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ビール類市場を酒税改正で崩壊させかねない「貧困問題」の根深さ

10/2 6:01 配信

ダイヤモンド・オンライン

● 酒税値上げの背景にある 「奥の深い」話とは

 一昨日の9月30日に、私は近くのスーパー、ドラッグストア、業務スーパーなどのビール売り場を一通り巡ってみたのですが、いずれの業態の店でも、「新ジャンル」と言われる第三のビールの特売で賑わっていました。

 この現象は、10月1日から新ジャンルの酒税が上がることに対する駆け込み需要でした。ただ、今回の酒税変更にはもっと奥が深い話が2つあるのです。本稿では、それを述べたいと思います。

 1つ目は、今回の酒税変更は2016年に決定した「10年かけてビールと発泡酒、新ジャンルの酒税を同じにする」という、壮大な税の是正計画の一環だということです。そしてもう1つは、これはあまりニュースにはなっていないようですが、新型コロナで国民の所得が減少したことに呼応して、今年に入ってビールの売り上げが激減していることへの対策です。

 この税金の問題と国民の苦境や貧困の問題が、複雑に絡み合った中での新ジャンル・第三のビールの値上げ問題において、これからどのようなことが起きるのかを予測してみたいと思います。

 まず9月までの状況ですが、コンビニでビール(スーパードライや一番搾りなど)を購入すると、350ミリリットルのサイズで税込228円という価格でした。今回は税金の話をするので、以降は価格を比較する際に、消費税を加えた税込み価格と350ミリリットルのサイズで統一させてください。

 これに対して、新ジャンル(クリアアサヒやのどごし生など)は149円。ビールは80円ほど高い、ないしは1.5倍の価格という感覚になります。お酒が好きな方は、ディスカウントストアで6缶入りのパックを購入されると思います。その場合の1缶あたりで比較すると、ビールは90円ほど高い、ないしはほぼ2倍の価格になります。

 この価格差の大半は、酒税の差から生まれたものです。1缶あたりで換算すると、ビールには77円の酒税がかかりますが、新ジャンルには28円しか酒税がかからない。言い換えると、ビールは酒税が新ジャンルよりも50円ほど高いのです。

● ビール、発泡酒、新ジャンルの 勢力図はどう変わる?

 さて、ビールと発泡酒、新ジャンルを総称して「ビール類」と言いますが、この価格差の結果、ビール類の売り上げに占める新ジャンルの構成比が、年々上がる傾向にありました。

 昨年まではビール4社が販売数量を公表していましたが、その数字を合計して計算すると、ビール類全体の売り上げの中でビールの構成比は48%と、全体の半分を割るところまで減少していました。これに対して発泡酒が12%、新ジャンルが40%と、安いビール類が全体の半分以上を占めるようになっていたのです。

 この傾向は税制が生んだ歪みです。そして食文化の観点からは、あまり好ましいこととはいえません。私の父は戦時中の世代なのですが、戦争でコーヒーが品不足になると、大豆やタンポポの根を使った代用コーヒーが飲まれたといいます。そういった時代を知っている人は、新ジャンルは代用ビールと同じでわびしさを感じるそうです。

 代用品は食文化だけに留まらない悪影響もあります。代用コーヒーは戦前のドイツで最も発展しました。ドイツでは化学工業のエンジニアが競って、安い原料からコーヒーとよく似たものをつくり出す開発競争が行われ、麦芽、ライ麦、サトウキビ、イナゴ豆、大豆、ダリアの球根といった具合にありとあらゆる改良が加えられ、代用コーヒーが発展したといいます。

 日本で起きていることもこれと同じで、大学を出た優秀なエンジニアが研究を重ね、ありとあらゆる手段で代用ビールの開発競争にその情熱を捧げています。この努力は、税制が歪んだ日本でしか通用しないガラパゴスな商品をつくり出すだけの仕事です。

 こういったことからも、「代用コーヒー的な歪んだ競争」を終わらせるべく、酒税法の改正が決まり、2016年から2026年まで10年かけて、ビールと発泡酒、新ジャンルの酒税を同じ金額に変えるという、遠大な計画が始まりました。その第一弾が今年10月の税改正で、ビールと新ジャンルの税格差は約32円に縮まります。

 そして2023年には、新ジャンルと発泡酒の税率が統合されてビールとの格差は約16.4円になり、2026年からは同じ税率に統一されることになっているのです。

 今のスーパーの6缶パックの価格差から概算すると、2026年には新ジャンル1缶が131円に値上がりするのに対して、ビールは173円まで値下がりする。価格差は1.3倍まで縮まり、新ジャンルの相対的な魅力は激減します。こうして税制が生んだ歪な「代用コーヒー的な市場」は、10年かけて消滅していくことが政府の側からは期待されているのです。

● 新型コロナ禍で ビールだけ売り上げが半減した理由

 ところがこのビール問題、2020年に入って思わぬ事態が起きました。新型コロナウイルスが世界を襲う中で、緊急事態宣言で国民が引きこもった4月において、ビール類の中でビールだけ売り上げが半減してしまったのです。

 前述のように、ビール4社の販売数量公表がなくなり、キリンビールが独自推計で業界全体のビールの販売数量の変化を公表しています。それによると、2020年4月のビールの販売数は、前年同月比で48%と半分以上に減ったそうです。一方で発泡酒は101%、新ジャンルは107%と、前年よりも増えています。

 仮に2019年4月のビール類の売上構成が、2019年全体のそれと同じだと仮定して単純計算すると、2020年4月のビール類の売上構成は、ビール29%、発泡酒16%、新ジャンル55%という構成比になり、新ジャンルが売り上げの半分以上を占めたことになります。

 ビールの対前年売り上げはその後、5月に同60%、6月に81%、7月に85%と回復の兆しを見せてきましたが、最新の公表数値である8月には再び対前年比で70%と減少に転じます。

 その一方で新ジャンルは、8月に入っても対前年比105%と好調を維持しているわけです。

 先ほどと同じ試算で8月のビール類の構成比を計算すると、ビール38%、発泡酒13%、新ジャンル49%となり、もはや日本のビール類市場の約半分は新ジャンルという傾向が鮮明になっています。

● 世の中の貧困問題と 深い関係があるビール需要

 では、なぜ新型コロナの自粛期間にここまでビールの売り上げが減少したのでしょうか。原因は貧困にあります。そして貧困が問題の中心にあることを考えると、これから先、酒税格差を是正していってもビールの凋落は終わらないことが予測されます。

 新型コロナの緊急事態宣言の際には、主に非正規従業員やフリーランスの方の仕事が一斉に切られました。今は少し状況を持ち直しているとはいえ、前年に比べると大幅に収入が減少した日本人が激増したのです。

 ビールと新ジャンルは、経済学的には「代替財」と呼ばれるもので、収入が減れば需要曲線は価格の安い代替財の方にシフトします。だからビール類の中でビールだけが対前年でマイナス需要になるという、今回起きたような経済現象が起きることになります。

 この現象にはもう1つ、この時期、飲食店や居酒屋が営業を休止していたことも関係します。行動経済学的に考えるとわかることですが、人は仲間と一緒に飲む際には懐が多少さびしくても、新ジャンルではなくビールを注文する行動をとりがちです。ですから業務用市場では、新ジャンルよりもビールの方が圧倒的に比率は高いのです。

 これが、自分の懐だけを考えればいい家飲みになったことで、所得減少の影響がストレートに出て、4月のビールの売り上げが前年同月比48%にまで下がったというわけです。

 「そうはいっても6月、7月にビールの売り上げが回復したところを見ると、コロナによるビールの落ち込みは一時的なものじゃないの?」と考える方もいるかもしれません。実はこの点は、そうとも言えないのです。

 ビール以外の商品でも同じ傾向が出ていますが、6月、7月は1人あたり10万円の定額給付金効果で、4月に売り上げが落ち込んだ様々な業種で、売り上げの急回復現象が起きているのです。それは当然のことで、所得弾力性の影響で売り上げが落ちる商品は、給付金によって所得が増えれば売り上げは上がるものなのです。

 さて、実は日本経済全体にとって、貧困問題が2020年代の大きなテーマだと言われています。そしてビールの売上減現象には、まさにこの貧困問題が影を落としています。そのような状況下で今回酒税を改正し、新ジャンルの魅力を増税によって約10円分削ぎ落とし、ビールの魅力を減税によって約7円向上させたわけです。

● 酒税を減税しても ビールの需要は復活しない?

 業界の目論見としては、これで徐々にビールの魅力が向上し、ビールの需要が増えるという目算だったかもしれません。しかし、私はそうならないと予言しておきます。

 新ジャンル増税の影響は、実際には顧客のビール類離れという別の形の経済現象として現実化するでしょう。新ジャンルと同じ価格帯の商品にハイボールや缶チューハイがあり、これらの商品はビール類の売り上げが減少する中で、じわりじわりと売り上げを増やしています。

 中でも近年のヒット商品が、アルコール分9%の「ストロング」です。ヒットした要因はアルコール度数が高いから。ビールや新ジャンルのアルコール度数が4.5%だとすれば、ストロングはその2倍酔える。つまりアルコールの愛飲家から見て、ビールと比較して新ジャンルが約半額で酔えるとしたら、ストロングは4分の1の値段で酔えるという言い方ができます。

 結局のところ、2026年に税改革が終了し、ビールと発泡酒、新ジャンルが同じ税率となったときには、ビール類市場の規模は2019年の約半分、つまり2019年当時、高いビールをそれでも飲んでくれていた人たちによって支えられる程度の市場規模へと、落ち込んでしまうでしょう。

 その一方で、居酒屋や夜の街でのアルコールの消費は、2026年の税改正でもビールより20円安い税額となる、チューハイやハイボールといったビール類ではないアルコールが、隆盛を極めるようになるでしょう。

 「市場が半分になる」というのはかなり大胆な予言ではありますが、その背景に「もし日本の貧困問題が解消されなければ」という前提条件があることを考えると、意外とこの嫌な予言は当たりそうな気がします。正解が判明するのは6年後です。

 (百年コンサルティング代表 鈴木貴博)

ダイヤモンド・オンライン

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最終更新:10/2(金) 9:16

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