京藝大には合格できない」というのは、割とポピュラーな話だそうです。

 その理由として挙げられるのが、デッサンや平面構成・立体構成といった入試課題です。これらには基礎能力の高さ・技術力が求められ、予備校に通って人から習いながらでないと、その技術を身に着けるのはきわめて困難なのだそうです。

 これだけだったら、一般的な入試と同じで、東大を目指す場合と同様だなと思うのですが、問題はここからです。

 この「技術」が高すぎても、合格できないというのです。

 例えば、美術予備校では何年も浪人する人はわりと多くいらっしゃるそうです。3浪目、4浪目の人と現役で目指す人とが一緒にデッサンをするそうなのですが、3浪、4浪の人は非常に技術が高く、「こんなに上手いんだ!」「なんでこの人が合格できないんだろう!?」と驚く学生が多いのだそうです。

 しかし、それには理由があります。東京藝大の入試は、「技術力の高さ」だけでなく、「個性」も発揮しなければ合格できないのです。

 絵を上手く描ける人ほど、この壁にぶち当たるのだそうです。自分の「個性」がある絵を描かなければならず、実はそれは「技術」と相反する部分がある能力だというのです。

 例えば今回取材に協力してくれた人の1人は、2浪で東京藝大に合格した方なのですが、1浪目のときには予備校で何度も1位になるほど、技術力が高かったのだそうです。

 しかし、それでも東京藝大に落ちてしまいました。

 そのときに予備校の先生に言われたのは、「2浪目は、君はもう予備校には来ないほうがいい」ということだったそうです。

 「君は技術としては申し分ないレベルまで来た。これで落ちたということは、『個性』が欠けてしまったということだ。だから、2浪目は好きなように、遊んで生活したほうがいい」

 その人はそのアドバイスを守り、2浪目は予備校には行かずいろんな経験をして、次の年、東京藝大に見事合格したのだそうです。

 ……普通の受験では、まずありえないことです。「成績が良くなりすぎると落ちる入試があるなんて」と僕はこのとき、強い衝撃を受けました。

 しかし、僕が本当に驚いたのはもう1つのポイントです。

■入試で培った技術を「捨てる」努力

 それは「その技術を大学に入ってから捨てなければならない」ということです。

 先ほどから僕は「技術」と「個性」という対立軸で東京藝大の入試を説明しています。実はこの「技術」が高い状態で大学に入学した後、その技術を1年かけてどんどん「捨てて」いかなければならないというのです。

 技術が高い状態とは、「上手く描く能力が高い」状態にほかなりません。しかし、芸術というのは「上手く描く」ことには重きが置かれないのだそうです。

 「個性」「独自性」を出さなければならないのです。

 そしてその「独自性」のためには、「技術」は邪魔になることが多いのだそうです。最初の1年間で、これまで培った技術をどんどん捨てて、独自性を身につけなければならない。それが非常に大変なのだそうです。受験のために技術を身につけた時間が長い人ほど、ここで苦しんでしまうのだとか。

 「え?  じゃあなんのために技術を身につけるの!?」と思われる方もいらっしゃるでしょうし、事実、僕も本気でそう思ったのですが、後から考えてみると理にかなった話ではあるのです。

 物事を習得するときには「守破離」が大事だと言われています。

 まずは、物事の型を知り、昔から言われている技術を「守る」。次に、その型をどんどん自己流にアレンジして、技術を「破る」。そして最後に、その技術を捨てて、1から型を作る。技術から「離れる」。

 これによって、人間は何かを学び、身につけられるのだそうです。勉強で言うならば、まずは先生から言われたとおりに勉強し、その後でそれを自分なりにアレンジし、最後は自分で1から勉強の方法を組み立ててみる。この3つのステップが必要だということです。

 僕も偏差値35から東大に合格しようと思ったときには、最初から自己流を作るなんてことは、とてもできませんでした。自己流でやってみて失敗ばかりしていました。

 逆に型を理解し、先生の言いつけや世間一般で言われている勉強法を守っていても、成績が上がらなくなるタイミングがありました。そこで「自己流」の勉強を考えて、型を破って型から離れたときに初めて、成績がグッと上がるようになりました。

 だから、まずは「型」を知らないと自己流を作ることができないというのは、非常に納得できる話なのです。

 これと同じで、「技術を一度身につけて、その後で捨てる」のは、上手く描く「技術」を身につけないと自己流を作ることもできないからなのだと思います。

 でも、だからと言って、納得できませんよね。

 受験で何年も費やした努力が、学内に入ったら無意味なものとして捨てなければならないなんて、たまったもんじゃないだろうなというのが僕の正直な感想です。

 僕が「藝大生って本当にすごいんだな」と思ったのは、この部分です。

■努力にはまったく違う「2つの種類」がある

 僕は、「努力」というものは2種類に分けることができると思っています。1つは「結果の見えている努力」。もう1つは「結果の見えていない努力」です。

 1つ目は、「これくらい頑張ったら、この結果が得られるだろう」というものです。

 「今3時間勉強したら、明日の試験でわりといい成績が取れるかもしれない」「受験生時代に英語を頑張ったら、社会人になってからも使えるはずだ」

 そんなふうに、努力の結果が見えている場合には、人間は頑張りやすいです。

 東大生の多くは、この努力をしています。

 「今、受験勉強をしておけば、大学入試で合格できるかもしれないし、大学に入った後も活用できるはずだ」と考えるからこそ、何時間も勉強することができるのです。

 しかし、そうではない努力があります。それは、「頑張ったところで、何が待っているのかわからない努力」です。

 「今ここで頑張っていることが、報われないかもしれない」

 そういう不安がある状態で、それでも努力し続けられる人はまれです。そして、藝大生はこの2種類目の努力を実践している人たちの集団なのだと感じました。

 予備校で習った「技術」が、長期的に見たら自分の絵を描く能力を阻害するかもしれない。または覚えても、使えなくなるかもしれない。

 それを知っているにもかかわらず、それでもその努力に自分の時間を何時間も投資することができるというのは、本当にすごいことだと思います。

 「なんでそんなことできるの?」と聞いてみたのですが、やはり、彼ら彼女らの根底にあるのは「絵を描きたいから」「表現したいから」という「思い」でした。

 例えば今回取材した方の1人は、『Dispersed - That's it is.』という作品を作っていました。これは「破かなければ読むことができない本」です。

 本というのはページをめくって読み、何度も読み直せるものですが、これはその常識を覆し、1ページずつ破いて読み進めなければならない、1回しかページをめくることができない本なのだそうです。

 正直、僕は芸術を解さない人間なのですが、やはりこの作品を見たときに、「表現したい世界があるんだな」ということを非常に強く感じました。

■不透明な時代に必要な「努力」のカタチ

 そして、「東大生の弱いところって、もしかしたらこういうところなのかもしれないな」と思いました。

 結果が見えないものに対して、自分の時間を投資して、努力し続ける能力。

 これから先の時代は先行き不透明で、何が起こるかわからない社会になると言われています。

 今積み上げているものが、実は技術革新によって意味がないものになってしまうかもしれない。逆に、今は評価されていないことが、未来においてめちゃくちゃ多くの人を救うことになるかもしれない。そういう「結果が見えない時代」になっていくのだと、僕は東大の中で学びました。

 だからこそ、これからの時代に必要なのは、藝大生のような「結果が見えないものに対して頑張れる能力」なのではないか、と。

 そんなことを思い、今回皆様にこの学びを共有させていただきました。ぜひ感想があれば、教えていただければと思います。

東洋経済オンライン

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最終更新:10/2(金) 6:31

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