IDでもっと便利に新規取得

ログイン

上司に叱責され続けた国立大卒53歳男性の訴え

10/2 6:11 配信

東洋経済オンライン

現代の日本は、非正規雇用の拡大により、所得格差が急速に広がっている。そこにあるのは、いったん貧困のワナに陥ると抜け出すことが困難な「貧困強制社会」である。本連載では「ボクらの貧困」、つまり男性の貧困の個別ケースにフォーカスしてリポートしていく。
今回紹介するのは「バブル期に地方国立大を出て大手鉄道会社に就職しましたが、ケアレスミスの連続、口頭で受けた指示を忘れる、職場の人たちとの雑談ができない、会話でトンチンカンな受け答えをして相手を怒らせるなどの典型的な“症状”で苦しみました」と編集部にメールをくれた、53歳の男性だ。

 発達障害先史時代――。そんな言葉があることを、シゲルさん(仮名、53歳)から聞いて初めて知った。

 「僕の子どもの頃は発達障害という言葉もありませんでした。

 就職してあまりの仕事のできなさにショックを受けて。その頃、ようやく発達障害という概念を知り、何度か病院に行きましたが、そのたびに『大学を出ているのにそんなわけがない』『やる気の問題では』と一蹴されました。自分はこんなに困っているのにどうして、と絶望しました」

■しなくてもいい苦労をしてきた世代

 うつ病になって宗教や自己啓発セミナーにお金をつぎ込んだこともある。セミナーで言われたとおり、「ミスをしない自分」「周りとうまく話している自分」を懸命に想像したが、効果はなかった。結局宗教やセミナーに600万円は使ったのではないかという。

 休職や退職、借金、ダブルワークなどを経験。ようやく“念願”の発達障害の診断を得て、今年6月、障害者手帳を取得した。しかし、年齢はすでに50歳過ぎ。障害者雇用で働こうとしたが、実質的な年齢制限もあり、仕事探しは困難を極めた。最近、何とかベンチャー企業の事務職として採用されたものの、心中は複雑だ。

 「今の子どもたちは小さい頃から専門の支援を受けられる。20、30代の人も就職でつまずいたタイミングで障害がわかれば、そこから障害者雇用で働くこともできる。発達障害先史の僕らの世代は、しなくてもいい苦労をしてきた人がたくさんいると思います」

 シゲルさんは大阪出身。父親は会社員、母親は専業主婦だった。シゲルさんによると、父親も発達障害だったのではないかという。小さい頃、ご飯を食べるのが遅いという理由で、いきなり父親に戸外に引きずり出され、体中を蹴られたことがある。

 父親は止めに入った母親に対し「子どもは牛や馬みたいにたたいて教育しろと、会社の同僚から言われた」という意味合いのことを言い、地面にうずくまるシゲルさんを蹴り続けた。体中あざだらけになり、翌日、幼稚園の先生から絶句されたという。

 「母親への虐待もありましたし、会社での人間関係もうまくいっていないようでした。今思うと空気を読めない、程度がわからないところが発達障害の特性のようにも見えます」

■ケアレスミスと過眠症にも似た症状に悩まされた

 一方でシゲルさんは学校の成績はトップクラス。いじめに遭うこともなく、地方の国立大学を卒業した。バブル景気だったこともあり、地元の大手鉄道会社に就職。しかし、ここから先の人生は一気に暗転した。

 仕事をするうえで、シゲルさんの悩みは、どんなに注意してもなくならないケアレスミスと過眠症にも似た症状だった。

 文書作成では誤字脱字や変換ミスを繰り返し、郵便物を送るときはたびたび宛先を間違え、表を作るときはコピーや合算する範囲を取り違えた。

 「普通の人なら30分で済む作業が半日かけても終わりませんでした。早朝出勤して何度も確認しても、いざ提出すると別のミスが見つかるんです。上司から怒鳴られない日はありませんでした」とシゲルさん。

 また、いつミスをするかとびくびくしているはずなのに、1日に何度も猛烈な眠気に襲われた。トイレの便座に座って10分ほどうとうとすると回復するのだが、仕事中に居眠りをして注意を受けることもあったという。

 若年性認知症を疑い、病院にかかったこともある。宗教や自己啓発セミナーのほかに、頭蓋骨の歪みや歯のかみ合わせが脳に悪影響を与えているのではと考え、高額な民間療法や自由診療に何十万円もかけた。

 しかし、事態は何一つ好転しないまま、シゲルさんは関連会社に左遷。勤続15年を過ぎた頃、うつ病を発症して休職し、そのまま休職期間満了による自己都合退社となった。

 2000年代に入ると、発達障害という言葉は少しずつ知られるようになった。ただ、当時はシゲルさんが医療機関で「自分は発達障害では」と訴えても、(診断の際の参考にされる)ウェクスラー知能検査さえ受けさせてもらえなかったという。

 大手鉄道会社を退職後、収入は激減。

 しばらくは自身が通った自己啓発セミナーの講師として生計を立てたが、同時に生徒として高額なセミナーにも参加しなければならず、参加費が天引きされて、手取りの年収は200万円ほどにしかならなった。

 結局、講師の仕事はじり貧となり、10年ほど前、旅行会社でアルバイトとして働き始めた。仕事はデータ入力で、時給は最低賃金レベル。年末年始やゴールデンウィークなどの連休がある月は出勤日が減って、手取りが13万円を切ることもあり、ダブルワークを余儀なくされた。

 ダブルワーク先は配送会社。荷物の仕分けや再配達の手配など臨機応変な対応を求められるので、シゲルさんにとっては不向きな職場だった。案の定ミスを連発。一回りも年下の同僚から連日罵倒された。

 一度レッテルをはられると、パワハラの対象になりやすいのか「わからなくて確認すると『前に言うたやろ!』、自分で判断すると『なんで聞かへんねん!』とキレられました。しまいには僕が悪くなくても怒鳴られました」と言う。

■コロナの感染拡大でアルバイトをクビにされた

 いつクビになるかとおびえる日々に、新型コロナウイルスの感染拡大が追い打ちをかけた。

 3月中旬、旅行会社から、シゲルさんを含むほとんどのアルバイトが解雇を告げられたのだ。シゲルさんはすぐにダブルワーク先の勤務時間を延ばし、併せて社会保険も移行した。ところが、一連の手続きを終えた矢先、国が雇用調整助成金の支給要件を緩和。会社は解雇を撤回し、助成金を活用してアルバイトらを休業させることにしたという。

 シゲルさんも当然、旅行会社で働き続けられるものと思ったが、上司から「雇用調整助成金を申請するのに、社会保険に入っていない社員がいるのはまずい。不正を疑われるおそれがあるので、(シゲルさんには)このまま辞めてほしい」と言われてしまった。

 しかも、署名するよう手渡された退職届けには「自己都合退社」と書かれている。頭の中にいくつもの疑問符が浮かんだが、シゲルさんはその場で署名に応じてしまったという。

 収入が途切れないよう、ダブルワーク先の就労環境を整えたことが裏目に出たわけだ。結局、アルバイトの中でクビになったのはシゲルさんだけ。シゲルさんは「会社からだまされた」と憤る。

 たしかに、辞めてほしいと言いながら、退職理由を自己都合とする会社は悪質だ。ただ、シゲルさんも理由を尋ねるなり、社会保険を再び旅行会社に戻すと提案するなりすればよかったのではないか。私がそう尋ねると、シゲルさんはこう反論した。

 「診断を受けてわかったのですが、僕はウェクスラー知能検査の『処理速度』が極端に低いんです。わかりやすく言うと、頭の回転が遅い。それまでも会話についていけず、後になってやっと理解できることがよくありました。このときもおかしいと思いつつ、そんなものなのかなと署名をしてしまいました。こういうところがまさに障害の特性なんです」

 このときも後になって会社の対応に疑問を抱き、労働局や弁護士、ユニオンに相談したが、さしたる抵抗もせずに署名したことなどがあだとなり、どこからも色よい返事はもらえなかった。

 退職理由が「自己都合」の場合、デメリットも少なくない。失業保険の給付は3カ月以上先になるし、期間も短いことが多い。

 このとき、生活費に困ったシゲルさんは生活福祉資金貸付制度の総合支援資金を借りようと社会福祉協議会に行ったが、ここでも「自己都合退社の場合は貸せない」と門前払いされたという(※筆者注:現在は政府が申請事務の簡素化などの方針を出しており、自己都合退社という理由だけで貸し付けを拒まれることはない)。

 10年以上にわたってワーキングプアの状態を強いられ、シゲルさんには借金が200万円ほどあった。コロナ禍でクビにされたことで、さらにカードキャッシングで5万円ほどの借金をしなくてはならなかったという。

■発達障害の理解が広がり始めた狭間の世代にも支援を

 発達障害先史時代――。

 では先史以前の人たちは皆、シゲルさんのように苦労したのだろうか。シゲルさんによると「実はそうでもないかもしれない」という。

 「鉄道会社に勤めていたとき、50歳を過ぎて、とくに仕事を与えられていない人が何人かいました。1日休憩室にいるだけとか、小説を読んで帰っていくだけといったような人。いま思うと、あの人たちのうち何人かは発達障害だったのかもしれませんね。

 会社や社会に余裕があった時代だったんでしょう。僕の世代では、もうそれが許されなくなったということなんだと思います」

 シゲルさんの父親にしても、いわゆる“普通”に結婚し、会社員として勤め上げ、現在は年金暮らしをしている。もちろんその陰には、妻や子どもの忍耐があったわけだが、いずれにしても、社会になんらかの居場所があれば、発達障害の診断も必要ないという人も少なくなかっただろう。

 シゲルさんが生きたのは先史時代というより、発達障害という概念がとくに必要なかった頃と、発達障害への理解が広がり始めた頃の、ちょうど狭間のエアスポットのような時代だったのではないか。

 シゲルさんは9月から初めて障害者雇用枠で働き始めたが、ワーキングプアであることに変わりはない。障害者手帳は3級なので、障害年金の受給は難しいだろうという。

 シゲルさんは「最近は就職氷河期世代への支援がありますよね。それと同じように、僕ら『発達障害先史時代』の人間にも何かしらの施策があってもいいように思います」と訴える。

本連載「ボクらは『貧困強制社会』を生きている」では生活苦でお悩みの男性の方からの情報・相談をお待ちしております(詳細は個別に取材させていただきます)。こちらのフォームにご記入ください。

東洋経済オンライン

関連ニュース

最終更新:10/2(金) 6:11

東洋経済オンライン

投資信託ランキング