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私が届ける野菜!「食べチョク」女社長の凄腕

9/30 6:21 配信

東洋経済オンライン

 「飲食店が休業して買ってくれない」「給食の販路がなくなった」「売り先がなくて困っている」――。

 新柄コロナウイルス禍で、日本全国の生産者が悲鳴を上げている。野菜や水産物、畜産物は、飲食店が休業中でも、関係なく育つ。スーパーなど小売店向けの販路を開拓しても、すぐにさばけるとは限らない。そんな生産者たちの駆け込み寺となっているのが、農産物のマーケットプレイスだ。生産者は無料で出品でき、商品が売れたら、手数料をサイト運営者に支払う仕組みとなっている。

 2016年に起業したビビッドガーデン社は、農産物のオンライン直売所「食べチョク」を運営。「4月は500件の生産者からSOSが寄せられた」と社長の秋元里奈(29)は語る。食べチョクは3月から5月という、まさにコロナ禍の3カ月間、流通総額が35倍も伸びた。出品する生産者も、2月の750件から5月末で1450件、9月時点で2500件まで増加している。

 7月にはテレビCMも開始した。秋元は怒涛の半年間を振り返り、「食べチョクが伸びたのは一過性のバブルではない。認知が広がったことで、事業計画が一年前倒しになっただけ」と言い切る。そして「やっとスタートラインに立てた」と笑う。

■コロナ禍の生産者を見て、送料を自ら負担

 秋元がコロナ禍による“異変”を感じたのは2月末。5人の生産者から「売り先がない」とのメッセージを受け取った。影響は全国区へ広がると確信し、3月2日には送料500円を自社で負担するサービスを開始。食べチョクでは商品が売れると、販売手数料として20%を受け取る仕組みとなっている。2000~3000円の商品が多いため、売れても赤字になることは目に見えていた。

 送料負担の反響は大きく、緊急事態宣言中の5月になると、1日で2月1カ月分の売上高を記録する日も出るほどだった。それでも体力に乏しいスタートアップ企業では限界がある。泣く泣く5月末で送料負担の打ち止めを決めたが、そのタイミングで、農林水産省がコロナ禍で困っている農産物を対象に送料無料となるプログラムを立ち上げた。5月末から参画することで勢いを維持できたのである。

 7月には初のテレビCMも流した。出品する生産者は加速度的に増えていたが、同じペースで流通額を増やさなければ、生産者1件当たりの収入が減ってしまう。SNSなどによるマーケティングも駆使したことで、流通総額は順調に増えたものの、“成長痛”も抱えていた。ユーザーからの問い合わせが35倍に増えたのだ。

 食べチョクでは、ユーザーからの問い合わせ対応を生産者に代わり、一手に引き受けている。些細なクレームや確認の問い合わせでも、家族経営の生産者にとっては負担だ。しかし、フルタイム勤務の社員8人体制ではすぐにパンク状態となり、業務委託やアルバイトなど20人以上の採用に追われた。辞めていったスタッフにも手伝いに来てもらい、まさに猫の手も借りたい状態だった。

 秋元自身も目が回るような毎日だった。4月以降、平日は資金調達に駆けずり回った。2019年10月に調達したばかりの2億円は、驚くべき速さで蒸発していく。会社の広告塔として、取材依頼にも積極的に応じた。送料負担で膨張してしまった赤字と、テレビCMの広告費、そして一気に増えた人件費が、29歳の自分の肩にのしかかっていた。深夜や土日は問い合わせ対応に追われ、朝4時までパソコンに向かう日々が続いた。

 消費者のみならず、生産者のフォローも大変だった。業務用から消費者向けに切り替えたことで、慣れない小分け梱包や発送作業に追われる生産者が急増。どんなに気をつけても、手作業ゆえにミスが生じる。それでも野菜農家では月700万円を、海産物では月1500万円を売り上げる出品者が現れるようになった。運営と生産者、消費者が、何とかバランスを保ちながら拡大していった。

 食べチョクはCM効果も手伝い、8月に入っても過去最高の売上高を更新し続けている。1月から幹部採用を開始しており、社員数は20人まで増えた。6億円の資金調達も決定。秋元は「これまではゼロを1にする起業家フェーズだったが、今年は経営者元年にしたい」と力を込める。

■農家の娘が”DeNAマフィア”になるまで

 25歳で起業した秋元だが、およそベンチャーとは無縁に送ってきた人生である。神奈川県相模原市で農家を営む家に生まれ、母親からは「将来は公務員になりなさい」「農家は儲からないけど、株は儲かるから勉強しなさい」と言われ続けた。慶應義塾大学理工学部では金融工学を学び、就職活動では証券会社や東京証券取引所を受けていた。親の望む堅実で安定した生活を手に入れるはずだった。

 だが、友人に誘われて参加した、DeNAの会社説明会で何かが弾けた。会長で創業者でもある南場智子の「リスクを取りまくる」という話に刺激を受け、その後にプレゼンテーションをした社員が入社1年目と知って驚いた。堂々とした姿から30歳位に見えたのだ。「とにかく社員の成長過程に魅力を感じた」(秋元)。

 迷わずDeNAに入社、3年半で4つの事業を経験することになるが、このうち2つの事業が潰れている。「DeNAで学んだことは未知のことを恐れないマインド」と言うとおり、広告営業から新規事業の立ち上げ、ゲーム事業の版権ビジネスなど、さまざまな仕事に貪欲に取り組んだ。毎日が充実し、DeNAに骨を埋めるつもりだった。

 秋元が社会人として活躍する間、実家は農業を廃業。久しぶりに帰った実家の荒れ果てた畑を見てショックを受けた。ここで初めて農業ビジネスを構想するのだが、同時にDeNAを辞めることを悟らなければならなかった。

 次々と新規事業を立ち上げるDeNAでは、徹底的に市場をリサーチしたうえ、アグレッシブな目標を掲げることが求められる。3年後の売上高目標を100億円に設定されるなどザラ。とはいえ、農産物のECとなれば、市場規模は限られる。「ビジネスの領域が大きければ、社内での新規事業立ち上げを考えたかもしれないが、農業だから起業するしかなかった」(同)。

 実際に起業すると、課題は山積みだった。無名のサイトに農産物を出品する生産者など簡単に現れるはずもない。秋元は生産者の元を訪ね、「農家の娘です。手伝わせてください」と仕事を手伝いながら懐に飛び込み、出品を増やしていった。ところが産直野菜のECなら、すでにオイシックスや生協などがあり、差別化し存在感を出していくことは容易ではなかった。

 苦労したのは資金調達だ。2019年10月に2億円を調達したときは、「70社に断られた。何度も事業計画を見直しながら9カ月かかった」(秋元)。世間はベンチャーブームに沸き立っていたが、農業分野は投資家からのウケが悪かったのもある。

 そこで秋元は株式上場を見据えて、徹底的に事業モデルや戦略を洗い直した。消費者にどうやって継続購入してもらえるか、仕組みを考えて、ネットを使ったマーケティングの強みを尖らせようと意識した。

 うれしかったのは古巣のDeNAが出資者に加わってくれたことだ。出資が無事に決まって呼ばれた会では、憧れ続けた南場が参加者に食べチョクで扱うみかんを配ってくれた。

■成長は遅くても、気持ちよく働ける組織を

 さらには8月の6億円調達でも、DeNAは追加出資をしている。「昨年10月はDeNA出身の私個人を応援してくれていたが、今年8月は足元の数字を見て事業の可能性を信じてくれている感じがあった」と秋元。他にも大手ベンチャーキャピタルのジャフコが株主に加わっている。

 起業して4年目を前に、秋元の心境にも変化が起きている。「最初のころはDeNAのような組織が完璧だと思っていた。でも食べチョクは、ゲーム業界と比べると成長速度は遅いし、高利益体質ではない。だからこそ会社の存在意義に共感してもらい、気持ちよく働ける組織にしたい」と考えるようになったという。

 出口の見えないコロナ禍に対しては、短期的にはマイナスでも、長期的にはプラスと見ている。「農家が新しい販路を探して直売に興味を持ってくれるようになったのはプラス。農家にはどんな商品が喜ばれるのかなど、マーケット感覚を身につけてほしい。農家の意識改革は誰もやれていない未知なる領域」と秋元は指摘する。

 国は農業の大規模化を後押しするが、高齢化や後継者不在で廃業する農家は増える一方だ。多くの農家にとって顧客は農協であり、「来年はこれを作るといくらで買う」と言われるまま、生産活動を続けるケースは少なくない。家族経営の零細な小規模農家ほど、その傾向は強くなりがちだ。

 起業して間もない頃、秋元はショックを受けたことがある。地方に行くと直売所は活気にあふれ、農協が介在しない市場外流通が増えていることはデータにも表れていた。しかし、実際に農家に聞いてみると「自分で値付けできても、価格競争が激しいので叩き売りになる」という、厳しい現実を知らされたからだ。

■生産地と消費地の「分断」をネットでつなげたい

 意識の高い農家は、週末に都心で開催されるファーマーズマーケットに、赤字覚悟で出店する。高い出店料や駐車料、宿泊料を払ってでも、良質な固定客を捕まえるのが目的だ。

 分断された生産地と消費地は、ネットならば、簡単につながることができる。だからこそ「私は誰もやろうとしない中小規模の農家を支援したい。小規模だからこそのよさがあるし、景観の維持などいろいろな役割がある」と秋元は言い切る。

 思いを支えるのは自身の原体験である。実家も販路があって儲けがあれば、農家を廃業せずに済んだかもしれない。「毎年毎年、農家がいなくなっていく。食べチョクがあることで農業を続けられるようになってほしい」(秋元)というのが創業時からの変わらぬ思いだ。

 ビビッドガーデンが見据えるのは、オンライン販売だけではない。「生産者支援を目的に、農家向けビジネスを手掛けたい。商品が売れるようになれば、人手や資材調達の必要性が出てくる。コストカットすると、利益が上がる農家も多いので、経営の課題の部分にも着手したい」(同)。日本の農業改革を見据え、壮大な野望を描く。(敬称略)

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最終更新:10/1(木) 11:18

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