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「終電繰り上げは身勝手」と怒る日本人こそ、身勝手だと感じてしまうワケ

10/1 6:01 配信

ダイヤモンド・オンライン

● JRから私鉄まで「終電繰り上げ」 なぜ反対する人が多いのか

 「いくらコロナで乗客が減っているからといっても、ただでさえ客足が落ち込んでいる飲食店を殺す気か!」「景気回復にも影響を与える公共交通の方針を、一企業の都合だけで勝手に決めるな!」

 JR東日本、西日本、さらには西武や京急という私鉄にまで広がってきた「終電繰り上げ」検討のトレンドに対して、こんな怒りを覚えている方も多いのではないか。

 実際、コロナ以前、総合旅行プラットフォームの「エアトリ」が20~70代の男女831名を対象に「終電繰り上げ」について調査をしたところ、「反対」「どちらかと言えば反対」は32.5%と、「賛成」「どちらかと言えば賛成」の26.9%を上回っている。

 「景気のため」「うちの店の売り上げのため」、そして「オレの懐事情のため」など様々な理由から「終電繰り上げ」に反対する方たちがいらっしゃるのだ。筆者も若い頃には、終電を逃して始発まで寒さをこらえながら待つ、などという苦い経験を何度もしたので、こういう人たちの気持ちはわからんでもない。

 が、一方で、「勝手すぎる!」「市民の利便性を優先するのは公共交通機関の使命だろ!」という勢いで鉄道会社を猛烈に批判している人たちの姿を見ると、失礼ながら「ちょっと身勝手すぎるなあ」と感じてしまう部分もある。

 世界一のスピードで少子高齢化が進行するこの国で、これまでと寸分違わない運賃で、正確で、安全で、快適な鉄道運行を続けていけ、というのはかなりご無体というか、あまりに理不尽な要求だからだ。

 たとえば、JR西日本では昨年から終電繰り上げの検討を続けていた。かなり深刻な「保守作業員の人手不足」が問題になっていた。19年10月24日のニュースリリースによれば、近畿の在来線では1日100カ所以上で約1500人の作業員が働いているというが、18年度までの10年間で作業員は約23%も減少したという。

 終電から早朝までの重労働、おまけに保守点検を担当するJR西のグループ会社はおおむね週休1日。そのようなハードな労働環境から、敬遠されている可能性があるのだ。

 この時点での試算では、終電を30分繰り上げると、年間の作業日数は1割減るので、休みが取りやすい環境になるという。つまり終電繰り上げは、安全性の担保のためにはいたしかない決断というわけである。

 JR西日本といえば、2017年に新幹線の台車に亀裂が入って異音や煙が出ていたにもかかわらず、保守点検担当者がなんとなくスルーしてしまい、3時間も運行を続け、あわや脱線して大惨事という「新幹線インシデント」を起こしたことでも知られている。保守点検の現場がうまく機能しないことの恐ろしさを身に染みてわかっているJR西日本としては、保守作業員の労働環境改善を何よりも優先するというのは、当然の決断かもしれない。

 もちろん、作業員の人手不足はJR西日本だけに限った話ではない。他の鉄道会社も多かれ少なかれ、似たような問題を抱えており、それをどうにか改善するために各社がすがったのが「終電繰り上げ」だったというわけだ。

● 人口減少が続く中で、 終電の繰り上げは避けられない

 という話を聞くと、「人が足りない分はITの活用などで補って、サービス維持に務めるのが当然だ」と鉄道会社の怠慢だという指摘をする人や、「足りぬ足りぬは努力が足りぬ」とブラック企業経営者みたいな精神論を振りかざす方たちもいらっしゃるが、そのロジックはモンスタークレーマーと同じだ。

 もし仮にIoTやロボット技術が急速に保守点検の現場に導入され、作業員が20%、30%と減少を続ける中で、これまでと変わらぬ作業量を維持できたとしても、「終電の繰り上げ」は避けられない。

 「深夜に電車に乗る人間」の数が急速に減っていくからだ。

 少子高齢化が急速に進んでいるからといっても、「電車に乗る人間」はそこまで急速には落ち込まない。総人口は減っているが、比率が高くなっている高齢者の健康寿命が伸びたことで、以前に増して積極的に電車に乗る可能性があるからだ。むしろ、仕事をリタイヤして時間ができたことで、旅行やレジャーなどの目的で現役時代よりも鉄道を利用する機会が増えるということもある。

 ただ一方で、「深夜に電車に乗る人間」は間違いなく減っていく。高齢者はそんなに深夜まで出歩かないし、若者世代も働き方の変化や、「飲みニケーションの減少」などで、これまでほど終電を利用しなくなっているからだ。

● 眠らない街に咲いたあだ花 「24時間都バス」の教訓

 実際、先ほどのJR西日本のニュースリリースによれば、13年から18年の5年間で、大阪駅、京都駅、三ノ宮駅における平日午後9時~11時台の利用者は平均して90%超にまで減少。午前0時台においては、大阪駅では83%、三ノ宮駅では81%にまで減少している。このように深夜の利用者が減っていけば、「深夜運行」という事業を成立させることは難しいことは言うまでもない。

 その証が、幻に終わった「24時間都バス」構想だ。覚えている方も多いだろうが、東京では、石原慎太郎都知事が東京の経済を活性化するために、都バスを24時間運行にすべきだということを主張してきた。そして、その意志を継いだ猪瀬直樹氏が都知事になった2013年12月から、渋谷・六本木間で試験的に運行をしたのである。

 眠らない街から眠らない街を24時間行き来可能にしたことで、「パーリーピーポーたちで車内は大賑わい」となるかと思ったが、なんとフタを開けて見たら車内はスカスカだったのだ。

 当初は採算ラインの1日240人を上回る290人が利用したが、翌月からは1日平均60~100人と低迷。夏休みになれば、若者たちがオールで遊ぶだろと思ったが、7月も67人、8月も73人だった。結局、田舎のローカル線のように、続ければ続けるほど赤字を垂れ流すということで、この試験運行はわずか10カ月で終了となってしまったのである。

 「それは渋谷と六本木という区間だからだ」「人がたくさん住んでいるエリアと繁華街を結ぶ鉄道を深夜運行にすれば、利用者もそれなりに多いだろうし、景気回復にもなる」という意見もあろうが、実はそのアイディアは、すでに30年近く前に試されて、残念な結果に終わっている。

 リゲインの「24時間戦えますか」というCMが流れていた1991年8月、「サラリーマンだって24時間働いているんだから、鉄道だって24時間運行すべきだ」という意見が出て、私鉄の業界団体である日本民営鉄道協会が三菱総研と協力して、終電を延長した場合の需要やコストを調べた。

 それをまとめた「深夜の鉄道輸送に関する検討報告書」によれば、終電から始発までの時間帯の需要予測は、各路線とも100人から600人程度なのに対し、コストは夜間作業の人件費などで、首都圏私鉄10社の合計で120億円にものぼるという。要するに、需要とコストがまったく見合っていないという結果が出たのだ。

 とはいえ、深夜運行を求めている人がいるのも事実ということで、この結果には目をつぶり、同年12月、東武、西武、京浜急行の大手3社が終電を繰り下げた。すると案の定というか、「乗車率は30~50%程度とガラガラの状態」(『AERA』1992年3月31日)だったというのである。

 要するに、「若者が減少する日本においては、深夜運行は鉄道会社に余計な負担を強いるだけ」ということは、30年前からわかり切っていたことなのだ。わかり切ってはいたが、鉄道各社はその「不都合な真実」から目を背け、歯を食いしばって、今の終電の時間帯を死守してきた。

 車内で泥酔した乗客に「車庫に入るので起きてください」とゆり起こし、時にオラついたサラリーマンに殴られ、ホームのゲロを掃除しながらも、午前0時~1時あたりの終電運行を維持してきたのである。なぜかというと、それが「鉄道の公共的使命」だからだ。

 しかしそういう大義名分も、大前提として「鉄道の安全」が確保されていなければいけない。労働人口の減少と、ビタッと定着した低賃金で、作業員がどんどん減少していく中でも、なんとか騙し騙しでやってきた。それもここにきて、ついに限界が訪れた。それが今回の「終電繰り上げ」なのだ。

● 日夜安全運転に努めてくれた 人たちに、まずお礼を言うべき

 こういう過去の経緯を振り換えると、まず出てくる言葉は「お疲れ様」ではないだろうか。1時に終電を迎え、その3時間後には始発が動き出す。そのわずかな時間に、車両や線路など安全な運行のための保守点検をしてくれていたすべての人たちへの感謝と、「少しではありますが、休めると思うので英気を養ってください」という労りの気持ちが芽生える方が、人としては自然なはずだ。

 これが、筆者が「終電繰繰り上げなんて身勝手すぎる」と鉄道会社を批判する人たちを「ちょっと身勝手すぎるなあ」と感じてしまう理由だ。

 よく「ニューヨークやロンドンの公共交通機関は24時間運行なんだから、日本もそうすべき」みたいなことを言う人たちがいるが、あちらの電車は運行がちっとも正確ではないし、駅も汚いし、職員にもそこまでサービス精神はない。日本のようにキビキビ働かない。

 それに加えて、こういう国際都市は移民が次から次へと流入してくる。それは低賃金で働く労働者と、公共交通機関を利用する人間が増え続けるということだ。つまり、公共交通機関の24時間運行には、「不正確なダイヤと適当なサービス」、そして「人口増」が必要不可欠ということだ。

● 需要と供給のバランスが理解できない 「終電繰り上げ」に怒る人々

 では、翻って日本はどうか。

 電車がほんのちょっぴり遅れただけで、駅員に嵐のようなクレームをする乗客が山ほどいるため、とにかく秒単位の正確さで運行する。職員のサービスの質も高く、経路の案内はもちろん、ゴミが落ちていればささっとすぐに掃除をするので、どの駅もきれいだ。酔っ払いサラリーマンの介抱や忘れ物の管理まで、他国ではあり得ないほど手厚く客の面倒を見てくれる。

 人口が減って、人手不足が問題になっても、「移民」という話になると、後ろ向きになる人が多い。「外国人観光客がやってくるだけでも面白くないのに、都市部に暮らす人の3割が移民だなんて、ニューヨークのような現実は絶対に受けられない」というのが、ほとんどの日本人の率直な気持ちだろう。

 鉄道運行の正確さは維持されて当たり前だ。手厚いサービスも欲しい。ましてや、安い運賃は絶対に譲れない。働き手や乗客が減少しているが、日本人以外の外国人を受け入れるなんて冗談じゃない――。

 日本人の求める要望をすべて叶えるとなると、公共交通機関の供給を絞っていくより他に道はない。その縮小の第一歩が「終電の繰り上げ」なのだ。何かを得るためには、何かを諦めなくてはいけないのである。

 「終電繰り上げは身勝手だ」とキレている人たちは、おそらくそのあたりの需要と供給のバランスが、なかなかご理解いただけないのだろう。

 よく日本の鉄道は、正確さやサービスの高さから「世界一」と評されることが多いが、そこまで公共交通機関のレベルが上がったのは、もしかしたら、細かいことにいろいろとイチャモンをつける「世界一身勝手な客」が多いからでは、と思ってしまうのは筆者だけだろうか。

 (ノンフィクションライター 窪田順生)

ダイヤモンド・オンライン

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最終更新:10/1(木) 16:46

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