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「小5から保健室登校」の少女が学校で学んだ事

9/26 11:01 配信

東洋経済オンライン

 「まりお姉ちゃん、元気ですか?  みーこちゃんが亡くなってもう23回忌になりました。今日みーこちゃんのお墓参りに行って、まりお姉ちゃんのことを思い出してメールしました。今でも時々みーこちゃんが私の夢に出てきます」

 15年ぶりにメールをくれたのは千秋さん(仮名)、現在34歳です。

 千秋さんは、筆者が学生時代にボランティア参加していた不登校の会で出会い、当時は週に一度くらいのペースで電話をくれてお家の相談や悩んでいること、学校のこと、なんで生きているんだろうっていつも思っているということなど本当に沢山のお話をしてくれていた少女でした。

■保健室で共に過ごした心の同志

 みーこちゃんと千秋さんは学校に馴染めず、小学校5年生の頃から不登校となり、お互いに励まし合いながらなんとか保健室登校をしていた親友同士でした。

 千秋さんは転校してきてすぐにクラスでのいじめと、それを無視していた担任への不信感から登校拒否をするようになっていました。みーこちゃんは小学校3年生のときに両親が離婚し、その後母親の再婚相手の義父と相性が悪く、なるべく家にはいたくない、かといって大勢がいるクラスにいるのもしんどい、静かなところでそっとしておいてほしいという心の疲れから4年生の3学期頃から保健室登校をしていました。

 7月の学期末に、千秋さんがお母さんと学校へ荷物を取りに行った際に、養護教諭の計らいでみーこちゃんを紹介され、千秋さんは「自分だけじゃないんだ」と随分励まされたと言います。みーこちゃんは夏休み中もほとんど保健室に来ていましたので、心の同志ができてからというもの、千秋さんも夏休み中の養護教諭が日直で学校にいる日に保健室に顔を出すようになりました。

 お互いに大きな声で笑うようなことはないものの、なんとなくそっと一緒の空間にいても違和感なく、徐々に打ちとけるようになっていきました。

 2学期も終わりを迎え、冬休みに入ろうという頃、みーこちゃんがパニックを起こすようになりました。保健室で本を読んでいると、みーこちゃんが突然「今なんか言った?  誰か男の人に殺すって言われた」などと慌て始め、保健室のカーテンやベッドの下に逃げ込むようになったのです。千秋さんはびっくりしながらも、パニックを起こすみーこちゃんの背中をさすりいつも養護教諭が席を外している際も、寄り添い慰めていました。

 次第にみーこちゃんは「死にたい。死にたい」と連日千秋さんに訴えるようになっていきました。千秋さんも、決してまだ心に余裕がある状態ではありませんでしたから、連日みーこちゃんの話を聞いて寄り添いながらも、ある日我慢の限界がきてしまい、「みーこちゃん!  死にたい死にたいって毎日聞かされるこっちの気持ちにもなってみて!」と大きな声を出してしまったのです。

 みーこちゃんもこれにはハッとしたようで、「うん、ごめんね」と一言。「しんどい思いをしているのを知っているのに、なんてことを言ってしまったんだ」と千秋さんは今でも後悔していますが、これまでずっと自分の思いを抑えながらみーこちゃんの聞き役でいましたから無理もありません。それでもすぐに2人は仲直りをして、クリスマスにはお互いにお手紙とハンカチのプレゼント交換をして思い出作りをしていました。

■精神病院に入院したみーこちゃん

 冬休みには千秋さんは家族で親の実家へ帰省するために学校には行かず、みーこちゃんとの再会は3学期(当時の1月中旬)を迎える頃になります。

 3学期に入り、千秋さんは旅行のお土産と冬休みどうしてたかを手紙に書いてみーこちゃんに渡すために張り切って保健室へ行きましたが、みーこちゃんはこの日学校へは来ませんでした。そして、次の日も、また次の日も……。

 千秋さんは、みーこちゃんが精神病院に入院したことを養護教諭から聞かされました。ただ、みーこちゃんの家族は人目を気にして、「誰にも言わないでほしい」ということだったので、養護教諭もすぐには話さなかったそうですが、千秋さんの心配する様子を気にして、ゆっくりと説明してくれました。

 「みーこちゃんね、ご両親のことでいろいろあって、新しいお父さんとうまくいってなかったのは千秋ちゃんも聞いてたよね。千秋ちゃんもみーこちゃんも感受性がすごく豊かだからいろんなことを感じられる子なんだね。それは悪いことではないんだよ。千秋ちゃんはみーこちゃんの心からの親友だから、千秋ちゃんにだけは話しておかないとね。今回は検査入院で1週間で退院するみたいだから、また保健室に来たら入院中どうだったかとかみーこちゃんの話を聞いてあげてね」

 翌週、昼休みの時間にみーこちゃんが保健室に登校してきました。顔はげっそりとして目の下にはクマがあったそうで、バックの中から大きなビニール袋を出して、千秋さんに、「私、分裂病(現在の統合失調症)なんだって。これ飲まないとダメなんだって」とぽそっとつぶやきました。これまでも時々あった幻聴を、冬休み中に自宅で何度も発症し、病院へ行ったそうです。

 その後もたびたびみーこちゃんは休むようになり、引っ込み思案の千秋さんでしたが、たまりかねて夜にみーこちゃんのお家に電話をしてみると、お父さんが出て、「みーこ、具合が悪いから電話に出れない」とだけ言ってすぐにブツッと切られてしまいました。それでも心配で、千秋さんは自転車でみーこちゃんの家を訪ねたときも、またお父さんが出てきて「みーこには会わせられない。来ないでくれ」と厄介払いされてしまったと言います。

 みーこちゃんは統合失調症の症状が悪化し、長期入院になったと聞いた千秋さんは、養護教諭に相談し、どうしてもお見舞いに行きたい、みーこちゃんの顔を一目見たいと懇願し、まずはみーこちゃんとみーこちゃんのお母さんに手紙を書きました。

 「みーこちゃんのお母さんへ。私は保健室で毎日みーこちゃんと一緒に勉強したり、本を読んだり、絵を描いたりしていました。みーこちゃんとは親友です。みーこちゃんに会いたいです。みーこちゃんとお話がしたいです。みーこちゃんとお話させてください。みーこちゃんと会わせてください。お願いします」

■みーこちゃんの変わり果てた姿に…

 養護教諭は、みーこちゃんのお母さんにこの手紙を渡すことを約束し、その結果、千秋さんはみーこちゃんが退院した数日後に会えることになりました。ただし、帰宅するみーこちゃんの父親とバッティングしない17時までの時間に。

 千秋さんは養護教諭の付き添いのもと、学校が終わってすぐに向かいました。

 みーこちゃんは一人っ子で、お母さんと2人でこの日は家にいました。みーこちゃんのお部屋に通された千秋さんは、変わり果てたみーこちゃんの姿を見て泣き崩れました。

 みーこちゃんはほとんど寝たきり状態で、おむつをつけてただぼーっと宙を見つめるだけだったと言います。千秋さんの顔を見てもほほ笑むこともなく無表情で、何か話そうとしてもろれつが回らず、何を話そうとしているのかもわかってあげられない……。こんなに大変なことになってしまっていたなんて、予想もしていなかったみーこちゃんの姿に千秋さんは膝から崩れ落ちてしまいました。

 養護教諭とお母さんが話している会話を耳をそばだてて聞いていると、みーこちゃんのお父さんが「世間体が悪いから誰も家に近づけるな、学校にも行かせるな」と言って聞かない。学校へ行かせようとすると家で暴れ出してしまってどうにも手が付けられない、と話していました。

 狭い田舎町ですから、精神病院も1カ所しかなく、そこへ出入りしているところを見られれば、「頭のおかしい人」と烙印を押されるようような時代です。みーこちゃんはほぼ家に隔離状態で病院と家の往復と、病院から処方された大量の向精神薬などの治療薬ですっかり精気を失ってしまっていたようだと話していました。

 みーこちゃんは結局、小学校の卒業式も学校へ来ることはありませんでした。

■12歳の命が教えてくれたこと

 千秋さんはその後も何度も手紙を出して、数回だけですが、みーこちゃんのお母さんにお願いして学校を休んでみーこちゃんに会いに行っていたと言います。

 そして、千秋さんが中学に入学する春、みーこちゃんのお母さんから「みーこが亡くなった」と電話で聞かされました。みーこちゃんは沢山の向精神薬などの治療薬を飲んでいましたから、その副作用で嚥下障害を起こし、食事をのどに詰まらせて帰らぬ人になってしまったのです。まだ12歳の命でした。

 千秋さんはまだ10代という若さで唯一の心の親友を亡くしてしまったのです。この頃には筆者は連日千秋さんから電話をもらって何時間も話をしていたのを今でも覚えています。

 現在千秋さんは、過去にいじめられたこと、大人に裏切られたこと、それでも寄り添ってくれる仲間が必ずいるということ、いろいろな心の病気があるということ、世の中にはさまざまな家族関係があるんだということなどみーこちゃんを通して学んだ経験を活かし、心理学部を卒業し、今では心理士として立派に活動しています。

 「まりお姉ちゃん、今でもみーこちゃんが夢に出てくるんだ。あのときなんで私、死ぬ死ぬ言うなってキレちゃったんだろう。あんなこと言ったせいでみーこちゃんが言いたいこと我慢して症状が悪くなったんじゃないかって考えてしまって今でも時々寝れずにいるの。無理やり家に押しかけてかえってみーこちゃんの立場を悪くしてなかったか、考えても仕方がないことをやっぱり時々今でも考えてしまうんだ……」

 みーこちゃんは生前幸福感をもって生きていたとは言えないかもしれませんが、千秋さんからのお手紙は全部大切にとってあり、みーこちゃんの告別式のときにはお母さんからきれいにまとめられたお手紙を手渡されたと言います。みーこちゃんにとっても千秋さんは特別な存在だったのです。

 何十年経ってもこうして心に寄り添える人が親友だったみーこちゃんは今頃天国で「自分は幸せだったんだ」と思ってくれていると願うばかりです。

東洋経済オンライン

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最終更新:9/26(土) 12:31

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