IDでもっと便利に新規取得

ログイン

EUに乱暴な揺さぶりをかけた英ジョンソン首相

9/28 6:11 配信

東洋経済オンライン

 英国のEU(欧州連合)からの離脱問題が再び混迷の様相を呈している。1月末にEUを正式に離脱した英国は、年末までの移行期間中にEUとの間で新たな将来関係協議の合意を目指している。だが、産業補助金に関するEUルールの受け入れの是非や英国領海でのEU漁船の操業継続をめぐって、協議が暗礁に乗り上げている。

 このまま移行期間中に貿易協定を締結できなければ、来年以降、英EU間の貿易はWTO(世界貿易機関)が定める最低限のルールに基づいて行われる。双方の貿易取引に関税が発生し、国境を越えたサービス取引や個人情報保護などのデータ移転にも制限が掛かるおそれがある。「合意なき離脱」を回避したはずの英国に、「貿易協定なき移行期間終了」の崖が迫っている。

■奇襲作戦に出たジョンソン首相

 膠着する協議の打開を目指し、ジョンソン首相は新たな奇襲戦法に打って出た。英国とEUが離脱に当たって交わした離脱協定の一部を書き換える法案を準備したのだ。「離脱実現」を掲げて首相に就任したジョンソン氏は、昨年秋に北アイルランドを英国本土から事実上切り離す新たな離脱合意をEUと交わした。今回の法案はその一部を一方的に書き換える内容で、国際法違反に相当するとして国内外から厳しい批判にさらされている。

 問題は1960年代後半に始まった北アイルランド紛争にさかのぼる。離脱後の英国がEUと唯一陸続きで接するのが、北アイルランド(英国の一部)とアイルランド(1930年代に英国から独立したEU加盟国)の約500キロメートルの国境線だ。かつて北アイルランドではカトリック系住民とプロテスタント系住民の間で武力闘争が繰り広げられ、1998年の和平合意で南北アイルランド間に物理国境を設置することが禁じられた。この見えない国境が関税や規制の抜け道になることをEUは警戒する。

 そこでジョンソン首相は昨年秋に急転直下の離脱合意を目指し、南北アイルランド間に物理国境を設けず、モノの流れを管理する解決策として、離脱後の北アイルランドのみにEUの関連規則や関税を適用することを提案した。

 北アイルランドとそれ以外の英国(イングランド、スコットランド、ウェールズ)はアイリッシュ海で隔てられている。英国本土から北アイルランドに物品が流入する際、北アイルランドの港湾施設で税関や規制検査を行う。EUの関税をいったん代行徴収し、物品が北アイルランドにとどまる場合、輸入業者が関税の還付請求を行う。

■両アイルランドやスコットランドにも不満くすぶる

 こうした解決策は英国の分断にもつながりかねない。北アイルランドではアイルランド再統一を支持するカトリック系住民の人口が、英国残留を支持するプロテスタント系住民を逆転して上回っている。また、2月に行われたアイルランドの総選挙では、アイルランド再統一を支持するシン・フェイン党が躍進した。

 EU残留派が多数を占め、2014年に英国からの独立投票を行ったスコットランドでは、北アイルランドを特別扱いする解決策に不満の声も広がる。来年の議会選挙では、スコットランド独立支持派が過半数を獲得するとみられている。

 北アイルランド企業が関税の還付請求をする取り決めは事務的に煩雑で、企業のコスト高要因となる。離脱合意では英国とEUが合同委員会を設置し、北アイルランド経由でEUに持ち込まれるリスクが高い物品を特定し、それ以外の物品は関税徴収を免除するとしていた。

 英国はどの物品が高リスクかを独自に判断できる法案の準備を進めている。今回の法案ではこれ以外にも、北アイルランドの企業が英国本土に出荷する際の輸出申告書の提出を免除することや、英国が北アイルランド企業に補助金を提供する場合にEUの関与を弱める内容が盛り込まれている。

 英国が今になって離脱合意の一部を無効化する法律を準備した背景には、このまま貿易協定で合意できずに移行期間が終了した場合の準備作業としての意味合いだけでなく、膠着する貿易協議を前に進める狙いがある。

 英国とEUが関税なしの貿易協定を締結すれば、北アイルランドでの関税の代行徴収は必要なくなる。つまり、離脱合意の内容を英国が一方的に書き換えるのを阻止するには、英国とEUが貿易協定で合意する必要がある。かなり乱暴な方法ではあるが、今回の法案はEU側に対して合意を促す呼びかけでもあるのだ。

■強硬離脱派をバックに高めの球を投げる戦略

 また、強硬離脱派に支持されたジョンソン首相が、EU側に安易な妥協をすることは許されない。今後の妥協に向けて、あえて高めの球を投げて最終的な着地点を引き上げることや、強硬離脱派からの批判を和らげる戦略と考えられる。

 ロシアや中国の法軽視を批判してきたEUが、国際合意を踏みにじる英国の法案を許容するわけにはいかない。EU側は国際法違反として、英国が月内に法案を撤回しないかぎり、法的措置を開始するとしている。英国内からも同法案が法治国家の根幹を揺るがし、対外的な信用を損なうとして、野党のみならず、歴代の首相経験者、与党の党首経験者や有力議員からも批判の声が相次いでいる。

 ジョンソン首相は党内の亀裂が深まることを警戒し、離脱合意を上書きするかどうかを議員の投票で判断する修正動議を受け入れたが、法案採決を進める方針に変わりはない。法案は委員会での逐条審議を終え、月内には下院を通過するとみられる。

 英国政府は上院での法案審議の開始を10月15・16日の欧州首脳会議後に遅らせる意向を示唆している。英国とEUは10月の首脳会議を貿易協定の合意期限に設定している。上院での議会審議を先延ばしして、貿易協議が佳境を迎える最中の全面衝突を避けるとともに、法案審議をEUからの妥協を引き出す駆け引きに使う意図も見え隠れする。

 英国の法案提出でEU側の不信感が高まっており、合意に向けたハードルは一見高まったようにみえる。ただ、厳しい言葉の応酬や法的措置の開始と、外交協議は区別して考えたほうがよい。離脱合意を修正する法案を理由にEU側が交渉を打ち切ることや、欧州議会が将来関係合意の受け入れを拒否することは現実的でない。

 事務方レベルでの交渉は行き詰まっており、10月の首脳会議に向けて、英国のジョンソン首相、欧州委員会のフォン・デア・ライエン委員長、ミシェル欧州首脳会議常任議長(EU大統領)、ドイツのメルケル首相、フランスのマクロン大統領などの政治介入があるかが次の焦点となろう。

 政治介入後も協議の膠着が続く場合にはいよいよ、移行期間終了後の崖に身構える必要が出てくる。欧州議会や各国の議会承認に必要な時間を考えると、11月頃までは最終的な合意期限を引き延ばせると考えられよう。離脱協定が定める6月末の法的期限を経過し、移行期間の延長は難しいが、合意が近いと判断されれば、何らかの形で議会承認に必要な時間を確保する可能性がある。

■ギリギリの交渉で物流の混乱が避けられない

 だが、こうしたギリギリの交渉は企業の対応を難しくする。貿易協定を締結した場合も、英国とEUの間では何らかの税関検査や規制検査が必要となる。英国政府の調査では、移行期間終了後の準備が完了している英企業は現時点で24%にとどまる。EUとの物流拠点があるドーバー港とユーロトンネル周辺では最大7000台の輸送トラックの渋滞が起きる可能性があると警告する。貿易協定が締結できた場合も物流の混乱は避けられそうにない。

東洋経済オンライン

関連ニュース

最終更新:9/28(月) 6:11

東洋経済オンライン

投資信託ランキング