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過眠症に苦しむ人を「薬規制」がなお悩ませる訳

9/29 11:31 配信

東洋経済オンライン

 「最初の記憶は小学校の移動教室のとき。ハッと目が覚めて、周りを見渡すと誰もいなくて。みんな別の教室に移動していたんです。小学生がそんなふうに昼間に寝ちゃうのって、ありえないですよね」

 こう振り返るのは、ナルコレプシー患者で理学療法士の川崎俊さん(28歳)。中学生のとき、毎日起こる強い昼間の眠気を心配した両親とともに、東京都内の専門クリニックを受診。そこでナルコレプシーと診断された。

 ナルコレプシーとは過眠症の1つで、「居眠り病」とも呼ばれる。日中の耐えがたい眠気を特徴とする中枢神経系の神経疾患だ。日本人の有病率は600人に1人。海外に比べて高く、10代で発症する例が多い。原因は、オレキシンという脳内で覚醒を維持するために必要な神経伝達物質の減少だ。

■夜しっかり睡眠をとっていても昼間眠くなる

 「中核となる症状は『昼間の強い眠気』と、『情動脱力発作(カタプレキシー)』です」

 こう解説するのは、過眠症に詳しい関西電力病院睡眠関連疾患センター(大阪市福島区)センター長の立花直子さん。

 「昼間の強い眠気は夜しっかり睡眠をとっていても生じ、一度眠くなると、本人の意思とは関係なく押し寄せます。試験中や仕事の商談中といった、緊張して“普通は眠らないような状況”でも眠ってしまいます」

 情動脱力発作とは、突然起こる筋肉の脱力をいう。笑う、怒るといった情動や、「想定外の出来事に遭遇して驚く」など気持ちの大きな揺れが引き金となって、顔や体の力が抜ける。操り人形の糸が切れたかのごとく、崩れ落ちることもあるという。

 このほか、寝る前に怖い幻覚をみる、金縛りに遭うといった症状も伴う。

 過眠(夜間に十分な睡眠をとっても、日中に強い眠気が起こる)を伴う病気は、ナルコレプシー以外にもある。代表的なのが睡眠時無呼吸症候群や周期性四肢運動障害、ムズムズ脚症候群などで、睡眠の質が悪くなることで昼間に眠くなる。

 あとは、脳に何らかの問題があって、昼間に眠くなったり、1日の睡眠時間が長くなったりする病気だ。ナルコレプシーはここに含まれ、ほかに特発性過眠症やクライネ・レビン症候群などがある。専門的にはこのグループを「過眠症」と呼ぶ。

 「そのほか、発達障害や概日リズム障害、うつ病などでも過眠が生じることがあります」(立花さん)

 診断では、まず問診で睡眠時無呼吸症候群や慢性的な睡眠不足の有無を疑い、そのうえで、夜間の睡眠状態や無呼吸をみる「終夜睡眠ポリグラフ検査(PSG)」や、昼間の眠気をみる「反復睡眠潜時検査(MSLT)」などを行う。

 「ナルコレプシーでは、本来ならば脳の眠り(ノンレム睡眠)の後に訪れる体の眠り(レム睡眠)が、睡眠直後に生じるといった特徴的な眠り方をします。PSGやMSLTではこの眠りの特徴を調べることができます」(立花さん)

■薬を適切に使うことで睡眠発作を抑えられる

 ナルコレプシーの治療で欠かせないのが、薬物治療だ。睡眠時間の調整など、眠りに関する環境を整える非薬物療法との両輪で効果を発揮する。先の川崎さんは「昼間の眠気は薬で抑えられないので、定期的に仮眠をとる必要はありますが、薬を適切に使うことでいきなり寝落ちするような睡眠発作は抑えられています」と話す。

 実は今、こうした川崎さんらナルコレプシー患者の治療薬をめぐって、混乱が生じている。第一選択薬の「モディオダール(モダフィニル製剤)」が規制されることが決まったのだ。これにより、今後は一部の医師しか処方できなくなる。

 この状況に危機感を強めているのが、患者会の「NPO法人日本ナルコレプシー協会(なるこ会)」。副理事長の駒沢典子さんは言う。

 「規制で、これまでどおり処方してもらえなくなる可能性が出てくる。とくに過眠症を診てくれる医師が少ない地方在住の患者さんにとっては大問題です」

 規制の詳細は後述するが、なぜこんなことになったのか。事の発端は、今年2月のモディオダールの特発性過眠症への適応拡大だ。立花さんが解説する。

 「実は、特発性過眠症は病態も含めて解明されていないところが多く、慢性的な睡眠不足で過眠を訴えるケースとの鑑別がつきにくいのです」

 このことから、「単なる睡眠不足の人に安易にモディオダールが処方されること」を、厚生労働省は危惧した、というわけだ。事実、特発性過眠症の適応拡大のために実施された治験に関する議論の中でも、「適応外の患者に使われている事例がかなりあった」ことが指摘されている。

 「確かに、治療薬がほとんどなかった特発性過眠症に対するモディオダールの適応は、患者会の悲願でした。しかし――」と駒沢さんは話を続ける。

 「しかし、その結果、モディオダールが規制されて一部の医師しか取り扱えなくなるのであれば、過眠症患者にとっては不利益でしかありません」

 しかも規制の話は事後報告という形で知ったという。

 「リタリンのときもそうでしたが、行政は当事者の意見を聞いてくれない。なぜ患者の声を聞かないで決めてしまうのか、理解できません」

 実は、ナルコレプシーの治療薬の規制には前例がある。それまでナルコレプシーの第一選択薬だったリタリン(メチルフェニデート)が2008年1月、規制の対象となったのだ。

 「当時リタリンは重症のうつ病にも適応があり、うつ病の患者さんにやたらと処方するクリニックが少なくありませんでした。その結果、不適切な処方による濫用や依存が問題になり、自殺者も出てしまった。社会問題にもなりました」(立花さん)

 結局、リタリンはうつ病の適応から外れ、ナルコレプシーへの適応は残ったものの規制されることに。一部の医師しか処方できなくなった。

■濫用を危惧する根拠はどこに

 モディオダールもリタリンと同じ扱いを受けることに、立花さんは憤りを覚える。アメリカではリタリンよりも危険性の少ない薬に分類されており、シフト勤務で生じる睡眠障害にも用いられているからだ。

 「モディオダールは安全性が高く、依存性がないというのが、売り文句。薬価もリタリンと比べてはるかに高く、手に入りにくい。濫用が危惧されているのであれば、根拠を私たちに示すべきです」

 では、濫用の実態はあるのか。駒沢さんは言う。

 「国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所薬物依存研究部が、2年に1度公表する報告書に『全国の精神科医療施設における薬物関連精神疾患の実態調査』がありますが、そこには濫用があることは示されていません」

 規制は9月1日から始まる予定だったが、コロナ禍で準備が遅れ、来年の4月1日にずれ込んだ。それ以降は、確定診断医、処方医、推薦医に登録した医師しか処方できなくなる。

 確定診断医は診断と処方の両方の資格を持つが、処方医と推薦医はすでに診断された患者への処方しかできない。確定診断医になるためのハードルは高く、日本睡眠学会専門医であり、かつ施設基準をクリアした医療機関に所属していることが求められる。

 一方、処方医や推薦医は、日本睡眠学会、日本精神神経学会などの専門医であったり、登録した医師の推薦があったりする場合に、登録が可能になる。だが、どれだけの医師が登録するかは未知数で、こうした医師が登録しないとなると、患者は会社や学校を休んで、何時間もかけて遠方の医療機関に薬をもらいにいかなければならない。

 「今でさえ県をまたいで薬を取りにいっている患者さんもいます。それくらい薬を処方してもらうのが大変なんです。それをわかっているのでしょうか」(駒沢さん)

 前出の川崎さんは、モディオダールの規制の問題について多くの人たちに知ってもらおうと、自身のYouTube「Good Sleep Academy」で情報発信を始めた。規制によって新たな問題も表面化してくるのではないかと考えている。

 「規制が始まれば、平日に働いている患者さんの場合、月1回、薬をもらうために遠方の医療機関に行く必要が出てきます。そうしたら有給をとらなければならず、上司にその理由を説明しなければならないかもしれません。患者さんのなかには、病気のことを周りの人に知らせず働いている人もいます。周囲の理解が得られにくい病気だからです。ただ、これが今回の件で職場にばれてしまえば、仕事にも影響が出るかもしれません」

 なるこ会と、立花さんが理事長を務める日本臨床睡眠医学会は、厚労省に対して制度の修正を求めた要望書などを提出。なるこ会に対しては、期限が延期された旨の連絡は来たものの、見直しについての返答はまだ。医学会には「回答が困難」とのことだった。

■厚労省「睡眠障害に精通した医師、医療機関で処方を」

 厚労省に問い合わせると、医薬・生活衛生局医薬品審査管理課が対応した。

 「モディオダールに限らず、一般的に濫用が懸念される薬については登録制を設けて、処方に制限をかけています。ただ、厚労省で決めているのは、『睡眠障害に精通した医師、医療機関のもとで処方してください』ということだけで、その担保の仕方は製造販売業者が設立した適正使用委員会に任せています」

 これについて立花さんは反論する。

 「委員会の委員には日本睡眠学会の理事が名前を連ねている。これまで過眠症の診断と治療をきちんと行ってきた、学会の会員ではない医師や施設に対する配慮が十分に成されているのか、疑問が残ります」

 過眠症患者を悩ませる薬の処方問題。患者会は解決の道を今も探る。

 「少なくとも、今まで処方してくれていた医師が引き続き処方できるような措置を講じてほしい。それだけでもありがたいのですが……」(駒沢さん)

東洋経済オンライン

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最終更新:9/29(火) 11:31

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