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菅義偉は安倍晋三のような悪代官になれるのか

9/30 5:11 配信

東洋経済オンライン

 安倍晋三の長期政権が終わり、調整役だった菅義偉が首相となった。のっけから安倍政治の継承を掲げるという地味な路線での新政権スタートである。だが、この路線、長続きするだろうか。私は難しいとみる。

 2012年末に始まった安倍政権の7年8カ月は、2016年央までの前期とそれ以降の後期に分けられる。

 前期は異次元緩和の時代である。デフレの元凶とリフレ派から名指しされていた日本銀行、そこを制圧する占領軍司令官のような役柄で送り込まれた黒田東彦は、自ら異次元緩和と名付けた大規模な量的金融緩和策を打ち上げることによって安倍政権誕生に祝砲を放った。

 この異次元緩和、人々の気分を変えたという意味では成功だったといえる。2008年のリーマンショック以来1万円前後で低迷していた日経平均株価は、安倍政権スタートとともに上昇を始め、2015年には2万円台を回復した。安倍の経済政策、通称「アベノミクス」は、しょせんは金融緩和頼みと皮肉られながらも、ともかく緒戦で数字を出すことには成功したのである。

■日銀の弾切れも、法人税引き下げが株価にプラス

 構図が変わったのは、日銀の量的緩和の限界が明らかになり始めた2016年である。この年初に黒田が繰り出した唐突ともいえるマイナス金利政策が裏目に出た同年半ば以降、黒田日銀のアピール度はめっきり落ちた。しかし、ここからが肝心の点である。頼みだった日銀に「全弾撃ち尽くし」の感が出たにもかかわらず、株式市況の強気は崩れなかったのである。安倍の辞意表明直前日の8月27日の日経平均株価は2万3208円と政権スタート時の2倍を超えている。アベノミクスは異次元緩和から乳離れできていたことになる。

 なぜそれができたのか。私は、人々が異次元緩和という派手な演出に眼を奪われている隙に、税収の軸足を企業から家計へと移動させていたことにあると思っている。

 安倍政権発足前の2012年度には約40%だった日本の法人税率は、2016年度までに大きく引き下げられ、今や30%の大台をも割り込んで現在に至っている。もっとも、これは世界の潮流でもあった。世界がグローバリゼーションの波に押されるようになった2000年代以降、西側主要国の法人税率は足並みをそろえて低下し、法人税率20%台が自由主義経済圏の世界標準になった感すらある。

 安倍政権による法人税率引き下げは、このような「底辺への競争」とも言われる世界的な法人税引き下げ競争にわがニッポンを遅ればせながらも参戦させるものだったのだ。

 しかし、法人税引き下げ競争に参戦するには代替財源が必要である。安倍にとってのそれが消費税引き上げだった。安倍は、2014年と2019年の2度にわたって消費税を引き上げ、政権発足前に5%だった消費税率を2倍の10%にまで持ってきている。

■「労働課税強化」「海外投資家優遇」が本質

 安倍政権がそれまでの自民党政権と違うのは、財政再建のためなどという後ろ向きの言い訳に頼らず、「日本を、取り戻す」というスローガンが作り出す高揚感と黒田の異次元緩和が作り出した景気回復感を前面に押し出すことによって、普段なら政権の命取りになりかねない消費税引き上げを、大した抵抗もなく成功させたところにある。

 だが、ここで大きな図式から全体を眺めてみよう。法人税とは、要するに売り上げから財サービスの仕入れと人件費を控除した残差である「利益」を対象とする税金である。これに対し、消費税とは、売り上げから財サービスの仕入れだけを控除した残差である「付加価値」を対象とする税金である。

 すなわち、消費税を増税し法人税を減税するという安倍の政策は、企業の賃金支払いへの課税を重くする一方で、企業利益の最終的な帰属先である株主への課税を軽減することを意味するわけだ。安倍政権における税制改革の正体は、労働課税強化を財源にした資本課税軽減なのである。

 そこに気づけば、アベノミクスが株式市場とりわけ海外投資家に大好評だった理由もわかってくる。安倍政治あるいはアベノミクスの本質は、低所得層や中間層の犠牲において富裕層を優遇する政策であるばかりでなく、日本国民に負担を押し付けて海外投資家に媚を売るという、時代劇に登場する「悪代官」さながらの裏の顔を持つ政策でもあったのだ。

 もっとも、私は、こうした安倍政治の裏の顔を、単純な正義感から批判しているわけではない。増税すれば簡単に国境を越えて出て行ってしまう資本を優遇し、国境を越えるほどの余裕がない人々に国家を支える負担を求めるという政策セットは、グローバリズムが作り出した企業優遇競争に直面した国家たちにおける一種の標準セオリーにほかならなかったからだ。

 もし当時の日本が全世界的な資本優遇競争に参加を拒否し続けたとすれば、バブル崩壊後のデフレの底がさらに深くなった可能性だって否定できなかったろう。日本経済を空洞化から救うという文脈では、安倍政治の悪代官性もただの庶民いじめではなかった面もあるわけだ。

 だが、それは菅が直面するだろうジレンマを予期させるものでもある。安倍が「一強」とも言える状況を作りえたのは、前の民主党政権や白川方明総裁の下での日銀をデフレの元凶に仕立てる劇場型ともいえる政治手法にあった。しかし、その手法は、攻撃しやすい「敵」がいなくなれば通用しなくなる。たたき上げ苦労人としての「信頼できそうな人柄」が売りの菅には、劇場型演出によって消費税再引き上げや法人税再引き下げを押し通すだけの腕力はなさそうに思える。

■新型コロナ対策の思い切った見直しを

 では菅は何をすればよいか。

 短期的には、新型ウイルス対策について筋の通った決断をすることである。本年3月から4月にかけての感染第1波を抑え込まないままで経済再開に踏み込んだアメリカの混乱はさておき、日本や欧州主要国ではウイルスの新規感染状況はまさに感染第2波の状況になった。ところが、この第2波におけるウイルスによる死亡状況を見ると、感染者数増とは裏腹に、ほとんどその深刻化を観察できない。

 こうした状況で、いつまで「感染即隔離」というウイルス対策を取り続けるのか、そこに政治としての答を求められる日は眼の前に来ているように思う。すなわち「指定感染症」の解除といった明確な方針の表明である。

 今回の感染症の性質の変化に人々が気づき始めた今、ただ感染拡大防止をと叫んでいるばかりでは、あの「オオカミ少年」の物語のように、政治も専門家たちも人々の信頼を失うだろう。9月連休における活発な旅行や人出を見ても、その可能性は高まっているのではないだろうか。

 だが、より本質的かつ長期的視点から菅に必要なのは、財政をどうするかの議論を始めることである。今回のウイルス禍に対して行われた財政出動は、全国民への一律10万円給付を含め、従来の景気対策的な文脈からのものではない。景気対策としての財政出動であれば、その見返りは将来の景気回復から得られるはずである。しかし、そうした将来への「投資」という側面を持たない被害者救済的な財政出動の落とし前をつけるためには、従来の課税理論を超えた税体系全体の抜本的見直しが必要なはずである。答えはあるのだろうか。

■新たな「拡張付加価値税」の設計を

 私は、答えはあると思っている。それは、法人税や個人所得税のような価値分配に対する課税を廃止あるいは大幅に縮小する一方、今の消費税つまり付加価値税の仕組みを拡張し発展させて「拡張付加価値税」ともいうべき新税を創設し、それを軸に税体系の全体を再設計することだ。

 拡張付加価値税という考え方そのものについては拙著『ポストコロナの資本主義』(日本経済新聞出版、2020年8月)を参照してほしいが、狙いはファイナンス取引を取り込むことと、勤労者世帯の生計費の控除を可能にすることである。

 むろんのこと、危機に備える方法は拡張付加価値税に限られるわけではない。ただ、今回を教訓とするのなら、さまざまな巨大リスクに耐えられる税制の新レジームを設計することは、次への備えの政治的コアであるはずだ。そうした税制の再デザインにより、フラットで全体整合性のある税体系を準備しなければ、次の危機に備える財政の機動性を確保することなどできるはずがない。それを避けてデジタル庁新設などという行政統廃合でお茶を濁していれば、菅内閣は単なる中継ぎ政権で終わるほかはあるまい。

 安倍政治の継承という看板を掲げ続けるだけでは、菅は「悪代官」にすらなれないだろう。

東洋経済オンライン

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最終更新:9/30(水) 5:11

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