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「DVが殴る蹴るだけ」だと思う人の大いなる誤解

9/30 8:11 配信

東洋経済オンライン

 DV加害者は例外なく、「相手への怒り」を抱えているという。「相手が自分を怒らせた」という怒りだ。更生プログラムに通う人たちも、「怒り」との付き合い方に葛藤している。日常から「怒り」を遠ざけるにはどうしたらよいか。6年以上も更生プログラムに通い、「DV男」から立ち直ろうとする59歳の男性を訪ねた。

■「殴っていなくても、それ、DVです」

 DVというと、たたいたり蹴ったりという「身体的暴行」が真っ先に浮かぶ。しかし、それだけがDV ではない。人格否定や無視、監視などの「心理的攻撃」、生活費を渡さないなどの「経済的圧迫」、嫌がっているのに性的行為を強要したり避妊に協力しなかったりする「性的強要」もDVに当たる。つまり、DVとはパートナーとの間で「主従関係」をつくることだ。

 東京都に住む山本和彦さん(仮名)は、まもなく60歳になる。妻は小学生からの幼なじみで、中学生の頃に付き合って以来の仲だ。あまりに同じものを共有してきたために、山本さんには、何をしても許されるという「おごり」があったという。

 しかし、あのときだけは違った。

 きっかけは、2度目の浮気がバレたことだった。妻からは「顔も見たくない。離婚してほしい」と言われた。山本さんは離婚したくない一心で、「別居で勘弁してくれ」と言い、自宅から2駅先のアパートで1人暮らしを始めた。そのときから2年間、妻には一度も会ってもらえない。

 「妻とはよくけんかをしたし浮気もしたけど、離婚を突きつけられて、いちばん失いたくない存在だったことに気づかされました」

 別居から2年が経った頃、妻から「ステップという団体があるから、そこへ行って努力してください。私も前向きに努力するので」とメールが来た。「ステップ」とは、横浜市にあるNPO法人 女性・人権支援センター「ステップ」のことで、DVや虐待の被害者・加害者が通う場所である。

 山本さんは、浮気が原因で妻を怒らせたのだと思っていた。しかし、「DV」とは思ってもいなかった。妻には手を上げたこともない。

 戸惑いながら「ステップ」に電話をかけ、「別居中の妻から行けと言われて。でも、自分にDVは関係ないと思うんですけど」と説明した。電話口の担当者は、加害者向けのグループプログラムを見学してはどうか、提案する。いったい、どんなところだろう? 

 山本さんが見学したのは、「金継ぎの会」と呼ばれる更生プログラムだった。5~10人のグループセッションで、特定のテーマについてディスカッションしたり、パートナーとの近況を報告し合ったりする。1回2時間、全52回のプログラムだ。

 しかし、見学に行ってもどこか他人事だった。参加者たちの言葉に触れても、いすの背もたれにすっかり身を預けているだけ。「ひどいよなぁ、なんでそんなことをするんだ」と評論家のように思いもした。それでも、妻には「努力して」と言われている。自分は関係ないが、ここに通わないと後がない。そして、山本さんは全52回のプログラムに参加することになった。

 更生プログラムに通い始めた山本さんはどうなったか。「3、4回目で、自分には変化が訪れた」と山本さんは振り返る。プログラムの中で、言葉の暴力や威圧的な態度もDVに含まれると知り、「自分の行為はDVだったかもしれない」という加害者意識が芽生えたからだ。

■「みんな自分を正当化しようとする」

 グループセッションでの「他者の中に自己を見る」という経験も効いた。

 「人を傷つけたことに向き合うのって怖いから、やっぱりみんな自分を正当化しようとするんです。反省はしていても、言葉尻に出てくる。『そんなつもりはなかったんだけど、向こうが傷ついちゃって』とか、一生懸命言い訳するんですよね。それを見ていて、ああ、俺もこうなんだろうなぁと自覚するんです」

 加害者意識が芽生えて以降、妻がどう傷ついていたのか、そこに思いがいくようになった。妻だけではない。過去には、仕事仲間や後輩にも叱責や詰問を加えていた。これまでの人生で、どれだけの人を傷つけてきたのか。そう思うと、酔いがさめたように怖くなった。

 更生プログラムに通い始めて2カ月ほど過ぎた頃、山本さんは妻と再会を果たした。「ステップ」の理事長・栗原加代美さんの提案で、第三者を交えた対話の場を設けることにしたのだ。

 妻は頬の肉が落ち、げっそりしていた。机の端と端に座り、真ん中に栗原さん。そこで栗原さんは妻に向かって、「大変な思いをして、よくここまで来てくださいました。この席に座るのも大変だったと思います」と、山本さんに代わり深々と頭を下げた。妻の表情からは、自分に対する恐怖心や怒りが満ちているように思えた。

 妻はA4の紙3枚を差し出した。ぎっしりと「夫にされて嫌だったこと」をメモしてある。そこにはこんなことが書かれていた。

 ・家族でアイスホッケーを観に行った日、歩くのが遅いと怒ってすたすたと先に行ってしまった
・自分が話してばかりで、人の話はまるで聞かない
・何食べたい? に『なんでもいい』、中華は? に『中華は嫌だ』と言ったら、何でもいいって言ったじゃねえかとキレられた

 「えっ、そんなことまで覚えてるんだ、って思いましたね。確かに『話を聞かない』こともよく注意されていたけど、そんなに深刻な悩みだったのかと……」

 何を言われても、すべてを受け止めると決め臨んだ面会。山本さんは決意どおり、「すべて直します」と妻に約束し、3枚の紙を持ち帰った。

■加害者は「かつての被害者」

 「ステップ」理事長の栗原さんは「私が出会ったDV加害者の8~9割は、かつての被害者でした。虐待を受けていたり、DVのある家庭で育っていたり」と言う。ジェンダー観は連鎖する。だから、気づいた人は自分で断ち切らなければいけないのだ、とも。

 山本さんも例外ではなかった。男尊女卑や暴力が近い環境で育った。曲がったことが嫌いだという父は、いつも母を怒鳴り散らしていた。家族旅行に行くときも、母や子どもの準備が少しでも遅れようものなら「旅行は中止だ」と憤怒し、本当に中止にしてしまったという。

 矛先が山本さんに向くこともあった。小学生の頃の出来事だ。山本さんが振り返る。

 「子どもって親のまねするじゃないですか。父が母にそんな態度なので、みんなでカレーを食べていたとき、私、母に『水』って言ったんです。すると父は『水くださいだろ』と怒って、包丁を持って追い回してきたんです。本当に刺すことはないし、母にも私にも実際に殴ることはなかったけど、怒りっぽく暴言がひどい。私はそれを普通だと思って育ってしまったんですね。私は今回、このタイミングでおかしいと気づくことができたけど、兄はいまだに母に対して横柄な態度です」

 山本さんは52回のプログラムを終え、別居開始から5年後に家に戻ることができた。「今では妻と仲良しですし、怒ることもなくなりました」。しかし、今でも月に1~2回は「ステップ」に通う。

 「52回が終わったとき、自分の根っこにあるものはまだ変わっていないというか、もう大丈夫だって思えなかったんです。ステップに通い始めて6年が経ちますが、今でも毎回気づきがあります」

 生理反応と感情は変えられないが、思考と行為は変えられる。「ステップ」では、それを学んだという。さらに信頼関係を深めるための「身につけたい7つの習慣」も。傾聴する、支援する、励ます、尊敬する、信頼する、受容する、意見の違いを交渉するという7つだ。山本さんはとくに「傾聴」を極めることを目標にしているという。

 怒ってしまうことへの不安はもうないのかと尋ねると、山本さんは「怒ることはありません」と断言した。

 「なぜなら、怒らないと決めたからです。万一、怒ってしまったら謝る。怒ってしまうかもしれないと恐れるより、怒らない自分を考える。覚悟を決めた、とでも言いますか。怒りは感情だから仕方ないって自分を許していると、怒れちゃうので。それでも、心がざわざわすることはあるんです。そんなときこそ、マイ・テーマである『傾聴』を思い出します。人の話って、ちゃんと聴けば聴くほど怒る暇がないんですよ。怒ってしまうなら、それは相手より自分に集中しているからだと思いますね」

■脳の細胞が入れ替わったみたいに変わった

 妻から面と向かって「変わったね」と言われたことはない。それでも、妻は「脳の細胞が入れ替わったみたいに変わりました」と栗原さんに伝えていたことを間接的に聞いた。

 変わったと決めるのは自分じゃない――山本さんはそう自戒しつつも、足取りは軽そうだ。

 「人生って、ほとんど人間関係でできているじゃないですか。だから、ステップで学んだことは家族も仕事もすべてにいい影響をもたらしています。学び続けることで、これから死ぬまで人を傷つけることなく生きられると思うと、そんな最高なことないですよ」

 (取材:ニシブマリエ=フリーライター)

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最終更新:9/30(水) 8:11

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